「ねぇねぇ、ママ……?」
「――ん〜? どったの?」
「あそこに、見慣れない子がいるよ」
「あっ、ホントね……首に鈴を着けてるって事は、飼い猫かな?」
「……どうするの?」
「う〜ん、今から集会だし……、
みんなの前で、ちゃんと自己紹介して貰っちゃおうか?」
「うん、それが良いね」
「それじゃあ……、
ちょっと行って、呼んで来てくれる、ミレイユ」
「――うん♪」
第189話 「どっとはっかーず」
ある日の夜――
ふと、目を覚ました俺は、
なんとなく、夜の散歩へと繰り出していた。
いつもなら、そのまま二度寝を決め込むのだが……、
その日は、何故か、目が冴え渡ってしまい、
どうしにもジッとしていられず、外に飛び出してしまったのだ。
「そういえば、猫ってのは夜行性らしいからにゃ〜」
そんな事を考えながら、
俺はトテトテと塀の上を(もちろん二本足で)歩く。
と、そこへ――
「み〜……♪」
何処からか、猫の鳴き声が聞こえてきた。
しかも、雰囲気からして、
俺に向けられているっぽい鳴き声が……、
「……にゃんだ?」
鳴き声の主を求め、俺は周囲を見回す。
しかし、それらしき姿は、
何処にも見当たらず、気のせいか、と、散歩を続けようとしたところ……、
「こっち、こっち! こっちだよ〜♪」
「――にゃぬ?」
……足元から、声を掛けられた。
もしやと思い、俺は塀の下を見下ろす。
すると、そこには、一匹の白い仔猫が、俺を見上げて佇んでいた。
「……俺を呼んだのは、お前か?」
「うん、ボクだよ〜☆」
「…………」(汗)
訊ねる俺に、この仔猫は、得意気に答える。
それを見て、俺は、一瞬、状況が理解出来ずに、唖然としてしまった。
だが、すぐに我に返ると……、
「ね、猫が喋ったぁぁぁぁ〜っ!?」
その驚愕の事実に、
俺は驚きのあまり、塀から転げ落ちてしまう。
普通、身長の何倍もある高さから落ちたら、大変なことなのだが……、
まあ、そのへんは猫なので、
すぐさま、空中でバランスを取り、両手足で着地した。
うむ……、
我ながら、なかなかの身体能力……、
……って、感心してる場合じゃないっ!!
「しゃ、喋る猫……まさか、魔族かっ?!」
着地に成功した俺は、慌てて後ろに飛び退くと、
尻尾の毛を逆立て、その仔猫に対して、警戒の態度を見せる。
喋る猫の存在……、
それを前にして、俺は、真っ先にたまを思い浮かべたのだ。
もちろん、魔族だからって、いきなり、悪い奴と決め付けるつもりは無い。
ルミラさん達みたいな魔族だっているわけだからな。
しかし、それでも、相手は人外……、
やっぱり、警戒しないわけにはいかないわけで……、
「ねえ、キミ……何を、そんなに驚いてるの?」
「――へ?」
だが、警戒バリバリの俺に対して、
俺に声を掛けて来た仔猫は、可愛らしく小首を傾げた。
「だって、お前、喋ってるし……」
「猫が喋るのは、当たり前じゃない。
だいたい、キミだって、喋ってるでしょ〜?」
「――にゃんですと?」
その仔猫は、自分が喋る事を、当然のように言う。
そんな仔猫の平然とした態度に、俺は再び驚愕の声を上げた。
そして、その時になって……、
俺は、ようやく、自分が猫になっている事を思い出した。
もしかして……、
あっちが人の言葉を喋っているのではなく……、
……俺の方が、猫語を理解してるのか?
ということは……、
――俺って、またレベルアップしてるのかよ?
「にゃんてこったいっ!!」
出来ることなら知りたくなかったが……、
その事実に気付いてしまい、俺は思わず頭を抱える。
「ど、どうしたの? お腹痛いの?」
「にゃ、にゃんでもにゃい……」
急に蹲った俺を心配したのか……、
仔猫は俺の体をよじ登ると、前足で、俺の肩をポンポンと叩いた。
どうやら、俺の予想は、当たっているようだ。
多分、鈴飾りの影響なのだろう……、
一時的に、猫と言葉を交わせられる段階にレベルが上がっているのだ。
「ううっ……俺は普通の人間にゃのに〜」
日増しに猫になっていく自分に、俺は涙する。
だが、いつまでも泣いているわけにもいかず、
俺は手で涙を拭くと、ずっと俺の背中を摩ってくれていた仔猫の方へと向き直った。
「……どう、落ち着いた?」
「あ、ああ……それで、俺に何か用か?」
「うん♪ でも、その前に自己紹介ね♪ ボクは、ミレイユだよ☆」
「俺はマコトだ……で、用事ってにゃんだ?」
簡単に自己紹介を済ませ、
俺は、もう一度、ミレイユという仔猫に訊ねる。
すると、ミレイユは、ちょっと偉そうな態度で、俺を見上げると……、
「キミ、新入りでしょう?」
「ま、まあ、猫になって日も浅いからにゃ……」
「だったら、ちゃんとボク達のリーダーに挨拶しなきゃダメだよ」
「……そういうものにゃのか?」
「そういうものなの……、
ちょうど、今夜は集会の日だから、一緒に行こう☆」
「あ、ああ……」
どうやら、新入りである俺は、
東鳩町をナワバリとする猫グループのリーダーに引き合わされるらしい。
それは、つまり……、
猫社会へと正式にデビューする、という事だ。
う〜む……、
俺、一応、まだ人間なんだけど……、
でも、猫集会ってのには、ちょっと興味あるよな。
ミレイユの集会へのお誘いに、俺は、一瞬、迷う。
だが、好奇心も手伝い、俺は彼女の誘いを受けることにした。
「それじゃあ、レッツゴ〜☆ あっちで、ママも待ってるよ」
「お、おい! ちょっと待てって……」
すると、俺の返事を聞いた途端、
早速、ミレイユは走り出したので、俺は慌てて彼女を追い駆ける。
そして、彼女の母親であるミストラルと合流し……、
俺達は、猫集会の集合場所である、
俺がいつも昼寝に利用している、近所の公園へと向かうのだった。
そして――
猫集会の会場にて――
「……それにしても、また、デカイ仲間を連れてきたな?」
「え〜? そうかな〜?」
「あたしは可愛いと思うけど……」
「あら、ブラックローズさんったら……、
カイトさんのことは、もうすっかり諦めるんですか?」
「もし、そうなら、私、応援しちゃいますよ♪」
「なんで、そ〜なるのよっ!!」
・
・
・
猫達の自己紹介の後……、
東鳩町の猫達のリーダーである、
『カイト』という雄猫への、俺の顔見せも、無事に終わったところで……、
早速、猫達は、俺を交えての雑談へと、花を咲かせ始めた。
どうやら、猫集会というのは……、
近所の奥様方の井戸端会議ような、情報交換の場であるらしい。
例えば、今回みたいに、新入りが入ってきた、とか……、
何処ぞ家の飼い猫が、子供を産んだ、とか……、
仲間の誰かが人間に拾われた、とか……、
と言っても、いつの間にやら、
話の内容は、カイトを巡っての女の闘いへと発展しているのだが……、
ちなみに、この集会のメンバーだが……、
東鳩町の猫達の間では、なにやら英雄扱いされているらしい。
詳しい事情は聞いていないが、猫社会にも、色々とあるようだ。
しかし、そのチーム名が『ドットハッカーズ』とは……、
その名前に、どんな由来が、
あるのかは知らないが、随分と大袈裟な名前である。
と、それはともかく――
「カイトお兄ちゃん、相変わらずモテモテだね〜」
「何と言っても勇者だもん。お兄ちゃんも頑張らないとね♪」
「へいへい……」
「ふふふ……何なら、私が特訓してやろうか?」
周囲の様子から察するに……、
どうやら、カイトを中心とした修羅場は、
すでにお約束の如く、集会の度に起こっているらしい。
ミレイユは、気にする様子も無く、双子の猫達と一緒に話をしているし……、
バルムンクを筆頭とする雄猫達は、
触らぬ神に祟り無し、とばかりに、修羅場から距離を置いている。
唯一、ミストラルだけが、
何やら楽しげに、修羅場の様子を眺めているのが、ちょっと印象的だ。
ってゆ〜か……、
初めて会った時から思ってたんだけど……、
ミストラルって……、
俺の母さんに性格がそっくりなんだよな。。
なにせ、ここにいるメンツの中でも、
ミストラルの発言力は、かなり高いように見える。
現に、今だって……、
「はいはい、喧嘩ばっかりしてると、アウラにカイトを取られちゃうよ〜」
「「「――うっ!!」」」
修羅場が口論から、取っ組み合いの、
大喧嘩へと発展しそうな、一瞬即発の雰囲気の中……、
ミストラルは、絶妙のタイミングで、
彼女達の間に割って入り、修羅場を治めてしまった。
さすがは、唯一の子持ち、と言ったところか……、
ってゆ〜か……、
どうやら、猫社会においても、人妻は最強らしい。
「いや、この場合、人妻じゃなくて猫妻か……?」
と、猫達の様子を眺めつつ、そんな事を考えていると……、
「ねえねえ、マコト〜?」
「――んっ?」
いつの間に、寄って来たのか……、
俺の頭の上によじ登ったミレイユが、話し掛けてきた。
「その鈴飾り、可愛いねぇ〜♪ 何処で手に入れたの?」
どうやら、ミレイユは、
俺の鈴飾りに興味を持ったらしい。
彼女は、瞳をキラキラと輝かせながら、鈴飾りを見つめている。
そんな彼女の様子を見て、双子の猫が、大きく溜息をついた。
「また、始まったよ。ミレイユの悪い病気が……」
「ゴメンね、マコト君……、
ミレイユって、珍しい物を集めるが大好きなの」
「ふっふ〜ん♪ レアハンターの名は伊達じゃないのだ☆」
「レアハンター、ねぇ……」
相変わらず、俺の頭の上に陣取り、えっへんと胸を張るミレイユ。
犬ならともかく……、
収集癖のある猫、ってのも珍しいな。
――ってゆ〜か、既に、そこが定位置ですか、ミレイユさん?
その姿に苦笑を浮かべつつ、
俺は、襟元の鈴を指先で軽く弾いて音を鳴らした。
「レア〜♪ レア〜♪」
俺が鈴を鳴らす度に、
ミレイユは、ウズウズと耳を欹てている。
「一応、言っておくが……、
これは借り物だから、くれって言ってもやらんぞ」
――それに、外そうにも、まだ外せないしな。
と、内心で呟き、俺は肩を竦めて見せる。
「う〜、それじゃあ、仕方ないよね……」
俺の言葉に、残念そうに耳を垂れるミレイユ。
だが、しつこく食い下がるつもりは無いようで、割りとアッサリと諦めてくれた。
しかし、少しは未練もあるようで……、
「でもでも、ボクも、そんな可愛い鈴が欲しいな〜」
「それじゃあ、次、会った時に、別の鈴をあげるよ」
指を咥えたまま、ミレイユは鈴飾りから目を離そうと無しない。
そんな彼女が、何だか可笑しくて……、
俺は、ついつい、そんな約束を口にしてしまった。
「ホント! ホントにくれるのっ!」
「あ、ああ……」(汗)
俺の言葉を聞き、ミレイユはパッと表情を輝かせる。
うう〜む……、
もしかして、早まったかな?
と、少し後悔しつつも……、
瞳に『レア』の文字を浮かび上がらせ、
満面の笑みで、詰め寄ってくるミレイユの勢いに押されるように、俺は頷いた。
ま、いいか……、
気に入って貰えるかどうかはともかく……、
この鈴飾りに似たような物なら、簡単に手に入るだろうし……、
それに……、
ちょっと寂しくもあるけれど……、
次、会った時には……、
「約束だよ! 次、会った時には、絶対ね!」
「はいはい……」
俺は、もう……、
元の姿に戻ってるかもしれないからな。
そして――
それから、数十分後――
「それじゃあ、またね、カイト」
「おやすみ、ブラックローズ」
「明日は、公園を探検する日だからな。寝坊するなよ」
「オルカこそ、遅刻しちゃダメだよ」
今夜の猫集会は、お開きの時間となったようだ。
情報交換を終えた猫達は、
それぞれの寝床へと、軽快な足取りで帰っていく。
「――さてと、俺も帰るかにゃ」
なんだかんだで、随分と話し込んでしまったようだ。
腕時計を見て、もう日付が変わっているのを知った俺は、
家に帰る為、慌てて立ち上がる。
だが、その前に、ミストラル親子に、一言、挨拶していくことにした。
「今夜は、誘ってくれてありがとうにゃ」
「ううん、どういたしまして♪」
公園を出るまで、一緒に歩き……、
適当な路地への入り口の前で、別れを交わす。
そして……、
「おやすみ、マコト☆」
「約束、忘れちゃダメだからね!」
「分かった、分かった」
路地へと入っていくミストラル親子を、
軽く手を振って見送ると、俺はクルリと踵を返し――
「じゃ〜ね、マコト♪ 早く、人間に戻れると良いね〜♪」
「――えっ!?」
去り際の、ミレイユの言葉……、
その言葉を耳にした俺は、
彼女達の姿を追って、後ろを振り返った。
しかし……、
路地の向こうには、もう二匹の姿は無く……、
「まさか……」
彼女が言い残した言葉の意味に、俺は思わず絶句する。
もしかして……、
最初から、気付いていたのか?
――俺が、本当は人間だ、ってことに。
いや、まあ……、
確かに、それは当たり前なのだろうが……、
耳と尻尾があるとはいえ……、
外見は、ほとんど人間なんだからな。
でも……、
ミレイユは……、
……いや、彼女だけじゃない。
ミストラルも、カイトも……、
集会に参加していた、全ての猫達が、真実を知っていたのかも……、
そして……、
知っていてなお、俺のことを同じ仲間のように……、
「にゃんだか、複雑だ……」
人間に、猫扱いされるだけでなく……、
本物の猫にまで、猫扱いされてしまった事を知り、俺は、ちょっと黄昏てみる。
……だが、そんなに悪い気はしなかった。
むしろ、心の何処かで、
たくさんの猫友達が出来た事を喜んでいた。
この想いは、一体、誰のものなのだろう?
俺本人の気持ちなのだろうか?
この鈴飾りに憑いている猫の霊の気持ちなのだろうか?
それは……、
いくら考えても分からない。
……ただ、これだけは、ハッキリと言える。
――彼らと、もう一度、会いたい。
――彼女達と、もう一度、語り合いたい。
そして――
「……次の集会には、お礼に猫缶でも持っていってやるか♪」
次の猫集会の日に、
想いを馳せ、俺は思わず笑みをこぼす。
そして、月明かりの照らす夜の街に、鈴の音を響かせながら……、
俺は、意気揚々と……、
上機嫌な足取りで、家路を辿るのであった。
ああ、そうそう……、
ミレイユと約束した鈴飾りも、ちゃんと用意しておかないとな。
<おわり>
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