「お〜い、フラン〜!!
悪いけど、ちょっと出掛けて来るっ!」

「誠様、どちらへ?」

「商店街だけど……、
ついでに、何か用事とかあるか?」

「いえ、特には……」

「そうか……じゃあ、行って来る」

「お気をつけて、いってらっしゃいませ」

「いってきま〜す」








「さて、それでは……、
お掃除を始めるとしましょうか」











第219話 「えっちなのは……」










「そうですね……、
今日は、誠様のお部屋を、お掃除しましょう」



 ある日のこと――

 藤井家へとやって来た、
ワタシは、突然、留守を預かる事となりました。

 商店街へと、お出掛けになられた誠様を見送り……、

 すっかり静かになった、
無人の藤井家へと、ワタシは戻ります。

「…………」

 いつもは賑やかな、この家も……、
 こうして、誰もいなくなると、やはり、寂しく感じるものですね。

 と、そんな事を考えつつ、
ワタシは、これからの予定を考える。

 夕飯の買出しは、終わっていますし――
 洗濯物は、先程、全て畳んでしまいました――

 となると、あとは――

「……?」

 何かする事は無いかと、ワタシは首を傾げます。

 しかし、どんなに、
頭を捻っても、何も思い浮かばず……、

「困りましたね……、
もう、仕事が終わってしまいました」

 珍しく、時間が余ってしまい、ワタシは、どうしようかと首を傾げる。

 これが自宅なら、こういう時は、
最近になって始めた、読書などをして潰すのですが……、

 折角、誠様のお宅にいるのですから、
限られた時間を、もっと有意義に使いたいものです。

 と、いうわけで――

 普段、出来ないことをしようと、
ワタシは、誠様のお部屋を、お掃除させて頂くことにしました。

「――失礼します」(ぺこ)

 例え、主人が不在でも……、
 メイド足る者、最低限の礼儀を忘れてはいけません。

 まずは、ドアを軽くノック……、

 その後に、ドアを開け、
軽く頭を下げると、ワタシは、部屋の中へと入ります。

「さて、まずは整頓してからですね」

 ワタシは、部屋全体を見回し、そう呟いてから、作業を始める。

 雑然と積み上げられた本の山――
 パソコンの周囲に詰まれた大量の資料――

 取り敢えず、これらを、どうにかしなければ、掃除すら出来ません。

 本来、こういった物は、ヘタに移動させると、
逆に、部屋の主人の迷惑になったりもするのですが……、

 そこは、メイドとしての腕の見せ所――

 綺麗に整頓しつつも、何処に、
何があるのか、すぐに分かるように、片付けていきます。

 そして、すっかり片付いた部屋に、軽く掃除機を……、

「……?」

 と、その時……

 ワタシは、ベッドの下に、
隠された、妖しげなダンボール箱を発見しました。

「こ、これは……」

 年頃の男性の部屋――
 その部屋のベッドの下に隠された物――

 それらのキーワードから、
導き出される答えに、ワタシは言葉を失う。

 即ち、えっちな本――

「そ、そんな……、
誠様が、このような物を……」

 た、確かに、誠様も健全な男性……、

 そういうモノを持っていても、
決して、おかしくは無いと、メイフィアさんも言っていました。

 そして、それを発見した時は、何も言わずに見逃すように、とも……、

 メイフィアさんの言葉にも、一理あります。
 誰にでも、秘密にしておきたい事はあるものですから。

 ……とはいえ、納得は出来ません。

 誠様には、さくら様達という、
素晴らしい恋人がいらっしゃるのです。

 にも関わらず、そのような物を所持しているなんて……、

「まったく、困ったものです……」

 深く溜息をつきながら、ワタシは、
ベッドの下から、ダンボール箱を引っ張り出します。

 もちろん、廃棄する為です。

 大変申し訳ありませんが、
誠様には必要ない、と判断させて頂きます。

 ――そう。
 えっちな本など必要ないのです。

 そんな物に頼らずとも、
あと一歩、前に踏み出して頂ければ……、

 さくら様も、あかね様も、エリア様も……、

 誠様のご要望に、
喜んで、応えて下さることでしょう。

 そ、それに、もし、
万が一、誠様が、お望みになるのなら……、

 このワタシとて――
 誠心誠意、ご奉仕させて――

「そ、それにしても……、
誠様は、一体、どのような本を……」(ポッ☆)

 一瞬、脳裏に浮かぶ妄想――

 その内容に赤面しつつ、
ワタシは、慌てて、それを掻き消します。

 そして、次に湧き上がるのは……、

 メイドにはあるまじき――
 主人に対する、邪な好奇心――

 そんなモノを抱いてはいけない、と知りながら……、

 ワタシは、その好奇心に、
どうしても、打ち勝つ事が出来ず……、

 ……恐る恐る、ダンボール箱へと、手を伸ばす。

 そして……、
 箱のフタを開け……、

 一番上にある本の表紙を……、

     ・
     ・
     ・
















 
――『妹の憂鬱』。
















えっちなのは、
いけないと思います!
















 ……いきなり、コレですか?(汗)

 しかも、一番上にある、という事は……、
 最も『使用頻度』(?)が高い、という事になりますよね?

 それにしても……、

 『妹』という単語が示す通り、
随分と、幼い外見の女性の写真ばかりですね。

 誠様って、やっぱり……、

 まあ、空色の髪の女性のページに、
折り目がある分、多少、救いはあるようですが……、



「さて、次は……」



 その本を他所に置き、
ワタシは、次の本に手を伸ばします。

 既に、誠様への後ろめたさはありません。

 寧ろ、これは、ワタシの使命……、

 メイドとして……、
 誠様達の、さらなる幸福の為に……、

 ワタシは、誠様の性癖を理解して、
さくら様達を、お導きしなければならないのですっ!]

 と、論理武装しつつ、
ワタシは、二番目の本を手に取り……、

     ・
     ・
     ・
















 
――『二人一緒じゃダメですか?』。
















えっちなのは、
いけないと思います!
















 また、マニアックな……、(大汗)

 しかも、『双子』ネタだなんて……、
 世の中には、色々なジャンルがあるのですね。

 まあ、誠様達のご関係を考慮しますと、
複数同時というのは、推奨するべきなのでしょうが……、

 ただ、『双子』というキーワードが気になります。

 確か、誠様のお知り合いには、
小学一年生の、双子のお嬢様がいた筈です。

 もしや、誠様……、

 この写真の人物を、
彼女達に、脳内変換していませんよね?

 どちらにしても……、
 少々、焦りを抱いた方が良いのかもしれません。

 誠様が、屈折してしまわれる前に……、

 なんとしても……、
 さくら様達との、新たな一歩を……、

     ・
     ・
     ・
















 
――『背徳の恋模様? 〜義母編〜』。
















えっちなのは、
いけないと思います!
















 ――ちょっと待ってください。(怒)

 はるかさん達の、過剰なまでの、
スキンシップ(?)を、嫌がっておきながら……、

 しっかりと、このような本を持っているのですか?

 確かに、はるかさん達は、
皆、とても魅力的な女性であることは認めますが……、

 誠様……、
 ちょっとした気の迷いですよね?

 決して、人妻に走られたりはしませんよね?

 ああ、どうか……、
 どうか、ここで踏み止まってください。

     ・
     ・
     ・
















 
――『彼女を悦ばせる108の技』。
















えっちなのは、
いけないと思います!
















 とはいえ――

 流石に、この本は、
捨ててしまうわけにはいきませんね。

 何故なら、この本は、さくら様達の為のモノ……、

 誠様は、この本を読んで、
さくら様達の為に、お勉強なさっているのです。

 場合によっては、誠様は、同時に四人を――

 コホン、コホン……、
 数え間違えてしまいました。(赤面)

 同時に『三人』を、お相手しなければならないのですから……、

 ですが、誠様……、
 このような本を、購入なさらずとも……、

 このワタシに相談して頂ければ、いつでも……、(ポポッ☆)

     ・
     ・
     ・
















 
――『メイドさんのご奉仕』。
















えっちなのは、いけない――
















――こともないと思います。(爆)
















 ――そうですね。

 誠様は、奥手すぎるので、
多少、えっちなくらいで、ちょうど良いのかもしれません。

 浩之さんと違って、
その手の事には免疫がありませんし……、

 せめて、知識だけでも、蓄えておくべきでしょう。

 なにせ、相手は四人――

 ではなくて……
 三人も、いらっしゃるのですから。

 とはいえ、このような本に頼られるのは、良くありません。

 どのような理由であれ、
さくら様達は、納得しかねるでしょうし……、

 ここは、やはり……、
 メイドとして、ワタシが一肌脱ぐべきなのではっ!

 誠様も、こうして、『メイド』を求めていらっしゃるようですしっ!

 いえ、しかし――
 所詮、ワタシはメイド――

 ――しかも、自動人形でしかありません。

 そんなワタシが、さくら様達を、
差し置いて、お情けをかけて頂くわけには……、



「…………」(真っ赤)



 い、いけません……、

 どうも、先程から、
おかしな方向へ、思考が暴走しています。

 ここは、少し、落ち着かなくては……、

 だいたい、ワタシは、
デュラル家に仕えるメイドなのです。

 そんなワタシが、出過ぎた真似をする必要など……、

     ・
     ・
     ・








「――ただいま〜」

「……っ!!」






 玄関から聞こえる声――

 どうやら、誠様が、
商店街から、お帰りになられたようです。

 こうしてはいられませんっ!
 メイドとして、主人をお出迎えしなけれぱっ!

 と、その前に……、

「取り敢えず、これは、戻しておきましょう」

 ワタシは、散らばった本を、
手早く、ダンボール箱の中に入れ、ベッドの下へと押し込みます。

 軽く深呼吸――

 気持ちを落ち着け、
身支度を整えると、誠様の部屋を出る。

 慌てず、騒がず……、
 ゆっくりとした足取りで、階段を降り……、

 そして――
 御主人様が――

 誠様が待つ、玄関へと――
















「お帰りなさいませ、誠様」

「――ただいま、フラン」








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