Heart to Heart

 第181話 「ホットケーキはキケンな味?」







「まこ兄〜、お腹空いた〜」

「そういえば、もうすぐ昼だな……二人とも、何が食べたい?」

「……ホットケーキ」

「よしっ! じゃあ、ちょっと待ってろよ」

「わ〜い! ホットケーキ、ホットケーキ!」

「……手伝うの」





 さて――

 ここは、双子姉妹が住む鹿島家――

 母さんに頼まれ、俺は、
双子と一緒に留守番をする事になったのだが……、

 鹿島家に到着して、双子姉妹の、
熱烈な歓迎を受けて、早々に、俺は二人の遊び相手にされてしまった。

 まあ、他にする事も無いのだから、当然なのだが……、

 で、ママゴトやら、おはじきやら……、
 三人で、ひとしきり遊んで、一緒に夏休みの宿題をやって……、

 そろそろ、昼メシ時だな、と思い始めたところで、くるみちゃんが空腹を訴えてきた。

 そこで、何が食べたいかリクエストをすると、
なるみちゃんが、ホットケーキが食べたい、とのこと。

 とまあ、そういうわけで――



「それじゃあ、二人は皿の準備をしてくれ」

「え〜っ! まこ兄が作るの!?」

「……まあ、なんとかなるだろ」



 今、俺達は、ホットケーキを作る為、
お揃いのエプロンを付けて、キッチンに立っている。

 もちろん、ホットケーキを作るのは、この俺だ。

 いくらなんでも、小学1年生の二人に、
簡単なものとはいえ、料理をさせるわけにもいかないからな。

 そう言う俺も、自信は無いが……、
 市販のホットケーキミックスの箱に書かれた説明通りに作れば、出来ない事は無いだろう。

 ――えっ?
 素直に『HONEY BEE』にでも行けば良いだろう、って?

 あのな……、
 よ〜く考えてみろよ?

 この子達を、結花さんのトコロに連れて行ったら、どうなると思う?

 あかねですら気絶させる、結花さんの抱擁……、
 俺は、この子達を、そんな危険な目に遭わせるつもりは無いぞ。

 それに、この子達を連れて出歩いたりしたら、また、妙な噂が立つかもしれないし……、

 だから、ここは、俺が作るのが、最良の手段なのだ。

 幸い、作り方のコツなら、昨夜、母さんに、ある程度は教わったし……、

 って、もしかしたら……、
 母さんは、この事態を予測して、俺にコツを教えたのかもしれないな。

「お兄ちゃん……」

「お皿の準備、出来たよ〜」

「おう、もうちょっと待ってろよ」

 二人の声に、我に返った俺は、ボールの中身を掻き混ぜる手を止めた。

 そして、粉と牛乳と卵を混ぜたドロドロの生地を、
薄く油を塗って、火に掛けておいたフライパンに、ゆっくりと流し込む。


 
ジュワ〜〜〜〜〜……


 生地が焼ける音が、キッチンに響き渡り……、
 それと同時に、ホットケーキ特有の、食欲を誘う甘い香りが鼻腔を擽る。

 さて、と……、

 お腹を空かせた、お姫様達に、
満足してもらえるだけの物が出来るかどうか……、

 ここからが――
 母さん直伝の腕の見せ所だな――








 で――

 それから、十数分後――








「……形が変」

「中が生焼け〜」

「――申し訳ありません」

 俺が作ったホットケーキを、
フォークで突付きながら、二人は不満げな声を上げる。

 そんな二人に、俺は土下座して謝罪していた。

 まあ、何だ……、
 結局のところ、奮闘虚しく、見事に失敗してしまったわけだ。

 ……やっぱり、慣れない事をするもんじゃないな。

「次の機会までには、もっと精進させて頂きますので、
今日のところは、なにとぞ、なにとぞ、これでご容赦くださいませ〜」

「んに……よしなに」

「……ふぁいと」

「はは〜」

 と、冗談交じりで反省しつつ……、

 せめて、出来の悪さを味で誤魔化そうと、
俺は、自宅から持って来た、秋子さん特製のジャムを、ホットケーキに塗っていく。

 もちろん、持って来たのは、普通のジャムだぞ。

 いくらなんでも、こんな小さな子供に、
あんな劇物を食べさせる程、俺は外道じゃないからな。

「しかし、俺は、ホットケーキすら、ロクに作れないのか……」

 まったく……、
 昨夜、母さんに教えて貰ったばかりだっていうのに……、

 真っ黒にコゲた、自分のホットケーキを、
頬張りながら、自分の、あまりの不甲斐なさに、俺は深々と溜息をつく。

 と、そんな、ちょっぴりブルー入った俺を、双子は優しくフォローしてくれた。

「でもでも、ちゃんと食べられるだけ、ゆう兄よりはマシだよ」

「う、うん……そうだね」

「ゆう兄なんて、カップ焼きそばも、まともに作れなかったもんね〜」

「そういえば、そんな事もあったね」

 そう言って、双子は、パクパクと、出来損ないのホットケーキを平らげていく。

 そんな二人を、カフェオレを飲みながら、眺めつつ、
俺は、二人の会話の中に、とある人物が、頻繁に出て来る事に気が付いた。

 ――『ゆう兄』って誰だ?

 と、首を傾げる俺を余所に、二人は『ゆう兄』の話に花を咲かせている。

「…………」

 なんとなく疎外感――

 すっかり、蚊帳の外に押し出されてしまった俺は、
その何とも言えない虚しさを誤魔化すため、キッチンへと向かった。

 そして、ホットケーキの残りの生地を焼きながら、考える。

 『ゆう兄』の事を話す時の……、
 二人の、あの楽しそうな表情を見れば分かる。

 きっと、あの子達は、その『ゆう兄』って奴が、大好きなのだろう。

 多分……、
 俺なんかよりも……、

 ぬう……、
 なんだか、凄く面白くないぞ。


 
ジュゥゥゥゥゥ〜〜〜……


「――ちっ」

 リビングの二人に聞こえないように、俺は、小さく舌打ちする。

 それは、考え事をしていた為に、
火加減を間違えて、ホットケーキを焦がしてしまったからか……、

 それとも……、

「ったく、何を考えてるんだ、俺は……」

 大きく頭を振って、俺は馬鹿げた考えを振り払う。

 そして、前よりはマシに出来たホットケーキを、
皿にのせると、それを持って、二人が待つリビングへと戻った。

「おかわりが出来たぞ〜」

「わ〜いっ♪」

 さっきまで考えていた事を表情に出さないように、
注意しながら、俺は二人の皿に焼きたてのケーキを乗せる。

 すると、なるみちゃんが――

「あれ……お兄ちゃんのは?」

「俺は、もう良いから、二人で食べていいぞ」

「…………」

 俺の分だけ無いのを気にしているのだろう。
 なるみちゃんは、なかなか、二枚目のケーキに手を付けようとない。

「――うんっ」

 だが、何を思ったのか……、
 何やら、意を決したように、大きく頷くと、ケーキを小さく切り分け始める。

 そして……、
 なるみちゃんは、ケーキをフォークに突き刺すと……、



「はい、お兄ちゃん……あ〜ん、して」

「うっ……」



 口の端に付いたジャムもそのままに、
身を乗り出して、テーブル越しに、そのフォークを俺に差し出してきた。

 しかも、ちょっぴり恥ずかしそうに、上目遣いで……、

 そんな彼女の可愛らしい仕草に、俺の体の中に眠る親父の血が目覚め……、

 何となく、気恥ずかしくなった俺は、
照れ隠しの笑みを浮かべながら、ケーキを食べる。

「んに〜っ! ボクもボクも〜!」

 そうなると、黙っていられないのが、もう一人……、
 くるみちゃんまでもが、身を乗り出して、俺にケーキを差し出してきた。

「はいはい……あ〜ん」

 急かすくるみちゃんに苦笑しつつ、
俺は、慌てて、口の中のケーキを飲み込み、再び口を開ける。

 だが……、

「な〜んちゃって♪」

 俺が、ケーキを食べるよりも早く、
くるみちゃんはフォークを引っ込めると、それを自分で食べてしまった。

「んに〜♪ ボクと間接キスしたいだなんて、まこ兄のえっち〜♪」

「…………」

「…………」(ポポッ☆)

 さらに、悪戯っぽく微笑むと、おマセな事をのたまうくるみちゃん。

 その言葉に、俺は、やれやれと肩を竦め……、
 なるみちゃんは、ボッと音をたてて、耳まで真っ赤になる。

 まあ、くるみちゃんの理論で考えれば、
なるみちゃんは、俺と間接キスした事になるわけだからな。

「あ〜、気にしなくて良いよ、なるみちゃん……俺も気にしないし」

「…………」


 
ポカポカポカポカッ!


「……何故、殴る?」

「…………」(プイッ)

 何か、気に障る事でもしたのだろうか……、

 なるみちゃんは、俺の頭をポカポカと叩くと、
拗ねたように頬を膨らませ、そっぽを向いてしまった。

「あのさ……何で怒ってるんだ?」

「知〜らない。まこ兄って、どんか〜ん」

「……?」

 何故か、急に不機嫌になったなるみちゃん……、

 その理由を、俺はくるみちゃんに訊ねるが、
くるみちゃんは、我関せずと言うかのように、ケーキを食べ始める。

「何なんだ、一体……?」

 そんな二人の態度に、俺は首を傾げる。

 だが、いつまでも考えているだけでは埒があかないので、
取り敢えず、なるみちゃんのご機嫌を取ろうと、俺は彼女の傍に寄った。

 とは言っても……、


 
なでなで……


「ゴメンね……なるみちゃん」

「あ……」(ポッ☆)

 俺に出来る事と言えば、こうして、頭を撫でて謝るだけなんだけどな。

 理由も分かっていないクセに、
謝るってのは、凄く卑怯だと思うけど……、

「……今日、一緒に寝てくれる?」

「はいはい……」

 それでも、なんとか、機嫌は直してくれたみたいだ。
 なるみちゃんは、こちらを向くと、恥ずかしそうに小さく呟く。

 その言葉に、苦笑しつつ、俺は頷く。

 正直、ちょっと照れクサイけど……、
 添い寝くらいで、機嫌が直ってくれるなら安いものである。

 しかし、そうなると……、
 今夜は鹿島家にお泊まり、って事になるのか?

 まあ、最初から、そのくらいは予想してたけど……、
 家にいるエリアが心配するとマズイから、後で連絡を入れておかないとな。

 と、そんな事を考えつつ、
俺は、双子と一緒に、使い終わった食器を片付け始める。

「二人とも、食べ終わったなら、食器をこっちに持って来てくれよ」」

「は〜い!」

「……ご馳走様でした」

 俺が洗った食器を、なるみちゃんがタオルで拭き、くるみちゃんが、戸棚に片付ける。
 そうやって、仕事を分担したので、後片付けは、あっと言う間で終わった。

 そして……、

「さて、と……それじゃあ、午後からはどうする?」

 軽く食休みをしたところで、
俺は、二人のお姫様に午後の予定を訊ねる。

 お昼寝するなら、それでも良いし……、
 外に遊びに行くなら、いつもの公園に行けば良い。

 とにかく、今日と明日は、とことん、この子達に付き合うつもりだ。

「う〜ん……」

「……どうしようか?」

 二人は、そっくりな顔を見合わせると、何をして遊ぶか思案し始める。

 そして、良い案が浮かんだのだろう。

 やはり、双子と言うべきか……、
 二人は、まったく同時に、こちらを向くと……、



「お馬さんゴッコっ!」

「……お医者さんゴッコ」(ポッ☆)



 ……と、のたもうた。
















 おお、神よ……、

 両方とも、そこはかとなく危険な香りがするのは何故でしょう?

 ってゆーか……、
 なるみちゃん、意外に大胆だね?
















 その後――

 結局、両方ともやる羽目になったのだが――

 ――なに?
 お医者さんゴッコもやったのか、って?

 ああ……それはもう、しっかりと、やらされたぞ。

 ちなみに、誤解の無いように言っておくが……、
 某ゲームのような、児童ボルノ法に抵触するような展開は無かったからな。

 なにせ――
















 ――患者役、俺だったし。(泣)
















「……お兄ちゃん、診察するの」

「は〜い♪ 脱ぎ脱ぎしましょうね〜♪」

「いやぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」
















 そういえば――

 まだ、俺達が幼稚園児だった頃――

 あの時も、さくらとあかねに……、
 こうやって、脱がされた事があったっけ……、
















 はっはっはっはっ……、

 あれも、今となっては良い思い出かもな〜。(現実逃避)








<おわり>
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