Heart to Heart

     第168話 「夜が来る?」







「こ〜わ〜れた、ま〜どから、の〜ぞ〜く、まて〜んろ〜う♪
ぼ〜せ〜き〜みた〜いだねと、だ〜れ〜かが〜ゆ〜う〜♪」






 ある夏の暑い夜――

 プログラム作業の為に、遅くまで起きていた俺は、
ふと、喉の渇きを覚え、ジュースでも買いに行こうかと、家を出た。

 そして、家の近くにある自販機でコーヒーを買うと、それを飲みつつ、家路を辿る。

「そういえば、今夜は満月なんだな……」

 何気なく、夜空を見上げれば……、
 そこに浮かぶは、見事なまでに丸いお月様……、

 暗闇に浮かぶ銀の光……、
 その優しい輝きと、圧倒的な存在感に、俺は思わず感歎の息を吐く。



「――んっ?」



 ……と、その時だった。

 何となく、その場に足を止めて、
美しい満月の光に魅入っていた俺の視界の中を……、

 まるで、月の光を覆い隠すかのように……、
 小さな影が、凄いスピードで横切っていったのは……、

「……気のせいか?」

 一瞬だけ見えたその姿が、人の影のように見えた気がして……、

 しかし、そんな筈が無いだろう、と、
俺は目をゴシゴシと擦ってから、もう一度、闇夜に浮かぶ月を凝視する。

「やっぱり、目の錯覚――っ!?」

 しばらく、ジ〜ッと月を見上げ続ける俺。
 だが、別に何も変わったものが見える気配は無く、俺はフッと緊張を解いた。

 と、その瞬間――

 再び、俺の目に飛び込んでくる黒い影……、
 しかも、その数は複数で、中には、背中に翼をもっているものもあった。

「な、何なんだ、一体……?」

 あまりの出来事に、俺は持っていた缶コーヒーを落とす。
 だが、それには構うことなく、俺の目は、その人影達を追っていた。

 謎の人影達は、まるで、何かを探しているかのように周囲を跳び回っている。
 それも、かなり切羽詰った雰囲気で……、

 そして、この辺りには、目的のものは見当たらないと判断したのか……、

 謎の人影達は、まるで漫画に出てくる忍者のように、
次々と、屋根から屋根へ跳び移りながら、遠くへと去って行った。

「…………」

 突然、目の前で起こった非現実的な光景に、
俺は、去っていく人影達を見送りながら、その場で呆然と立ち尽くしてしまう。

 確かに、この街には……、
 てゆーか、俺の周りには人外なメンツが多いけど……、

 あんなに、いかにも緊急事態って感じな光景は見たことが無い。

 もしかして……、
 いや、もしかしなくても、何かあったのだろうか……?

 例えば、この街の人外の筆頭であるデュラル家の面々に……、
 フランや、ルミラ先生に、何かあった、とか……、

「……追ってみるか?」

 そう呟きつつも、居ても立ってもいられなくなってきたのか……、
 すでに俺の足は、無意識の内に、人影が去って行った方角へと向かっていた。

 まったく……、
 どうして、こう、自分から厄介事に首を突っ込もうとするんだか……、

 と、そんな自分の行動に、軽く肩を竦めつつ、俺は歩調を速める。

 運が良い事に、謎の人影達が向かった先は、ちょうど家があるのと同じ方向のようだ。

 だったら、途中、我が家に立ち寄って、以前、とある友人から貰ったルーンナイフを、
護身用に持っていった方が良いかもしれないな。

 ティリアさんが持っているような剣よりかは、
遥かに小さなナイフだけど、あれでも無いよりかはマシだろうし……、

 いや、それよりも……、
 いっそのこと、フィルスノーンまで行って、ティリアさん達を呼んでくるか?

「――って、そんな余裕は無いっての!」

 そんな事を考えつつ、俺は走るスピードを上げ、角を曲がる。

 と、その次の瞬間――



 
――ドンッ!!


「うわっ!?」



 いきなり、曲がり角の向こうから飛び出てきた何者かとぶつかってしまい、
俺は、その場に尻餅をついてしまった。

「イテテテ……すみません、大丈夫ですか?」

 かなり派手に正面衝突してしまったようだ。
 俺は、したたかにぶつけてしまった腰の辺りを摩りつつ、素早く立ち上がる。

 そして、俺と同様に、ぶつかった拍子に、
道に倒れてしまった相手に手を差し伸べようとして……、



「――っ!?」



 ……俺は、ハッと息を呑んだ。

 何故なら、そのぶつかった相手というのが……、
 今の今まで、俺が安否を気にしていた、ルミラ先生本人だったのだ。

 しかも、どういうわけか……、
 ルミラ先生は、全身ボロボロの状態で、完全に気を失っていた。

「先生っ!! しっかりしてくださいっ!!」

 俺は、慌てて先生を抱き起こし、先生の容態を観察する。

 パッと見ではボロボロに見えたが、特に目立った外傷は無いようだ。

 ただ、かなり衰弱しているみたいだけど……、
 取り敢えず、安静にしていれば、命に別状はないだろう。

 ルミラ先生が無事なのを確認し、
安堵の溜息をつきつつ、俺は先生の体を軽く揺すって呼び掛ける。

 すると、それで意識を取り戻したのだろう……、
 ルミラ先生は、うっすらと目を開けると、俺の顔を見て、弱々しく微笑んだ。

「あら、誠……君? こんな時間に出歩いてちゃダメよ……」

「こんな時に、何をノンキなこと言ってるんですかっ!」

 もう立っていられないくらい弱りきっているのに……、
 それでも、俺の身を案じて、先生は保護者のように振舞う……、

 そんな先生の気持ちが、正直、嬉しくもあったが、
今のように、切迫した状況でそうされると、さすがにカチンッとくる。

「一体、何があったんですっ!? どうして、そんな傷だらけになってるんですかっ!?」

 思わず口調を強め、先生を問い詰める俺。
 すると、先生は、苦しげに呻き声を上げると、ポツリと小さく呟いた。

「て、敵が……」

「――敵っ!?」

 先生の口から発せられた思わぬ言葉に、俺は目を見開く。

 そして、数瞬後、その言葉が意味する事を理解した俺は、
自分でもビックリするくらいの速さで、懐からマシンガンを取り出していた。

「…………」

 それを正面に構えると、俺は周囲に警戒の目をはしらせる。

 だが、どうやら、すぐ近くには、怪しい存在は無いようだ。
 そう判断した俺は、取り敢えず、緊張を解き、マシンガンの銃口を下げた。

 そして、また気を失ってしまったのか……、

 空いた俺の腕の中で、目を閉じてグッタリとしている先生に向き直りつつ、
俺は現状の把握と、整理を行うことにする。



 『敵』――

 確かに、先生はそう言っていた。

 つまり、デュラル家の当主であるルミラ先生を……、
 魔界トップクラスの実力を誇る吸血鬼の命を狙っている奴がいる、ってことだ。

 そして、その相手というのは……、
 間違い無く、俺がさっき見た、闇夜を跳び回っていた謎の人影だろう。

 おそらく、負傷して逃げ出した先生を探し回っている、と言ったところか……、

 でも、ルミラ先生ほどの実力者を、ここまで追い詰めるなんて……、

 一体、その『敵』ってのは、何者なんだ?
 もしかして、芳晴さんみたいなエクソシストだろうか?

 でも、芳晴さんやコリンさん話では、
聖職者関係の人達は、何も、魔族全ての存在を敵視しているわけでないらしいし……、

 じゃあ、吸血鬼専門のハンターか?

 例えば、シモン・ベルモンドとか埋葬機関とか……、
 そういう、ゲームに出てくるような奴等がいたりするのか?

 まあ、天使や悪魔が実在するんだから、そういうのがあってもおかしくは無いが……、

「――って、そんなことより、まずは先生を家まで運ばないとな」

 いつの間にか、自分が思考の渦に沈み始めていたことに気付き、俺は慌てて我に返る。

 そして、とにかく、先生を家に連れ帰って、
エリアに治療をしてもらおうと、俺は先生の体を背負う。

 と、その時だった――



「我が力を無敵のものとなさしめたまえ! 我が力を永遠のものとなさしめたまえ!」

「――っ!?」



 聞き覚えのある声と呪文……、

 それ耳にした瞬間、俺は咄嗟に、
ルミラ先生を背負ったまま、その場を飛び退いていた。

 それと同時に――



「アドナイ、御身、とこしえに褒め称えられ、栄光に満ちる者の御力によりて……アーメン!」


 
バシュゥゥゥゥーーーーーッ!!



 さっきまで、俺達が立っていた空間に魔方陣が浮かび上がったかと思うと、
それは、すぐに無数の光の粒となり、弾けるように消滅する。

「クソッ!! どうなってるんだよっ!?」

 その光景を眼の端で捉え、
背筋に寒気を覚えつつ、俺は声が聞こえた方へと銃口を向けた。

 そして、こちらに向かって、何やら慌てて駆け寄って来る二つの人影に、
俺は怒気を含んだ口調で、質問をぶつける。

「芳晴さんっ!! 何で、あなたが先生を攻撃するんだっ!?」

「それはこっちのセリフよっ! 何で、あたし達の邪魔するのっ!?」

 俺は芳晴さんに話し掛けたのだが……、
 それに答えたのは、芳晴さんではなく、聖天使のコリンさんだった。

 ――そう。
 そこにいたのは、芳晴さんとコリンさんで……、

 ……さっき、俺達を攻撃してきたのは、この二人だったのだ。

「誠君っ! 詳しい事情は後で話すから、今すぐルミラさんから離れ――」


 
ズガガガガガガガッ!!


「――うわっ!?」

「ひゃあっ!?」

 俺達の側へと、無造作に近付いて来る二人の足元に、俺は無言でマシンガンを撃つ。

 アスファルトで舗装された地面で弾丸が弾け、
芳晴さんとコリンさんは、その場から慌てて後ろに飛び退いた。

「……二人とも、動かないでくれ」

 そんな芳晴さんの向かって、今度は命中させる、と言わんばかりに、俺は銃口を持ち上げる。

「その詳しい事情ってのが、どんなものなのかは知らないけど……、
これ以上、先生を傷付けるって言うなら、例え芳晴さん達でも容赦しません」

「うっ……」(冷や汗)

 銃口が、自分の頭に向けられている事に、引きつった笑みを浮かべる芳晴さん。

 だが、そんな芳晴さんとは裏腹に、
コリンさんは、何やら頭を抱えながら、グシャグシャと自分の頭を掻きむしった。

「ああああああああっ!! あんたは、何をマジモードになってるのよっ!
あたし達は、あんたの為を思って言ってるのよっ!!」

「そ、そうだっ! 謝罪なら、後でいくらでもする!
だから、とにかく、今は、ルミラさんを俺達に渡してほしいっ!」

 そう言う芳晴さんの言葉と同時に、コリンさんが、小脇に抱えていた壷を前に出す。

 なるほど……、
 あの壷に、先生を封印するつもりか……、

「芳晴さん達のことは信じたいけど……、
先生の、こんな姿を見たら、そんなことはできません……」

 俺は、芳晴さんにそう答えると、銃口をコリンさんが持つ壷へと向けた。
 そして、その壷を破壊しようと、引き金に指を掛ける。

 と、その時――





「――誠……くん?」





 耳元で囁くかのような、先生の弱々しい声と共に……、
 俺に背負われ、しがみつく先生の腕にギュッと力が入るのを感じた。

「先生っ! 気がついたんですかっ!?」

 先生が意識を取り戻したことに、俺は弾んだ声を上げる。

 そして、肩越しに振り返り、俺が先生の顔を覗き込むのと……、
 芳晴さんが、切羽詰った声を上げたのは……、

 ……ほとんど同時だった。








「誠君っ! 危ないっ!!」

「――えっ?」
















かぷっ♪


ちうぅぅぅぅ〜〜〜♪
















「ま、まあ、ようするに……、
今まで、さんざん我慢してきた吸血衝動のタガが外れちゃったわけよ」

「あと、今夜が満月だったのも要因の一つね……」

「…………」(泣)





 あれから、しばらくして――

 貧血でブッ倒れた俺は、自分の部屋のベッドに横にな
lり、
無言で涙を流しながら、
メイフィアさんとコリンさんの説明を聞いていた。

 聞けば、今回の件の発端は、ルミラ先生自身にあったらしい。

 おそらく、満月の影響だったのだろう……、
 我慢に我慢を重ね(?)、抑え付けていた(?)吸血衝動が暴走してしまったのだそうだ。

 で、そんな状態の先生を、そう簡単に止められるわけもなく……、

 デュラル家の面々は、暴走状態の先生を街に解き放ってしまい……、
 芳晴さんやコリンさんにも協力を仰ぎ、先生を捕獲する為に、街中を飛び回っていたという。

 つまり、あの時、俺が目撃した謎の影の正体は……、
 ルミラ先生が『敵』と呼んでいたのは……、

 先生を探していた、デュラル家の面々と、芳晴さん達の事だったのである。

 そして、そんな事とは知らず、傷付いた先生の姿を見て、すっかり勘違いした俺は、
芳晴さん達の言葉にも耳を貸さず、彼等の邪魔をして……、

 挙句の果てに……、
 致死量ギリギリまで、先生に血を座れてしまった、というわけだ。





「なんか……俺って馬鹿みたい……」(泣)

「そんなことないわよ。あんたは別に間違った事はしてないもの……、
悪いのは、全部、ウチの御当主様よ」

 自分のあまりの馬鹿さ加減に呆れ果て、俺は天井を見上げたまま、そう呟く。

 そんな俺を慰めつつ、チラッと部屋の一角に視線を向けるメイフィアさん。
 俺は、その仕草につられるように、彼女の視線を追う。

 そこには、封印の壷に入れられたルミラ先生と……、
 身動きが取れない先生に、お説教&お仕置きをしているフランの姿があった。








「ごめんなさ〜い! 反省してるから、ここから出して〜!」(泣)

「ダメです。しばらく、そこで、しっかりと反省していてください」

「悪気は無かったの〜っ! 我慢できなかったの〜っ!」

「吸血鬼である以上、その本能に抗えないのは分かります。
ですが、だからと言って、誠様の血を倒れるまでお吸いになるなんて……」(ポトポト)


「いやーっ! 壷の中にニンニクの切れ端を放り込まないで〜っ!」(泣)

「そ、それどころか、誠様の首筋に、く、くくく、唇を……」(ポッ☆)

「誠君には、ちゃんと体でお詫びするから〜っ!」

「…………まだ、反省ていないようですね」(トクトクトクトク)

「きゃぁぁぁーーーっ! 聖水もイヤ〜っ! 塩水キライ〜っ!!」(大泣)

「ルミラ様は、そのような事をお気にする必要はありません。
誠様へのお詫びは、ルミラ様に代わって、ワタシが誠心誠意、勤めさせて頂きます」(ポッ☆)


「やっぱり体で? あの子、今、貧血気味なんだから、程々にね♪」

「………………」(シャカシャカシャカ)

「ああああああっ!! 無言でシェイクしちゃイヤ〜っ!!」








「…………」(汗)

 普段の、大人しいフランの態度からは、とても想像できない光景……、

 そんな光景を目の当たりにした俺は、
引きつった笑みを浮かべつつ、メイフィアさんに、恐る恐る訊ねる。

「もしかして……フランって、怒ると怖かったりします?」

「本気で怒ったフランソワーズには、誰も逆らえないわ……、
もちろん、ルミラ様でも、ね……」

 メイフィアさんの言葉は、微妙に答えにはなっていなかったが……、
 遠くを見るように呟く、メイフィアさんのその表情が、全てを如実に物語っていた。

「そ、そうですか……」(汗)

 そんなメイフィアさんの反応に、冷や汗を浮かべる俺。
 そして、未だに、お仕置きが続いているフラン達に、もう一度、視線を向ける……、
















「まだ反省できませんか? では、おしおき期間を、あと三日ほど追加しましょう」

「そんなっ!? こんな壷の中で、飲まず食わずだなんてっ!?」

「ですから、こうして食料(ポトポト)と、飲み水(トクトク)は差し上げていますが……」

「死ねとっ?! 私に死ねとっ?!」

「大丈夫です。ちゃんと死なない程度に加減はしています」

「ふえぇぇぇぇぇ〜〜〜んっ! ごめんなさぁぁぁぁ〜〜〜〜いっ!!」


          ・

          ・

          ・
















 相手が、自分の主人であるにも関わらず……、
 容赦無しに、淡々とルミラ先生へのお仕置きを遂行するフラン……、

 そんなフランの姿を、ただ呆然と眺めつつ、俺は――


「これからは、絶対に、フランを怒らせないようにしよう」


 ――と、堅く心に誓ったのだった。








<おわり>
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