「あっめ、あっめ、降〜れ、降〜れ♪」
「…………」(汗)
「まっこり〜んが〜♪」
「…………」(大汗)
「みーちゃんを、お迎え♪」
「…………」(滝汗)
「うっれしっいな〜♪」
「…………」(涙)
「ぴっちぴっち、ロ〜リロ〜リ、みーちゃんちゃん♪」
「……頼むから、静かに歩いてくれ」(大泣)
第194話 「ピチピチちゃぷちゃぷ」
「もしもし……あっ、まこりん?」
「母さんか、どうしたんだ?」
「あのね、今、駅前にいるんだけど……」
「ふむふむ……」
「なんか、雨が降ってきそうなんだよね」
「あ〜、そうみたいだにゃ……」
「だから、傘持って、迎えに来て欲しいな♪」
「――はいはい」
とまあ――
仕事帰りの母さんと、
電話で、そんなやり取りをしたのが、数分前――
祐一さん達に留守番を頼んだ俺は、
母さんを迎えに行く為、折り畳み傘を持って、駅前へと向かった。
もちろん、自分用の傘を持っていくも忘れない。
そんなヘマをして、母さんと、
相合傘で帰るなんて事態は、真っ平御免だからな。
「風も強いし、ちょっと急いだ方が良いかもにゃ……」
雨雲で、薄暗くなった空を見上げ、
俺は、そう呟くと、駅前へと向かう歩調を速める。
何せ、この体だと、機動力は、通常の3分の1しか無いのだ。
全力で走るくらいのつもりで移動しないと、
駅前まで行くのに、どれだけ時間が掛かることやら……、
それに、雨の中を出歩くのも、出来れば避けたい。
猫に憑かれている所為か……、
雨の匂いを嗅ぐと、妙に気分が悪くなるのだ。
まったく、某果物籠のオレンジ頭の猫人間じゃあるまいし……、
「傘を持ってるから、猫道を使うわけにもいかにゃいしにゃ〜」
先日、カイトに教わった、駅前への近道……、
それを思い出し、俺は、ついつい愚痴をもらす。
折り畳み傘はともかく、
もう一つの傘は、大人用の大きな物なので、細い道を行くのは無理なのだ。
しかも、この幼い体では、大きな傘は、
さすがに持ち難く、俺は、傘の先をズリズリと引き摺りながら歩く。
そして……、
しばらく、急ぎ足で歩き……、
「お〜いっ! まっこり〜んっ!」
「――うおっ!?」
駅前の広場に到着した途端、
母さんの大きな呼び声が、俺を、派手でに出迎えた。
見れば、広場中央にある噴水の近くで、元気に手を振っている母さんの姿が……、
もちろん……、
当然のことながら……、
……周囲の注目、集めまくりである。
「ええいっ! そういう目立つ真似をするにゃ、バカ母っ!」
「きゃんっ!?」
気恥ずかしさを誤魔化す為、俺は、母さんに、
そうツッコミを入れつつ、持っていた折り畳み傘を投げ付けた。
母さんは、小さく悲鳴を上げながらも、
それを、易々と受け止めると、拗ねたように唇を尖らせる。
「む〜、そんな事したら危ないでしょ〜」
「やかましい! 本格的に降り出す前に、サッサと帰るぞ」
拗ねる母さんに構わず、そう言うと、俺は空を見上げた。
薄暗かった夏の空は、
既に、雨雲で、真っ暗に染まり、ポツリポツリと雨粒が落ち始めている。
このままだと、本降りになるのも、もう時間の問題――
ポツ、ポツ……
ザザァァァァ……
「ちっ……降ってきやがったか」
とか何とか言ってるうちに、
大粒の雨が、勢い良く、空から降り始めた。
それに合わせたかのように、先程まで、強く吹いていた風が、いっそう、勢いを増す。
「まこりんっ! 傘、傘っ!!」
「分かってるって」
母さんに言われるまでもなく、
俺は、慌てて、持っていた自分用の傘を開く。
と、その瞬間……、
ぶぉぉぉーーーんっ!!
すっぽ〜〜〜〜んっ!!
「…………」(汗)
「…………」(大汗)
突然、吹き抜ける強風――
両腕に掛かる、強烈なG――
それに負けじと、両足を踏ん張る――
軽快な手応え――
同時に、両腕から消えるG――
見上げれば、宙を舞う『ソレ』――
遥か遠くへと、飛んでいく『ソレ』――
もう、戻って来ない『ソレ』――
なんだか……、
無性に、泣きたくなった……、
「……世界は、俺に、何か恨みでもあるのか?」
「さ、さあ……」
傘の最も大事な部分が、
強風の力によって、見事に、すっぽ抜け……、
手に残された、柄だけとなった傘を見つめながら、俺は、しみじみと呟く。
さすがの母さんも、これにはビックリしたようだ。
あまりに、馬鹿馬鹿しすぎる出来事に、笑顔が引き攣っている。
だが……、
そこは、やっはり、人妻と言うべきか……、
「ま、まあ、傘は、もう一つあるわけだし……」
「そ、そうだにゃ……」
「んふふ〜♪ これで、まこりんと愛々傘だよ〜♪」
「字が違うぞ、字が……」
割りと、すぐに立ち直ると……、
母さんは、さっき、俺が投げつけた、
折り畳みの傘を、ニマニマと微笑みながら、俺に渡した。
最早、使い物にならなくなった『ソレ』を、
ゴミ箱に放り込んだ俺は、母さんから、折り畳み傘を受け取り、カバーを外す。
そして……、
折り畳み傘を広げた瞬間……、
「ぐあ……」
「あらら〜♪」
……俺は、絶句した。
なんと……、
俺が持って来た、折り畳み傘は……、
真っ白な生地に――
赤い小さなハートマークが鏤められた――
それはもう……、
恥ずかしいデザインの傘だったのだ。
……。
…………。
………………。
で、その後――
どうなったのか、と言うと――
「ねえ、見て見て、あの子達……」
「きゃ〜ん☆ 可愛い〜」
「お子様のクセに、見せつけてくれるじゃな〜い」
「うふふ、微笑ましいわ〜」
「お似合いのカップルね〜」
「んふふ♪ 聞いた、聞いた?」
「聞きたくにゃくても、聞こえたよ……」
「みーちゃんとまこりん、お似合いだって〜♪
「ううう、にゃんて無様……」
「ついでに、このまま、お買い物に行っちゃおうか?」
「お願い……止めて、ぷり〜ず」(泣)
ハート柄の小さな傘で……、
実の母親と、肩を並べて愛々傘相合傘……、
あうう〜……、
傘の柄くらい、ちゃんと確認して来るべきだった。(泣)
<おわり>
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