Heart to Heart
第172話 「かいだんばなし」
「なあ、浩之? 一つ、訊いても良いか?」
「――あ?」
ある日の午後――
出校日などという無意味なものの為に、
学校へとやって来た俺達は、偶然にも、浩之達と出くわした。
「誠さん、さくらさん、あかねさん! おはようございま〜す!」
校門の前で、俺達の姿を発見したマルチが、
ぶんぶんっと元気良く手を振りながら、こっちに向かって駆けて来る。
「おいおい……そんなに急ぐと、またコケるぞ〜」
そして、浩之もまた、そう言って、
マルチに注意を促しつつ、俺達の傍へと寄って来た。
「おっす、田中わび助」
「そのネタはもういいっ!」
「なにを言う! 某伝説の歌姫も、
ギャグは使い回すことに意義がある、と言っていたんだぞ!」
「何の話しだ、何のっ!?」
いつものように、軽いジョークを交えた爽やかな(?)朝の挨拶を交わす俺と浩之。
そんな俺達の横では、マルチが、さくら達に丁寧にお辞儀をしている。
知り合って、もう一年以上になるのだが、こういう礼儀正しいところは、相変わらずだ。
「うにゃ〜♪ おはよ〜、マルチちゃん」
マルチを真似ているのか……、
あかねも、元気良く、深々と頭を下げる。
それに続いて、さくらも……、
「おはようございます……、
あら? 今朝は、あかりさんは一緒じゃ無いんですか?」
どうやら、この場に、あかりさんの姿が無い事が気になったようだ。
さくらは、浩之達への挨拶もそこそこに、あかりさんの不在の理由を二人に訊ねる。
すると……、
「あかりさんは……その、今日はお休みなのですぅ〜」(汗)
「そ、そうなんだよ……」(汗)
さくらの言葉に、思い切り狼狽える浩之とマルチ。
まあ、何と言うか……、
これ以上、話を聞くまでもないようだな。
二人の反応が、全てを物語ってるし……、
「…………」(じとー)
「…………」(じとー)
さくらとあかねも、俺と同じ結論に達したらしい。
スススッと浩之から距離をとりつつ、ジト目で浩之を見つめる。
「あ、あははははははは……」(壊)
さくら達に白い目で見られ、乾いた笑い声を上げる浩之。
そんな浩之に、半ば呆れつつ、
俺は、浩之の肩をポンッと叩くと、諭すように話し掛けた。
「あのなぁ、浩之……、
程々にしとけって、何度も言ってるだろう?」
「お前の言いたい事は良く分かる……、
分かってはいるんだが、昨夜は仕方なかったんだ……」
「何が、仕方なかったんだ?」
「……うさりん再来」(ボソッ)
「――はあ?」
「いや、何でも無い……気にするな……」
訊き返す俺を片手で制すと、
浩之は、何やら疲れた表情で、夏の空を仰ぎ見る。
あの性欲魔人が……、
精力無限機関の浩之が、あんな表情を見せるなんて……、
昨夜、藤田家で、一体、何があったのだろうか?
なんだか、聞き捨てなら無い、
不可解な単語が聞こえたような気がしたが……、
ま、いいか……、
これ以上、追求すると、面倒なことになりそうだし……、
「まあ、何があったかは知らないけど……、
今日くらいは、しっかり休ませてあげなきゃダメだぞ」
「……善処する」
「ここでハッキリ返事しないところが、なんとも浩之らしいな」
「――やかまひい」
「浩之さんのそういうところ……、
まーくんも、少しくらいは見習って欲しいんですけど……」
「……善処します」
取り敢えず、昨夜の件については、それで打ち切り、
話題の矛先を変えた俺達は、そんな軽口を叩き合いながら、校舎へと足を進める。
そして、昇降口で靴を上履きに履き替え、
教室に向かうため、階段に差し掛かったところで……、
「なあ、浩之? 一つ、訊いても良いか?」
「――あ?」
階段を上る浩之とマルチの姿を見た俺は、ふと、気付いたことを、浩之に訊ねた。
いきなり、俺に話し掛けられ、軽く眉をひそめる浩之。
そんな不思議顔の浩之に構わず、
俺は、浩之とマルチを交互に指差しながら、言葉を続ける。
「お前ってさ、階段上がる時、いつもマルチの後ろにいるよな?」
――そう。
俺が気付いた事とは、それである。
俺の記憶に間違いが無ければ、
浩之は、マルチと一緒に階段を上がる時、常に彼女の後ろにいたような気がするのだ。
もちろん、単なる気のせいなのかもしれないが……、
「……それが、どうかしたのか?」
「いや、ちょっと気になってさ……それで、どうしてなんだ?」
何と言っても、あの浩之のことである……、
きっと、何が意味があるに違いない、と、俺は再び訊ねる。
すると、浩之は軽く肩を竦め――
「お前なら、ちょっと考えれば分かると思うけどな」
――と、のたもうた。
「ん〜……やっぱり、よく分からんぞ」
浩之に言われるまま、頭を捻って、想像力を働かせてみるが、
やはり、その理由は思い付かず、俺は小さく両手を上げて、降参の意を示した。
「あ〜、つまりだな……」
そんな俺に、浩之は、何やら照れクサそうに頭を掻きつつ、件の理由を説明しようと口を開く。
と、その時――
「はわわわわわぁぁぁーーーーっ!!」
「――おっと!」
――ガシッ!!
おそらく、階段を踏み外したのだろう……、
突如、前を歩いていたマルチが、大きくバランスを崩した。
――あぶないっ!?
と、思うと同時に、俺は、後ろに倒れようとしているマルチに、慌てて手を伸ばす。
だが、それよりも早く、浩之が動き、
階段から落ちそうになったマルチの体を受け止めていた。
そして……、
「やれやれ……気をつけろよ、マルチ」
そのまま、何事も無かったかのように、
軽々とマルチを持ち上げ、しっかりと階段に立たせる。
「はう〜、すみませんでした〜」
浩之に助けられ、マルチは、申し訳なさそうに頭を下げると、
今度は、しっかりとした足取りで、階段を上始める。
「……とまあ、こういうわけだ」
「なるほど……」
その姿を見守りつつ、浩之は、こちらに顔を向けて、苦笑する。
ようするに、だ……、
ドジを標準装備しているマルチが、階段から落ちてケガをしないように、
浩之は、いつも、マルチの後ろを歩いているわけだ。
さすがは、浩之だな……、
これからは、俺も気を付けるようにしないと……、
と、内心で感心しつつ、俺は浩之に苦笑を返す。
「まーくん、浩之さん、何してるんですか?」
「――ん?」
二人で話し込んでいるうちに、いつの間にか、足が止まっていたようだ。
階段の踊り場で立ち止まり、首を傾げたさくら達が、俺達が来るのを待っている。
そんなさくら達を見上げ、軽く手を挙げて応え――
「ああ、わりぃわり――っ!!」
「すぐに行く――っ!!」
――ようとして、俺達は、その姿勢のまま固まった。
何故なら、そこには……、
階段を上る際に――
女の子の後ろを歩く事によって生じる――
……もう一つの利点があったからだ。(爆)
いや、だって、ほら……、
この学校の制服って、結構、スカートの丈が短いし……、
そんなさくら達を……、
斜め下から見上げたりしたらさ……、
……あとは、もう、言わなくても分かるだろ?
「なあ、浩之……若さって、何だろうな?」
「……振り向かないことじゃね〜か?」
などと、意味不明な言葉を交わしつつ、俺と浩之は、
何やら、眩しいモノでも見るような表情で、階段を上るさくら達をを見上げ続ける。
分かっている……、
こんな真似をするのは、さくら達の信用を裏切ることだ、と……、
でも、これも悲しい男の性……、
これは不可抗力なのだ、と、自分に言い訳しつつ、
俺と浩之の視線は、さくら達の『絶景』に釘付けになっていた。
幸い、まだ、さくら達は、その事に気付いていないようだし……、
「いけないとは知りつつも……」
「この背徳感が、たまらないな……」
固まった姿勢のまま、そんな事を呟くバカ二人は、
さくら達が気付いていないのを良いことに、『絶景』を鑑賞し続ける。
だが、しかし……、
いつまでも続けていれば、
さすがに、さくら達にも勘付かれてしまうわけで……、
「「「――っ!?」」」
俺達の視線が、何処に止まっているのか分かったのだろう……、
さくら達は、慌ててスカートを手で押さえると、それぞれの得物を静かに構えた。
そして……、
「さくらちゃん……愛って、何だと思う?」(怒)
「……躊躇わないことですね」(怒)
「……ですぅ」(怒)
先程の俺と浩之と同様に……、
何やら意味不明なことを呟きつつ、ゆっくりと階段を降りて来る。
そんなさくら達を・……、
相変わらず、固まったままの姿勢で眺めながら……、
「あばよ、涙……」(泣)
「よろしく、勇気……」(泣)
俺と浩之は……、
いつものように……、
「ぎゃ○〜ん……っ!!」
「だいなみっくぅぅぅ〜〜〜っ!!」
「ですぅぅぅぅ〜〜〜〜っ!!」
「うわぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」
「ゴメンなさぁぁぁぁーーーいっ!!」
……三人の得物の餌食となったのであった。
<おわり>
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