「ねえ、お母さん……」
「まこりん……?」
「僕も……抱っこして欲しい」
「――えっ? で、でも……」
「あ、あらあら……、
それでは、はるかが抱っこして――」
「――ヤダッ!!」
「ま、誠さん……っ?」
「はるかさんじゃヤダ! お母さんがいいっ!!」
「誠君……そんな無理を言っちゃダメよ」
「どうして!? どうして、ダメなのっ!?」
「そ、それは……」
「僕も、お母さんに抱っこして貰いたいっ!!」
「ゴメンね……誠……」
第196話 「ゆりかご」
「静かに、訪れ〜る♪ 色な〜き世界♪
全ての〜、時を〜止め、眠〜り〜に〜つ〜く〜♪」
「す〜……す〜……」
「哀しみ、喜〜びを、集めて人は♪
流れし〜、時〜の中、安〜ら〜ぎ〜見〜る〜♪」
「ん〜……にゃ〜……」
今――
誠は、私の腕の中にいる。
私の腕に抱かれて……、
気持ち良さそうに、安らかな寝息を立てている。
私が唄う、子守唄に……、
時折、猫耳を、ピクピクと震わせながら……、
「にゃ〜……」
「うふふ……♪」
その安心しきった寝顔は、とても可愛くて……、
平凡な例えだけど……、
まるで、お空から迷い込んできた天使のよう……、
誠が、そんな表情を浮かべているのは――
やっぱり、母親である、私の腕に抱かれているから――
――な〜んて考えちゃうのは、ちょっと自惚れが過ぎるかしら?
「ん〜……お母さん……」
「あらあら……」
体が小さくなってしまった所為なのか……、
外見だけではなく、精神的な面でも、少し幼くなってるみたいね。
夢の中でも、私に甘えているのだろう……、
母さん、ではなく――
幼い頃のように、お母さん、と――
誠は、小さく寝言を呟くと、
私のぬくもりを求めて、体を摺り寄せてくる。
そんな誠に、苦笑しつつ、私は、改めて、誠の体に目を向けた。
「それにしても……」
異世界の住人である、魔法使のエリアちゃん――
魔界の貴族に仕える、自動人形のフランソワーズちゃん――
彼女達のこともあって、
大抵の、非科学的な事には、慣れたつもりでいたけど……、
「まさか、こんなに小さくなっちゃうなんて……」
しかも、トドメとばかりに……、
猫耳猫尻尾のオプションパーツ付き……
と、内心で呟きつつ、私は、
ペタッと伏せられた、誠の猫耳を、軽く擽ってみる。
「ん……にゃ〜……」
すると、誠は、身を捩らせて、反応を示した。
まさに仔猫のような、
その可愛らしい仕草が、たまらなく愛しく思える。
「産まれ生き〜、消えてゆく〜、人の運命の中〜♪
誰も皆〜、星の空に〜、かすかな願〜い、託〜す〜♪」
愛する我が子――
何よりも大切な宝物――
私は、子守唄を唄いながら、
そんな息子が、安心して眠れるように、頭を撫でる。
小さな体を……、
両腕一杯に抱きしめて……、
そういえば……、
こうして、誠を腕に抱くのは、何年振りだろう?
愛しい我が子を……、
抱いて上げられなくなったのは、いつからだろう?
誠の寝息を聞きながら……、
私は、ふと……、
昔の出来事を思い出す。
――そう。
確か、あれは、皆で遊園地に行った時のこと――
「うにゅ〜、お母さ〜ん……」
「んっ? どうしたの、あかね?」
「……抱っこ」
「疲れちゃったの? もう、仕方ないわねぇ」
「わ〜い♪」
「まったく、甘えん坊なんだから……」
とある休日――
丸一日を遊園地で過ごし……、
帰り道の途中で、その出来事は起こった。
一日中、遊び回って疲れたのか……、
甘えん坊のあかねちゃんは、
あやめに、抱っこをして欲しいと、おねだりした。
仕方なく……、
でも、嬉しそうに、あやめは、あかねちゃんを抱っこする。
そんな二人の姿を、羨ましく思ったのだろう……、
「僕も……抱っこして欲しい」
私の隣を歩いていた誠が……、
繋いだ手を強く握って、
そんな無邪気な、お願いをしてきた。
「――えっ? で、でも……」
そのお願いに、私は逡巡する。
何故なら……、
それは、私の体が小さいから……、
もう、誠の体は、小さな私では、
抱っこして歩けないくらいに、成長していたから……、
幼い我が子を――
抱いてあげる事すら出来ない――
――その哀しい事実が、私の胸に、深く突き刺さる。
でも、そんな私の事情なんて、どうでも良い……、
だって、誠は……、
私以上に、哀しい筈なのだから……、
「僕……お母さんに、抱っこして貰ったこと無いよ」
瞳に涙を一杯に溜めて……、
寂しそうに……、
声を震わせながら、誠が呟く。
「あ、あらあら……、
それでは、はるかが抱っこして――」
「――ヤダ! はるかさんじゃヤダ!!」
そんな誠に、自分が代わりにと、
はるかが手を差し伸びるが、誠は、激しく頭を振って、それを拒絶した。
そして……、
とうとう、堪え切れなくなったのか……、
誠は、わんわんと、声を上げて泣き始める。
「ゴメンね……誠……」
そんな息子を前に――
私は、ただ、涙を我慢して――
――立ち尽くす事しか出来なかった。
それ以来――
誠は、我侭を言わなくなった。
この子は、優しい子だから……、
泣きながらも……、
幼い心で、一生懸命考えたのだろう。
私が、誠を抱いてあげられない理由――
そして――
自分が言ってしまった言葉の意味を――
さらに……、
そんな誠の健気な姿は、
さくらちゃん達にも、影響を及ぼした。
さくらちゃんは、元々、そういう性格だったけど……、
大好きな誠に対する遠慮なのだろう……、
甘えん坊だったあかねちゃんが、
あやめに甘えるのを我慢するようになったのだ。
傍から見れば、それは、喜ばしい事かもしれない。
でも……、
まだまだ、甘えたい盛りの子供なのに……、
それなのに……、
それもこれも……、
全部、私のせいで……、
「母さん……?」
「――えっ?」
突然、声を掛けられ……、
慌てて、我に返った私は、
その声の主である、誠に視線を向けた。
いつの間に起きていたのか……、
私の腕の中で寝ていた誠が、
ちょっとジト目で、ジ〜ッと私を見上げている。
「母さん……二つ程、訊いて良いかにゃ?」
「な、なにかな……?」(汗)
ううう……、
穏やかな口調が、逆に怖いよ……、
わざとらしく、誠の視線から目を逸らしつつ、私は訊ねる。
すると、誠は……、
にっこりと怖い笑みを浮かべ……、
「――どうして、こんにゃ状況ににゃってるんだ?」
と、そう言って、軽く身を捩ってみせた。
そりゃまあ……、
誠が怒る(?)のも無理ないわよね……、
なにせ、縁側で寝ている誠を発見して……、
相手が寝てるのを良い事に……、
わざわざ、お布団まで用意して、勝手に添い寝していたのだから……、
しかも……、
両腕で、抱きしめながら……、
でもね、誠――
「みーちゃんと一緒に寝るのがイヤなら、
どうして、起きて直ぐに、逃げようとしないのかな〜?」
「うっ、それは……」(汗)
それを指摘すると、今度は、誠が狼狽える番だった。
「ねえねえ、どうしてなのかな〜?」
「うぐぐ……そ、それについては、もういい!」
「え〜? つまんないの」
「それで、二つ目だけど……」
そんな誠の様子を見て、
いつもの調子を取り戻した私は、さらに追及していく。
そんな私の言葉を無視して、誠は、二つ目の質問を――
「どうして……泣いてるんだ?」
「――えっ?」
――誠に言われ、私は、自分の目元に手を当てる。
でも、私の頬は……、
別に、涙で濡れた様子は無い……、
「顔が泣いてたよ……何を思い出してたんだ?」
「そ、それは……」
「俺の事だろ? それも、昔の事……」
「…………」
誠の指摘に、私は言葉を詰まらせた。
この子……、
全部、気付いてる……、
今、私が、何を思い出していたのか……、
そして――
何を想って――
心の中で涙していたのか――
「もう、そんにゃこと気にすにゃなよ……、
確かに、俺は寂しかったけど、母さんだって、哀しかったんだから……」
「誠……」
そう言って、誠は、自分から、私の胸に顔を寄せてくる。
まるで、小さな子供のように……、
そして……、
昔、出来なかった分を、取り戻すかのように……、
「それにさ、抱っこはして貰えにゃかったけど……、
母さんは小さいから、抱っこしてやる事にゃら出来るぞ」
「えっ……?」
「自分の母親を抱っこ出来る奴にゃんて、
世界中を捜しても、俺くらいしかいにゃいんじゃにゃいか?」
「う〜ん、そうかも……」
「そう考えると、ちょっと得した気分だろ?」
「……そうね」
良く分からない、誠の理屈……、
でも、それが……、
精一杯、私を元気付けようとしている……、
誠なりの、不器用な思いやりだと分かるから……、
だから――
その気持ちに応える為にも――
――私は、いつものように、振る舞うことにする。
「んふふ〜♪ それじゃあ、今度、
お買い物に行く時は、まこりんに抱っこして貰おうかな〜♪」
「待てコラ……それは、さすがに……」
「もう決めちゃったもん♪ お買い物に行く日が楽しみ〜♪」
「――前言撤回! 誰が、そんにゃ真似するかっ!!」
・
・
・
優しい子……、
本当に、とても……、
きっと、誰よりも優しい子……
それ故に……、
誠は、この先、たくさん傷付いていくだろう。
たくさんの人に優しくして――
その数だけ、心と体を傷付けて――
――だから、守りたい。
この子の心が、いつまでも健やかでいられるように……、
だって……、
私は、この子の母親で……、
この子は……、
私の、大切な宝物なのだから……、
「それにしても、まこりんのえっちっち〜♪
いつまで、みーちゃんの胸に顔を埋めてるのかな〜?」
「あんたが離そうとしにゃいからだろうがっ!!」
「きゃんっ☆ そんなに暴れちゃ……やんっ♪」
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!
こんにゃ時に、艶っぽい声を上げるにゃぁぁぁぁーーーーっ!!」
でも……、
この自爆癖は、治した方が良いかもね〜♪
<おわり>
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