「――あれ？　お兄ちゃんじゃない」

「す〜……みゃ〜……」

「この子、誰なのかな……？」

「ふみ〜……にゃ〜……」

「うう〜、ダメだよ〜……、
ここは、お兄ちゃんの場所なのに……」

「ふにゃ〜……」

「でも、猫さんがいっぱい……」

「んみゃ〜……」








「……もしかして、お兄ちゃん？」

第１９９話　「さまーそると」

「――んんっ？」

「あっ……起きちゃった」








　ある日のこと――

　俺は、いつものように……、
　寄って来た猫達と一緒に、公園で昼寝をしていた。

　夏の日差しを遮る木陰の下で……、

　まるで猫のように……、
　と言うか、今の俺は、まさに猫なのだが……、

　……猫のように、体を丸めて、気持ち良くまどろむ。

　なんか、ここ最近――
　昼間は寝てばかりのような気がするが――

　――でも、そんな事は気にしない。

　だって……、
　今の俺は猫なのだから……、

「す〜……にゃ〜……」

　猫の本能に身を任せ……、
　この身が満足するまで、俺は惰眠を貪る。

　だが、突然――



「――あれ？　お兄ちゃんじゃない」



　一体、何者だろうか……、

　俺達の領域へと入り込み……、
　図々しくも、俺の猫さんライフを、邪魔する者が現れた。

「――んんっ？」

　聞き覚えのある声に、俺は、猫耳をピクピクと震わせる。

　そして、丸めていた体を軽く伸ばし、
眠い目を擦りながら、俺は、その声の主を見上げた。

「……なるみちゃん？」

　寝ている俺の顔を……、
　そっと覗き込んでいる幼い少女……、

　寝惚けた頭で、その少女の正体に気付いた俺は、無意識に、彼女の名前を呟く。

　すると――
　それを聞いた途端、なるみちゃんの目が見開かれ――



「やっぱり……お兄ちゃん？」

「――っ！！」



　――ハッと、俺は息を呑む。

　一気に眠気が吹き飛び……、
　覚醒した俺は、自分の不用意さに舌打ちをした。

　しまった……、
　思い切り、バレちまってるじゃね〜か……、

　……と、俺は、内心で頭を抱える。

　なにせ、今の俺は、幼児化＆猫化状態……、
　すなわち、本来の『藤井 誠』とは、似ても似つかぬ姿なのだ。

　ならば、俺が『藤井 誠』である事を、無関係な人に知られるわけにはいかない。

　事情を説明しようにも……、
　こんな荒唐無稽な話、到底、普通の人には理解出来るわけないし……、

　そもそも、こんな姿になった原因である、
スフィーさん達の事を、他人に話すわけにもいかないのだ。

　というわけで――

　何とかして、この場を、
誤魔化さなければならないのだが――



「お兄ちゃん……どうして、ちっちゃくなっちゃってるの？」

「…………」（汗）



　――ダメだ。

　なるみちゃんってば、
もう、すっかり、確信の眼差しで、こっち見てるし……、

　やれやれ……、
　こうなったら、仕方が無い。

「細かい事は気にしないように……、
大きくても、小さくても、俺は俺なんだからさ」

「で、でも……」

「――んっ？　もしかして、
お兄ちゃんは、やっぱり、大きくないと嫌かな？」

「そ、そんな事ないよ……むしろ、嬉しいかも」（ボソッ）

「じゃあ、問題無し！　良いね？」

「う、うん……」（ポッ☆）

　本当の事を言えない以上、惚け続けるしか手は無い。

　俺は、自信満々に言い切り、
ほとんど強引に、なるみちゃんを納得させた。

　何やら、ブツブツ言っていたような気がするが、敢えて、気にしない。

　せっかく、誤魔化したのに、
下手にツッコんで、また、追求されたら、元の木阿弥だからな。

「……それにしても、よく分かったね？」

「う、うん……あのね……」

　取り敢えず、件の事情の追求から。逃れる事には成功した。

　俺は、サッサと話題を変える為、
ふと、疑問に思った事を、なるみちゃんに訊ねる。

　なにせ、見た目が、ここまで、
変わっているにも関わらず、彼女は、アッサリと、俺の正体に気が付いたのだ。

　その理由を訊くと……、
　なるみちゃんは、何やら、手をモジモジとさせながら……、

「あのね、猫さん達がね……」

「……ああ、なるほど」

　彼女の言葉に、俺は納得する。

　見れば、俺達の周囲には、いつものように、
猫のカイト達が集まって、お昼寝モードの真っ最中だ。

　特に、ミレイユなんか、堂々と、俺の頭に寄り掛かってやがるし……、

　こんな奇天烈な状況を作れる奴なんて、この街では、俺くらいしかいないだろう。

　とは言っても、普通なら、
今の俺と『藤井 誠』を同一視するのは難しい。

　だが、そこは子供故の、素直さ、と言うか、単純さ、と言うか……、

　幼いなるみちゃんだからこそ……、
　俺の正体に、簡単に気付く事が出来た、というわけか……、

「――で、今日は一人なのか？」

「……うん」

「いつも一緒なのに、珍しいね？」

「……くるみじゃ、ダメなの」

「――は？」

　俺の隣に腰を降ろし、スカートの上で寝ている、
猫達を撫でながら、なるみちゃんは、何やら表情を曇らせる。

　そんな彼女の様子に、小首を傾げつつ、
俺は、なるみちゃんの話を、ちゃんと聞く為、ゆっくりと体を起こした。

「何が、ダメなんだ？」

「えと……あのね……」

　訊ねる俺に、一瞬、逡巡するなるみちゃん。

　だが、なるみちゃんは、軽く深呼吸をすると……、

　両手をキュッと握り……、
　それはもう、真剣な面持ちで……、



「――お兄ちゃんに、お願いがあるの」



　……と、のたもうた。
















「――ほら。もっと、足を上げて」

「こ、こう……？」

「そんなに怖がってないで……、
ちゃんと、手を握っていれば、落ちたりしないから……」

「でも、やっぱり、怖いよ……」

「あと、足を上げると同時に、胸を引き寄せる。
そうやって、腕を伸ばしたままじゃ、絶対に、出来ないからね」

「うん、わかった……」



　公園の片隅にて――

　俺の指示に、素直に従い、
なるみちゃんは、一生懸命に、体を動かしている。

　だが、恐怖心を捨てられないのか、なかなか、思うように――

　――えっ？
　何をやっているのか、って？

　別に大した事ではない。
　ただ、なるみちゃんに、逆上がりの仕方を教えているだけである。

　――そう。
　例の『お願い』とは、逆上がりの事だったのだ。

　聞けば、双子姉妹と、パン屋の和由ちゃんは、随分と仲が良いらしい。

　で、くるみちゃんと和由ちゃんは、
逆上がりが出来るのだが、なるみちゃんは出来ない、とのこと……、

　三人の中で、自分だけが出来ない、という現状……、

　それが悔しくて……、
　それ以上に、寂しくて……、

　そこで、俺にコツを教えて貰おうと、
くるみちゃんには内緒で、公園にやって来た、というわけだ。

　正直、人に何かを教えるのは、自信は無いのだが……、

　だからと言って、ここまで頼られている以上、
お兄ちゃんとして、その期待に応えないわけにはいかない。

　というわけで……、

　俺は、公園にある鉄棒を使って、
なるみちゃんの特訓に付き合っているのだが……、



「んみ〜、出来ないよ……」

「地面を強く蹴って、足を振り上げないと……」

「わかってるんだけど……」

「う〜む……」



　……これが、結構、難航している。

　どうやら、体が逆さまになるのを、
怖がっているようで、思い切って、足を振り上げられないようだ。

　さて……、
　どうしたものか……、

　こういうのは、一度、自力で出来てしまえば、
力加減のコツも掴めるし、自信もつくものなんだけど……、

　俺が元の姿だったなら、そんなのは簡単だ。

　なるみちゃんの体を、
軽く持ち上げて、逆上がりを、成功させてあげれば良い。

　だが、今の俺には、それは出来ない……、

　ってゆ〜か、一度は、その方法を試してみたのだが……、

　まあ、何だ……、
　お尻を触っちゃったのは、不可抗力なわけで……、

　それ以降は、なるみちゃんが、
恥ずかしがってしまい、もっぱら、口頭による指導になっている。

　しかし、それだけでは、限界がある。

　となれば……、
　残された方法は……、

「ふむ……」

　なるみちゃんは、何度も挑戦を続けている。

　その様子を眺め、ある事に気付いた俺は、
一旦、なるみちゃんを止めると、彼女の正面に立った。

　そして……、



「なるみちゃん……俺の膝を踏み台にしてみて」

「――ええっ！？」



　俺の提案に、なるみちゃんは驚きの声を上げる。

　まあ、確かに……、
　彼女が驚く理由は分かるけど……、

　足を振り上げる位置を高くしないと、いつまでも、成功しそうにないし……、

　でも、さすがに、俺の膝を、
踏み台にするのは気が引けるらしい。

　なるみちゃんは、オロオロと、俺の顔と鉄棒を見比べている。

「ほら、遠慮しないで……、
ここに足を乗せて、思い切り足を振り上げるんだ」

　そんな彼女を急かすように、
俺は、自分の膝を、パンパンと叩いてみせる。

「う、うん……じゃあ……」

　それで、ようやく観念したのか……、

　なるみちゃんは、申し訳なさそうに、
おずおずと、自分の片足を、俺の膝の上に乗せた。

　その際、律儀に靴を脱ぐあたり、本当に、なるみちゃんは良い子だと思う。

「ゴメンね、お兄ちゃん……」

「悪いと思ってるなら、一回で成功させような」

「――うんっ！」

　いつになく、力強く頷くなるみちゃん。

　その様子に、成功を予感した俺は、
なるみちゃんを安心させるように、大きく頷き返す。

　そして――



「いくぞ……せ〜のっ！」

「――えいっ！！」



　俺が教えた通り……、

　なるみちゃんは、力一杯、足を振り上げ……、
















　次の瞬間――

　俺の小さな体は――
















「あ……れ……？」
















　――綺麗な弧を描いて、宙を舞っていた。
















「わっ！　わっ！　やった！
出来たよ、お兄ちゃ……んみぃぃぃ〜〜っ！！」
















　ああ、しまった……、

　この可能性を、考慮してなかった……、
















　まさか……、
















　振り上げられた、なるみちゃんの足が……、

　俺の顎に、クリティカルヒットするなんて……、
















「お兄ちゃん、お兄ちゃん！
大丈夫、しっかりしてぇぇぇ〜〜〜っ！！」

「あ、ううう……」

　鉄棒から飛び下りて……、

　なるみちゃんは、慌てて、
倒れている俺へと駆け寄って来る。

　朦朧とする意識の中……、
　そんな彼女に、俺は、力無く親指を立てると……、



「なるみちゃん……、
逆上がり出来て、良かっ……た……ね」（ガクッ）

「んみぃぃぃ〜〜〜〜っ！！」（泣）



　そのまま……、

　深い闇の底へと落ちていくのであった。
















　うう……、

　なんて、無様……、（泣）








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