「あの、みことさん……、
一つ、お訊ねしても宜しいでしょうか?」

「ん〜、な〜に?」

「誠様は、猫がお好きなのですよね?」

「うん、そうだよ〜」

「では、何故……、
猫を飼わないのでしょうか?」

「…………」

「……?」

「そうね……あなたになら、話しても良いかもね」

「――はい?」

「長くなるかもしれないし……、
フランソワーズちゃん、お茶を淹れてくれる?」

「かしこまりました……」








「それじゃあ……、
少しだけ、昔話をしましょうか……」











第207話 「むかしばなし」










 昔々、あるところに――

 それはそれは、可愛らしい少年がいました。

 少年は、とても猫が好きで……、
 そして、猫に、良く懐かれる体質でした。

 その為、少年と猫達は、とても仲が良く、毎日のように、一緒に楽しく遊んでいました。

 そんな、ある日のこと――

 少年は、一匹の仔猫と出会いました。

 とても気品の有る……、
 淡く赤い毛並みの可愛い雌猫……、

 きっと、お散歩中だったのでしょう。

 少年は、車道を挟んだ、
反対側の歩道に、彼女の姿を見つけました。

 仔猫もまた、その少年の視線に気付いたみたいです。

 少年へと目を向け、
仔猫は、嬉しそうに鳴き声を上げます。

 そして……、
 少年と、一緒に遊ぼうと思ったのか……、

「――ダメッ!!」

「にゃ〜……♪」

 少年が止めるのも聞かず……、
 仔猫は、ガードレールの下を潜り抜け……、

 そのまま、車道へと……、

     ・
     ・
     ・








 その日の夕方――

 少年は、血に塗れて帰ってきました。

 泣きながら……、
 息絶えた、小さな命を抱えて……、
















「そのような事が……」

「ええ……幼い子供には、ショックだったと思うわ」

「そうですね……、
目の前で、車に撥ねられてしまうなんて……」

「庭の隅に、小さなお墓があるでしょう?」

「はい……あれが、その猫さんのお墓なのですね」

「あの日からかしら……、
誠が、それまで以上に、猫に好かれるようになったのは……、

「……何故なのでしよう?」

「多分、慰めてくれてるんだと思う……、
あれ以来、しばらく、誠は塞ぎ込んじゃったから……」

「誠様……」

「それでね……、
この話には、まだ続きがあって……」

     ・
     ・
     ・








 その日から――

 少年は、猫達を避けるようになりました。

 きっと、あの仔猫の死に、
責任を感じて、自分を責めているのでしょう。

 あそこに、自分がいたから――
 目の前にいたのに、助けられなかった――

 あの仔猫は、自分の所為で――

 それは、幼い少年には、
あまりにも過酷で、重過ぎる現実です。

「僕のせいで……僕のせいで……」

 いつしか、少年は塞ぎ込み、笑わなくなってしまいました。

 たまに、外に出ても、
寄って来る猫達を、邪険に追い払うようになりました。

 でも、決して、少年は、猫達を嫌いになったわけではありません。

 少年の行為は……、
 大好きな猫達を想うが故……、

 ――自分に関われば、また、不幸な事が起こってしまう。

 そんな想いがあるが故に、
少年は、猫達を、自分から遠ざけるようにしたのです。

 しかし、それでも……、
 猫達は、少年へと歩み寄ります。

 何度も、何度も……、

 猫達は知っていたのです。
 少年の、優しい想いに、気が付いていたのです。

 たがらこそ、自分達で、少年を慰めて上げたい。

 もう一度、笑ってもらいたい。
 そして、また、皆で一緒に、楽しく遊びたい。

 怒鳴られても……、
 邪険にされても……、

 猫達は、少年を慰めようと、何度も、彼に歩み寄ります。

「どうしてだよ……、
何で、僕なんかに、そんなに構うんだよっ!」

 そんな猫達に対して、
ついに、少年は、石を投げ付け始めました。

 本当は、こんな事をしたくないのに……、

「来るなっ! 来るなっ! 来るなぁぁぁぁーーーっ!」

 泣きながら、叫びながら……、
 少年は、寄って来る猫達に向かって、石を投げ続けます。

 そして……、

「――フギャッ!」

「あ……っ」

 とうとう、少年の投げた石が、
一匹の猫に、ゲカをさせてしまいました。

 石は猫の右頬に当たり、そこから血が流れ……、

 それを見て、石を投げる少年の手が、ピタリと止まります。

「あ……う、ああ……」

 自分が犯した罪に気が付いたのでしょう。

 まるで、恐ろしいモノを見る様に……、
 全身を震わせながら、自分の手を見つめます。

「にゃあ……」

 そんな少年に、怪我をした猫が歩み寄りました。

 怪我の痛みにも構わず……、
 真っ直ぐに、震えている少年を目指します。

 そして、少年の肩の上へと跳び上がると――



「にゃっ……♪」

「――えっ?」



 ぺろっ、と――

 猫は、そのザラザラとした舌で、少年の頬を舐めました。

 久しぶりの感触に、
少年は、キョトンした顔で、猫を見つめます。

 すると、今度は、頬を摺り寄せ――
 さらには、他の猫達も加わって、少年の体に群がると――

「わっ! わっ! わぁぁぁ〜〜っ!?」

 舐めたり、甘噛みしたり、匂いを嗅いだり……、

 大勢の猫達によって、少年は、
あっと言う間に、揉みくちゃにされてしまいます。

 でも、少年は感じていました。

 猫達の優しさを……、
 猫達のあたたかな心を……、

 慰めてくれている――
 励ましてくれている――

 ――頑張れ、って、応援してくれている。

「許して……くれるの?」

 仲間を見殺しにした自分を……、
 仲間を守れなかった自分を……、

 そんな自分と……、
 また、一緒に遊んでくれるの?

 ……僕を、皆の仲間に入れてくれるの?

『――にゃあ♪』

 少年の問い掛けに、猫達は、一斉に鳴いて答えました。

 そんな猫達を見て、少年の瞳から涙がこぼれます。

「うっ……うう……」

 涙は、悲しみの涙でなく――
 喜びから溢れ出た綺麗な涙――



「うわぁぁぁぁ〜〜〜〜〜んっ!!」



 堰を切ったように、少年は泣き出します。

 そんな少年を、猫達は、
優しげに見つめ、彼を守るように、その身を寄せました。

 そして、猫達は――

 少年が泣き止むまで――
 いつまでも、彼を見守り続け――

     ・
     ・
     ・








 その日から――

 少年と猫達は、
今まで以上に、仲が良くなったそうです。








 ――めでたし、めでたし。
















 ……。

 …………。

 ………………。
















「……良いお話ですね」

「そうね……でも、まだ、問題は残ってるのよ」

「誠様は、まだ……、
ご自分を許していらっしゃらないのですね?」

「ええ……だから、あの子は、猫を飼おうとはしないのよ」

「さくら様やあかね様達は……、
この件については、ご存知なのですか?」

「知らないわ……、
あの子達は、気を遣い過ぎるから……」

「で、では……」

「この話をするのは、あなたが初めてよ」

「何故、そのような……、
さくら様達を差し置いて、ワタシなどに……?」

「誠が石を投げて、ケガをさせちゃった猫なんだけど……」

「は、はあ……」

「タンホポのような、
黄色い毛並みの雌猫だったそうよ」

「そういう……事でしたか……」

「もし、心当たりがあったら……、
私と、誠の代わりに、お礼を言っておいてくれないかしら?」

「彼女の事ですから……、
きっと、忘れてしまっているかもしれませんが?」

「ふふふ……まあ、それでも構わないわ」

「――かしこまりました」

     ・
     ・
     ・
















 そして――

 その日の晩のデュラル家――



「マグロの刺身にゃ〜♪ シャケの塩焼きにゃ〜♪」

「な、なんだなんだ……、
今日の晩メシは、たまの好物ばっかりじゃね〜か?」

「フランソワーズ……何かあったの?」

「ある人に頼まれまして……、
ところで、たまさん、一つ、お訊ねしても良いですか?」

「もぐもぐ……ごっくん……何にゃ?」

「以前、頬にケガをして、
帰って来られた事がありましたよね?」

「……そんな事あったにゃりん?」

「そういえば、何年か前に……、
確か、石をぶつけられた、とか言っていたな……」

「酷い人もいるものですよね〜……、
女の子の顔に、石を投げ付けるなんて……」

「まあ、犯人を見つけたら、キッチリ責任取って貰わないとね〜」

「……その権利は、フランソワーズに譲るにゃ」

「はい? たまさん、今、何と――」

「何でもないにゃりんっ!
そんな事よりも、おかわりにゃ〜!」

「はいはい……」








<おわり>
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