「…………」
「も、申し訳ありません、誠様……」
「いや、フランは悪くない……、
ここんとこ、ずっと、雨が続いたからな」
「ワタシとした事が……、
服を全て洗濯してしまうなどという失態を……」
「気にするなって……、
今日は天気も良いし、すぐに乾くだろ?」
「で、ですが……」
「――もう良いから」
「そ、それでは……、
もうしばらく、そのままでお待ちください」
「ああ……」
第212話 「愛の目覚め」
ある日のこと――
またしても、俺は、女装をしていた。
しかも、着ている服は――
寄りにもよって、例のアレ――
――弥生さんから贈られて来た、あのフリフリドレスである。
一応、言っておくが……、
決して、変な誤解はしないようにっ!
俺が、こんな恰好をしているのは、あくまでも『仕方無く』だ。
では、何故に……、
こんな真似をする羽目になってしまったのか、と言うと……、
――答えは簡単。
最近、雨の日が続いており、
その為、洗濯物を、干すことが出来ず……、
さらに、久々に晴れた所為か……、
フランが、俺の服を、
ついつい、全部、洗濯してしまったのだ。
つまり……、
着る服が無くなってしまったのである。
このフリフリドレスを除いて……、
「……早く乾かないかな〜」
縁側に座りに、膝の上で眠る、
ミレイユの背中を撫でながら、俺は、ボ〜ッと庭を眺める。
そこには……、
フランによって洗濯され……、
物干しに掛けられた、大量の洗濯物が……、
「あれが乾くまで、
ずっと、この恰好のままなんだよな〜……」
振り注ぐ太陽の光の下、
風に揺れている自分の服を見つつ、俺は溜息をつく。
いっそ、トランクス一枚で過ごした方がマシなのだが……、
フランが家にいる以上、
さすがに、そういうわけにもいかないし……、
ちなみに、そのフランだが――
今は、洗濯を終え、
キッチンにて、昼メシ作りの真っ最中――
「誠様……?」
「んっ? どうした?」
不意に、フランに呼ばれ、
俺は、気の抜けた返事をしつつ、振り向く。
と、その瞬間――
「お兄ちゃん……っ!!」
「――うおわっ!?」
いきなり、小さな『何か』が……、
物凄い勢いで、
振り向いた俺の胸に、飛び込んできた。
「な、なるみちゃん……?」
突然の来訪者に、俺は目を見開く。
――そう。
それは、双子姉妹の一人、なるみちゃんだった。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん……んみぃ〜」(泣)
「ど、どうしたんだ、一体……」
俺の顔を見るなり……、
ギュッと、俺にしがみ付き、なるみちゃんは泣きじゃくる。
そんな彼女に戸惑い、俺は、
助けを求めるように、フランへと目を向けた。
だが、フランもまた、困り果てたように、首を横に振ると……、
「……お客様です」
「いや、それは分かっちゃいるが……」
「来て早々に、お泣きになられて……、
取り敢えず、ここまで、お連れたのですが……」
そう言って、フランは、申し訳なさそうに、頭を下げる。
なるほど……、
フランにも、事情は分からない、という訳か……、
「何か、お飲み物でも……」
「ああ……あと、甘い物も頼む。
その間に、この子から、話を訊いておくからさ」
「――かしこまりました」
ペコリと一礼し、キッチンへと向かうフラン。
それを見送った後、俺は、
未だに泣いている、なるみちゃんを膝の上に座らせると……、
「……何かあったんだ?」
まずは、気を落ち着かせるため……、
彼女の頭を撫でつつ、
三つ編みにされた髪を、フニフニといじってやる。
何故かは分からないが……、
なるみちゃんは、
こうしてあげると、凄く喜ぶのだ……、
「くるみが……くるみが……」
「落ち着けって……、
それで、くるみちゃんに、何かあったのか?」
「……いなくなっちゃったの」
「――なんだって?!」
涙目で訴える彼女の言葉に、
俺は、ついつい声を荒げてしまった。
それに驚き、再び、泣きそうになる、
なるみちゃんを宥めつつ、俺は、詳しい話を聞き出す。
で、それを要約すると……、
どうやら、くるみちゃんは、一緒にいた、
なるみちゃんとはぐれ、迷子になってしまったらしい。
場所は、駅前――
姉妹で、買い物へと出掛けたのだが、
いつの間にか、くるみちゃんの姿を見失ってしまったそうな。
駅前は、人通りが激しく、交通量も多い。
小学一年生になったばかりの子供が、
たった二人で、行って良いような場所ではない。
そんな真似をすれば、迷子になるのも当然……というか、危険だ。
まったく……、
どうして、そんな危ない真似を……、
まあ、それはともかく――
妹と逸れてしまった、
なるみちゃんは、すぐに、最寄りの交番に行った。
だが、その交番には……、
頼みの綱である警官の姿は無く……、
困ったなるみちゃんは、
俺に助けを求めて、ここまでやって来たわけだ。
「そうか……頑張ったね」
「んみぃ〜……」
不安だったのだろう……、
俺が抱きしめてあげると、
なるみちゃんは、ようやく、泣き止んでくれた。
その事に、まずは、胸を撫で下ろす。
とはいえ、ノンビリとはしていられない。
今もなお、何処かで、
もう一人の少女が、泣いているかもしれないのだ。
すぐにでも、くるみちゃんを探しに行かないと……、
でも、捜索範囲は、あまりに広い。
とても、俺一人だけでは、彼女を見つけ出すなんて……、
「ミレイユ……」
「――にゃっ♪」
……俺は、ミレイユに目を向けた。
成り行きを見ていた彼女は、
俺の意図を察したのか、すぐさま、外へと駆け出して行く。
にゃんにゃんネットワーク――
それは、俺の猫友達――
ドットハッカーズへの協力要請――
正直、あまり、こういう真似はしたくなかったのだが……、
事態は、切羽詰まっているのだ。
さすがに、手段を選んではいられない。
「……頼むぞ、みんな」
仲間達に、事情を伝える為、
我が家の塀を飛び越え、駆けて行くミレイユ……、
そんな彼女の背を、見送った後……、
俺もまた――
なるみちゃんをフランに任せ――
――大急ぎで、家を飛び出した。
・
・
・
――駅前に向かって、俺は走る。
何か、妙に走り難いし……、
やたらと、人の視線を感じるが……、
そんな些細な事は、取り敢えず、
無視して、俺は、息を切らせながら、全力で走る。
そして、駅前の……、
最も人通りが多い広場へと到着した。
「くるみちゃん……何処に……」
ハアハアと、肩で息をしつつ、俺は、周囲を見回す。
しかし、この人ゴミの中、
小さな子供が、そうも簡単に見つかる訳も無い。
もしかしたら、もう、交番にいるのかも……、
そう思い、俺は、
最寄の交番へ向かおうと、踵を返した。
と、そこへ――
「…………」
「――バルムンク?」
一体、何処から現れたのか……、
俺の目の前に、目付きの鋭い、
空色の毛並みの雄猫が、颯爽と現れた。
「見つけたのか!?」
「…………」
訊ねる俺に、彼は、無言のまま、顎で方向を指し示す。
なるほど……、
ついて来い、というわけか……、
「わかった、案内してくれ」
俺の言葉に頷き、駆け出すバルムンク。
それを見失わないように、
俺は、疲れた足に鞭を打って、彼を追った。
そして――
どれくらい、走っただろうか――
着いた先は、駅前ではなく……、
俺と双子姉妹が……、
初めて出会った公園……、
「んに……うぅ……グス……」
その片隅に有る小さなベンチに座り……、
くるみちゃんは、膝の上で、
キュッと両手を握り、俯いたまま、必死に泣くのを堪えていた。
そんな気丈な彼女を励ますように……、
そして、守るように……、
たくさんの猫達が、彼女を見守っている。
「にゃ〜……」
その中には、ミレイユの姿もあった。
俺の姿を見ると、ミレイユは、
こちらへと駆けて来て、いつものように、俺の頭の上に乗る。
その姿を、追ったのだろう……、
くるみちゃんもまた、
視線を上げ、涙で一杯の瞳で、俺を見た。
そして――
安心して、気が緩んだのだろう――
泣きながら、俺の胸へと飛び込んで――
「んに……?」
――来なかった。
それどころか、驚いたように目を見開き……、
信じられないようなモノを、
見るような顔で、俺を見つめ、首を傾げている。
「………?」
そんな彼女の態度に、俺もまた、頭を捻った。
――はて?
何か、おかしな事でも……、
……。
…………。
………………。
――なんてこったいっ!!
俺ってば……、
女装したままじゃね〜かっ!!
「ぐあ……」(泣)
己の現状を思い出し、
俺は、恥ずかしさのあまり、頭を抱える。
い、いくら、慌てていたとはいえ……、
こんな恰好のまま、家を飛び出し……、
それどころか、人通りの多い、駅前まで来てしまうなんて……、
「なんて無様……」
穴があったら入りたい、とは、まさにこの事……、
過去を振り返り……、
変態じみた自分の行為に、俺は涙する。
「まこ兄……だよね?」
「お、おう……」
いつの間に、傍に寄って来たのか……、
そんな俺を、くるみちゃんが、
キョトンとした顔で、呆然と見上げている。
半信半疑だったのだろう……、
頷く俺を見て、くるみちゃんは、それを確信する。
そして、ますます目を丸くし、
何度も、俺の姿を、上から下まで凝視し始め……、
「…………」(ジ〜)
「うっ……」(汗)
「…………」(ジ〜)
「ううっ……」(大汗)
「…………」(ジ〜)
「うううっ……」(滝汗)
・
・
・
「…………♪」(ポッ☆)
「――何故っ!?」
突然、頬を赤らめる少女――
その予想外過ぎる、
彼女の反応に、俺は、思わず後ずさった。
な、何故だろう……、
今、一瞬、くるみちゃんの目付きが変わったぞ。
いや、それは、今も同じか……、
何せ、くるみちゃんは――
胸の前で手を組んだ、乙女チックポーズのまま――
「……まこ兄〜♪」(ポポッ☆)
「…………」(汗)
瞳をキラキラさせて――
思い切り、熱の篭った、
眼差しで、俺を見つめているのだから――
「ねえ……まこ兄?」
「……な、何でしょうか?」(汗)
モジモジしながらも……、
くるみちゃんが、一歩、踏み出して来た。
その異様な迫力に、気圧され、俺は、またしても、後ろに下がる。
だが、それに構わず、
くるみちゃんは、俺へと距離を詰めてくる。
そして、逃がさない、とでも言うように、俺の服を掴むと……、
「あのね……ボク、お願いがあるの」
「な、なな、何かな……?」
「ボクの……、
『お姉ちゃん』になって♪」
「なんじゃそりゃぁぁぁーーっ!!」
……。
…………。
………………。
で、結局――
俺は、歩き疲れた、くみちゃんを背負って……、
なるみちゃんが待つ、
我が家へと帰る事になったのだが……、
「んに〜♪ まこ兄〜♪」
「…………」(泣)
何故に、俺の背にいる、
くるみちゃんは、やたらと機嫌が良いのだろう?
いや、それだけでは無い……、
頬にキスしてくるのは、何故でしょう?
顔をスリ寄せてくるのは、何故でしょう?
耳に息を吹き掛けてくるのは、何故でしょう?
・
・
・
おお、神よ……、
もしかして……、
俺、ヤバイ道に足を踏み入れましたか?(大泣)
<おわり>
<戻る>
おまけ――
誠 「ところで……、
何で、二人で駅前なんかに行ったんだ?」
くるみ 「……プレゼントを買いに行ってたの」
誠 「プレゼントって……誰に?」
くるみ 「もちろん、まこ兄に、だよ。
夏休みの間に、いっぱい遊んで貰ったから……」
誠 「そうか……それは楽しみだな」
くるみ 「ちょっと待ってね……、
今、プレゼントを着けてあげるから♪」
誠 「――は? 着ける?」
くるみ 「……はい、出来たよ♪」(キュッ)
誠 「リ、リボンですか……?」(泣)
くるみ 「んに〜、可愛い♪
やっぱり、似合うよ、まこ兄〜♪」
誠 「あ、あははははは……」(壊)