『――さあ、各馬、一斉にスタート!』
「競馬中継……?」
『まずは、第一コーナー!
最初に、馬群から飛び出したのは――』
「……さくら〜、あかね〜?」
「まーくん、何ですか?
お昼ご飯なら、もう少しで出来ますよ?」
「いや、そうじゃなくて……、
テレビ、見てないなら、消しても良いか?」
「うにゃっ、ちょっと待って〜っ!」
「おい、まさか……、
お前ら、競馬中継なんか見てるのか?」
第228話 「おうまさん」
「見たいのは、最終レースだけなんです♪」
「――うにゃ♪」
ある日の午後――
驚いたことに……、
さくら達が、競馬中継を見ていた。
二人とは、ほとんど、生まれた頃から、
共に過ごして来たが、こんな姿は、見たことが無い。
まさか、さくら達に――
こんな意外な趣味があったなんて――
――と、思ったが、そうでもないようだ。
訊けば、さくらとあかねは、
東鳩競馬場の最終レースにしか、興味は無いらしい。
「……馬券でも買ったのか?」
「わたし達、未成年ですよ?」
「それもそうだよな……、
じゃあ、なんで、そんなモン見てるんだ?」
「うにゅ、まーくんも、
あたし達と、一緒に見ていれば、分かるよ」
「ふむ……」
さくらが作った昼食を食べ終え――
俺は、あかねに促されるまま、
競馬中継を映し続けるテレビの前に腰を下ろした。
そして、冷たい麦茶を飲みながら……、
正直、興味が無ければ、
大して面白くも無い競馬中継を、ボンヤリと眺め続ける。
「うふふ、楽しみですね〜♪」
「わくわく、わくわく♪
早く、最終レースにならないかな〜♪」
そんな俺とは、対称的に……、
期待に満ちた眼差しで、
テレビを凝視している、さくらとあかね……、
何気なく、ビデオデッキを見れば、
この放送は、しっかりと、録画予約までされているようだ。
今か、今かと――
さくら達が待ち望むレース――
その最終レースで……、
一体、何が起こるというのだろうか?
「も、もうすぐ、だな……」
さすがに、好奇心が刺激され……、
最終レースの時間が近付くにつれ、
俺の中にも、徐々に、緊張感が芽生え始める。
「…………ゴクッ」
固唾を飲んで見守る中……、
刻々と、時間が……、
最終レース開幕の時間が迫る。
そして――
ついに、その時が――
『え〜、続きまして――
東鳩競馬場、本日のメインレースを――』
番組の実況が……、
ブラウン管の向こうから……、
待ちに待った、最終レースの開幕を告げた。
実況が、出馬する馬の、番号と名前を読み上げる中――
テレビ画面の真ん中に――
レースの名前でもある冠名が表示され――
・
・
・
第5回『らぶらぶ☆まーくん杯』
――はい?
今、なんか……、
有り得ないモノを見たような……、
「あ……れ……?」
目の錯覚か、と……、
俺は、服の袖で、ゴシゴシと、目を擦る。
だが、何度、目を凝らしても……、
テレビ画面に映しだされた、
有り得ない文字の羅列は、消える事無く……、
「きゃ〜、やりました!
今年も、まーくん杯の開催です!」
「わ〜い、わ〜い♪」
「おい、お前ら……、
これは、一体、どういう事だっ!?」
最終レースが始まるのを見て、
さくら達が、手を叩きながら、黄色い歓声を上げる。
そんな彼女達に、イヤな予感を覚えた俺は、すかさず、二人に詰め寄った。
普段、競馬なんか見ない二人……、
にも関わらず、二人は、今日に限って、中継を見ており……、
そして、何よりも……、
明らかに“この件”を、
事前に知っていた、と思われる態度……、
ああ、間違いない……、
確実に、さくら達は……、
“この件”に関わっている筈……、
「――まーくん、知らないんですか?」
「何をだ……?」
そう確信し、訊ねる俺に、
さくらが、あっけらかんとした様子で答える。
「最低三万円あれば……、
メインレースに冠名をつけられるんですよ」
「――なんですとっ!?」
あまりにも驚愕の事実……、
さくら達の話を聞き、俺は、
自分の耳を疑い、言葉を失ってしまった。
さくら達の説明によると――
現在、東鳩競馬場で、
競馬を施行している『東鳩市競馬組合』では……、
幅広い集客と協賛企業(団体)の、
効果的な宣伝及びイメージアップを計る目的――
――として、協賛レースを行っているそうな。
で、今までには、企業だけでなく、
一般の団体でも、協賛レースをやった事例もあるらしく……、
まあ、そういった細かい説明を省くと……、
さくらの言う通り、多少の資金で、
『天皇賞』や『日本ダービー』といったように……、
……メインレースに、好きな冠名を付ける事が出来る、と言うのだ。
「しかも、今日のスポーツ新聞や、
競馬新聞には、まーくんの名前が掲載されるんです♪」
「あ、あは……」
「さらに、地元のラジオや、テレビでも、
まーくんの名前が、放送されちゃうんだよ♪」
「ははは……」
「「――凄い(です)よね♪」」
「あははははははは……」(壊)
ああ、凄い……、
確かに、それは……、
ある意味、凄いことだと思う。
でもさ……、
いくらなんでも、こんな……、
そういえば……、
さっき、テレビでは……、
このレースって“第5回”って言ってたよな?
それは、つまり……、
こんなフザケた名前のレースが……、
過去において……、
既に、四回も行われている、という事に……、
うううう……、(泣)
ゴメンなさい……、
全国の競馬関係者の皆さん……、
<おわり>
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