まあ、何と言うか……、

 猫になった時点で、いずれは、
こういう事態になるだろう、とは思っていた。

 予想していたからこそ……、

 常に、『それ』に対しては、
万全の警戒をしていたつもりだったのだが……、

 実の母親にとっては――
 所詮、息子の浅知恵など――

 何の障害にもならないわけで――








「あう〜……ふにゃ〜……」

「んふふふふ〜♪
やっぱり、猫さんには、コレだよね〜♪」











第203話 「割烹着の悪魔」










 ――すぐに気付くべきであった。



「あはー、まこり〜ん♪」

「は……?」



 一体、どういうつもりか……、

 着物の上に割烹着……、
 頭に青いリボンを付けて、俺の部屋に現れた母さん……、

「また、妙な恰好を……」

 おそらく、例によって、何かのコスプレなのだろうが……、

 そんな母さんの姿に呆れ、
俺は、苦笑しつつ、やれやれと肩を竦める。

 ――だが、それがマズかった。

 その油断が……、
 最悪の事態を招いてしまった。



 それを見た瞬間に――

 母さんの意図を――
 その姿の意味を理解して――

 ――即行で、逃げるべきであった。



「――えいっ!」

「へっ……?」



 唐突に、母さんの手が動く。

 電光石火の速さで、
母さんの手は、着物の袖の下へと入れられ……、

 取り出したのは、小さな薬袋……、

 その中に入っていた、粉状の物を、
母さんは、俺の目の前で、パッと撒き散らす。

 その粉状の物が、俺の鼻腔を擽った瞬間……、

 ようやく……、
 俺は、全てを理解した。

「こ、これは……っ!?」

 その物体の正体を理解して、
俺は、慌てて、鼻と口を手で押さえる。

 この甘美な芳香――
 意識を朦朧とさせる感覚――

 強烈に湧き上がる、猫の本能――

 ――そう。
 これは、間違い無く『アレ』だ。

 山地に自生するツル性植物……、

 葉っぱは、卵型で互生……、
 夏に白い花を咲かせる、猫の好物……、

 是、即ち……、



「……マタタビかっ!?」

「ぴんぽ〜ん♪」



 それはもう……、

 企みが、見事に成功し、
心の底から楽しそうに、母さんは頷く。

 その笑顔は、まさに、某黒幕の如く……、

「クッ……ぬかった……」

 勝ち誇る母さんを前に、俺は膝を屈する。

 ほんの微量とはいえ……、
 猫である俺にとって、マタタビの効果は絶大だ。

 もう、すでに、俺の人間としての意識は、猫の本能に、支配されようとしている。

 や、やばい……、
 頭が、フラフラしてきた……、

 まるで、酒にでも酔ったみたいに、体と意識が軽くなる。

 いっそ、このまま、堕ちてしまおうか……、

 脳裏に、甘い誘惑が過る。
 だが、俺は、すぐさま、それを打ち消した。

 堕ちちゃダメだ、堕ちちゃダメだ、堕ちちゃダメだ、堕ちちゃダメだ――

 堪えろ、俺……、
 何としてでも堪えろ、俺……、

 もし、ここで、理性を失ったら……、
 母さんに、一体、ナニをされるか分からんぞっ!!

「あ……あぅ……ふにゃ……」

「んふふ〜♪ 効いてきたみたいだね〜」

 意識を繋ぎとめようと、
俺は、何度も頭を振って、必死に抵抗する。

 だが、母さんは、それすらも許すつもりないらしい。

 さらに、追い討ちを掛けるように、
母さんは、俺の顎の下に手を伸ばすと、そこを、コチョコチョと擽る。

 その絶妙な愛撫が、あまりにも気持ち良く……、



「も、もう、ダメ……にゃ〜……」

「わ〜い♪ みーちゃんの勝ち〜♪」



 いとも容易く……、

 俺の人としての理性は……、
 猫の本能に、打ち負かされてしまった。

     ・
     ・
     ・
















「んふふ〜、作戦成功〜♪
さて、猫まこりんと、ナニして遊ぼうかな〜♪」


「にゃ〜……」

「取り敢えず、まずは、ベッドに寝かせて〜♪」

「あの、みーちゃんさん……何をしてるんです?」

「あっ、さくらっちもいたんだね。
仕方ないな〜、今回は、さくらっちに譲ちゃうね」


「はい? 何を――」

「――にゃ〜ん♪」

「きゃあ! ま、まーくん!?」

「んふふ♪ まこりんも、さくらっちが良いって♪」

「まーくん!? 一体、どうしちゃったん――」

「みゃあ……♪」(ぺろっ)

「――あん☆」

「それじゃあ、さくらっち……、
まこりんと、い〜っぱい、遊んで上げてね〜♪」


「ええっ?! 待って……はぅん☆
まーくん、ダメ……そんな……ああっ☆」


「にゃ〜♪ うみゃ〜♪」

「やん、くすぐったい……ふあぁっ☆」

「……ごゆっくり〜♪」(バタンッ)

     ・
     ・
     ・
















 ……。

 …………。

 ………………。
















 それから――

 数時間後に、俺は意識を取り戻した。

 その間、何があったのか、
俺の記憶には、サッパリ残っていない。

 ただ……、
 どういうわけか……、

 その日は、一日中、さくらは、俺と口を聞いてくれなかった。

 その理由が分からず、
首を傾げる俺に、首謀者である母さん曰く――

     ・
     ・
     ・



「う〜ん、失敗失敗……、
よく考えたら、今のまこりんじゃ、最後までは無理だもんね」

「――はあ?」

「でも、あそこまでシテおいて、
途中で眠っちゃうのは、女の子に対して失礼だよ〜」

「…………」(大汗)

     ・
     ・
     ・
















 すみません……、

 俺は、一体、ナニをしてしまったんでしょう?(大泣)








<おわり>
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