非日常――
それは、突然にやって来る。
まあ、俺の日常には、
やたらと、非日常が溢れてる気もするが……、
とにかく、人生は長く……、
そういった事態に、
何度か、遭遇する事もあるわけで……、
例えば――
登下校の途中とか――
家でテレビを見ている最中とか――
コンビニで立ち読みをしている時とか――
・
・
・
そんな日常の中――
俺は、またしても……、
不測の事態に遭遇する破目になった。
第226話 「エレベーター」
「あらあら……、
誠君さんも、お買い物ですか?」
「――やっほ〜、誠君♪」
「こんにちは……はるかさん、あやめさん」
ある日のこと――
新譜のCDを買おうと、
俺は、駅前のデパートへと、買い物に出掛けた。
無事、目的の物を手に入れ……、
折角だからと、ブラブラと店内を歩き回る事にする。
と、その途中……、
はるかさん達に、バッタリと出くわした。
訊けば、二人も、買い物を終え……、
今から、駅前にあるケーキ&喫茶店……、
『トリアノンノン 東鳩駅店』へ行くつもり、とのこと……、
「誠君も、一緒にどう?」
「あらあらあら……、
もちろん、ご馳走して差し上げますよ♪」
……と、二人に誘われ、俺に断る理由は無い。
俺は、はるかさん達の、
お言葉に甘え、一緒に、ケーキを食べに行くことにした。
「――じゃあ、荷物を持ちますよ」
「あらあら……、
それでは、お願いしますね♪」
とはいえ、タダで奢って貰うのも、
ちょっと気が引けるので、二人の荷物を買って出る。
「何を買ったんです?」
「お洋服ですよ……、
いつものお店で、何着か買って来たんです」
「んふふ、期待しててね、誠君♪」
紙袋を受け取り、俺は、何気なく、二人に訊ねた。
すると、はるかさん達は……、
俺の方を見て、妖しげな笑みを浮かべ……、
「…………」(汗)
そんな二人の様子に、俺は、嫌な予感を覚える。
“いつもの店”って言うと……、
それって、多分、鹿島さんが働いてる店の事だよな?
で、そこで服を買った、という事は……、
あの〜、二人とも……、
俺に“何を”期待しろ、と言うんです?
もしかして、俺は……、
ケーキに釣られて、自ら、地雷を踏んでしまったのだろうか?
「るんるるん、るんるるん♪」
「あらあら、まあまあ……♪」
奇異なモノを見る様な、周囲の目も気にせず、
はるかさん達は、鼻歌なんぞ唄いつつ、スキップを踏んでいる。
その姿を見て……、
俺は、彼女達の思惑を理解した。
――俺は、捕獲されたのだ。
ケーキという餌によって……、
着せ替え地獄という檻の中に……、
「誠さん、どうかしましたか?」
一階へと降りる為、俺達は、エレベーターが到着するのを待つ。
その間、一言も喋らない俺の様子を見て、
はるかさんが、怪訝な表情で、俺の顔を覗き込んできた。
「い、いえ……何でもないです」
「でも、お顔が真っ青ですよ?」
確かに、彼女の言う通り……、
帰宅後の、自分の運命を悟り、俺の顔色は悪いのだろう。
……だが、今、それを悟られるわけにはいかない。
二人とも、まだ、自分達の思惑が、
バレてしまっている事に、気付いていないのだ。
もし、それを知れば、二人は、絶対に、実力行使に出る。
そして、そうなった場合、俺に勝ち目は無い。
しかし、油断している今なら……、
彼女達の手から、逃亡するのも、不可能ではないはずだ。
ケーキが食べられないのは、残念だが……、
何とか隙を見つけて……、
この腐女子達から、逃げ出さないと……、
「いや、本当に……俺は、全然、大丈夫ですから」
「……そうですか?」
「もちろんです……、
あっ、エレベーターが来ましたよ」
俺は、何とか誤魔化そうと、はるかさんから顔を逸らす。
そして、なおも追求しようとする、
彼女から逃れるように、俺は、到着したエレベーターに飛び込んだ。
俺を追うように、二人も乗り込み、
それを確認すると、俺は、ボタンを押して、ドアを閉めた。
続いて、一階へと降りるボタンを押し……、
あの独特の、軽い浮遊感と共に、
俺達を乗せたエレベーターは、ゆっくりと降下を始める。
逃げるなら――
このドアが開いた瞬間だな――
階数を示すランプを見ながら、俺は、胸の内で呟く。
エレベーターの利用者は多い。
絶対に、一階に着くまでに、途中の階でも止まる筈だ。
ならば、それを利用して……、
ドアが開くと同時に、エレベーターから飛び出し……、
そのまま、一気に逃亡を計れば……、
と、そんな事を考え……、
俺が、タイミングを見計らっていると……、
――ギギギギッ!!
――ガッタンッ!!
「きゃっ!?」
「――うわっ!?」
「おっとっとっ……」
一体、何が起こったのか……、
突然、エレベーターの上の方から、
耳心地の悪い、何かが擦れ合う様な、甲高い音が聞こえた。
と、同時に、エレベーターが大きく揺れ、動きを止めてしまう。
「な、何が起こったんでしょう?」
揺れた拍子にバランスを崩したのか……、
俺に抱き付いたまま、はるかさんは、不安げに周囲を見回す。
どうやら、彼女は、状況が掴めていないらしい。
「もしかして……止まっちゃった?」
「……みたいですねぇ」
そんな、少し混乱している、
はるかさんに反して、あやめさんは、割と冷静だ。
突然の揺れだったにも関わらず、
姿勢を崩した様子も無く、落ち着き払っている。
いや、それどころか――
「なんか……楽しそうですね?」
「う〜ん、そうかも……、
だって、こういう場面って、映画に良くあるじゃない?」
あっけらかんと言うあやめさん……、
そんな、お気楽な彼女に、俺は、半ば呆れ、半ば感心した。
流石は、ジャッ○ーマニア……、
アクション映画の様な場面は、
不安になるどころか、むしろ大歓迎、と言うことか……、
まあ、何にしても、こういう時には、
あやめさんの前向きな性格は、とてもありがたい。
正直、俺も、突然のハプニングに、ちょっと焦ってたからな……、
「――で、どうします?」
まあ、こんな状況で出来る事なんて、
大人しく待つ、くらいしか、選択肢は無いのだが……、
と、内心で呟きつつ、俺は、あやめさんに訊ねる。
すると、あやめさんは――
おもむろに、天井を指差すと――
「上から出てて、ワイヤーを登りましょう♪」
――と、のたもうた。
「あのさ、あやめさん……、
何で、そんな馬鹿な真似をする必要が?」
「だって、こういう場面では、お約束でしょ♪」
「お願いですから……、
無意味にバイオレンスを求めないでください」
……あやめさんに、訊いた俺が馬鹿だった。
と、楽しそうに言うあやめさんに、
激しい頭痛を覚えつつ、俺は、非常ボタンを押す。
そして、職員に状況を伝える為、連絡用の受話器を取った。
「あの〜、すみません……、
エレベーターが止まって、出られないんですけど……」
『はい、こちらでも確認しております。
システム異常が起こり、安全装置が作動したようです』
「そうですか……」
『エレベーターには、何人、乗っておられますか?』
「男が一人に、女性が二人です。
それで、出られるまで、どのくらい掛かりそうです?」
『現在、復旧作業を始めています。
すぐに終わりますので、申し訳ありませんが、暫く、お待ちください』
「わかりました……」
どうやら、大きなトラブルでもなく、
俺達の身の安全は、一応、保障されているようだ。
もちろん、俺達を安心させる為の嘘、という可能性は否定出来ないが……、
取り敢えず、デパートの職員の、
落ち着いた対応に、納得しつつ、俺は、受話器を置く。
「これで良し、っと……」
「あ〜あ、つまんないの」
「面白くして、どうするんですか?」
「誠君も、健全な男の娘なら……、
スリルとサスペンスを、味わいたいとは思わないの?」
「――平穏が一番です」
無難な俺の行動に、あやめさんは、不満そうに、唇を尖らせる。
そんな彼女の言葉を聞き流し、
俺は、荷物を足元に置くと、壁に体を預けた。
デパートの職員は、すぐに復旧すると言ったのだ。
ならば、ヘタな真似はせず、
今は、大人しく待っているのが、最善である。
とはいえ――
「なんか、暇よねぇ……」
ただ、待ってるだけ、っていうのも……」
「……そうですねぇ」
退屈嫌いの二人が……、
いつまでも、黙って、
大人しくしていられるわけもなく……、
「ここは、やっぱり……♪」
「あらあら〜……、
それは、良い考えですねぇ〜♪」
一体、何を通じ合ったのか……、
二人は、妖しい笑みを浮かべると、ゆっくりと頷き合う。
そして――
こちらに目を向けると――
にへら〜……☆
にぱ〜……☆
「うっ……」(大汗)
――妖しい笑みを浮かべて見せた。
それを見た瞬間……、
俺の全身に、戦慄が走り抜ける。
ヤバイ……、
あれは、狩猟者の目だ……、
逃げろ、にげろ、ニゲロ――
身の危険を察知したのか……、
俺の脳内で、けたたましく、警報が鳴り響く。
その防衛本能に従い、
俺は、逃げ場を求めて、周囲を見回した。
しかし、ここは、エレベーターの中――
四方は、壁に囲まれ――
完全無欠に、逃げ場無しの密室状態――
「うふふふ……♪」
「あらあらあらあら……♪」
「あ……ああ……」(滝汗)
満面の笑みを浮かべ……、
俺を、隅に追い込む用に、二人が迫る。
俺は、慌てて、連絡用の受話器を、
手に取ると、相手の返事も待たず、必死に助けを求めた。
「助けてくれっ!!
早く、ここから出してくれぇ〜っ!!」
『お、お客様、落ち着いて――』
「これが落ち着いていられるかっ!
頼むから、今すぐ、ここから出してくれぇ〜っ!!」
『もう暫く、お待ちください!
只今、係員が、全力で復旧作業をしております!』
「そんなに待てるかっ!
このままじゃ、二人に襲われ――」
「――はい、そこまで♪」
「ああ……っ!?」
受話器が、あやめさんに奪われた。
最後の命綱を失い……、
俺は、力尽きたように、その場に座り込む。
「もう、誠君ってば……、
折角、こんなにオイシイ状況なのに……♪」
「……無粋な真似しちゃ、いけませんよ〜♪」
「あうあうあうあう……」(泣)
激しく息を荒げ……、
はるかさん達が、にじり寄って来る。
――もう、逃げられない。
そう観念した俺は……、
目を閉じて、自ら意識を放棄する。
そして――
・
・
・
「いっただっきま〜す♪」
「あらあらあら〜♪」
「ぎゃああああ〜〜〜っ!!」
「お客様、お客様っ!?
返事をしてください、お客様っ!!」
床に落ちた受話器からは……、
店員の切羽詰った声が……、
いつまでも、虚しく、響き続けるのだった。
……。
…………。
………………。
数分後――
俺達は、無事に(?)エレベーターから救出された。
救助に駆け付けた店員達は、
現場の惨状を見て、驚きのあまり、言葉を失った事だろう。
もちろん、色んな意味で……、
なにせ、エレベーターの中には、
二人の人妻と、一人のいたいけな少年がいて……、
一人の人妻は、夢中になって、少年の唇を貪り……、
もう一人の人妻の手は、
少年のトランクスを、今にも、ズリ下ろそうとしていたのだから……、
・
・
・
ううううっ……、
あんな姿を見られたら……、
当分、あのデパートには行けないよ〜……、(大泣)
<おわり>
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