「…………」

「す〜、す〜……」

「う〜む……」

「むにゃむにゃむにゃ……」

「困ったな……」

「く〜、く〜……」








「――身動きが取れん」

「すやすやすや……」











第229話 「痒い所に手が届く」










 ある日の夜――

 俺は、ちょっと困った事態に陥っていた。








「さて、どうしたものか……」

 両隣で眠る、二人の少女――

 気持ち良さそうに眠る、
さくらとあかねに、俺は小さく溜息を吐いた。

「んにゅ〜……」

「す〜、す〜……」

 俺の腕に抱きつき――
 幸せそうに、寝息をたてる二人――

 そんな彼女達の寝顔は、
見ているだけで、優しい気持ちになれる。

 まあ、それは良い……、

 それは良いのだが……、
 この状況は、ちょっと困ってしまう。

 なにせ、俺の両腕は、
二人に、ガッチリとホールドされ……、

 寝返りを討つ事も出来ず、仰向けのまま……、

 ……ようするに、全く、身動きが取れないのだ。

 ふと、夜中に目覚め――
 気が付けば、体を動かせない――

「これじゃあ……まるで、金縛りだな」

 まあ、相手は、さくら達だし、
こういう金縛りなら、大歓迎なんだけど……、

 と、天井を見詰めながら、俺は苦笑する。

 でも、それとこれとは話が別で……、
 やっぱり、体を動かせないのは、正直、つらい。

 眠っていれば、気にならないのだろうが……、

 ロクに寝返りを討てないと、
寝苦しくなるし、時には、体の節々が痛くなってくるのだ。

「う、うう〜む……」

 とはいえ、無理に体を動かせば、二人が起きてしまうかも……、

 こんなに幸せそうに寝ているのに、
俺の勝手な都合で、起してしまうわけにもいかない。

 二人が、寝返りでも討って、
俺の腕を解放してくれれば良いのだが……、

「離す気配は、無さそうだな……」

 さくらも、あかねも……、
 しっかりと、俺の腕を抱きかかえている。

 コイツらことだから、
寝ている間は、決して、離しはしないだろう。

 そんな二人の様子に、俺は、やれやれと、肩を竦める。

 尤も、腕は動かせないから、
肩を竦める事すらも出来ないのだが……、

 ――多少、寝苦しいのは我慢しよう。

 と、半ば諦めたように……、
 再び、溜息を吐くと、俺は、目を閉じる。

 そして……、
 早く眠ってしまおうと……、

 頭の中で、ゆっくりと羊を数え始め……、








 と、そこへ――

 唐突に“それ”が襲ってきた。








「――むっ」

 湧き上がって来た“それ”に、
俺は、思わず、モゾモゾと、体を動かしてしまう。

 寝苦しさ、とかではなく――
 それ以上に厄介な、堪え切れない衝動――



「か、痒い……」



 ――そう。
 鼻先が痒くなってきたのだ。

「うぐぐ……」

 気になり出すと、もう手遅れ……、

 忘れようと努めても、
意識は、鼻先の、痒い場所に集中してしまい……、

 ムズムズと……、
 痒みは、増していくばかり……、

 今、そこを掻く事が出来たら、どんなに気持ち良いだろう。

 しかし、俺の両腕は、
さくら達によって、拘束されており……、

「くっ……くく……」

 掻きたい、掻きたい、掻きたい――

 両腕が使えぬまま……、
 その欲求を、解消する事が出来ない。

 掻きたいのに、掻けない……、

 下らない事かもしれないが、
長時間続けば、それは、地獄の苦しみである。

「あう……うう〜」

 その苦しみに耐えかね
とうとう、俺は、呻き声を上げてしまった。

「……まーくん、どうしたんですか?」

 それを耳にしたのか――
 身悶える俺に、反応したのか――

 隣で眠っていたさくらが、
薄らと目を開け、眠そうな声で、俺に訊ねる。

「悪い……起こしちゃったか?」

「……まーくん?」

 起こされた事を責めもせず……、

 気にするな、と言うかの様に、
さくらは、俺の腕に頬を摺り寄せてきた。

 そして、上目遣いで、俺を見上げ、小首を傾げる。

「いや、その……ちょっと鼻が痒くて……」

 あまりに下らない理由……、
 それが恥ずかしくて、俺は、さくらから目を逸らした。

 すると、さくらは……、
 無造作に、俺に向かって、手を伸ばすと……、


 
カリカリカリ……


「――この辺ですか?」

「お、おう……」

 鼻先に心地良い感触――

 なんと、さくらは、両腕が動かせない、
俺の代わりに、痒い場所を掻いてくれたのだ。

「えっと……もうちょっと上……」

「はい……♪」


 
カリカリカリ……


「……どうですか?」

「ありがとう……もう良いよ」

 さくらの心遣いに甘え……、
 俺は、彼女の指の動きに、身を委ねる。

 そして、痒みも治まり……、

 お礼を言う俺に、さくらは、
軽く微笑むと、再び、寝息をたて始めた。

「おやすみ、さくら……」

 さくらのお蔭で、欲求も治まり……、

 これで、ようやく……、
 落ち着いて眠れるようになったな。

 俺は、さくらの頭を撫でるように、
彼女の髪に頬を寄せると、そのまま、目を閉じる。

 そして――
 ゆっくりと、夢の中へと――

     ・
     ・
     ・
















 と、その時――

 ふと、俺は疑問に思う。
















 両腕が動かせない俺……、

 そんな俺の代わりに、
さくらが、痒い場所を掻いてくれたわけだが……、

 あんな真似をしなくても……、

 俺の腕を離すだけで……、
 それで、済む事だったんじゃないか?

 ……ってゆ〜か、普通は、そうするだろう?
















 何故、さくらは――

 わざわざ、あんな回りくどい事を――
















「すやすや……、
まーくん、大好きです〜♪」(ギュッ)

「……まあ、いいか」
















 で、結局――

 抱いた疑問も忘れて……、
 俺もまた、眠りに落ちていくのだった。








<おわり>
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