「ねえねえ、サユリ〜……」

「ん〜? どうしたの、ミカコ?」

「ほらほら、あの子……」

「あの子って……、
もしかして、あのブカブカの服、着てる子のこと?」

「あの子、何で、あんな恰好してるのかな?」

「――さあ?」

「でもさ、そんな事よりも……」

「そうね……そんな事よりも……」








「「「「「――か、可愛い〜♪」」」」」











第185話 「うわさばなし」










 帰り道――

 何やら視線を感じた俺は、ピタッと足を止める。

 そして、キョロキョロと周囲を見回すと、
ちょっと離れた所から、こっちを見ている数人の女性を発見した。

 ――って、あれって、ホウメイガールズじゃないか。

 意外な面々の登場に、
俺は、思わず、マジマジと彼女達を凝視してしまう。

 それに気付いたのだろう。
 ホウメイガールズは、ニッコリ微笑むと、軽く手を振ってきた。

「……?」

 ……もしかして、俺の正体に気付いた?

 いや、そんな事は無いだろう。
 妙に気に入られているとはいえ、そんなに付き合いがあるわけじゃないし……、

 じゃあ、何故……、
 彼女達は、俺を見て、黄色い声なんか上げてるんだろう?

 と、そんな事を考え、小首を傾げつつ、
取り敢えず、俺はホウメイガールズに手を振り返した。

「おっと……」

 手を振った拍子に、捲くっていた服の袖がズリ落ちる。

 それを直そうと手を伸ばし……、
 俺は、彼女達が、こっちを見ている理由に気が付いた。

「ああ、そういう事か……」

 そういえば……、
 体は小さくなったけど、服はそのままだったっけ。

 俺は、今、上着の袖も、ズボンの裾も、
目一杯に捲り上げて、大人用の服を強引に着ているのだ。

 傍から見れば、今の俺の姿は、かなり滑稽な恰好のはず……、

 つまり、ホウメイガールズは、
そんな俺の姿を、物珍しげに見ていたわけだ。

「「「「「バイバ〜イ♪」」」」」

「あ、あははは……」

 手を振るホウメイガールズに見送られ、俺は足早に、その場を立ち去る。

 今まで、まるで気にしていなかったが……、
 一度、気付いてしまうと、自分の恰好が、急に恥ずかしくなってきたのだ。

「う〜む……」

 家路を急ぎつつ、俺は腕を組んで考える。

 しばらく、この姿で生活するわけだし……、
 何とかして、サイズの合う服を調達しなければいけないな。

 物置でも漁れば、子供の頃に着ていた服が出てくると思うが……、

 でも、もし無かったら……、
 手痛い出費だが、デパートに買いに行くしか……、

 ――いや、まてよ?
 母さんの服なら、ピッタリなんじゃないか?

 もちろん、友○小の制服とか、某ベトナム娘の服とか……、
 そういう、少女趣味なやつを着るつもりは無いが、まともな服だってある筈だし……、

 まあ、多少、コスプレっぽいのは我慢するしか……、

 と、そんな事を考えながら、歩いていると――



「――よいしょ、っと♪」

「ほへ……?」



 いきなり、両脇に手が入れられたかと思うと……、

 俺は、何者かによって、
背後から、ヒョイッと抱き上げられてしまった。

「だ、誰――っ!?」

 突然の出来事に、一瞬、俺は狼狽える。

 だが、すぐに我に返ると、
自分を抱えている相手を確認するため、俺は後ろを振り向いた。

 そして……、
 その人物を見て、俺は絶句する。

 なんと、そこにいたのは……、



「ねえねえ? キミ、何で、そんな恰好してるのかな?」

「――ユリカ先生?」



 ――そう。
 俺を抱き上げていたのは……、

 東鳩高校の名物教師であり……、
 俺のクラスの担任でもある、ミスマル・ユリカ先生だったのだ。

「どんな事情があるかは知らないけど、
そんなに可愛いんだから、もっと、ちゃんとした恰好しなきゃダメだよ〜」

 どうやら、不用意に漏らしてしまった俺の呟きは、ユリカ先生の耳には届かなかったようだ。

 まるで言い聞かせるような口調で、
ユリカ先生は、俺の服装の事を指摘する。

「もしかして、ちゃんとしたお洋服を持ってないのかな?」

「あ、いや、その……」

「よしっ! それじゃあ、お姉さんに、ぜ〜んぶ任せちゃいなさい♪」

「――はい?」

 ユリカ先生の質問に、どう答えて良いか分からず、俺は口篭もる。

 そんな俺の様子を見て、一体、何を思ったのか……、
 ユリカ先生は、勝手に話を進めると、俺を抱き上げたまま、スタスタと歩き始め――

 ――って、ちょっと待て!

 見ず知らずの子供を、いきなり抱き上げて、
連れて行くなんて、ほとんど人攫い同然の行為なんですけど……、

「わっ! わっ! 離して……」

「いいから、いいから♪ 遠慮しないの」

 まあ、当然と言えば、当然なのだが……、

 俺の心の中のツッコミに気付くわけもなく、
ユリカ先生は、ご機嫌な笑みを浮かべながら歩き続ける。

 そんなユリカ先生の腕から逃れようと、俺は両手足を振ってもがくが……、

「もう、そんなに暴れちゃダメよ」

「あう……」


 
――むにっ


 と、ユリカ先生は、その豊満な胸に、
俺の頭を押しつけて、俺の動きを拘束してしまった。

 なにせ、今の俺は外見が子供だから、その行為に遠慮は無い。

「はいはい、すぐに到着するから、良い子にしてましょうね〜」

「あうあうあう……」


 
――むにむにむにっ


 まあ、何だ……、
 こういう経験は、今までにも何度かあるのだが……、

 過去、最大級のボリュームを前に、
俺の中の抵抗する意思は、呆気なく崩れ落ちていく。

 う〜む……、
 俺って、ないちち派の筈だったんだけどな〜……、(爆)

 まあ、それはともかく……、

「あの……何処に行くんです?」

「んふふ〜♪ とっても良いところだよ〜」

 抵抗するだけ無駄だと悟った俺は、
暫く様子を見る為、胸の感触を楽しむ、ユリカ先生に身を委ねることにした。

「るんるるん♪ るんるるん♪」

「…………」(汗)

 そんな俺を抱えたまま、上機嫌のユリカ先生は、スキップを踏んで歩く。

 それにしても……、
 この状況は、傍から見れば、絶対に人攫いに見える筈なのだが……、

 なにせ、相手は、天真爛漫、万年能天気、
歩く幸運の女神とも呼ばれている、あの有名なユリカ先生である。

 周囲の人達は、まるで気にする事無く、俺達の横を通り過ぎて行く。

 ……こういうのも、人徳と言うのだろうか?

「うふふ〜♪ 待っててね〜、ア・キ・ト〜♪」

「…………」(大汗)

 と、俺がそんな事を考えているうちに、目的地が近付いてきたのだろう。

 ユリカ先生の機嫌のボルテージは、
さらに上がり、ついには鼻歌まで唄い始めた。

 やれやれ……、
 一体、何処に連れて行かれるのやら……、

 まあ、ユリカ先生のことだから、
これから向かう場所なんて、一つしか考えられないんだけどさ。
















 というわけで――

 やって来ました『天河食堂』――


「やっほ〜っ! アキト〜!!」

 俺を抱えたまま、器用にドアを開けると、
ユリカ先生は、元気一杯に店の中へと入っていく。

「よおっ、ユリカちゃん! 相変わらず、元気そうだな!」

「おっす、ユリカ!」

「遅かったじゃない? 悪いとは思ったけど、先に頂いちゃってるわよ」

 そして、店内にいた他の客達……、

 ミナト先生や、電気屋のウリバタケさん、
婦警のリョーコさん達に挨拶しつつ、真っ直ぐに店の奥へと向かうと……、

 まるで、そこが自分の指定席であるかのように……、
 ユリカ先生は、厨房前のカウンター席の真ん中に腰を下ろした。

「いらっしゃ――なんだ、ユリカか」

「なに〜、その反応〜! ユリカ、ぷんぷ〜んっ!!」

 そんなユリカ先生を見て、店主のアキトさんは、露骨に嫌そうな表情を浮かべる。

「ねぇねぇ、酷いよね? あれが、未来の妻への態度だと思う?」

 それが気に入らなかったのだろう。
 拗ねて頬を膨らませたユリカ先生は、自分の膝の上に座る俺に同意を求めてきた。

「誰が、誰の妻だって?」

「ってゆーか、ユリカさん……その子、誰です?」

 ユリカ先生の発言に、アキトさんと、
天河食堂のウェイトレスであるルリちゃんが、すぐさま反応する。

 と、そこに至って、ようやく、俺の存在に気が付いたようだ。
 俺達の前に水とおしぼりを置きながら、ルリちゃんがユリカ先生に訊ねる。

「相手が誰かは知りませんが、ユリカさんの子ですか?」

「ルリちゃん……もしかして、喧嘩売ってる?」

 かなり挑発的なルリちゃんの言葉に、ユリカ先生の顔が引き攣る。

「…………」(怒)

「…………」(怒)

 一瞬にして、二人の間に緊張感がはしる。
 視線と視線が火花を散らし、まさに、一瞬即発といった雰囲気だ。

 だが、そんな危険な状況を物ともせず……、
 同じく、カウンター席にいた女性、ミナト先生が、二人の間に割って入った。

「はいはい、二人とも。こんな小さな子の前で、喧嘩なんかしないの」

「うっ……」

「すみません……」

 ミナト先生に窘められ、二人は素直に大人しくなる。

 と、その隙を見計らっていたのか……、
 ミナト先生は、俺に手を伸ばすと、素早く、俺を自分の膝の上へと移動させてしまった。

 そして、俺の頭を撫でながら……、
 アキトさんとルリちゃんに、矢継ぎ早に指示を飛ばす。

「ねえ、ルリルリ、この子に、ラピスちゃんの服を貸して上げて。
ユリカさんも、こんなブカブカの服じゃ可哀想だから、ここに連れて来たんでしょ?
あと、テンカワ君は、この子に何か作って上げて。私の奢りで良いから」

「は、はい……」

「りょ、了解ッス……」

 ミナト先生に言われ、二人は慌てて動き出す。

 ルリちゃんは、服を取りに店の二階へ……、
 アキトさんは、ラーメンを作る為、麺を茹で始める。

 そんな二人に、満足げに頷くと、ミナトさんは、俺の顔を覗き込んできた。

「それで……キミのお名前は?」

「え、えっと……まこと、です」

 ミナト先生に訊ねられ、一瞬、俺は何て答えて良いのか迷う。
 だが、ヘタに嘘をつくよりはマシだと考え、敢えて、苗字は伏せて、本名を名乗った。

 すると……、

「あれれ? 藤井君と同じ名前なんだ」

 案の定、それを聞いたユリカ先生が、真っ先に反応する。

 まあ、ユリカ先生は、
俺の担任なので、それも当然なのだが……、

 どういうわけか……、
 ウリバタケさんまでもが、俺の名前に反応を示してきた。

「おいおい、藤井っていうと……あの『藤井』のボウズのことか?」

「……多分、その『藤井』で間違い無いと思うわよ」

 何やら、意味深は言い回しをする、ミナト先生とウリバタケさん。

 そんな二人のやり取りを、訝しげに見ていると……、
 不意に、ウリバタケさんが、俺の頭の上に手を置いて、同情の眼差しを向けてきた。

「あんな奴と同じ名前つけられて、おめぇも災難だよな〜」

「え〜? 藤井君は、とっても良い子だと思うけど……」

 いくら相手が知り合いとはいえ……、
 自分の生徒を『あんな奴』呼ばわりされては、黙っていられないのか……、

 小首を傾げなたユリカ先生が、ウリバタケさんに食って掛かる。

「まあ、確かに良い奴かもしれねぇが……、
藤井のボウズは、それ以上に、色々と噂の絶えない奴だからな〜」

「噂って、例えば……?」

「そうだな〜、つい最近の話だと……」

 ユリカ先生に話を振られ、ウリバタケさんは、自分の体験談を話し出す。

 そして……、
 それを切っ掛けに……、

 その場にいた全員が、俺の噂話に花を咲かせ始めた。
















「例えばだな、あいつの家にクーラーを修理に行った時によ〜……」(ウリバタケ)

「そういえば、みねちゃんも、
ラジオ番組で、凄いハガキ読まされたって……」(メグミ)

「あたしゃ、あの子の食べっ振りは好きだけどね」(ホウメイ)

「なんと、専属のメイドさんまでいるらしいよ。萌え萌えだよね〜」(ヒカル)

「そいつは俺のだ〜、って、街中で叫んでたらしいな」(リョーコ)

「わたし、商店街のド真ん中で、
人妻とディープキスしてるの、見た事あります」(イツキ)

「学校でも、周囲に誰がいようと、平気で膝枕とかしてるわね〜」(ミナト)

「まったく、我が校の風紀が乱れるわ」(エリナ)

「いいんじゃな〜い。自由恋愛、大いに結構」(アカツキ)

「いやはや、なんとも……若いですな〜」(プロスペクター)

「まあ、どんな人であれ、ウチの売上には、とても貢献してくれていますし……」(ルリ)


      ・
      ・
      ・
















 本人が目の前にいるとも知らず……、

 まるで、湯水の如く……、
 俺に関する噂話が、次々と語られていく。
















 しかも、その内容のほとんどが……、

 単なる噂とかじゃなくて……、
 全部、身に覚えがあったりして……、
















 ううう……、
 人の噂も七十五日、と言うけれど……、

 もしかしたら……、
 俺の噂って、一生、絶えないのかも……、
















「しくしくしくしく……」(泣)

「どうしたんだい? 急に涙ぐんだりして」

「あ、その……目にゴミが入っただけです」

「そうかい? なら良いけど……はい、ラーメン、お待たせ」

「いただきます……」
















 その時、食べたラーメンは……、

 何故か……、
 塩ラーメンの味がしたのだった。(泣)








<おわり>
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