「あら、藤井さん……?」

「んっ? どうした、琴音ちゃん」

「さくらちゃん達は、何処に行ったんですか?」

「え〜と、さくら達なら、
なんか大慌てで、購買に行ったけど……」

「あら、すれ違っちゃいましたか」

「二人に、何か用か?」

「いえ、大した事じゃ……」

「ふ〜ん……、
まあ、すぐに戻ってくるだろうし……」

「そうですね……あっ!」

「――えっ?」








「藤井さん……、
制服のボタンが取れ掛かってますよ」

「……あっ、ホントだ」











第217話 「乙女の嗜み」










「え〜っと、裁縫道具は……」








 ある日の昼休み――

 食堂から、教室に戻ってきた、
琴音ちゃんに、ボタンの弛みを指摘され……、

 俺は、それを直す為に、さくらの鞄を漁っていた。

「ふ、藤井さん……、
一体、何をしてるんですか?」

「何って……探し物」

「…………」(汗)

 さくらの鞄を机に置き、
俺は、その中に、おもむろに手を突っ込む。

 そんな俺を見て、唖然とした様子の琴音ちゃん。

「――ダ、ダメですっ!!」

 だが、すぐに我に返ると、
あっと言う間に、俺から、さくらの鞄を引っ手繰ってしまった。

「うわ、何するんだよ!?」

「いくら、恋人とはいえ……、
女の子の鞄を、勝手に漁っちゃいけません!」

「でも、さくらの鞄だし……」

 凄い剣幕の琴音ちゃんに、
ちょっと気圧されつつも、俺は、鞄を取り返そうと手を伸ばす。

 なにせ、俺とさくら達の仲である。

 今更、そんな事を、
気にするまでも無いと思うのだが……、

 ってゆ〜か、あいつらは、俺の鞄を平気で開けるぞ?

 いや、鞄どころか……、
 俺の部屋は、あいつらに漁り尽くされている。

 その所為で、今まで、
どんなに、酷いに目遭ってきたことか……、

 まあ、それはともかく――

「ちょっと物を借りるだけだから……」

 と、理由を手短に話しつつ、
俺は、琴音ちゃんの腕の中にある、さくらの鞄を掴む。

 だが、その手は――


 
ぺちんっ!


 横から現れた――

 何者かによって、
アッサリと、叩き落とされてしまった。

「痛いぞ、葵ちゃん……」

「あのね、藤井君……、
親しき仲にも礼儀あり、だと思うよ」

 叩かれた手を擦りながら……、

 俺は、乱入者である、
葵ちゃんを、ジト〜ッと睨み付ける。

 だが、彼女が、その程度で怯む訳も無く……、

 それどころか、葵ちゃんは、
ちょっと険の込もった、呆れた表情で、俺を睨み返してきた。

 その表情は、まるで……、

『藤井君なら、そういう事は、
ちゃんと分かってくれている、と思ってたのに……』

 と、言って……、
 落胆しているようにも見えて……、



「そうだな……ゴメン」



 ここに来て、俺は、
ようやく、自分の軽率さに気がついた。

 そうだよな……、
 いくら、相手が俺とはいえ……、

 いや、俺だからこそ、
見られたくないモノだってあるよな。

 あいつらは、女の子なんだし……、

 自分の間違いを思い知り、
俺は、琴音ちゃん達に、素直に頭を下げる。

 すると、二人は、表情を和らげ……、

「謝る相手が、違うんだけど……」

「まあ、今日のところは……、
素直さに免じて、見なかった事にしてあげますね」

 そう言って、俺から奪った、
さくらの鞄を、元の位置へと戻した。

 そして、改めて、俺に向き直ると……、

「それで……何を探していたんですか?」

 鞄を漁っていた理由を、琴音ちゃんが訊ねる。

 それに対して、俺は、
自分の制服の、取れ掛かったボタンを指差す事で答えた。

「これを直そうと思って……、
さくらは、いつも、裁縫道具を持ち歩いてるから……」

 え〜っと、確か……、
 『ソーイングセット』っていうんだっけ?

 以前、それを鞄から出して、
ハンカチに刺繍を施していたのを覚えている。

 だから、今日も、持っていると思ったのだが……、

「そういう事でしたら――」

 俺の説明に、納得顔の琴音ちゃん。

 そして、何を思ったのか……、
 唐突に、自分の鞄を漁り出すと……、



「――脱いでください」

「なんですとっ!?」



 琴音ちゃんの、不穏な発言……、

 それを耳にした俺は、
我が身を守るうに、両腕で、自分の体を抱きながら、後ずさる。

「昨日、散々、剥いたクセに……、
また、俺を玩具にするつもりかっ!?」

「――違いますっ!!」

「じゃあ、何で……?」

「私が、ボタンを直しますから、
制服を貸してください、と言ったんです!」

「へっ……?」

 見れば、琴音ちゃんの手には、
さくらが持っていた物に似た裁縫道具が……、

「あ、ああ……なるほど」

 それを見て、ようやく、
彼女の意図を悟った俺は、手早く、制服を脱ぐ。

 そして、それを琴音ちゃんに渡し……、

「それじゃあ……よろしく」

「――はい、お任せです」

 俺から制服を受け取り……、

 割と慣れた手つきで、
琴音ちゃんは、制服のボタンを直し始めた。

「でも、良かったのか……?」

「何が、です?」

「だって、浩之のじゃないのに……」

 机に頬杖をつき、その手際を、
ボ〜ッと眺めながら、俺は、何となく、気になった事を訊ねる。

 すると、琴音ちゃんは、
作業を続ける手を休めぬまま……、

「隣で、男の人が、お裁縫しているのに、
それを黙って見ているのは、女の子としての沽券に関わります」

「……そういうモンか?」

「まあ、相手にもよりますけど……」

「じゃあ、俺なら良いんだ?」

「お友達ですから……、
もちろん、藤田さんなら、望むところです♪」

「あれっ、そういう機会あるの?」

「忘れていませんか……、
私は、エクストリーム同好会のマネージャーですよ?」

「あかりさんの居ぬ間に、何とやら……」

「うふふふふふ……♪」

     ・
     ・
     ・



 なんて軽口を交わしつつ……、

 琴音ちゃんによって、
俺の制服のボタンは直されていく。

「それにしても……」

 と、そんな琴音ちゃんの姿に、
葵ちゃんが、何やら感心したように呟いた。





「――琴音ちゃんも、そういうの、持ち歩いてたんだね」

「えっ……?」





 何気ない、葵ちゃんの一言……、

 その一言が、事態を、
何やら、おかしな方向へと進展させる事となる。

「あ、葵ちゃん……?」

 彼女の言葉に、敏感に反応する琴音ちゃん。

 そして、恐る恐ると、
琴音ちゃんは、葵ちゃんの両肩を掴むと……、

「もしかして……持ってないの?」

「う、うん……」

「ダメよ、葵ちゃん!
女の子としての嗜みなんだからっ!」

「で、でも、裁縫なんて出来ないし……」

「だったら――」

 琴音ちゃんの勢いに圧され……、

 しどろもどろになりつつも、
葵ちゃんは、琴音ちゃんの質問に、律儀に答えていく。

 それを聞き、一瞬、思案する琴音ちゃん。

 そして、何を考えたのか……、
 糸切りハサミを、おもむろに構えると……、

「――えい
っ!

「ああああ〜〜〜〜っ!!」

 なんと……、

 俺の制服のボタンを……、
 躊躇無く、全部、切り取ってしまった。

「せっかくですから……、
これで、練習させて貰う事にしましょう」

「な、何をやってんだよっ?」

 突然の、琴音ちゃんの暴挙――

 さすがに、黙って見ていられず、
俺は、琴音ちゃんから、自分の制服を奪い取る。

 だが、すぐさま、奪い返され……、

「これも、葵ちゃんの為です!
藤井さんも、男らしく、一肌脱いでくださいっ!」

「いや、それについては、吝かじゃないんだが……」

 何も、全部、取らなくても……、

 と、抗議する間も無く、
琴音ちゃんによる、裁縫講座が始まってしまう。

 こうなると、もう、
成り行きを見守るしかないわけで……、



「う〜、針に糸が通らないよ〜」

「糸通しもありますが……、
できれば、使わずに済ませたいよね」

「葵ちゃんは、別に、目が悪いわけじゃないしな」

「えっと、ここで、強く引っ張って……」

「ああっ、ダメよっ!
そんなに強くしたら、糸が切れちゃう!」

「……葵ちゃんって、実は不器用?」

「そういう言い方って、酷いと思います」

「昨日、あれだけ弄られたんだ。
このくらいの意趣返しはしても許されるだろ?」

「――ダメです」

「世の中って不公平……」

     ・
     ・
     ・



 こうして――

 琴音ちゃんの裁縫講座は……、
 予想以上に、時間が掛かる事となり……、

 葵ちゃんによって、全てのボタンが付け終わるまで……、

「さ、寒い……」

 肌寒い秋の昼下がり――

 俺は、ワイシャツ一枚で、
延々と、待ち続ける羽目になるのであった。
















 ぶるぶる……、

 早く終わらないかなぁ……、(涙)








<おわり>
<戻る>








 おまけ――


「まーくん……?」(にっこり)

「は、はい……、
何でありましょうか、さくらさん?」(脅)

「制服のボタン……全部、直ってますね」

「あ、ああ……、
琴音ちゃんと、葵ちゃんが……」(汗)

「わたしが、直すつもりだったのに……」

「…………」(大汗)

「糸が無かったから、
購買まで買いに行ったのに……」

「…………」(滝汗)

「まーくんの裏切り者〜っ!!」(怒)

「うわぁぁぁ〜〜っ!
ゴメンなさぁぁぁ〜〜〜〜いっ!!」(泣)