Heart to Heart
第170話 「はじめてのおつかい」
「今の俺達って、傍から見たら、絶対に怪しいよな……」
「じゃあ、もう帰る?」
「…………」
「うふふふ♪ まこりんは、優しいね〜♪」
「――ほっとけっ!」
ある日の夕方――
久しぶりに家に帰って来た私は、
夕飯の買出しをする為に、いつもの商店街へと来ていた。
ちなみに、愛しい息子である誠も一緒だ。
本人は荷物持ちだ、って言ってたけど……、
ホントは、少しでも、お母さんと一緒に居たい、ってところかしらね?
まったくもう……、
いつまで経っても、甘えん坊なんだから♪
まあ、そんな事を口に出して言ったら、誠は必死になって否定するでしょうけど……、
「おい……なんか、失礼な事を考えてないか?」
「ううん♪ ぜ〜んぜん♪」
「うそこけっ! その語尾の『♪』マークは何だ?!」
「そっか〜♪ まこりんったら、
みーちゃんが考えてる事は、何でも分かっちゃうんだ〜♪」
「そんなモン、丸分かりだっ!」
「つまり、それは、まこりんがみーちゃんを愛してる証拠だね♪」
「なんでそうなるっ!!」
「照れない照れない♪」
「うっがぁぁぁぁぁーーーーっ!!」
とまあ、そんな微笑ましい(?)親子の会話を交わしつつ……、
肉屋、八百屋、魚屋と……、
いつものコースで、お店を回り、買い物をしていると……、
「――あれ? くるみちゃん?」
「……ほえ?」
ちょっぴりレトロな買い物カゴを持って、
私の後ろを歩いていた誠が、突然、その場で立ち止まった。
「どうしたの、まこりん?」
「ほら……あそこに、くるみちゃんがいる」
「……くーちゃんが?」
そう言われ、私は、誠の視線の先に目を向ける。
すると、確かに、そこには、商店街を一人で歩く、くるみちゃんの姿があった。
見れば、その手には、大きな買い物カゴが抱えられ……、
さらに、何かメモ書きでもされているのか……、
手に持った一枚の紙切れを、ジ〜ッと見つめながら歩いている。
「何してるんだろうね?」
「どう見たって、お使いに決まってるだろ……、
ほら、腹も減ってきたし、サッサと買い物を終わらせちまおうぜ」
あまりにも分かり切った私の質問に、呆れた口調で答える誠。
そして、あたかも『俺は全然気にしてないぞ』といった調子で、スタスタと歩き始めた。
でも、その視線は、ちょっと不安げに、
キョロキョロと周囲を見回しているくるみちゃんから、全く離れていない。
んふふふ……♪
誠ったら、ホントは気になるクセに……♪
くるみちゃんが心配なら、素直にそう言えば良いのにね〜♪
仕方ない……、
ここは、お母さんが切っ掛けを作ってあげますか♪
「くーちゃん達が一緒じゃないなんて、ちょっと珍しいよね」
「そうだな……」
何気なさを装った私の呟きを耳にし、
誠は、ピタッと歩みを止めると、私の言葉に同意するように頷いた。
そんな誠の反応に、内心、ほくそ笑みながら、私は、さらに言葉を続ける。
「手伝ってあげるのは簡単だけど……、
それじゃあ、くるみちゃんの為にはならないよね?」
「ああ、分かってる……」
「――じゃあ、どうするの?」
「う〜ん……」
私の巧みな誘導に、すっかりハマッてしまっている事にも気付かず……、
誠は、眉間にシワを寄せながら、
今後の行動をどうするべきか、腕を組んで思案し始めた。
あらあら……、
あんなに、真剣な顔しちゃって……、
よっぽど、くるみちゃんが心配だったみたいね〜♪
でも、あのくらいの女の子は、
見た目と違って、意外にしっかりしてるから、ちょっと過保護すぎるかも……、
「まあ、気持ちは分からなくも無いんだけど……」
と、誠に聞こえない程度の小声で呟きつつ、
私は、思案し続ける、お人好しで、お節介な息子を、温かい目で見守る。
もし、くるみちゃんが、いつものように、
なるみちゃんと一緒にいたのなら、誠も、ここまで心配はしなかっただろう。
積極性はあるけど、何事も大雑把なところがあるくるみちゃん――
引っ込み思案だけど、その分、慎重に行動するなるみちゃん――
双子の割には、性格は全く正反対の二人――
でも、やっぱり、双子なだけあって、
あの子達は、お互いに足りない部分を、無意識に補い合っている。
もちろん、まだまだ子供だから、危なっかしくはあるんだけどね……、
だから、今も、二人が一緒だったなら、
お使い程度のことなら、そんなに心配する事でもないんだけど……、
と、そんな内心の考えなど、おくびにも出さず――
「……くるみちゃん一人だと、やっぱり、気になるよね〜」
――私は、息子の行動を促すように、そう呟きながら、誠の答えを待つ。
そして……、
「よしっ! こっそり、後を付けてみようっ!」
「――そうこなくっちゃ♪」
期待していた通り……、
アッサリと誘いに乗ってきた誠の言葉に……、
……私は、パチンッと指を鳴らし、嬉々として頷いた。
とまあ、そういうわけで……、
今、私と誠は、電柱の影に隠れながら、
商店街を歩く、くるみちゃんの後を、こっそりと付けている。
冒頭で、誠が言っていた通り、傍から見たら、思い切り怪しいかもしれないけど……、
私達って、この商店街では、色んな意味で有名だし……、
今更、その程度の好奇の視線なんて、全然気にならないから、問題無し。
まあ、誠は、未だに吹っ切れていないようだけど……、
「くるみちゃん……一人で大丈夫かな?」
「んふふ……まこりんったら♪」
……もっとも、今は、くるみちゃんの事で頭が一杯で、周囲の視線なんて忘れてるかもね。
なにせ、くるみちゃんの後姿を見つめる、誠の表情には、
それはもう、心配で心配でたまらない、という想いが、ハッキリと現れているんだもの。
でも、そんな私達(主に誠)の心配は、杞憂でしかなかったみたい。
どうやら、買う物は、そんなにたくさん無かったようで……、
何度か、危なっかしい場面はあったものの、
くるみちゃんのお買い物は、特にトラブルが起こる事も無く、順調に進んで行った。
その途中、いかにも怪しい爬虫類顔のお坊さんが、くるみちゃんに声を掛けて……、
次の瞬間、誠が、そのお坊さんを、
マシンガンで狙撃する、なんて事もあっけど、そんな事は些細なことよね。
「そんなに心配する事も無かったみたいだね……」
「そうだな……」
私と誠は、電柱の影から、ヒョコッと顔だけを覗かせて、
スキップを踏みつつ、スーパーから出て来たくるみちゃんを見守る。
そんな私達の視線に気付くことなく、
買い物を終えたくるみちゃんは、軽い足取りで、商店街の出口へと歩き始めた。
その後姿を見送りつつ、私達は、安堵の溜息をつく。
「記念すべき、くーちゃんの『はじめてのおつかい』終了〜、だね」
「やれやれだな……」
「ところで、双子姉妹に『はじめての』って単語が関わると、なんだかえっちな気がしない?」
「断じて、そんな事はないっ!
ってゆーか、どうして、母さんが、そんなネタを知っているっ!?」
「18歳未満のまこりんが、それを知ってる事の方が問題だと思うけど……」
「――質問に答えろっ!」
「えっとね……みーちゃんは、なおりんと一緒にプレイしたんだよ♪」
「夫婦で18禁のゲームをプレイするなっ!!」
「でも、色々と参考になるし〜……♪」
「一体、何の参考だっ!!」
「本当は分かってるくせに〜♪
そんなに、可愛いみーちゃんに、えっちな事の説明させたいの?」
「ああああぁぁぁぁぁぁーーーーっ!
どうして、こんなのが、俺の母親なんだぁぁぁぁーーーっ!!」
心配事が無くなって、気が緩んだのだろう……、
毎度お馴染みの『親子漫才』を展開しつつ、
私と誠は、その場から立ち去ろうと、クルリッと背を向けた。
と、その次の瞬間――
「うわぁぁぁぁぁーーーーんっ!!」
突然、私達の耳に飛び込んでくる、くるみちゃんの泣き声……、
「……くーちゃん?」
「――どうしたっ!?」
何事かと、慌てて後ろを振り向けば、そこには、
地面にペタンと座り込んで、声を上げて泣いているくるみちゃんの姿があった。
さらに、よく見ると、くるみちゃんが持っていた買い物カゴは地面に落ち、
その中に入っていたのであろう物が、周囲に散らばっている。
どうやら、無事に買い物が終わって、
気を抜いてしまっていたのは、私達だけじゃなかったようだ。
おそらく、緊張を解いた途端、何かに躓いて転んでしまい、
持っていた買い物カゴの中身を、それはもう、盛大に放り出してしまったのだろう。
でも、その程度のことなら、拾えば済むだけのこと……、
それに、くるみちゃんは、転んだくらいで泣いてしまうような弱い子ではない。
……ならば、何故、くるみちゃんは、あんなにも泣いているのか?
その理由は、ただ一つ……、
先程、買ったばかりの卵が、落ちた拍子に割れてしまったから……、
「誠、早く行ってあげなさ――」
これは、さすがに見守っているだけでは済まないと判断した私は、
誠に助けに行かせようと、隣に目を向ける。
だが、私の隣にいる筈の誠の姿は、そこには無く……、
さっきまで、誠が持っていた買い物カゴだけが、ポツンと置かれていた。
「あらあら……誠ったら、素早いわねぇ」
視線を戻せば、いつの間に移動していたのか……、
私が声を掛けるよりも早く、誠は、くるみちゃんへと歩み寄っていた。
そして、まずは、くるみちゃんを、しっかりと立たせ……、
自分はその場にしゃがみ、くるみちゃんとの目線を合わせると……、
……誠は、彼女の服についた土を、軽く手で払いつつ、優しく宥め始める。
「……どうしたんだ、くるみちゃん?」
「あ……まこ兄ぃ〜……」
「もしかして、転んだ拍子に卵を割っちゃって、それで泣いてたのか?」
「んに……」(コクン)
「じゃあ、ここで泣いていても意味が無いだろう?
割れちゃった物は、元には戻らないんだから、もう一度、卵を買いに行こう」
「でも、お金を余計に使ったら、ママに怒られちゃうよ……」
「ちゃんと謝れば、怒ったりしないと思うぞ。
俺からも、お母さんに事情を説明してあげるからさ……」
「……ホント?」
「ああ……でも、次からは気を付けるんだぞ」(なでなで)
「うん、わかった……ありがとう、まこ兄……」
「よしっ! そうと決まれば、まずは、新しい卵を買いに行かないとなっ!」
「――うんっ!」
誠に頭を撫でられて、あっと言う間に、泣き止むくるみちゃん。
そんなくるみちゃんの手を引いて、
誠は、先程、彼女が出てきたばかりのスーパーへと向かう。
「うんうん、さすがは我が息子♪
あの調子なら、将来は、尚也さんみたいな、良いお父さんになれるわね♪」
くるみちゃんを慰めた、誠の見事な手際に、
私は、満足げに頷きつつ、店内へと入っていく二人を見送る。
「……んっ?」
その時、ほんの一瞬だけ、誠の視線がこちらに向けられた。
そして、私と目が合うと、誠は申し訳なさそうに、軽く目を伏せる。
多分、荷物持ちを、途中で放棄する羽目になってしまった事を謝っているのだろう。
そんな誠の律儀さに、苦笑を浮かべつつ、
私は、気にする必要は無い、という意味を込めて、軽く手を振り返した。
すると、私の意思は、ちゃんと伝わったようだ……、
誠もまた、軽く手を上げて、それに応えると、そのまま店内へと消えていく。
「さて、と……」
しばらく、誠とくるみちゃんを見送った後……、
そろそろ家に帰ろうかと、私は、誠が置いて行った買い物カゴへと視線を移す。
そして……、
「問題は、この荷物をどうやって持って行くか、だよね〜」
……そう呟いて、大きく溜息をついた。
見ての通り、私の体は、とても小さい……というか、幼い。
だから、体が小さい分、腕力も弱く、目の前にある荷物を持つだけでも、かなり大変なのだ。
自分の、この幼い体に、不満を覚えた事は一度も無いけど……、
やっぱり、こういう時には、ちょっと不便よね……、
この体のせいで、幼かった頃の誠を、ロクに抱っこもしてあげられなかったし……、
「まあ、頑張るしかないよね……」
いつまでも途方に暮れているわけにもいかず、
私は気を引き締めると、買い物カゴを力一杯持ち上げる。
「――うぐっ」
途端、私の細い腕に、限界ギリギリの強力な負荷が掛かり……、
そのあまりの重さに驚き、私は、一旦、荷物をドスンッと地面に置いた。
――ど、どうしよう?
これは、私には、ちょっと重すぎるわ。
荷物の予想以上の重さに、困り果てる私。
なんとか、持てないことも無いけど……、
お家まで持っていくのは、さすがにしんどいかも……、
――やっぱり、誠達が店から出てくるまで待っていようかな?
この重い荷物を、家まで持っていく時の労力を考え、
ちょっとゲンナリしてしまい、私は、ついつい、そんな弱音を吐いてしまいそうになる。
でも、大丈夫と言った以上、母親として、息子に頼るような真似は出来ないわ。
それに、くるちみゃんは、誠とお買い物が出来る事を、あんなに喜んでいたんだもの。
それを邪魔するのは、野暮ってものよね。
「はあ、やれやれ……」
誠と手を繋いだ時の、くるみちゃんの笑顔を思い出し、私は軽く肩を竦める。
こうなったら、仕方ないわね……、
ちょっと時間が掛かるけど、休みながら、のんびり行きますか……、
「――よしっ!」
思い切って覚悟を決めた私は、パンッと手を打ち合わせ、気合を入れ直す。
そして、再び、重い買い物カゴを、
よいしょっと持ち上げると、多少、荷物を引き摺りつつ……、
「よいしょ、よいしょ……」
ズリズリズリズリ……
ゆっくりと、ゆっくりと……、
我が家へと向かう、長い帰路を辿るのであった。
あ〜あ……、
こんな時、親切で優しいわんちゃんが助けに来てくれたらな〜……、
<おわり>
<戻る>
おまけ――
「ねえねえ、陣ちゃん? もう、買う物は無いんだよね?
どうして、わざわざ遠回りして帰るの?」
「分からん……何故か、こっちに来なくちゃいけないような気がしてな……」
「ふ〜ん、変なの……って、あれ? あんな所にみーちゃんがいるよ」
「――な、何っ!?」
「うんしょ、うんしょ……う〜、やっぱり重いよ〜」
「……買い物帰りみたいだね」
「そ、そうだな……」(汗)
「荷物、重そうだよ……手伝ってあげようよ」
「う、うぐぐ……」(大汗)
「……陣ちゃん?」
(堪えろっ! 堪えるんだ、陣九朗っ!
このまま、見て見ぬフリをして立ち去れば、俺は犬なんかじゃないと証明出来るんだっ!
まあ、無意識にここに来ている時点で、既に手遅れな気がしないでもないが……、
とにかくっ! 堪えろっ! 根性で堪えろっ!
この程度の罪悪感で、狼としてのプライドを捨てるつもりかっ!!)
「ま、まあ、あの程度なら、みーちゃんだけでも大丈夫だろう」(汗)
「えっ? で、でも……」
「行くぞ……い、行くったら行くんだい……」(泣)
「う、うん……」
「よいしょ、よいしょ……」
「ぐ、ぐぐ……」(汗)
「うんしょ、うんしょ……」
「うううううう……」(大汗)
「よっこらしょ、よっこらしょ……」
「あうあうあうあう……」(涙)
・
・
・
「ふえ〜……重いよ〜……」
「あああああああっ! どちくしょぉぉぉぉーーーーーっ!!」(泣)
――ぱしっ!
「――ほえ? くろちゃん?」
「荷物は家の玄関の前に置いて置きまぁぁぁぁーーーーすっ!!」(大泣)
ドドドドドドドドォォォォーーーーーーッ!!
「……行っちゃった」
「うんうん♪ やっぱり、陣ちゃんだね♪」
「俺は狼だっ! 狼なんだっ!
犬じゃないんだぁぁぁぁっ!」(号泣)
――ちゃんちゃん♪
<おわり>
<戻る>
STEVEN:陣九朗チーム、HtH本編初登場!
なのに、こんな扱いで、原作者は許してくれるのだろうかっ!?(笑)