「…………」
「…………」
「おい、誠……」
「にゃ、にゃんだ……?」
「一応、忠告しておくが……」
「あ、ああ……」
「人として、早まった真似はするなよ?」
「――分かっとるわいっ!」
第191話 「りみなりてぃ」
『スリーアイズ』――
週刊誌を買う為、とある知り合いが経営する、
そのコンビニに、向かった俺は、店内で、思わぬ人物と出会った。
「――おっ! 誠じゃね〜か」
「おっす、浩之!」
――そう。
その人物とは、浩之のことである。
とは言っても、このコンビニの店長は、
浩之とも面識があるので、居ても不思議ではないのだが……、
「……お前、何で、こんにゃ所にいるんだ?」
浩之の家からなら、もっと近いコンビニなんて、いくらでもあるはず……、
それなのに……、
何で、わざわざ、こんな遠い場所まで……、
「まあ、たまには、売上に貢献してやらねぇとな」
「にゃるほど……」
なんとなく気になったので、
その事を訊ねてみると、浩之は、そう言って、肩を竦めて見せる。
だが、俺は見逃さなかった。
浩之の視線が、コンビニの裏手へと向けられているのを……、
「……『らずべりー』に、あかりさんがいるのか?」
「―ーう゛っ」
俺の指摘に、浩之は見事に反応を示す。
実は、このコンビニの裏には、
店長の恋人(?)が経営する、女性向きの紅茶とクッキーの専門があるのだが……、
どうやら、浩之は、あかりさんに付き合って、
その店に行ったは良いものの、居心地が悪くなって、こちらに避難してきたようだ。
「なんだよ……全部、お見通しか?」
「俺も、後で寄って行くつもりだったからにゃ」
「一人でか? 流石は誠だな」
俺の言葉に、感心……と言うか、少し呆れた様子で、浩之は何度も頷く。
だが、何か思うことがあったのか……、
浩之は、何やら気遣うような視線を俺に向けてきた。
「……その恰好で行くのは、危険じゃないか?」
「――うん?」
浩之に言われ、俺は自分の姿を見下ろす。
例の事件によって、幼くなってしまった体――
しかも、猫耳と猫尻尾というオプションパーツ付き――
確かに、浩之の言う通り、この姿で、
女性向きの店に出入りするのは危険かもしれない。
だが、それは、向かう店が『HONEY BEE』の場合だからであって……、
まさか、『らずべりー』にまで、
腐女子がたむろしている、なんて事はないだろう。
それに、例え、貞操の危機が待っていようと、行かねばならぬ理由があるのだ。
その理由を、俺は浩之に、
堂々と、胸を張って教えてやる事にする。
「何を言うっ! この姿だからこそ、行くんだろうが!」
「――その心は?」
「新作のクッキーが完成したらしい!」
「答えになってねぇぞ?」
「……他の客の女の子達が、クッキーくれるんだよ」
「お前、大人としてのプライドは……?」
「プライドにゃんぞで腹は膨れんぞ。
それに、今の俺は、外見だけにゃら六歳児だし……」
「この野郎……今の境遇を最大限に活用しやがって……」
俺の言葉を聞き、浩之はジト目で俺を見る。
そんな浩之に、今度は、勝ち誇ったように言ってやった。
「……その気ににゃれば、女湯にも入れそうだにゃ」
「お、お前、まさか――っ!?」
「やらん、やらん! もし、仮に、そんな真似したら……
「なるほど、さくらちゃん達に殺されるな」
「ってゆ〜か、襲われる……、
そんにゃに見たいのにゃら、わたし達のを〜、って……」
自分で言っておきながら、
その状況を想像し、俺は思わず身を震わせる。
そんな俺の様子を見て、浩之は、やれやれと肩を竦めるくと……、
「お前さ、いい加減、覚悟決めたらどうだ?」
「ああ、分かってはいるんだが……」
浩之に言われ、俺は曖昧に返事をする。
確かに、分かってはいる……、
言われるまでもなく、分かってはいるのだが……、
子供の頃から、はるかさん達に玩具にされてきた所為だろうか……、
ああも、強烈に迫られると、
体が無意識の内に逃げの体勢に入っちまうんだよな〜……、
「……トラウマかよ?」
「そうかも……」
そういう結論に達し、俺と浩之はお互いに顔を見合わせ、深々と溜息をつく。
そして、取り敢えず、そこで会話を打ち切ると、
俺と浩之は、雑誌が置かれているスペースへと向かった。
と、その途中――
「――むっ!?」
陳列棚に並べられた、とある商品……、
それを目にした瞬間、どういうわけか、
俺の足は、その場で、ピタッと立ち止まってしまった。
どうやら、俺に取り憑いた猫の霊の本能が、その商品に反応を示したらしい。
よほど、この猫の霊は、好奇心が旺盛なのか……、
今までにも、こういう事が何度かあり、
その度に、俺は猫の好奇心を解消してやってきたのだ。
やれやれ……、
今度は、一体、何に興味を持ったんだ?
と、半ば、ウンザリした表情で、俺は本能が指し示す商品へと目を向ける。
そこには……、
山のように積み上げられた――
たくさんの猫缶が――
「早まるな、誠っ!!」
「――っ!?」
突然、浩之に腕を掴まれ、俺は我に返った。
見れば、俺の手は、
棚に並べられた猫缶へと伸ばされていて……、
その腕を、しっかりと掴んだ浩之が、憐れむような視線を、俺に向けていた。
「気をしっかり持て、誠っ!!
それは、猫と人間との最後の境界線だぞっ!!」
「あ……っ!!」
浩之に言われ、その意味に気付いた俺は、
猫缶を取ろうと、伸ばしていた手を、慌てて引っ込めた。
あ、危なかった……、
いくら、猫に取り憑かれているとはいえ……、
俺は、もう少しで、ペットフードにまで、手を出してしまうところだった。
「サ、サンキュー、浩之……」
「気をつけろよ、マジで」
背筋に冷や汗を浮かべつつ、俺は浩之に礼を言う。
だが、そんな俺の言葉とは裏腹に、
猫の本能は、未だに、猫缶を諦めていないようだ。
現に、俺の意志とは関係無く、俺の視線は、猫缶から全く離れようとしない。
そんな俺の様子に気が付いたのだろう。
浩之は、俺の服の襟首を掴むと、それこそ猫の如く、俺の体をヒョィッと持ち上げた。
「このまま、力尽くで、店から出した方が良いんじゃねぇか?」
「すまん……そうしてくれ」
自分の意志では、どうしようもない事を悟った俺は、
浩之の言葉に甘えさせてもらい、猫掴みされたまま、店の外へと出る。
と、そこへ……、
「……浩之ちゃん、誠君と何してるの?」
「誠さん、こんにちはですぅ〜」
ちょうど、『らずへりー』から出て来たところらしい……、
俺達は、『スリーアイズ』の前で、
あかりさんとマルチに、バッタリと出くわした。
「……誠君、どうしたの?」
「いや、まあ、色々とあってさ……」
浩之に、猫掴みされている俺の姿を見て、あかりさんは首を傾げる。
そんなあかりさんに、引き攣った笑みを返しつつ、
俺は浩之に降ろして貰うと、掴まれていた為に、乱れてしまった襟を正した。
「そ、それで、もう用事は済んだのか? それなら、サッサと帰ろうぜ」
「えっ? う、うん……」
どうやら、浩之も、誤魔化すのに手を貸してくれるつもりのようだ。
そう言って、浩之は話題を逸らすと、
あかりさん達が答えるよりも早く、スタスタと歩き始める。
「ま、待ってよ、浩之ちゃん! それじゃあ、誠君、またね!」
「それでは、失礼しますですぅ〜」
「あ、ああ……」
見送る俺に、軽く会釈して、
あかりさんとマルチは、早足で立ち去る浩之を追って、駆け出した。
そんな彼女達の姿が、
曲がり角の向こうに消えるまで、俺は軽く手を振り続ける。
だが、その途中……、
浩之は、一瞬だけ、こちらに振り返ると……、
――絶対に、早まった真似はするなよ。
まるで、釘を刺すような、
その視線に、俺はコクコクと何度も頷く。
そして……、
「さて、と……それじゃあ、俺も帰るかにゃ」
俺は、猫の本能の誘惑に、
打ち勝つ為に、コンビニに背を向けると……、
しっかりとした足取りで――
寄り道せずに、真っ直ぐに自宅へと――
自宅へと――
……。
…………。
………………。
それで――
その後のことだが――
「あ、あの……まーくん?」
「にゃ、にゃんだ……?」
「どうして、空の猫缶が、ゴミ箱の中にあるんですか?」
「そ、それは……」
「…………」(汗)
「…………」(大汗)
「……美味しかったですか?」
「うん、割りと……」(泣)
「…………」(汗)
「…………」(滝汗)
「まーくん、とうとう……」(嘆)
「そんにゃ目で、俺を見るにゃぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜っ!!」(号泣)
――訊くなっ!
もう、これ以上は訊くなっ!!
頼むから、何も訊かないでくれぇ〜っ!!(号泣)
<おわり>
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