「――あれ、祐一は?」
「祐一さんなら、さっき出掛けましたよ」
「う〜、わたしを置いて行っちゃうなんて、ヒドイよ」
「色々と事情があるんですよ」
「藤井君……祐一が何処に行ったか知ってるの?」
「当然です。その為に、わざわざ呼んだんですから……」
「ねえ、何処に――」
「――教えませんよ」
「え〜、どうして〜?」
「どうしても、です」
「う〜、極悪だよ」
「とにかく、こっちいる間は、
あの子達に、祐一さんを返して上げて下さい」
「……だぉ〜」
第193話 「ねこセンサー」
次の日――
俺は、名雪さんを連れて、
いつもの商店街へと、やって来ていた。
祐一さんが生まれ、育った、この街を案内する為である。
ちなみに、その祐一さんだが……、
今は、別件で不在の為、俺と名雪さんの二人だけだ。
本来なら、街を案内する役は、祐一さんの筈なのだが……、
祐一さんには、鹿島姉妹に、
会いに行ってあげて欲しかったので、俺が代理を務める事となったのである。。
まあ、元々、その為に、
わざわざ、祐一さんに電話して、こっちに来てもらったんだし……、
もちろん、これについては、名雪さんが難色を示した。
だが、双子姉妹にとっては、
祐一さんと再会できる、滅多に無い機会なのである。
そのへんの理由を話して、
名雪さんには、一応、納得はしてもらったのだが……、
「う〜、祐一の嘘吐き……」(怒)
「は、ははは……」(汗)
やはり、祐一さんと、
一緒に、街を回りたかったのだろう。
なにせ、壮絶なジャンケンの末に勝ち得た、祐一さんとの外泊旅行……、
邪魔者がいない、このチャンスに、
祐一さんのハートをゲットするつもりだったに違いないのだから……、
とまあ、そんなわけで……、
「帰ってきたら、絶対に、イチゴサンデー奢ってもらうんだぉ〜
「あ、あははははは……」(汗)
我が家を出てからずっと、
俺の隣を歩く、名雪さんの表情は不機嫌なままだ。
「そ、それで……何処に行きましょうか?」
そんな名雪さんの機嫌を、
何とか取り戻そうと、俺は、努めて明るく話し掛ける。
と、その時――
「ねこー、ねこー、ねこー」
「――はい?」
一体、何があったのか……、
突然、名雪さんは、
その場に立ち止まると、妙な症状を見せ始めた。
「にゃ、名雪さん……?」
「ねこー、ねこー、ねこー」
何事かと、俺は彼女に話し掛けるが、全く反応を見せない。
ただ、トロンと、眠そうな眼差しで、
キョロキョロと周囲を見回し、盛んに『ねこー』と呟いているだけだ。
おいおいおいおい……、
これは、一体、どうなってやがるんだ?
傍から見れば、かなりヤバ気な名雪さんの様子に、俺は困り果ててしまう。
現状を、例えるならば……、
目の前に、妄想モードに入った琴音ちゃん、と言ったところか……、
ようするに……、
こうなっては、もう、手の施しようが無いわけで……、
「仕方にゃい……」
相手が琴音ちゃんなら、そのまま放置、という手段もあるのだが……、
さすがに、この街の住人ではない名雪さんを、
一人にするわけにもいかず、俺は祐一さんを呼ぼうと、最寄りの公衆電話を探す。
と、その時――
「待てよ? そういえば……」
俺は、ふと、ある事を思い出し、
未だに、トリップしている名雪さんに向き直った。
「確か、昨夜、祐一さんが……」
――そう。
それは、昨夜、祐一さんから聞かされた話だ。
無類の猫好きである名雪さん――
それと同時に、猫アレルギーの名雪さん――
その相反する、二つの事情によって、
名雪さんは、猫を感知する『猫センサー』なる能力を持っている、と言うのだ。
「もしかして……これが、その『猫センサー』って奴にゃのか?」
「ねこー、ねこー、ねこー」
半信半疑で、俺はポツリと呟く。
そんな俺の呟きにも、
全く反応せず、名雪さんは相変わらずの状態だ。
うう〜む……、
なんだか、マジッぽいぞ……、
話を聞いた時は、ただの冗談だと、思っていたのだが……、
名雪さんの様子からして……、
どうやら、祐一さんの話は、本当の事だったようだ。
「とにゃると……」
猫センサーの信憑性は、良く分からないが……、
もし、その感知能力を信じるならば、
この近くに、ターゲットである猫がいるはずである。
そう思い、俺は周囲を見回し、猫の姿を探す。
と、そこへ――
「あら……誠じゃない」
「――綾香さん?」
突然、背後から声を掛けられ、俺は後ろを振り返る。
すると、そこには、
スポーツバッグを肩に掛けた、綾香さんの姿があった。
「あなた、こんな所で何してるの?」
「綾香さんこそ、珍しいですね?
駅前とかならともかく、商店街にいるにゃんて……」
「今日は、浩之達と一緒に練習する約束をしてるのよ」
「にゃるほど……」
「――で、あなたは何してるの?
なんか、また、知らない女の子を連れてるみたいだけど?」
「また、とか言わにゃいでくださいよ。
彼女は、知り合いの連れで、今日は、この街を案内を……」
「まあ、そういう事にしておいてあげるわ。
それじゃあ、あたしは急いでるから、じゃ〜ね〜♪」
「ちょ、ちょっと! 綾香さ――っ!?」
挨拶もそこそこに、綾香さんは、
俺の話を最後まで聞かず、小走りで駆け去って行く。
余程、浩之達との練習が楽しみなのだろう。
学校の裏山へと向かう、
綾香さんの足取りは、それはもう、軽いものだ。
「やれやれ……」
「ねこー、ねこー。ねこー」
そんな綾香さんを見送りながら、俺は、軽く肩を竦める。
そして、何故か、名雪さんまでもが、
立ち去る綾香さんを名残惜しそうに見送って……、
「おいおい、まさか……」
名雪さんの様子を見て、俺は、ある事に思い至る。
だが、まさか……、
そんな筈は無いだろう、と……、
俺は、半ば強引に、
その馬鹿げた考えを脳裏から打ち消す。
そして……、
「と、取り敢えず、何か食べに行きますか……?」
「うん……」
ようやく、我に返った名雪さんを伴い……、
俺は、適当な店を探しつつ、
ちょっと早足で、商店街を歩き始めるのだった。
だが……、
俺の考えは、甘かったらしい。
何故なら……、
この後、行く先々で……、
その『馬鹿げた考え』が、正しかった事を、
名雪さん本人によって、証明されてしまったのだから……、
例えば――
『HONEY BEE』にて――
「いらっしゃいませ、誠さん」
「こんにちは、リアンさん」
「ねこー、ねこー、ねこー」
「――はい? 誠さん、この方は?」
「あっ、いや……気にしなくて良いから……」
「は、はあ……では、ご注文は?」
「俺は、いつものやつで、名雪さんには――」
「……イチゴサンデー」(ボソッ)
「――えっ?」
「ねこー、ねこー、ねこー」
「…………」(汗)
「…………」(汗)
「と、取り敢えず、そういうことで……」(大汗)
「は、はい……誠さん、頑張ってくださいね」(大汗)
「しくしくしくしく……」(泣)
例えば――
駅前の広場にて――
「……誠君」
「あっ、楓さん! 久しぶりです。
もしかして、今日は、耕一さんのトコに遊びに――」
「…………」(すちゃっ)
「――って、何故、黙って、ギターを取り出す?」
「…………」(ジ〜)
「またアレですか?! 路上漫才ですか?! 目指せ、M−1ですか?!」
「…………」(コクコクコク)
「いや、さすがに、それは勘弁してください。
だいたい、素人がM−1なんて、芸能界にコネでもないと……」
「……どうしたの?」
「いえ、何でもないです。
とにかく、今日は、連れがいるんで……」
「ねこー、ねこー、ねこー」
「……残念」
「あ、あははははは……」(泣笑)
例えば――
とある本屋の前にて――
「にゃにゃ〜っ!! 退いて下さいですぅ〜っ!!」
「――どわぁぁぁ〜〜〜っ!!」
「ご、ごめんなさいですぅ〜! 大丈夫でしたか?」
「うぐぐ……にゃ、にゃんとか……」
「ううっ、千紗ったら、こんな小さな子にまで迷惑掛けちゃったですぅ〜」(泣)
「ああ、気にしにゃくて良いから……、
次からは、もう少し気をつけてくださいね」
「はいですぅ〜! 本当に、ゴメンなさいでした〜!」
「やれやれ……にゃんか、いかにも猫っぽい人でしたね?」
「ねこー、ねこー、ねこー」
「またかよ……」(汗)
例えば――
例えば――
例えば――
・
・
・
「これで、ハッキリしたにゃ……」
散々、街を歩き回り……、
いつもの公園で、ジュースを片手に、
ベンチに座って休憩をしながら、俺は、ポツリと呟いた。
「どうしたの、藤井君?」
「いや、名雪さんは気にしにゃくて良いから……」
「……?」
俺が疲れ切っている理由に気付きもせず、
名雪さんは、例の爺さんから買ったアイスキャンデーを食べている。
そんな名雪さんの様子を横目で見ながら、俺は、今日、何度目かの溜息をつく。
今日、街を案内して分かったこと……、
どうやら、名雪さんの『猫センサー』は、
猫そのものだけでなく、猫っぽい人にも反応するらしい。
まあ、さすがに、俺の時みたいに、
相手が気を失うくらいに抱き締めたりはしなかったが……、
ああも頻繁に、街中でトリップされたら、さすがに人目が集まるわけで……、
「そろそろ、帰りましょうか……」
「そうだね。祐一も、帰って来てるかもしれないし……」
街の案内も、あらかた終わったことだし……、
これ以上、わざわざ人の注目を、
集める真似をする必要も無いだろうと、俺はベンチから飛び降りる。
そんな俺の言葉に頷き、アイスキャンデーを食べ終えた名雪さんも立ち上がった。
と、その時――
「あ〜っ、藤井君だ!」
「藤井さん……その方はどなたです?」
今日は、こういうパターンが多いな……、
そんな事を考えつつ、
俺は、聞き覚えのある声がした方を振り向くと……、
「藤井さん……また、浮気ですか?」
「あかねちゃん達に言っちゃうよ?」
そこには、仲睦まじく(?)歩く、琴音ちゃんと葵ちゃんがいた。
「二人が、俺のことをどういう風に思っているのか、よ〜く分かったよ」
名雪さんの事を言っているのだろう。
二人は、そう言って、俺に、少し責めるような視線を向ける。
件の名雪さんは、話の意味が理解できていないのか、キョトンとした顔だ。
「あのにゃ〜、この人は――」
取り敢えず、名雪さんへの紹介は後回しにして……、
俺は、余計な誤解を防ぐため、
琴音ちゃん達に、これまた、今日、何度目かの説明をする。
それで、一応、納得してくれたのか……、
琴音ちゃん達は、割りとアッサリと引き下がってくれた。
そして――
「じゃあ、わたし達、そろそろ行くね」
「園村さん達には、黙っていてあげますからね〜♪」
「だから、違うって言うのに……」(汗)
軽い雑談を終えると、
琴音ちゃん達は、イチイチ余計な事を言い残して、去って行く。
そんな二人を、俺は、溜息交じりで、
見送ると、気を取り直して、名雪さんに向き直った。
すると――
「ねこー、ねこー、ねこー」
「――にゃんですと?」
またしても……、
名雪さんが、猫センサーを発動させ……、
……って、ちょっと待てっ!?
多分……、
いや、間違いなく……、
名雪さんのセンサーは、琴音ちゃん達に反応を示しているのだろう。
だとしたら……、
一体、どちらに対して……、
琴音ちゃんなら、まだ分かる。
彼女は、割りと猫っぽいところもあるからな。
ただ、綾香さんかと比べると……、
猫っぽさに関しては、
正直、ちょっと首を傾げてしまうわけで……、
となると――
可能性として残されているのは――
「ねこー、ねこー、ねこー」
「…………」(汗)
「ねこー、ねこー、ねこー」
「…………」(大汗)
「ねこー、ねこー、ねこー」
「…………」(滝汗)
あうあうあう……、
な、名雪さん……、
あなたは、一体、どっちに反応したんですか?(泣)
<おわり>
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