「――で、一体、何があったわけ?」

「いや、俺に訊かれても……」

「うりゅ〜、多分、あたしの魔法が当たったからだと思うけど……」

「なつみさんは、どう思いますか?」

「う〜ん、状況から考えて、原因は、それしかないと思うよ」

「まったく、二人とも、喧嘩するのは良いけど、少しは周りの迷惑も考えなさいよね」

「それについては、反省してる……ところでな、結花?」

「――ん? 何よ?」








「いい加減、離してやらないと、誠が窒息死するぞ?」

「――あっ」

「きゅう〜……」











第184話 「幼い男の娘は好きですか?」










 これは、天罰なのだろうか――

 またしても……、
 大量に送られてきた秋子さんの例のジャム……、

 それを押しつける為、五月雨堂にやって来た俺は、
不運なことに、健太郎さん達の痴話喧嘩に巻き込まれてしまった。

 まあ、それだけなら、大した事ではないのだが……、

 さらに不運なことに、狙いが逸れたスフィーさんの攻撃魔法の流れ弾が直撃し……、

 さらにさらに不運なことに、どういうわけか、
俺の身体は、六、七歳くらいの幼児にまで戻ってしまった。

 おそらく、スフィーさんの魔法をくらった事が原因なのだろうが……、

 ごく普通の(?)攻撃魔法で、
何故、幼児化などという奇妙な現象が起こってしまったのか……、

 その理由の見当が付かず、健太郎さんとスフィーさんは、
リアンさんとなつみさんに協力を仰ごうと、二人を五月雨堂に呼び出した。

 で、当然の事だが……、

 リアンさんが呼ばれれば……、
 何事かと思った結花さんもついて来るわけで……、

 五月雨堂に来た結花さんは、幼児化した俺を見るなり――


「かわいぃぃぃーーーーっ!!」


 本能の赴くまま――
 容赦なく、全力で、俺を抱きしめた。

 で、その圧倒的な破壊力(?)を前に、俺は気を失い……、

 目が覚めたら……、
 まだ、結花さんの腕の中だった、というわけだ。
















「おい、誠? 生きてるか?」

「な、なんとか……」(泣)

 健太郎さんの忠告で、ようやく、俺は結花さんのサバ折りから解放された。

 まあ、解放されたとは言っても、
未だに、結花さんの腕の中、という状況に変わりはないのだが……、

 ううう……、
 まったく、ヒドイ目に遭ったぞ。

 まあ、それのおかげで、壊れていた理性は戻ったけどさ……、

「あ、あははは、ゴメンゴメン……、
小っちゃくなった誠君が、あんまり可愛いから、ついつい……、」

「はいはい、そうですか……」

 どうやら、俺が気絶している間に、事情の説明は終えたようだ……、

 まるで、ぬいぐるみにするかの様に、
俺を自分の膝の上に座らせた結花さんは、そう言って、俺の頭を撫でる。

 やれやれ……、
 すっかり、子供扱いだな。

 そんな結花さんに、内心で苦笑しつつ、俺はスフィーさんに視線を戻した。

「――で? これ、元に戻れるんですよね?」

「そ、それは――」

「え〜っ! もう戻しちゃうの〜っ!?」

 訊ねる俺に、スフィーさんは何やら言い難そうに、口篭もる。
 だが、そんなスフィーさんの言葉を遮るように、結花さんが不満げな声を上げた。

「あのな、結花……誠だって困ってるんだぞ?」

「やだ〜っ! このまま、持って帰るの〜っ!
一緒にお風呂入るの〜っ! 毎日、抱いて寝るの〜っ!」

「ぐえっ……!!」

 結花さん、再暴走――

 たしなめる健太郎さんを無視して、
結花さんは、俺を抱く両腕に腕に力を込める。

 さらに、顔を胸に押し付けられて、俺の自由は、完全に奪われてしまった。

「ねぇねぇ、誠君? どうせ、いつでも戻れるんだし、
もうちょっとだけ、そのままでいましょうよ〜♪」

「むぐぐぐぐぐ……っ!!」

 結花さんに抱き『締められ』、
呼吸もままならない俺は、何とか逃れようと、ジタバタともがく。

 だが、所詮は子供の体……、
 俺の僅かな抵抗では、結花さんの愛情表現はビクともしない。

 まあ、結花さんの慎ましい胸の感触が、ちょっとだけ気持ち良かったりもするが……、

「おい、そんなに純国産洗濯板を押しつけたら、誠が痛い――」





「――チェストォォォォッ!!」


 
ばき゜ょっ!!


「へぶっ!!」





 もしかしたら、健太郎さんは、
身を呈して、俺を助けようとしたのかもしれない……、

 彼の不用意な発言に、
結花さんは。得意のミドルキックを放つ。

 その瞬間、俺を抱き締める結花さんの腕が疎かになった。

「――っ!!」

「ああっ!?」

 その隙を逃さず、俺は結花さんの拘束から脱出する。

 そして、再度、俺を捕獲しようとする、
結花さんから逃れる為、取り敢えず、リアンさんの背後に身を隠した。

 と、そんな俺を見て――


「ああっ、そんなっ!?
人の後ろに隠れて、怯えながら、
潤んだ瞳で上目遣い、だなんてぇぇぇぇ〜〜っ!!」



 一体、彼女に何があったのか……、
 いきなり、結花さんは、ゴロゴロと転がって、悶え始める。

 さらに――

「お、お願い、誠君……あたしのこと、結花お姉ちゃんって呼んでみて」

「……ゆ、結花お姉ちゃん?」


「――かはぁっ!!」(吐血)


 怖いくらいに血走った目で懇願され、
俺は仕方なく、結花さんの言う通りのセリフを言った。

 その途端、結花さんは、口から血を吐いて、バッタリと倒れ伏す。

「うわっ!? 大丈夫か、結花っ!!」

「う、うう……あたし、もう思い残すことは無いわ」(ガクッ)

 倒れた結花さんを、健太郎さんが慌てて抱き起こす。
 その腕の中で、結花さんは、満ち足りた笑みを浮かべると、そのまま意識を失った。

「…………」(汗)

 そんな、結花さんの豹変ぶりに、俺達は、暫く言葉を失う。

「と、取り敢えず、この腐女子は放っておくとして……」

 だが、そこは、一番付き合いが長い幼馴染……、
 健太郎さんは、真っ先に我に返ると、話を戻すため、スフィーさんに向き直った。

「なあ、スフィー? 誠は、ちゃんと元の姿に戻せるんだろ?」

「え、えっとね……」

 健太郎さんの質問に、言葉を詰まらせるスフィーさん。
 その反応に、何やら不安を感じた俺は、スフィーさんに詰め寄った。

「スフィーさん、まさか……」

「あっ、勘違いしないでね。
別に、元に戻れない、ってわけじゃないから」

「そういう言い方をするって事は……何か問題があるんだろ?」

「う、うん……実はね……、
今すぐ、魔法を使って、誠を元の姿に戻す事は出来ないの」

 そう前置きして、スフィーさんは、俺の体の現状について、説明を始めた。





 ――スフィーさんの説明は、こうである。

 先程も述べたが……、
 俺に当たったのは、ただの電撃魔法だ。

 となれば、当然、その魔法に、相手を幼児化させる効果なんてものは無い。

 実際、今までに、何度も、その電撃を受けた経験のある健太郎さんが、
幼児化するなんて事態は起こらなかったので、それについて、間違いは無いだろう。

 では、何故……、
 俺に限って、そんな事が起こってしまったのか?

 おそらく、俺の特殊な魔法属性と、
スフィーさんの魔法が、おかしなカタチで相互干渉したのだろうが……、

 それは、あくまでも仮説であり……、
 ハッキリとした原因は、スフィーさんにも、分からないらしい。

 で、元に戻る方法についてだが……、

 幼児化の原因が分からないのだから、当然、その逆も分かるわけがない。

 もう一度、魔法を使う、という意見は却下である。
 ヘタに魔法を上乗せすると、また、おかしな作用が生じる可能性があるのだ。

 だからと言って、二度と元に戻れない、というわけでもない。

 原因が何であれ、魔法によって、
幼児化しているのだから、その魔法の効力が消えれば、自然と元に戻るらしい。

 まあ、それが、いつになるのかはハッキリとは分からないが……、

 スフィーさんの見立てでは、せいぜい、一週間くらい……、
 つまり、夏休みが終わるまでには、無事、元の姿に戻れる、とのこと。

 ようするに――

 ヘタに手段を講じるよりも……、
 大人しく、自然に戻るのを待つのが、最良の方法、というわけだ。





「――というわけだから、取り敢えず、心配はいらないわよ」

「まあ、元に戻れるなら、良いんだけどさ……」

 スフィーさんの説明を聞き終え、俺はホッと胸を撫で下ろす。

 良かった……、
 ホントに良かった……、

 一時は、どうなる事かと思ったけど……、
 取り敢えず、スフィーさんのお墨付きがあるなら、ひと安心だな。

 もっとも、しばらくは、不便な生活が続くのだろうけど……、

 なにせ、体が小さくなった分、体力は落ちてるだろうし……、
 手足は短いし、背も低いし……、

「大丈夫っ! 小さい体も、これはこれで楽しいよ」

「そうそう! どうせなら、今の境遇を楽しんでみたらどうだ?」

 今後の生活への不安が、顔に出てしまっていたのか……、
 健太郎さんとスフィーさんが、パンパンと俺の肩を叩きながら、励ましてくれる。

 ――そうだな。
 考えてみれば、こんな経験、滅多に出来るモンじゃない。

 となれば、二人の言う通り、この境遇を楽しむのも悪くないかも……、



 
ってゆーか……、
 
この二人が言うと、妙に説得力あるし……、(爆)



「ねえ、藤井君……?」

「何です、なつみさん?」

「さくらちゃん達はどうするの?
やっぱり、ちゃんと事情を話した方が良いと思うんだけど……」

「うっ、それは……どうしよう?」

 取り敢えず、当面の問題は解決し……、
 一件落着な雰囲気になりつつある中、なつみさんが鋭いツッコミを入れてきた。

 そのツッコミに、俺は頭を悩ませる。

 実を言うと、なつみさんの指摘は、
今まで、意識して考えないようにしてきた事だったのだ。

 なにせ、あいつらの普段の行動パターンを考えると――

「あのさ、ひとつ訊くけど……、
俺の、この姿を見て、さくら達は、どんな反応をすると思う?」

「う〜ん、そうだな――」

 1.ショックのあまり、気を失う。
 2.特に驚かず、事態を平然と受け止める。
 3.嬉々として可愛がる。
 4.即行で襲い掛かる。

 ――って、ところじゃないか?」

「……1番って事は無いよね、絶対に」

「2番か3番が、一番有り得ると思いますけど……」

「人妻ズは、迷わず4番ね」

 俺の質問に、健太郎さん達は淡々と答える。

 その全ての答えが……、
 あまりにも的を得ており、俺は思わず頭を抱えた。

 うう〜む……、
 一体、どうすれば良いんだ?

 出来れば、この件に関しては、
元に戻るまで、内緒にしておきたいところだが……、

 そうなると、当然、しばらくは、さくら達に会えなくなるわけで……、
 さらには、あいつらに寂しい思いを……、

「……やっぱり、正直に話すべきではないでしょうか?」

「でも、そんな事したら、藤井君の身の安全の保障が……」

「例えるなら、狼の群れに、羊を投げ込むようなモンだしなぁ〜」

 俺が悩む理由を察したのだろう……、
 健太郎さん達は、何か良い方法は無いか、と頭を捻る。

 と、そこへ――



「それならっ! 元に戻るまで、しばらくウチで匿って――」

「「「「「――却下」」」」」

「シクシクシクシク……」(泣)



 突然、復活を果たした結花さんが、名乗りを上げた。

 だが、俺達は、そんな結花さんの提案を問答無用で切り捨てる。

 なにせ、今、俺達は、俺の身の安全を、
確保するために、こうして、頭を悩ませているのだ。

 それなのに、要注意人物の筆頭がいる家に行くのを、了承するわけがない。

 でも……、
 アイデア自体は悪くないよな。

 ようするに、適当な理由をつけて、
暫く、誰かの家に匿ってもらえば良いわけだし……、

 と、俺が、そんな事を考えていると……、

「――どうする? しばらく、ウチに居ても良いんだぞ?」

 どうやら、健太郎さんも、同じ事を考えたようだ。
 俺の頭にポンッと手を置くと、健太郎さんは、俺の保護を申し出てくれる。

 しかし、俺は……、



「気持ちは嬉しいですけど……、
やっぱり、さくら達には、正直に話すことにします」



 健太郎さんの申し出を、ゆっくりと首を横に振って断った。

 確かに、この姿を、さくら達に見られるのは危険かもしれないが……、

 だからって、あいつらに、
余計な心配を掛けるわけにはいかないし……、

 それに……、
 なんとなく、確信が持てるんだよな。

 例え、誤魔化そうとしても……、

 あいつらなら……、
 絶対に、一目で見破るだろう、ってさ。

「まあ、お前がそう言うなら、別に良いけどな……」

「すみません……」

 そのことを伝えて、俺は健太郎さんに頭を下げた。

 俺の身を案じて、わざわざ保護を、
申し出てくれたのに、それを断ったのだから当然である。

「それじゃあ、そろそろ帰ります」

「ああ、気をつけてな」

 決心が鈍らないうちに、サッサと帰ろう。
 さっきから、結花さんが、獲物を狩るような目つきで、ずっとこっち見てるし……、

 そう思った俺は、健太郎さんへの謝罪を済ませると、スクッと立ち上がった。

 と、それを見計らったかのように……、



「このまま、帰してなるものかぁぁぁーーーーっ!!」

「――っ!!」



 せめて、最後に、ひと抱きしようとでも言うのか……、
 玄関へと向かう俺に、結花さんが、両腕を大きく広げて飛び掛ってきた。

 子供の体では、かわせるタイミングではない。

 だが……、
 すでに、結花さんの弱点は見切っている。



「……バイバイ、結花お姉ちゃん♪」

「――ぶはぁっ!!」(吐血)



 カウンター気味に、それをくらって……、
 再び、血を吐きながら、結花さんは派手にブッ倒れる。

 そんな結花さんの、あまりの豹変っぷりに、一同は、もはや言葉も出ない。

 ううむ……、
 まさか、ここまで破壊力があるとは……、

 いくら、母さんの血を受け継いでいるとはいえ……、

 今の俺の外見って、そんなに……、
 結花さんが取り乱してしまうくらいに『アレ』なのだろうか?

 ……このまま帰っちゃって、本当に大丈夫なのかな?

 なんか……、
 早くも、決心が鈍りそうだ。

「本当に……気をつけろよ」

「危ないと思ったら、すぐに逃げて来るのよ」

「結花さんは、私達で抑えておきますから……」

「……うん」

 血を吐きながらも、幸せそうに横たわる結花さん……、

 そんな結花さんの様子を見て、
額に汗を浮かべつつ、健太郎達さんは同情の込もった眼差しで、俺を見送る。

 そんな彼らの視線を背中に受け……、



「元に戻るまで……、
どうか、何事も起こりませんように……」



 無駄だとは知りつつ、神に祈りを捧げながら……、

 俺は、重い足取りで……、
 さくら達が待つ、自宅へと帰るのであった。
















 はあ〜……、

 俺、これから、一体、どうなるんだろう?(泣)








<おわり>
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