――人は、誰もが、空に憧れる。

 空を漂う雲を見て……、
 大空を駆ける鳥達を見て……、

 文明が作り出した、
飛行機などは、まさに、その具現だろう。

 だが、人は、単体の力では、空を飛ぶ事は叶わない。

 何故なら……、
 人は、そのように出来ていないから……、

 と言っても、俺の知り合いには、
アッサリと、単独で空を飛んでくれる奴が、割と多いけど……、

 魔法だったり――
 超能力だったり――

 まあ、ようするに……、

 そんな真似が出来るのは、
ちょっと特殊な人間だけ、という事だ。

 ――そう。
 特殊な人間だけなのだ。

 ならば、何故――








 ――俺は、空を飛んでいるのだろう?











第204話 「ふらいんぐ・いん・ざ・すかい」










 ――『メリーポピンズ』という話を、ご存知だろうか?

 詳しい内容は忘れたが……、
 傘を持った婆さんが、空を飛び回る、というやつである。

 まあ、それはともかく――

 何故、いきなり、
こんな話を持ち出すのか、と言うと……、



「――誰か助けてくれ〜」(泣)



 現在の、俺の状態――

 それを、簡潔に表現するなら、
まさに、『それ』がピッタリだったりするからだ。

 ようするに……、

 今、俺は、件の婆さんよろしく……、
 傘を手に持ったまま、空を飛んでいるのである。

 いや、正確には、飛ばされている、と言うべきか……、

 なにせ、既に事態は、
俺の手を、完全に離れてしまっているのだから……、

 俺の命運を決めるのは……、

 この手に、しっかりと握られた――
 何処にでもある安物のビニール傘のみ――

 これだけで、俺は、大自然の猛威と闘わなければ……、


 ……。

 …………。

 ………………。


 まあ、それはともかく……、

 まずは、事の経緯を説明しなければならない。

 何故、俺が、このような……、
 文字通り、ブッ飛んだ状況にあるのか……、

 理由は、至って簡単……、

 俺が、不注意にも、
台風の日に、外出してしまったからで――

     ・
     ・
     ・
















 ある日のこと――

 俺は、週刊誌を買おうと、
近所のコンビニへと出掛ける事にした。

 天気予報では、台風が、間近に迫っているとのこと……、

 外を見れば、確かに、風は、
かなり強くなってきており、ビリビリとガラスを揺らしている。

 そんな時に、この幼い体で、外出するのは危険なのかもしれないが……、



「……まあ、急いで戻れば、大丈夫だろう」



 この体に、慣れてしまっていた所為もあっのだろう……、

 すっかり、油断した俺は、
軽い気持ちで、外へと出てしまった。

 しかも、一応、念の為と、傘を持って……、

「それにしても……、
この時期は、本当に、風が凄いにゃ……」

 叩きつけるような風に、
顔を顰めつつ、俺は、コンビニへと急ぐ。

 吹き荒れる強風に、多少、足を取られはしたものの……、

 俺は、無事に、コンビニに到着し、
目的の週刊誌を購入する事が出来た。

 だが、店を出る頃には、雨は、本格的に降り初めており……、

「仕方にゃいにゃ……」

 これだけ強い風と雨では、差すだけ無駄と知りつつも……、

 スブ濡れになるようは、
多少は、マシだろうと、俺は、傘を広げつつ、店から外に出た。

 と、その瞬間――
















 
ブォォォォォーーーーーッ!!


「にゃんですとおおおおおおおおおぉぉぉーーっ!!」
















     ・
     ・
     ・

 ――とまあ、こういうわけだ。

 普通に考えれば……、
 突風が吹いた場合、まず先に、傘が折れる。

 風の力と、持ち主の踏み止まる力に、傘が耐えられないからだ。

 だが、しかし……、
 ここで、忘れてはいけない。

 今の俺に、風の力に逆らって、踏み止まる力など無いのだ。

 故に、風を受けた傘によって、
俺の体は、まるで、帆を張った船のように、あらぬ方向へと持っていかれる。

 とは言っても……、
 所詮は、安物のビニール傘……、

 そんな事態に、傘の耐久力が堪えられるわけがない。

 ――そう。
 堪えられるわけがない、のだが……、

 これも、運命の悪戯か――
 それとも、ギャグキャラとしての宿命なのか――

 どうも、イイ感じに、
傘が上昇気流を捕まえてしまったらしく……、

 さらには、上手い事、風に乗ってしまったようで……、








 こうして、俺は……、

 傘一本で、空の旅を、
楽しむ羽目になってしまったのである。








「…………」(泣)

 荒れ狂う暴風雨の真っ只中――

 俺は、必死に、傘の柄を握り、
遥か眼下に広がる、住み慣れた街を見下ろす。

 あ、あははは……、(壊)

 東鳩高校が――
 駅前にあるデパートが――

 ――俺の家が、あんなにも小さく見えるぞ〜。(泣)

 半ば以上、壊れた思考で、
俺は、この童話じみた状況を、まるて他人事のように受け止めていた。

 考えてみれば……、
 これは、とても貴重な経験ではある。

 傘一本で飛んだ人間なんて、世界で俺だけだろうし……、

 うん……、
 ライト兄弟も真っ青だな。

 カメラがあるなら、是非とも、この勇姿を撮って貰いたいものだ。

 傘を手に持ち――
 大空を舞う猫耳少年――

 端から見れば、とってもメルヘンな光景――

 でも……、
 飛んでる本人してみれば……、





「ムチャクチャ怖ぇぇぇ〜〜っ!!」





 ついに、我慢し切れなくなり……、

 理性の箍が外れた俺は、
力の限り、世界中に響けとばかりに、悲鳴を上げた。

 命綱は、手に持つ傘一本のみ……、

 もし、これが壊れたら……、
 あとは、重力に身を任せ、落ちるだけ……、

 それは、まさに、パラシュート無しのスカイダイビング……、

 これ以上無いくらいに、壮絶な墜落死だ。

 ――そう。
 この高さから落ちれば、確実に死ぬ。

 この身が猫であろうと……、
 キャット空中三回転が出来ようと……、

 ……間違いなく、死ねる。

 ここから落ちて、もし、助かるようなら、
俺は、自分がギャグキャラだって、素直に認めてやるぞ。

 ――ああっ、認めてやるとも!

 この状況から、助かるというのなら、ギャグキャラにだってなってやる!

 世界とだって契約してやる!
 英霊になって、聖杯戦争にだって参加してやる!
 大統領だって殴ってみせらぁっ!
 でも、謎ジャムと千鶴さんの料理だけは勘弁なっ!

 ああ、もうダメだ……、

 死への恐怖のあまり、
まともに、モノを考えられなくなってきた。

 助けて……、
 誰か、助けてくれ……、

 この際、誰でも良いから……、


「にゃんでも良いから、
誰か、助けてくれぇぇぇぇっ!!」

















「……誠さ〜んっ!」

「――えっ!?」
















 半狂乱になって叫び散らす俺……、

 そんなの俺の耳に、
聞き覚えのある声が飛び込んできた。

 声かした方を見ると、そこには――



「誠さん! すぐに行きます!」

「――エリア!?」



 風の結界を身に纏い……、

 物凄いスピードで、
こっちに飛んでくるエリアの姿が見える。

 なんという幸運――

 おそらく、偶然にも、飛ばされた俺を発見し、
翔封界を唱えて、慌てて、追い駆けて来てくれたのだろう。

「誠さん……手をっ!」

「エリア……!!」

 風に翻弄され、動き回る俺の体を捕まえようと、エリアが手を伸ばす。

 そんな彼女に向かって、
俺もまた、必死に手を伸ばした。

 ゆっくりと、ゆっくりと……、
 俺の手と、エリアの手が、近付いていく。

 だが、荒れ狂う暴風は、それを、なかなか許してくれない。

 もう少し……、
 あと、もう少しで……、



「誠さん……もっと、手を……」



 あと、5センチ――



「う、くっ……エリア……」



 あと、4センチ――



「は、早く……」



 3センチ――



「エリア……これ以上は……っ!」



 2センチ――



「もう少し……あと、ちょっと……」



 1センチ――
















 ――バキッ!
















「あっ……」

「……はい?」
















「やっぱりこうにゃるのかあああああああーーっ!!」


「きゃあああ〜〜〜っ!
誠さぁぁぁぁぁぁ〜〜〜んっ!!」

















 で、結局――

 墜落した俺は、地面スレスレのところで、
エリアに受け止められ、何とか、事無きを得たのだが……、



「こ、怖かったよ〜……」(泣)

「ふふふっ、もう大丈夫ですからね〜♪」(抱き)



 その日は、一日中――

 俺は、恐ろしさのあまり、
エリアにしがみ付いたまま、過ごすのであった。
















 あうあうあう……、

 これは、しばらくは、トラウマになりそうだ。(号泣)








<おわり>
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