「――ただいま〜」
「あっ、おかえりなさい、まーくん」
「おかえり〜」
「……二人とも、妙に落ち着いてるな?」
「さっき、健太郎さんから連絡がありましたから」
「なるほど……でも、それにしたって……」
「うみゅ、まーくん……そんな事より……」
「――ん? 何だ?」
「どうして、そんな恰好してるの?」
「訊くな……」(泣)
第186話 「無駄な抵抗」
まあ、予想通りと言うべきか――
帰宅した俺の姿を見た、
さくら達の反応は、割りとアッサリしていた。
尤も、事前に、健太郎さんが連絡を入れておいてくれた所為もあるのだろうが……、
それを考慮に入れたとしても、
さくら達の落ち着き振りは、ちょっと異常である。
つまり、それだけ、非日常の出来事が、日常化してきている、というわけで……、
ううう……、
俺達の日常って、一体、どうなってるんだ?
まあ、それはともかく――
健太郎さんの計らいのおかげで、
幼くなった俺の姿を見ても、さくら達は、さほど驚かなかったのだが……、
「まーくん……可愛いです♪」
「頼むから、早く着替えさせてくれ〜」(泣)
どうやら……、
それ以外の点で、大いに驚いたようだ。
なにせ、帰って来た俺は、
幼女用のピンクのワンピースを来ていたのだから……、
「ねえ、まーくん、その服って、スフィーさんの?
「いや……これは、ラピスちゃんの古着だ」
「うにゅ……?」
同じ商店街に住んでいるのだから、
あかねも、天河食堂のラピスちゃんのことは知っている。
だが、まさか、彼女の名前が出てくるとは思っていなかったのだろう。
予想外の人物の名前を耳にし、二人は首を傾げる。
そんな二人に、俺は簡単に事情を説明することにした。
サイズの合わない服を着たまま、出歩いていたこと――
それをユリカ先生に見られて、天河食堂まで拉致られたこと――
そして、ミナト先生の計らいで、ラピスちゃんの古着を着せてもらったこと――
まあ、かなり端折ったが……、
このへんまでは、概ね問題は無かった。
ただ、この後……、
俺を着替えさせる為、
店舗の二階に連れて行かれたところで、問題が起こった。
なんと、ミナト先生も、ユリカ先生も……、
ってゆーか、その場にいた全員が、
俺のことを女の子だと勘違いしていたのである。
ちなみに、俺が男だと気付かれた理由は、絶対に秘密だ。
だってさ……、
いくら幼くなっているとはいえ……、
美人、美少女揃いの女性陣達に、
『ちっちゃくて可愛い〜♪』なんて言われたら、無茶苦茶ヘコむぞ。(涙)
――閑話休題。
で、俺が女の子ではないと判明すれば、
普通なら、ラピスちゃんの服を着せるのは躊躇われる筈なのだが……、
と、そこへ――
「可愛いから、別に良いんじゃない?」
あまりにも身も蓋も無い、ユリカ先生の鶴の一声。
その一言によって、皆の意見は満場一致し……、
天河食堂の常連客による『まこと君着せ替え大会』が展開され……、
……。
…………。
………………。
「……それで、あんな恰好をしていたわけですか?」
「ああ……」
さくらが用意してくれた子供服……、
物置にあったそれに袖を通しつつ、
説明を終えた俺は、大きく溜息をつきながら、ソファーに突っ伏した。
「それで……ちゃんと、元の姿には戻れるの?」
借りて来たラピスちゃんの服を畳みながら、あかねが訊ねる。
まあ、事故とはいえ、自分の恋人が、
いきなり幼くなったのだから、不安に思うのも無理はないだろう。
だから、俺は、努めて軽い口調で、あかねを安心させてやることにする。
「だいたい、一週間くらいで元に戻るってさ。
まあ、それまでは、せいぜい、この状況を楽しむことにするさ」
「もう、まーくんったら……」
そんな俺に、さくらは苦笑を浮かべる。
そして、俺の隣に腰を下ろすと、俺を自分の膝の上へと抱き上げてしまった。
「う、うわ……っ!?」
体が小さくなってからというもの……、
結花さんとか、ユリカ先生とか……、
色々な人に、こうして後ろから抱えられてきたが……、
まさか、さくらにまで抱っこされるとは予想していなかった俺は、思い切り狼狽えてしまう。
「お、おい、さくら――」
「……良かった」
さくらの腕から逃れようと、俺は抵抗を試みる。
だが、さくらの腕に力が込もると共に……、
彼女の口から、ポツリとこぼれた呟きを聞いた俺は、抵抗する気が失せてしまった。
「さくら……?」
「本当に、良かったです」
そう言って、さくらは、俺の頭に、
そっと頬を寄せると、俺を抱く腕に、さらに力を込めた。
正直、ちょっと苦しかったが……、
それが、さくらの想いの現れなのだ、と分かったので、
俺は、されるがままに、さくらに身を任せる。
「今のまーくんも可愛いけど……、
やっぱり、わたしは、元のステキなまーくんの方が良いです」
「……もし、元に戻れなかったら、どうする?」
自分でも、ちょっとイジワルかな、と思いつつ……、
俺は、わざと、さくらを不安にさせるような質問をする。
だが、俺の予想に反して……、
「それでも、まーくんは、わたし達の大好きなまーくんですから……」
「……ショタコンとか言われてもか?」
「わたしは、そんなこと気にしませんよ」
まるで、答えなど分かり切っていたかのように……、
さくらは、平然とした表情のまま、その質問を受け流してしまった。
「ったく、しょうがね〜な〜」
「うふふふ……」
そのやり取りが、何だか可笑しくて……、
俺とさくらは、顔を見合わせると、一緒になって微笑み合う。
と、そこへ――
「うにゅ〜、二人とも、あたしのこと忘れてない?」
「そ、そんなこと……」
「……あるわけねぇだろ?」
すっかり、蚊帳の外に出され、
拗ねたあかねが、俺達に詰め寄ってきた。
そして、正直、図星を刺されて、
戸惑う俺達の隙を突き、あかねは、さくらの腕の中から俺を奪い取る。
「うみゃ〜ん♪ まーくん、可愛い〜♪」
「おいおいおいおい……」(汗)
すりすりすりすり……
俺を腕に抱くやいなや……、
それはもう楽しそうに、あかねは頬擦りを始める。
それどころか、俺の顔中に、キスの嵐を降らせてきた。
抱っこだけならともかく……、
さすがに、そこまでされると、
恥ずかし過ぎるので、俺は、さくらに目で助けを求める。
もっとも、そんな事をしても、さくらの場合、
助けるどころか、参加してくる可能性の方が高かったりするのだが……、
しかし、そんな俺の予想に反して、さくらの反応は、随分と大人しかった。
「もう、あかねちゃんったら……」
そう言って、苦笑を浮かべ、
俺の頭を軽く撫でた後、さくらはゆっくりと立ち上がる。
そして……、
「それじゃあ、わたしは晩御飯の準備をしますから、程々にしなきゃダメですよ」
「は〜い♪」
俺の意見など綺麗サッパリ無視して、
さくらは、俺達を放置したまま、キッチンへと消えていった。
「…………」
あかねに、されるがままになりながら……、
俺は、キッチンへと向かうさくらの後姿を、呆然と見送る。
一体、どういうことなんだ?
いつものさくらなら……、
もっと、こう、何て言うか……、
お花とハートマークが、そこいら中に咲き乱れるくらいな状況を展開させるはずなのに……、
「なんか、逆に不安だ……」
さくらの、あまりに予想外な……、
ってゆ〜か、あまりに普通過ぎる反応に、俺は首を傾げる。
さくらの普通な反応……、
本来なら、それは喜ばしいことなのだが……、
今までの行動がアレだったから、逆に勘繰ってしまうのだ。
もしかしたら……、
無邪気に戯れる子供達を、
あたたかく見守る、母親のような気分になっているのだろうか?
それとも……、
やっぱり、俺が、こんな姿になってしまったのがショックで……、
と、そんな事を考えて、
ちょっとブルー入ってる俺に構わず……、
あかねは、俺を抱えたまま立ち上がると――
「じゃあ、ご飯の前に、お風呂に入っちゃおうね♪」
「――なんですと?」
まるで、当然のことのように……、
あかねは、聞き捨てならない事を、サラリとのたもうた。
「お、おいっ! ちょっと待てっ!!」
しまったっ!!
コイツら、コレが狙いだったのかっ!!
――このままでは、連行されてしまうっ!
そう危機感を覚えた俺は、
もう無駄だと知りつつも、あかねの腕の中から脱出する為、抵抗を試みる。
だが、やはり、当然の如く……、
この幼い体では、あかねから逃れられるわけがないわけで……、
「まーくんとおっふろ♪ まーくんとおっふろ♪」
「あうあうあうあう……」
スキップを踏むあかねの足は、着実に風呂場へと向かって行く。
その場所が、俺にとっては、
天国なのか地獄なのかは分からないが……、
少なくとも、精神的に大きなダメージを被る事は間違い無いだろう。
なにせ、ここ最近、こういうパターン多いし……、
ってゆーか、いくら幼くなっているとはいえ、これ以上、ご開帳してたまるかっ!
「た、頼む、あかね! それだけは勘弁してくれっ!」
「――や」
「うわっ、即答かよっ!」
男の尊厳を賭け、俺はあかねに懇願する。
しかし、すっかりその気になっているあかねには、
俺の言葉は、全く通用せず、アッサリと一蹴されてしまった。
「さくらっ! 助け――」
ならば、ダメで元々と……、
俺は、キッチンにいるさくらに助けを求めようとしたが……、
「あかねちゃん、わたしも後で行きますから、待っててくださいね〜」
「しくしくしくしく……」
それよりも早く、先手を打たれ……、
完全に逃げ場を失った俺は、もう泣くことしか出来ない。
そして……、
「さあ、脱ぎ脱ぎしようねぇ〜♪」
「なんだか、小さい頃を
思い出しちゃいますね〜♪」
「いゃぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜っ!!
最近、こういう展開、
やたらと多いぞぉぉぉ〜〜っ!!」
スマン……、
これ以上は、何も語りたくない。
ってゆ〜か、頼むから、何も訊かないでくれ〜。(泣)
<おわり>
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