「あの、まーくん……?」
「んっ? にゃんだ?」
「一つ、訊いても良いですか?」
「良いぞ……」
「……毛糸の玉を転がすの、そんなに楽しいですか?」
「……うん、凄く」(泣)
第188話 「本能のままに」
ある日のこと――
日当たりの良い縁側で、
俺は、ノンビリと日向ぼっこを満喫していた。
まあ、日向ぼっこと言っても、ほとんど昼寝だな。
良い匂いのするクッションに顔を埋め……、
お気に入りのタオルケットの上で体を丸くして……、
……時折、尻尾を揺らしながら、ゴロゴロと惰眠を貪る。
堕落と言うことなかれ……、
これこそが、正しい猫ライフというものである。
――えっ?
人間としての理性はどうした、って?
……何、それ?
……。
…………。
………………。
い、いや、まあ……、
軽いジョークは、このくらいにして……、(汗)
確かに、縁側で昼寝をする、
今の俺の姿は、猫そのものかもしれない。
ってゆ〜か、正しい猫ライフ、なんて言ってる時点でアウトである。
でも、別に良いだろう?
昼寝くらいなら、人間だってするわけだし……、
それに、こうして、猫としての本能に忠実に行動していれば、
鈴飾りに憑いた猫の霊も満足して、より早く、元の姿に戻れるかもしれない。
だったら、人目の付かない、
こういう時にこそ、思う存分、猫ライフを送るべきなのだ。
とまあ、そういうわけで――
「にゃ〜……♪」
すっかり猫になってる自分に対して、
論理武装しつつ、俺は、日向ぼっこを続ける。
と、そこへ――
ころころ――
何処から転がってきたのか……、
俺の目の前に、毛糸の玉が一つ現れた。
それを見た瞬間……、
「――てりゃっ!」
ぱしっ――
ころころ――
咄嗟に、俺の手が伸びて、その毛玉を叩く。
その衝撃で、さらに転がっていく毛糸の玉……、
俺は、それを手の平で受け止め、コロコロと転がして遊び始める。
「あっ、まーくん、それで遊んじゃダメですよ」
どうやら、この毛糸の玉は、さくらの物だったようだ。
見れば、その毛糸玉からは、一本の毛糸が伸びており、
それは、俺の傍で、編み物をしていたさくらの手元へと続いている。
「むう〜……」
「そんなに残念そうな顔しないでください。
こっちの毛糸玉なら、好きに使っても良いですから……」
う〜む……、
俺、そんなに残念そうな顔をしていたのだろうか?
さくらに、毛糸玉を取り上げられて、俺は、不満げに彼女を見上げる。
そんな俺を見て、さくらは、苦笑すると、
まだ未使用の毛糸玉を、俺の目の前に置く。
そして、何事も無かったかのように、編み物を再開した。
「うぬぬ……」
さくらに渡された、真新しい毛糸玉……、
それを指先で突付きながら、俺は、ちょっぴり自己嫌悪モード。
うううう……、
さっき、論理武装をしたものの……、
無意識とは言え、ここまで猫な行動パターンを取ってしまうと、さすがにショックだ。
それに、さくらはさくらで、
俺が猫な真似してても、平然としてるし……、
もしかして……、
俺って、もう、既に猫扱いなわけ?
やっぱり、精神衛生上、人間としての尊厳を優先して行動するべきなのかな?
ぱしっ――
ころころ――
ぱしっ――
ころころ――
なんて事を考えつつも……、
俺の手は、ずっと、毛糸玉で遊び続けてるし……、(涙)
ううう……、
なんて無様なんだ。
所詮、理性は本能には勝てない、ということなのか……、
「まーくん、涙まで流して……、
そんなに、毛糸玉で遊ぶのが楽しいんですか?」
「うん……凄く」(泣)
俺の様子を見て、さくらが不思議そうに首を傾げる。
そんなさくらの言葉に頷きつつも……、
毛糸玉を転がす、俺の手は止まる気配を見せることなく……、
「にゃにゃっ!」
ぱしっ――
ころころ――
「……てい!」
ぱしっ――
ころころ――
「にゃんと!」
ぱしっ――
ころころ――
ぱしっ――
ころころ――
ぱしっ――
ころころ――
ぱしっ――
ころころ――
……。
…………。
………………。
俺は、しばらくの間――
猫の本能が飽きるまで……、
夢中になって、毛糸玉遊びに興じるのだった。
ああ、もう……、
楽しいなぁ〜、こんちくしょうっ!!(号泣)
<おわり>
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