「ほにゃらか、ほにゃらか♪」
「……んっ?」
「ほにゃらかり〜ん♪」
「この、独特の鳴き声は……」
「――ほにゃ?」
「ご機嫌だな……ミストラル」
「にゃ〜♪」
第222話 「猫の嫁入り?」
ある日のこと――
公園で散歩をしていると、
俺の前に、白猫のミストラルが現れた。
しかも、何やら、ご機嫌な様子……、
その理由を訊ねると、
ミストラルは、嬉しそうに、俺を見上げた。
そして、こちらに、寄って来て……、
「にゃにゃ〜」
「……ついて来い、ってか?」
「にゃ〜♪」
ミストラルが、俺のズボンの裾を引っ張った。
その仕草から、彼女の意図を察し、
俺は、促されるままに、ミストラルの後を追う。
「おいおい……、
何処に連れて行くつもりだ?」
「にゃにゃ〜」
向かった先は――
公園の奥の藪の中――
そんな道無き道の中を、
掻き分けながら、俺は、ミストラルに、行き先を訊ねた。
だが、彼女は、 黙って付いて来い、と言うかの様に……、
後ろを振り返り、俺を、
軽く一瞥すると、すぐに歩き出してしまう。
どうやら、大人しく付いて行く以外に、選択肢は無いようだ。
やれやれ……、
一体、何があったんだ?
俺は、小さく溜息をつくと、
置いて行かれないように、足を速める。
そして、しばらくして――
「――ほにゃ!」
「おっと……」
唐突に、ミストラルが立ち止まった。
さらに、彼女は、俺の頭の上に、
よじ登ると、ペシペシッと、俺の頭を叩いた。
――身を隠せ、ってことか?
俺は、首を傾げつつも、
ミストラルが言う通り、その場にしゃがむ。
「にゃにゃ……」
「んっ……こっちか?」
どうやら、近くに誰かがいるらしい。
ミストラルは、小声で鳴くと、
一際、多く茂った藪の向こうを、前足で指し示した。
「……?」
音をたてないよう……、
俺は、静かに、藪の中を覗き込む。
と、そこには――
「なんだ、カイト達じゃないか」
「にゃ……♪」
藪の中には……、
俺の猫友達『カイト』の姿が……、
……いや、彼だけじゃない。
カイトを挟むように……、
ブラックローズと良子も、そこにいた。
しかも、かなり険悪なムードだ。
対峙する二匹の雌猫……、
互いの視線がぶつかり合い、激しく火花を散らしている。
そして、そんな二匹の間で……、
引きつった笑みを浮かべているカイト……、
これって、もしかしなくても――
「――修羅場、ってヤツか?」
「ほにゃらかりん♪」
訊ねる俺に、ミストラルは、
それはもう、楽しそうに返事をする。
ああ、なるほど……、
ようするに……、
今、俺達は、出歯亀をしてるわけだ。
「趣味が悪いぞ、ミストラル」
「にゃ〜……」
おそらく、この状況も、
ミストラルが、お膳立てしたのだろう。
そうでなければ、修羅場の現場を知っていた事の説明がつかない。
他人の不幸は蜜の味、とも言うが……、
自分の仲間……、
そのリーダーを陥れるなんて……、
……あまり、良い事とは思えない。
その事を責めるように、
俺は、頭の上に陣取るミストラルを見上げた。
だが、ミストラルは、心外だ、とばかりに、抗議の声を上げる。
「にゃ〜、にゃにゃ〜」
「ふむふむ……、
いつまでも、カイトが、ハッキリしないから?」
「にゃ〜ん」
「……老婆心ってヤツか?」
「にゃにゃにゃっ!」
「痛っ! 悪かった!
謝るから、爪を立てないでくれ!」
どうやら、猫の世界でも、
妙齢の女性(雌)に、年齢の事を言うのは禁忌らしい。
怒って暴れるミストラルを、俺は、慌てて頭から降ろす。
そして、彼女を膝の上に乗せ、
俺は、再び、藪の向こうの、カイト達へと視線を戻した。
「おや……?」
いつの間にか、事態は終息へと、進んでいたようだ。
煮え切らない――
と言うか、朴念仁なカイト――
そんな彼の様子に、
腹を立て、二匹の雌猫は、立ち去っていく。
ただ、一匹……、
その場に残されたカイトも、
大きく溜息をつくと、藪の奥へと、姿を消えてしまった。
「にゃ〜……」
事態の成り行きを見て、
何とも、残念そうに、ミストラルが項垂れる。
企みが失敗に終わり、面白く無い、といった様子だ。
「ははは、残念だったな……」
「にゃ〜ん……」
不貞腐れるミストラル――
そんな彼女の背中を撫でてあげながら――
「そういえば……」
――俺は、ふと、ある事に思い至った。
頭に浮かんだのは……、
我が家の愛猫であるミレイユの姿……、
飼い猫とはいえ、ミレイユも、立派な雌猫なのだ。
いずれは、恋をして……、
可愛い仔猫を産むようになるだろう。
となれば、当然、相手が必要になってくるわけだが……、
「う〜む……」
なんとなく、父親にでもなった気分だ。
俺は、顎に手を当てて、
ミレイユの隣に立つ雄猫を想像してみる。
飼い主としては、やっぱり、カイトが理想的なのだが……、
でも、あいつには……、
一応、ブラックローズ達がいるし……、
じゃあ、シューゴか?
雄猫の中では、ミレイユと一番仲が良さそうだ。
……いや、そうなると、レナが黙ってないか?
でも、あいつらは、兄妹だし……、
ってゆ〜か、猫って、そ〜ゆ〜倫理観はあるのか?
「……お前は、どう思う?」
「ほにゃ……?」
「何のこと、って……、
ミレイユのお婿さんは、誰が良いかな、ってさ」
――やはり、母親の意見は重要だろう。
と、そう考えた俺は、
ミストラルの顎の下擽りながら、訊ねる。
すると、ミストラルは――
「――にゃっ♪」
「はい……?」
まさに、即答――
秋子さん並みの早さで、
さも当たり前のように、俺を指差し――
――って、ちょっと待て。
ミストラル……、
それは、一体、どういう事だ?
確かに、猫化した経験もあるが……、
だからと言って、俺は人間で、ミレイユは猫で……、
さすがに、この垣根を越えるのは、
不可能と言うか、色々と問題があると思うんですけど……、
「…………」(じ〜)
そう言うと、ミストラルは、不満そうに、俺を見上げる。
と、何を思ったのか……、
突然、ミストラルは、
俺の膝から飛び降りると、公園の外へと歩き出した。
「……おい、何処に行く?」
何となく、嫌な予感がして、
俺は、慌てて、ミストラルを呼び止めた。
すると、ミストラルは、こちらを振り向き……、
「ほにゃらかりん♪」
それは、まるで――
ウチのバカ母を連想させる笑み――
それを見た瞬間――
「ま、まさか……」(汗)
身に迫る危機感によって……、
俺の知覚能力は……、
ついに『種族』という名の壁を……、
・
・
・
「ミ、ミストラル……、
お前、今、たまに相談する、って言ったのか?」
「――にゃあ♪」
「や、止めろっ!
それだけは、止めてくれっ!」
「にゃ〜……?」
「そんな事したら……、
確実に、ルミラ先生の耳に入る!
それどころか、メイフィアさんにまで聞かれる!」
「にゃん、にゃん♪」
「あの二人が関わると、
大変な事になるに決まってるんだっ!」
「ほにゃ〜♪」
「それは望むところ、って……、
お願いだから、勘弁してぇぇぇぇ〜〜〜っ!!」
・
・
・
で、結局――
一応、ミストラルには、
猫缶三個で、勘弁して貰ったのだが……、
うううっ……、
また、頭が上がらない相手が増えたような……、
しかも、相手は猫だし……、
何と言うか、俺の立場って、
どんどん墜落していってるような気がする。
と、それはもかく――
ミレイユのお婿さんの件……、
あれって……、
もちろん、冗談だよな?
……本気じゃないよね?(滝汗)
<おわり>
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