Heart to Heart
第180話 「おるすばん」
「というわけで、まこりん……なーちゃん達と、お留守番してね♪」
「――イヤだ」(一秒)
ある日のこと――
半ば無理矢理、母さんに公園へと連れて来られた俺は……、
その、あまりに唐突で……、
何の脈絡も無い依頼を、キッパリと断った。
「え〜、ダメなの〜?」
自分のお願いを、即行で断られた母さんは、可愛らしく頬を膨らませて拗ねて見せる。
そんな我侭な母さんに、
俺は、眉間のシワを揉み解しながら、諭すように言った。
「あのなぁ、詳しい説明も無しに、
いきなり、お願いされたって、訳が分からんだろうが」
「説明なんかしなくても、まこりんは、みーちゃんのお願い聞いてくれるよね?」
「……帰る」
どこまでもフザケた事をほざく母さんに、
俺はクルリと踵を返すと、足早に、その場を立ち去る。
「待って、待って〜!」
「――待たない」
ズルズルズルズル……
帰ろうとする俺を引き止めようと、母さんは服の裾を掴む。
だが、小柄な母さんでは、俺を止められるわけがない。
俺の服を掴んだ母さんは、強引に足を進める俺に引き摺られてしまう。
「わかったから〜! ちゃんと話すから〜!」
「……最初から、素直にそう言えば良いんだよ」
しばらく引き摺ると、ようやく、母さんは降参した。
その言葉を聞き、俺はピタッと立ち止まると、母さんをジト目で見つめる。
そして……、
「――で? どういう事なんだ?」
母さんから、事情を聞くため……、
俺は、そう言って、近くのベンチに腰を下ろした。
さて――
その母さんの話の内容だが――
冒頭でも言った通り、鹿島家に行き、
双子姉妹と一緒に留守番をして欲しい、というものだった。
なんでも、今日と明日、
仕事の都合で、両親の帰りが遅くなってしまうらしい。
あの二人なら、留守番くらい出来るのだろうが、
定時に帰れないとなると、やはり、まだまだ心配な年齢である。
特に、最近は、物騒なニュースもあるしな……、
そこで、鹿島さんは、母さんに、
自分達が留守の間、二人の面倒を見て欲しい、と依頼したのだそうだ。
――えっ?
だったら、母さんが行けば良いだろう、って?
まあ、普通は、そう考えるよな……、
俺だって、最初は、そう思ったくらいし……、
……ただ、良く考えてみて欲しい。
例えば、鹿島家に怪しい奴が来たとしよう。
そんな時、双子と一緒にいるのが、母さんだったら、相手への牽制になるだろうか?
――答えは、否である。
実年齢はアレでも、見た目はコレだ。
ヘタしたら、双子と一緒になって襲われかねない。
まあ、母さんがピンチになったら、何処からともなく、
犬達が助けに現れるのだろうが、それも確実ってわけじゃないし……、
とまあ、そういうわけで――
母さんの息子であり……、
最近、双子が良く懐いている、この俺に、白羽の矢が立ったわけだ。
「……なんか、何処かで聞いたような話だな?」
母さんの話を聞き終え……、
何となく、激しい頭痛を覚えながら、俺は呻く。
「気のせい、気のせい♪
ってゆーか、未成年のまこりんが、そんな事を言っちゃダメだよ」
いつの間に、俺の膝の上に座ったのか……、
そんな俺の言葉を否定しつつも、
母さんは、足をプラプラと振りながらニンマリと微笑んだ。
「――それで? どうするの?
「何がだ?」
「もちろん、引き受けてくれるんだよね?」
「…………」
そう言って、母さんは俺を見上げる。
ニヤニヤと悪戯っぽく微笑んでいるとはいえ、
その眼差しは、俺が頼みを引き受ける事を、信じて疑っていなかった。
まあ、実際、理由は納得のいくものだったから、引き受ける事は吝かではないのたが……、
ただ、何と言っても、『あの』母さんの事である。
絶対に、何か、良からぬ事を……、
ってゆーか、くだらない事を企んでるに違いない。
そう考えると、ついつい警戒してしまい、素直に頷くことが出来ない。
だがら……、
「その話をするのに、
どうして、わざわざ、こんな場所に連れて来たんだ?」
取り敢えず、どうでも良い話題で、解答を先送りにする。
俺が、そんな事を考えているのは、母さんも承知の上だろう。
母さんは、俺の膝の上から、ピョンッと飛び降りると、公園の外を指差した。
「だって、まこりんって、なーちゃん達のお家知らないでしょ?」
「いや、知ってるぞ……この間、買い物の帰りに送って行ったし」
「あれ? そういえばそうだっけ?」
「途中まで、母さんも一緒だっただろうか……」
俺の言葉に、母さんはポンッと手を叩く。
――そう。
何を隠そう、鹿島家は、この公園の近所だったりするのだ。
だからこそ、この公園は、あの双子とのエンカウント率が高いのである。
と、それはともかく――
そんな事は初めて知った、とでも言うような……、
母さんの、そんなワザとらしい態度に、俺は母さんの企みが読めてきた。
「ようするに、俺を、ここに連れて来たのは、
最初から、俺が留守番を引き受ける事を前提としていたわけだな?」
「うんうん♪ 実は、もう、なーちゃん達には話してあるの♪」
「…………」
屈託無く微笑み、何度も頷く母さん。
そんな母さんを見て、俺は、思わず天を仰いだ。
このバカ母……、
最初から、逃げ場を封じていやがったか。
母さんが言うには、もう双子には、俺が行く事を伝えてあるらしい。
別に、自惚れているわけじゃないが……、
少なくとも、あの子達が、俺に懐いてくれているのは自覚している。
となれば、もし、ここで、俺がドタキャンしたら、あの子達は気を落とすだろう。
さらに、場合によっては……、
最も恐れる事態に……、
「なーちゃん達に嫌われたくはないよね〜?」
「ああ、もうっ! 分かったよ、どちくしょうっ!!」
――そう。
出来れば、それだけは避けたい。
もちろん、最初から、
敵意を向けてくるような奴と馴れ合うつもりは無いが……、
だからと言って、わざわざ誰かに嫌われるようなマネはしたくない。
それが、自分に――
自分なんかに好意を寄せてくれている――
――そんな奇特な相手なら、尚更だ。
そんな、俺の難儀な性分を知った上で……、
母さんは、しっかりと準備を整え、俺に、この話を持ち掛けたのだ。
まったく……、
なんて、用意周到な……、
「――で? 俺は、直接、あっちに行けば良いのか?」
何か、もう、諦めの極地に達し……、
サッサと話を進めようと、俺は母さんに続きを促す。
すると、母さんは、鼻歌交じりに――
「ホントは、二人が迎えに来てくれる予定なんだけど、
まこりんが、いきなり、家を訪ねた方がビックリするかもね〜♪」
――と、心底楽しそうにのたもうた。
うぐぐぐっ……、
このバカ母、いつか、絶対にイジめてやる。
そんな母さんに、ちょっぴり拳を振るわせつつ……、
俺は早速、なるみちゃん達が待つ、鹿島家に向かう為、立ち上がる。
「――あれ? もう行くの?」
「ああ……早めに行って、ビックリさせるんだろ?」
「な〜んてこと言って、
本当は、早く、なーちゃん達に会いたいんでしょ〜?」
「……言ってろ」
「相手は、まだ子供なんだから、手を出しちゃダメだよ〜」
「そんな事するかっ!!」
俺を見送りながら、母さんは、トンデモナイことをほざく。
その言葉から逃げるように、
俺は両手で耳を塞ぐと、その場を一気に走り去った。
だから――
「でも、もし、ヤッたゃったら、ちゃんと責任とらなきゃダメだからね〜♪」
「うっがぁぁぁぁーーーーーっ!!」
最後に――
ポツリと呟いた母さんの声が――
――俺の耳に、届く事は無かった。
「誠……二人を、慰めてあげてね」
<おわり>
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