「……あの〜、結花さん?」

「ん〜? どうしたの、誠君?」

「俺が注文したのって、エビピラフでしたよね?」

「ええ、そうよ」

「じゃあ、どうして……」

「――?」








「……どうして、お子様ランチがあるんですか?」











第187話 「きゅうきょくしんか」










 ある日の昼――

 俺は、昼メシを食べる為、『HONEY BEE』に来ていた。

 ――なに?
 どうして、そんな危険な場所に行ったのか、って?

 確かに、今の俺が、結花さんのいる店に行くのは、
あまりに危険極まりない行為だ、って事は、先日の一件から、充分に理解している。

 ならば、何故、わざわざ危険を侵してまで、ここに来たのか、と言うと……、

 その理由は、割りと単純で……、
 この幼い姿では、何処の店も、一人では入れないのだ。

 いくら、ちゃんと金を持っているとはいえ、
六歳の子供が、一人で外食するなんて、明らかに不自然だからな。

 だから、そんな真似をしたら、場合によっては、厄介事を引き起こしかねないのだ。

 とは言え……、
 この俺が、その程度の理由で、空腹を我慢出来るわけがない。

 ならば、方法は、ただ一つ……、
 唯一、事情を知っている人物が居る店に行けば良いのだ。

 まあ、天河食堂でも良いのだろうが……、

 例の着せ替え大会の事もあり、
昨日の今日では、さすがに、行く気にはなれない。

 とまあ、そういうわけで――

 俺は危険を承知の上で……、
 結花さんがいる『HONEY BEE』にやって来たのだが……、





「……どうして、お子様ランチなんですか?」

「だって、今、誠君はお子様でしょう?」

「でも、エビピラフを……」

「ご飯の部分は、ちゃんとエビピラフなんだから、別に問題ないでしょ?」

「…………」(汗)





 確かに、結花さんの言う通り……、
 カウンターに座る、俺の前に置かれた皿にはエビピラフが盛られている。

 ただ、その頂点には……、
 しっかりと、小さな国旗が立てられていた。

 ……いや、それだけではない。

 ひと口サイズのミニハンバーグ――
 グリンピースがのったミートスパゲティ――
 デザートの生クリームがついたパンケーキ――

 さらには……、
 おまけの玩具付き、という念の入りよう……、

 ――そう。
 それは、まさに……、



 ……完全無欠のお子様ランチだった。



「さあ、遠慮しないで食べて良いわよ♪」

「う、うう……」

 満面の笑みを浮かべ、結花さんは俺を促す。

 しかし、いくら、幼くなっているとはいえ、俺の心は17歳なのだ。
 さすがに、お子様ランチを食べる気にはなれず、俺はスプーンを置こうとした。

「…………」(ジ〜)

「…………」(大汗)

 だが、そんな俺に……、
 結花さんが、笑みを浮かべたまま、無言の圧力を掛けてくる。

「リアンさん、何とか言って――」

 その圧力に堪え兼ね、俺はリアンさんに助けを求めようと、彼女に見目を向けた。

 だが、レジ打ちをしていたリアンさんは、
俺と目が合った瞬間、大きく首を横に振って、店の奥へと逃げてしまう。

 まるで、諦めてください、と言うかのように……、

「ほら、どうしたの? 早く食べないと冷めちゃうわよ?」

「……はい」

 結花さんに期待に満ちた眼差しで見詰められ、
観念した俺は、お子様ランチを食べる為、スプーンを握った。

 だが、体が幼くなり、手も小さくなった所為だろうか……、
 いまいち、思った通りに、上手くスプーンを握る事ができない。

 そういえば……、
 昨夜も、箸が上手く使えなくて、苦労したんだよな〜。

 と、そんな事を考えつつ、俺は仕方なく、スプーンを逆手に握った。

 すると――





「ああああっ! 可愛い男の娘が、
スプーンを逆手に握って、お子様ランチ食べてるぅぅぅっ!!」






 何やら、謎なセリフを吐きながら……、

 結花さんが、カウンターの向こうで、
鼻血を流しながら、ゴロゴロとのた打ち回り始める。

 良く見れば、店内にいる、
何人かの女性客も、チラチラと俺の方を見ながら、悶えていた。

 もしかして……、
 この街に住む女の人って、こんなのばっかりなのか?

「……サッサと食べて、帰ろう」

 結花さんと、周囲の女性客達の、あまりの腐女子っぷりに、
危機感を覚えた俺は、いつでも逃げ出せるように、一気にお子様ランチを平らげる。

 そして……、
 デザートのパンケーキを食べ……、

 最後に残った、おまけの玩具が入った箱に手を伸ばし……、

「――って、別に、こんなの貰ってもな〜」

 そんな事を呟きつつも……、
 内心、ちょっぴり童心に返って、ドキドキしながら、俺は箱を開けた。

 すると……、
 中から出てきたのは……、

「……鈴?」

 ――そう。
 それは、小さな鈴であった。

 もう少し、具体的に言うと……、
 赤いリボンのついた鈴飾り、ってところだろうか?

 ――んっ?
 ――ちょっと待てよ?

 リボンの付いた……鈴飾り……、

「はて……何処かで見とことあるような?」

 その鈴飾りに、妙な既知感を覚え、俺は首を傾げる。

 だが、いくら記憶の糸を手繰っても、
その既知感の正体は分からず、俺は思い出すのを諦めた。

 そして……、

「こんなの、俺が持ってても意味無いし……、
今度、なるみちゃんかくるみちゃんにでもあげようかな」

 そう呟き、俺は鈴飾りをホケットにしまうと、ヒョィッと椅子から飛び降りる。

「すみません、結花さん……お勘定お願いします」

 未だに悶えている結花さんに呼び掛け、俺はレジへと向かう。

 と、その時……、
 ふと、悪戯心が芽生えた俺は、再び、ポケットに手を入れた。

 そこには……、
 今、しまったばかりの鈴飾り……、

 ――これを付けて見せたら、結花さんは、どんな反応をするのだろう?

 もちろん、危険な行為である事は分かっている。

 だが、人間には……、
 怖いもの見たさ、という厄介な好奇心があるわけで……、

「ちょっとだけ……」

 その好奇心に勝てなかった俺は……、
 ポケットから鈴飾りを取り出すと、それをゆっくりと襟元へ……、

 と、その時――





「誠さんっ! それを付けちゃダメですっ!!」





 店内に、リアンさんの声が響いた。

 だが、時既に遅く……、
 鈴飾りは、俺の襟元に装着され……、

「誠さん、逃げてくださいっ!!」

「――えっ!?」

 それを見るやいなや、
リアンさんは、切羽詰った様子で、俺に叫ぶ。

 一瞬、その言葉の意味が理解出来ず、俺はその場に立ち尽くしてしまう。

 だが、次の瞬間――



「もらったぁぁぁーーーっ!!」

「――にゃわっ!?」



 背後に、殺気にも似た戦慄を覚え、
俺は、ほとんど奇跡とでも言うべき反応で、その場を飛び退いた。

 そんな俺の横を、獲物を狩るような、
危険な目付きをした結花さんが、物凄い勢いで通り過ぎて行く。

「にゃ、にゃにするんですか、結花さ――んんっ?!」

 あまりに唐突な、結花さんの豹変っぷりに、俺は驚愕の声を上げる。

 だが、それ以上に……、
 自分が発した、その声に、俺は驚いた。

「にゃ、にゃんだ? どうにゃってるんだ?」

 混乱するあまり、俺は、暴走中の結花さんの事も忘れ、思わず頭を抱えてしまう。

 まあ、リアンさんが抑えてくれているから、
取り敢えず、結花さんについては、しばらくは安心のようだが……、

 それはともかく――

「にゃんだ、にゃんだ、にゃんにゃんだ〜っ!?」

 ――な、何故だっ!?
 『な』の発音が、ちゃんと言えなくなってるっ!?

 ――ってゆ〜か、『にゃ』って何だ!

 これじゃあ、まるで……、
 デュラル家の『たま』みたいじゃ……、

「ま、まさか……っ!?」

 俺は、ある事に思い当たり、さっき襟元に付けた鈴飾りを見る。

 そして、今頃になって……、
 その鈴飾りが、いつもリアンさんが付けている物だという事に気が付いた。

 ――そう。
 以前、リアンさんを猫化させたという……、



 ……『猫憑きの鈴飾り』。



「まさか、まさか……」

 それ気付いた途端、俺は嫌な予感を覚えた。

 それは、この鈴飾りを付けた事によって、
引き起こされるであろう、予想できる限り最悪のケース……、

 た、頼む……、
 何かの間違いであってくれ……、

 そう祈りつつ、俺は、恐る恐る、自分の頭に手をのせる。

 そして……、


 
ふに――


「にゃ……」

 手に伝わってくる柔らかな感触……、

 俺の願いに反して……、
 確かに、『それ』は俺の頭の上にあった。

 あかねが猫さんモードになった時……、
 いつの間にか、頭に出現して、ぴこぴこと揺れている『それ』が……、

 さらに、体を捻って腰の辺りを見ると……、


 
ひょこひょこ――


「にゃ、にゃ……」

 そこには……、
 とある動物特有の……、

 しなやかな、長い物体が……、

「にゃ、にゃ、にゃ……」

 それだけの物的証拠を見ても、
まだ、自分の身に起きた現実を認める事が出来ず……、

 ……俺は店のガラス窓に目を向ける。
















 そして……、

 俺は、見てしまった。
















 頭の上には、猫耳を……、

 お尻には、猫尻尾をつけ……、
















 一部の隙も無い……、
 完璧な猫耳少年になってしまった……、

 ……窓ガラスに映る、自分自身の姿を。
















「にゃんですとぉぉぉーーっ!?」
























 その後――

 騒ぎを聞き付けた健太郎さんと、
スフィーさんによって、結花さんの暴走は抑えられた。

 そして……、

 何故、こんな事態になったのか?
 何故、玩具の箱の中に、あの鈴飾りが入っていたのか?

 それを結花さんに問い詰めたところ――


「だって、猫になった誠君を見てみたかったの〜」


 ――ということらしい。

 つまり、俺にお子様ランチを食べさせた時点で、
結花さんの計画は始まり、俺は、まんまと、それに嵌められたわけだ。

「取り敢えず、お前は、これ食って反省してろ」

「うう〜……」

 結花さんの前に、先日、俺が譲ったばかりの、
例のオレンジ色の物体を置き、健太郎さんは、彼女に冷たく言い放つ。

「それ……早くもお仕置きグッズとしての地位を確立してるんですか?

「それぐらいにしか使い道が無いだろ、アレは……」

 泣きながら『アレ』を食べる、
結花さんの姿に、俺と健太郎さんは、深々と溜息をつく。

 そして、スフィーさんに向き直ると、俺達は話を本題に戻した。

「それで……当然、元には戻れるんだよな?」

「ねえ、まこと? その鈴、外れないの?」

「……はい」

「それじゃあ、自然に戻るまで待つしかないよ。
まあ、いつもの様に、その鈴に憑いてる猫の魂が満足するまでだから……」

「満足するまで、ですか……」

「リアンの時も、割りとすぐに戻ったし、心配はいらないと思うぞ」

「それにゃら、良いんですけど……」

 スフィーさんの話を聞き、俺はホッと胸を撫で下ろす。

 ようするに、対処方法としては、
今まで通り、自然に治るのを大人しく待っていれば良いわけだ。

 猫耳猫尻尾が生えたとはいえ、状況は、それほど大きく変わっていない。

 むしろ、リアンさんみたいに、猫の霊に、
意識と体を乗っ取られていないのは、不幸中の幸いと言えるだろう。

 ただ……、
 一つだけ問題を挙げると……、

「うっうう……にゃ〜……」

 俺の心の奥底で、何やら、
猫としての本能が目覚めつつある事だろうか……、

 なにせ、さっきから、目の前で揺れている、
スフィーさんの髪の毛が、もう気になって気になって……、

「にゃ、にゃにゃ……うぬぬ……」

 うううう……、
 あの髪にじゃれつきたい〜……、

 でも、人として、そんな真似をするわけには〜……、

「ぬぬっ……にゃ、うう……」

 手を伸ばしたり、引っ込めたり……、
 人間の理性と猫の本能が、俺の中で攻めぎ合う。

 そんな俺の様子を見て、俺の葛藤を理解したのだろう。
 健太郎さんは、俺に哀れみを込めた眼差しを向け、大きく首を横に振る。

 そして……、



「なあ、誠……」

「――にゃんです?」

「……お前、どんどん深みにハマってないか?」

「ほっといてください……」(泣)
















 俺は、この時……、

 とある友人の気持ちが、良く分かったような気がした。








<おわり>
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