「まーく〜ん? まーく〜ん?」

「ん〜? どうした、さくら〜?」

「まーくん、何処にいるんですか〜?」

「こっちだ、こっち! 屋根の上!」

「……そんな所で、何をしてるんですか?」

「日向ぼっこに決まってるじゃにゃいか」

「…………」

「…………」








「すっかり、猫さんですね〜」

「――ほっとけ」











第190話 「高所恐怖症?」










 ある日のこと――

 俺は、二階のベランダノ柵から、
屋根の上へと跳び移り、そこで、日向ぼっこをしていた。

 真夏の太陽に晒され……、
 程よく暖められた屋根の上……、

 その心地良いぬくもりを堪能しながら、俺は体を丸くする。


「絶望と、かなし〜みの、海から〜♪ それは生まれ〜で〜る〜♪」

「地に希望を〜、天に夢を、取り戻す為に、生まれ〜でる〜♪」


 耳を澄ませば……、
 キッチンから聞こえてくるのは、さくら達の楽しげな歌声……、

 ――そろそろ、昼メシかな?

 と、そんな事を考えつつ……、

 キッチンから漂ってきた良い匂いに、
俺は鼻をピクピクと動かすと、体を起こそうと両手足に力を込める。

 だが――

「……かったるいにゃ〜」

 屋根の上の、あまりの寝心地の良さに、
抗うことが出来ず、俺は、再び体を丸くして、目を閉じた。

 う〜む……、
 まさか、俺の食欲すら抑えるとは……、

 ……猫の本能、侮り難し、と言ったところか?

 まあ、元々、猫ってのは、
寝たい時に寝て、食べたい時に食べる、っていう生活習慣だからな。

 その猫の本能が、
今は寝ていたいと訴えているのだ。

 ならば、猫の霊を満足させる為にも、それに忠実に行動せねばなるまい。

「というわけで、おやすみ……」

 ここ数日で、すっかり恒例となった論理武装を行い……、

 雑音から逃れる為に、
俺は、耳を伏せると、ウトウトとまどろみ始める。

 そして……、
 そのまま、夢の世界へと……、



「まーく〜ん! ご飯ですよ〜っ!」

「――むっ」



 前言撤回――

 どうやら、俺の旺盛な食欲は、
猫の本能を以ってしても、抑えられないようだ。

 さくらの呼び声に反応し、俺はムクッと起き上がる。

 その時点で、あんなにも、
魅力的に感じていた温もりには、もう、未練は無かった。

「ごっはん♪ ごっはん♪」

 先程までのかったるさは何処へやら……、

 起き上がった俺は、
鼻歌交じりで屋根の端へと向かう。

 すでに、俺の頭の中は、いかにして昼メシを美味しく食すか、で一杯だ。

 それは、つまり……、

 今のところ、俺の理性は、
猫の本能よりも強い立場いる事になるわけで……、

「尤も、これはこれで、本能に忠実にゃのかもしれにゃいけどにゃ……」

 そんな事を考え、苦笑をもらしつつ、
俺はベランダへ跳び降りようと、屋根の端に立つ。

 だが……、



「――うっ!?」



 屋根の上から、眼下を見下ろした瞬間、
俺は、その予想外の高さに、思わず立ち竦んでしまった。

 お、おかしいな……、
 登った時は、全然、怖くなかったのに……、(汗)

「う、ううう……」

 何度か、跳び降りてみようと、気持ちを奮い立たせてみる。

 だが、どう頑張っても、
足は動こうとせず、俺は、その場に立ち尽くしてしまった。

「ど、どうにゃてるんだ……?」

 屋根から降りられない、という思わぬ事態に、俺は途方に暮れてしまう。

 と言っても……、
 原因は、何となく予想できる。

 多分、この恐怖感の原因は、猫の霊にあるのだろう。

 俺の人間としての意識は、
屋根から地面までの高さなど、大した事は無い、と認識している。

 しかし、俺に憑いた猫の霊の方が、
恐怖を感じてしまい、俺の行動にストップを掛けているのだ。

 木に登った仔猫が、その後、高さに怯えて降りられなくなる、って話を良く聞くだろう?

 つまり……、
 今の俺の状況が、まさに『それ』なのだ。

「……ど、どうしよう?」

 どうやら、自力では降りられない事を悟り、俺は困り果ててしまう。

 そして、それを自覚した途端、
急に、胸の内から、不安感が湧き上がってきた。

「うう〜……」(涙)

 い、いかん……、
 何か、泣きたくなってきた。

 体が幼くなってるから、
その分、どうも、涙腺が緩くなってるんだよな。

 それに、実を言うと、俺って、子供の頃は、結構、泣き虫だったし……、
 で、イジメられていると、いつも、さくら達が俺を助けに……、

 それはともかく――

「にゃ、にゃにか手はにゃいのか……?」

 自力で屋根から降りる方法を求め、俺は涙を堪えつつ、キョロキョロと周囲を見回す。

 しかし、ごく普通の一軒家の屋根の上に、
ハシゴやらロープなんぞが、都合良く落ちているわけもなく……、

「ダ、ダメだ……どうしようもにゃい」(涙)

 そろそろ、涙腺も限界のようだ……、
 こうなったら、本気で泣くしかないと、俺は諦め始める。

 と、そこへ――



「まーく〜ん! 早く来ないと、素麺が伸びてしまいますよ〜?」



 まさに、救いの女神と言ったところか……、

 いつまで経っても、姿を現さない俺を探して、
さくらが、俺の名を呼びながら、庭へと出てくるのが見えた。

 その姿を目にした瞬間……、

 俺は、恥じも外聞も、
かなぐり捨て、ポロポロと涙をこぼしながら……、
















「さ、さくら〜っ!!
にゃんとかしてくれぇ〜っ!」

















 で、結局――

 物置からハシゴを持って来た、
さくらの手によって、俺は無事、屋根の上から生還できたのだが……、



「まーくん、次からは気をつけてくださいね」

「――はい」

「ふふふ♪ でも、泣いてるまーくん、ちょっと可愛かったですよ♪」

「頼む、それは忘れてくれ……」

「イヤです♪」

「うぐぅ……」

     ・
     ・
     ・



 はあ〜……、

 しばらくは、このネタで、からかわれる派目になりそうだな。(嘆)
















 トホホホホホ……、

 我ながら、なんて無様なんだ。(泣)








<おわり>
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