ブロロロロロ……
プシュ〜……
「……こういう時、子供料金で済むから、助かるにゃ」
「――あれ? まこと?」
「……スフィーさん?
バスを利用するにゃんて珍しいですね」
「もしかして……まことも代々森に行くの?」
「……どうやら、目的は同じみたいですね」
「――だったら、一緒に行こっか♪」
「そうですね……」
第198話 「ほとんど凶器」
ある日の午後――
代々森駅前に行く為、バスに乗った俺は、
車内で、スフィーさん(Lv4)と、バッタリと出くわした。
訊けば、目的は俺と同じ……、
代々森にあるケーキ屋さんが、ケーキバイキングを、
催しているという広告を見て、早速、そこに行くつもりだったらしい。
「相変わらず、ですねぇ……」
「それは、お互い様でしょ〜」
――どうやら、座席は空いていないようだ。
俺は、スフィーさんと、
他愛も無い言葉を交わしつつ、彼女の隣に立つ。
ちなみに、今の俺は、背が届かないので、スフィーさんの様に、吊り革には掴まれない。
だから、申し訳無いとは思うが、
彼女の履いているGパンに掴まらせてもらった。
もちろん、本人からは、ちゃんと了承を得たぞ。
正直、目の前で揺れる、スフィーさんの長い髪が気になるので、
そっちに掴まりたかったが、さすがに、それは失礼なので、なんとか我慢する。
プシュ〜……
プロロロロロ……
『次は、東鳩ホール前です。
お降りの方は、ボタンでお知らせください』
ゆっくりと、バスが走り始め、
それと同時に、車内アナウンスが、無機質な声で、次の目的地を伝える。
それを耳にしつつ、
俺は、バスの挙動に備え、身構えた。
だが――
「まこと……大丈夫?」
「は、はい……にゃんとか……」
カーブを曲がり――
ブレーキが掛かり――
バスが揺れる度に、よろける俺の姿を見て、
スフィーさんが、心配そうな顔で、俺を見下ろしている。
そんな彼女を、何とか安心させようと、俺は、足を踏ん張ってみるが……、
「おっ……とと……!?」
やはり、この軽く小さな体では、バスの挙動に堪えられないようだ。
俺は、またしても、バランスを失い、
その衝撃で、スフィーさんのGパンを掴んでいた手を離してしまった。
やばい……、
このままじゃ、コケちまうっ!?
咄嗟に、受け身を取ろうと、俺は身を固くする。
だが……、
それよりも早く……、
「まったく、危なっかしいわね……」
「――へ?」
スフィーさんに、首根っこを、
掴まれたかと思うと、俺は、ヒョイと持ち上げてしまった。
そして、そのまま、スフィーさんは、俺を両手で抱きかかえる。
ぽよぽよ……
「ちょっ……スフィーさんっ!?」
後頭部から伝わってくる胸の感触に狼狽え、俺は身を捩った。
しかし、その抵抗も空しく、
俺は、スフィーさんに押さえつけられてしまう。
「こらっ! 大人しくしなさい!」
「いや、だって、胸が……」
「そのくらいなら、別に良いわよ……、
まことが小さくなっちゃったのは、あたしに原因があるんだし……」
「で、でも……」
「良いから、ジッとしてなさい」
確かに、スフィーさんの言葉は尤もだ。
全ての原因は、スフィーさんにあるのだから、
彼女にとっては、謝罪の意味も込めて、これくらいの行為は当り前の事なのかもしれない。
でも、本人が構わないからと言って、俺は、そういうわけにはいかない。
何故なら……、
健太郎さんへの罪悪感で、自分を許せないし……、
ってゆ〜か……、
ぽよぽよ……
ふにふに……
ぱふぱふ……
こんな状況なのに、
冷静なんかでいられるかぁぁぁぁっ!!
……。
…………。
………………。
「うう〜……」(大汗)
意識するな〜……、
絶対に、意識なんかするな〜……、
頭の中で、その言葉を、呪文のように、何度も繰り返す。
後頭部にある甘美な感触を忘れようと、俺は、ひたすらに堪え続けていた。
意識を他に向けるため……、
これでもか、ってくらいに、窓の外の景色を凝視する。
「ふぅ〜……」
その必死の努力のおかげか、何とか、落ち着きを取り戻す事が出来そうだ。
ブロロロロロ……
そういえば……、
バスを利用するなんて久しぶりだな。
流れていく窓の外の景色を眺めつつ、俺は、そんな事を考える。
元の体なら、自転車で行けたけど……、
自転車にも乗れない、今の状態じゃ、かなり厳しいからな。
でも、たまには……、
こうやって、のんびりと行くのも、悪くないかも……、
『次は、東鳩ホール前、東鳩ホール前です。お降りの方は――』
しばらくして……、
また、車内アナウンスが聞こえた。
目的地を目前にして、バスが、ゆっくりと速度を落とし始め――
「にゃ、にゃんだ……?」
窓の外に見える集団――
手に手に、大荷物を抱えた人の群れ――
その光景を見て、俺は、思わず目を見開いた。
どうやら……、
あの集団は、皆、バスを待っているらしい。
集団が向かう先に、バス停があるのを見て、俺は、戦慄を覚える。
もしかして……、
あれが、全部、このバスに乗るのか?
……勘弁してくれよ。
あんなに大勢が乗ったりしたら、
車内がギュウギュウ詰めになっちまうじゃねぇか。
「あちゃ〜……」
スフィーさんも、俺と同じ意見らしい。
ゲンナリとした顔で、スフィーさんは、グッタリと肩を落とす。
「このまま、素通りしちゃってくれないかなぁ〜……」
「そうですねぇ……」
まさに、ゴミのような人の群れを前に、
俺とスフィーさんは、そんな事を呟きながら、深々と溜息をつく。
だが……、
俺達が、何と言おうが……、
目の前の現実が、変わる訳も無く……、
『お待たせしました。代々森駅前行き――』
ドドドドドドォォォォーーーーーッ!!
バスが停留所に止まり……、
ドアが開くと同時に、大勢の利用客達が、
押し入るように、物凄い勢いで、車内へと雪崩込んで来た。
「わっ! わっ! わっ!?」
「にゃんとぉぉぉぉーーーーっ!!」
ある程度は、覚悟していたのだが……、
予想以上の勢いに、
俺達は、一気に、バスの最後尾へと押し流されてしまった。
さらに、これでもか、とばかりに、新たな客達は、グイグイッと、押し寄せてくる。
「にゃ、にゃんか、凄い人数ですね……」
「何か、イベントでもあったのかな?」
「……そうみたいですね」
あっと言う間に、過密状態になってしまった車内の様子に、スフィーさんは目を白黒させる。
そんなスフィーさんに、
俺は、確信を込めて、ウンウンと頷いた。
なにせ、俺達の隣にいる、横ポニーテールの赤毛の女性……、
その彼女が持っている紙袋には、
数冊の同人誌が、しっかりと入っていたのだから……、
「スフィーさん、大丈夫ですか?」
「まあ、何とか……」
「あの……俺、降りますよ」
限界を越えた鮨詰め状態に、スフィーさんが、苦しげに呻く。
それを見兼ねたは、
スフィーさんに降ろして貰おうとしたのだが……、
「こんな、足の踏み場も無い状況で、
あんたを下に降ろしたら、余計に危ないでしょうが」
……と、一蹴されてしまった。
確かに、スフィーさんの言う通りだ。
この状況で、俺が足元に降りたりしたら、
他の乗客達に、一瞬にして、踏み潰されてしまうだろう。
「……すみません」
「子供が、そんな事を気にしなくて良いの」
ある意味、身を挺して、混雑から、
俺を守ってくれているスフィーさんに申し訳が無くなって、俺は頭を垂れる。
本人は、気にするな、って言ってるけど……、
そうだな……、
お詫びとして、今日のケーキ代は、俺が持つ事にしよう。
と、俺が、そんな事を考えていると……、
キキィィィーーーーッ!!
「――きゃあっ!!」
「はうわっ!?」
一体、何があったのか……、
突然、急ブレーキが踏まれ、車体が大きく揺れた。
まあ、揺れたと言っても、
少しバランスを崩してしまう程度で、大した事ではない。
だが、満員御礼な、この状況では、その程度の揺れでも、命取りになるわけで……、
「うわわわわわわわっ!?」
「きゃああああーーーっ!!」
まるで、ドミノ倒しのように……、
バスの挙動によって生じた、
人の重みの波が、俺達へと襲い掛かってくる。
そして……、
俺達の隣にいた赤毛の女性が……、
真っ直ぐに、こちらへと押しやられてきて……、
ぽよよんっ!
ふにゅにゅっ!
むぎゅぅぅぅぅ〜〜〜〜っ!!
……。
…………。
………………。
――OK、落ち着け。
取り敢えず、現状を整理してみよう。
1.俺は、スフィーさんに抱き上げられていた。
2.急ブレーキのせいで、俺達の隣にいた、
横ポニーテールの赤毛の女性が、こっちに倒れてきた。
3.今、気付いたのだが、この人、凄く胸が大きい。
色んな人に抱っこされてきたけど、多分、この人のは、過去、最大級だろう。
4.今更、言うまでもないが、スフィーさん(Lv4)の胸も、とても大きい。
5.そんな二人が、真正面からぶつかり合い、まさに、押し競饅頭状態。
・
・
・
これらの状況から……、
彼女達の間にいた俺が、
一体、どのような状態になるのか、と言うと……、
「――コラッ! それは俺のだ!
ってゆ〜か、なんて羨ましい状況なんだか……」
「もう、和樹ったら、子供相手に、何を言ってるのよ!」
「いや、でもな……」
「ゴメンね、ボク……、
苦しいだろうけど、代々森駅前まで、我慢してね」
「……まあ、不可抗力だし、許してあげるわ、まこと」
「い、息が……ぐる゛じい゛〜……」
ぽよぽよ……
ふにゅふにゅ……
むぎぎゅ〜〜〜……
・
・
・
天国と言うか……、
それとも、地獄と言うべきか……、
これって……、
もう、ほとんど凶器だよ……、(泣)
<おわり>
<戻る>