Heart to Heart

    第167話 「早く人間になりたい」







「汝は邪悪なり、ですのっ!!」

「――はい?」








 突然だが――

 我が家に、すばるさんがやって来た。

 まあ、すばるさんとは、先の一件以来、
知らない仲ではないので、それについては、別に驚くことでも無いのだが……、

 玄関で出迎えた俺の顔を見るなり、
冒頭のセリフを言われれば、さすがに面食らってしまうわけで……、

「……いきなり、何を暴走してるんですか?」

「暴走なんてしてませんのっ!」

 ……いや、その様子からして、充分すぎるくらい暴走してるだろ?

 と、心の中でツッコミを入れつつ、
俺は、どうにかして、すばるさんを落ち着かせようと、冷静に話し合いを試みることにする。

 しかし……、

「そりゃあまあ、根っからの善人とは言いませんけど、
すばるさんに邪悪指定されるほど、悪い事した覚えはありませんよ?」

「しらばっくれても無駄ですのっ!」

 俺の試みは、すばるさんのたった一言で、一蹴されてしまった。

 どうやら、既に、すばるさんの中では、
俺は邪悪な存在として、確立してしまっているようだ。

 俺に向けられた彼女の鋭い眼光が、それを如実に物語っている。

 まったく……、
 誰に、何を吹き込まれたのか知らないけど……、

 と、内心で呻きつつ、俺は眉間に寄ったシワを指で揉み解す。

 こういう、素直で真っ直ぐなところは、すばるさんの良い所なんだけど……、
 正義を貫こうとするあまり、その行動が、ちょっぴり暴走してしまうのが難点でもあるよな。

 しかも、その暴走には、大影流合気術っていう、
迫り来るダンプカーすら投げ飛ばす程の破壊力も備わってるし……、

 まあ、それはともかく……、

「誠君っ! 覚悟しますのっ!」

「いや、覚悟しろと言われても……」(汗)

 いつの間にか、着ていた服を脱ぎ捨て(?)、
巫女さんチックな白衣と朱袴という格闘モードにチェンジしたすばるさん。

 そんなすばるさんを前に、激しい頭痛を覚えつつ、俺は、なんとか誤解を解く為に……、

「どうして、俺が邪悪なんですか?」

 ……と、まずは、その足掛かりとして、俺を邪悪と判断した、その理由を訊ねることにする。

 すると、すばるさんから返ってきたのは……、
 いい加減に聞き慣れた、でも、ちょっと懐かしくもある答えだった。

 その答えとは……、

「三股掛けは悪い事ですのっ!!」

 ――そう。
 すばるさんが、俺を邪悪だと言った理由……、

 それは、俺が、さくら達と……、
 複数の女の子と付き合っている事だったのだ。

 以前、大食い仲間で集まって、焼肉を食いに行った事がある。
 まあ、色々とあって、その時、俺は参加できなくなってしまったのだが……、

 多分、その時に、楓さんやスフィーさんから、俺のことを聞いたのだろう。

 そして、俺が三股掛けをしている事を知り、
俺を邪悪と判断したすばるさんは、正義の名の元に成敗にきた、といったところか……、

 焼肉を食いに行ったあの日から、
今に至るまで、随分とタイムラグがあるのが、ちょっと気になるけど……、

「さらに、すばるは、このご近所で情報を集めましたのっ!
そうしたら、誠君の悪行の数々が、次々と浮かび上がってきましたのっ!!」

 思考の渦に入っていく俺に構わず、
すばるさんは、何処からか仕入れて来た、俺の罪状(?)を並べていく。

 メイド姿のメイドロボにご奉仕させている――
 三人(?)の幼女に手を出している――
 商店街のド真ん中で、人妻とキスをしている――

 などなど――

 全部、身に覚えがあり過ぎて……、
 ってゆーか、その情報の出所に心当たりがあり過ぎて……、

 とてもじゃないが、一つ一つに事情を説明する気になれず、俺は思わず頭を抱える。

 そんな俺の様子を見て、すばるさんは、
正義は我に有り、とばかりに、ビシィッと俺に指を突き付けると……、

「――というわけで、すばるは正義をしに来たんですのっ!」

 まるで宣言するかのように……、
 某筋肉重戦車なファリス神官のようなセリフをのたもうた。

「……人を指差すのは良くないですよ」

「ぱぎゅっ? それは、ごめんなさいですの」(ぺこり)

 俺の指摘に、素直に頭を下げるすばるさん。
 だが、すぐに我に返ると、今度は指差す代わりに、俺を睨み付けてくる。

 そして……、

「さあっ! 納得も出来たところで、今度こそ覚悟しますのっ!」

「いや、全然、納得なんて出来てな――」

「問答無用ですの〜っ!!」

「――うおわっ!!」

 おそらく、投げ技を仕掛けようとしたのだろう……、
 すばるさんが、目にも止まらぬ早さで、俺に掴み掛かってきた。

 だが、俺だって、日頃から、さくら達や人妻ズの相手をしているわけじゃない。

 多少、不恰好ではあったが、向かって来たすばるさんとすれ違うように、
前のめりに転がって、何とか彼女の攻撃から逃れる。

「勘弁してくれよっ!!」

「待つですのっ!!」

 さらに、そのままの勢いで、玄関から転がり出ると、
俺は素早く立ち上がり、その場から全力ダッシュで逃亡を開始した。

 マシンガンを使えば、対抗出来ないこともないのだろうが……、
 それだと、逆に火に油を注ぐ事にもなりかねないし、すばるさんに怪我をさせるのも気が引ける。

 それに、自慢にはならないだろうけど……、
 これまた、日頃の『鬼ごっこ』の成果のおかげで、逃げ足には自信があるからな。

 だから、今の俺に出来る事は、とにもかくにも逃げまくることだけだ。

 そして、走り疲れたすばるさんが、
落ち着きを取り戻し、暴走が治まってくれるのを待つしかないのだが……、








「ぱぎゅぅぅぅぅーーーっ!!
逃げるとは卑怯なり、ですのぉぉぉぉーーーっ!!」


「だああああああっ!!
無茶苦茶しつこいぃぃぃーーーーっ!!」



 
ズドドドドドドドーーーーッ!!








 見た目に似合わず、体力あるし……、
 あんなに走り難そうな恰好してるくせに、意外に足も早いし……、

 すばるさんは、全力で走る俺を、結構、余裕な表情で追い駆けて来る。

 そうなると、普段から運動不足で、
持久力に不安がある俺は、徐々にスピードが落ちてくるわけで……、

 少しずつではあるが……、
 俺とすばるさんの距離が縮まっていく……、

 スタートダッシュが効いているのか……、
 まだ、すばるさんとの距離はあるが、追いつかれるのも時間の問題だろう。

「はあ……はあ……」

 この作戦……、
 もしかしたら、失敗だったかもしれないな。

 体力も底を尽きかけ、息も絶え絶えな俺は、半ば諦めの心境で、そう呟く。
 そして……、

 もう潔く投げ飛ばされよう――
 その後、ゆっくりと事情を説明しよう――

 ……そう思い始めて、俺は走る速度を緩め始めた。

 と、その時……、

「ぱぎゅぅぅぅーっ!! このままでは、埒が明きませんのっ!!」

 なかなか、俺に追いつけない事に業を煮やしたのか……、
 すばるさんは、唐突に走るのを止め、その場でピタッと立ち止まった。

 そんなすばるさんの不可解な行動に、俺は思わず足を止めてしまう。

 そして、一体、何をするつもりなのか……、
 すばるさんは、腕を振り上げ、天高く飛び上がると……、








「大影流最終奥義――」








 何やら物騒な叫び声を上げながら……、

 落下の勢いと、全体重を乗せて……、
















「地竜走波ぁぁぁぁーーーっ!!」
















 ……地面に、思い切り掌底を叩き付けた。
















 ……。

 …………。

 ………………。
















「…………」

「…………」
















「あ、あのさ……すばるさん……」

「な、何ですの?」

「……今、何かしたのか?」
















「……効いてないんですの?」

「あ、ああ……」
















「…………」

「…………」
















「地竜走波は、人間の固有振動数を、
地面に伝えることで、相手を攻撃する技ですの……」

「そ、そうなんだ……」(汗)
















「つまり、相手が人間なら、効かないわけが無いんですの……」

「…………」(大汗)
















「…………」

「…………」(滝汗)
















「もしかして……」

「…………」(泣)
















「……誠君って、人間じゃなかったんですの?」
















「俺は人間だっ!!
人間なんだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」





















 で、その後――

 その後、色々と検討した結果……、
 俺のいた場所が、すばるさんが放った技の有効範囲外だったという事が判明し……、

 俺が歴とした人間である事が証明されたわけだが……、



「念の為、もう一度、試してみますの?」

「謹んで、遠慮させて頂きます」(泣)



 再度、俺に向かって地竜走波を放ち……、
 それが通用するのかどうか試してみよう、というすばるさんの申し出を……、

 ……俺は、泣きながら丁重にお断りした。

 だってさ……、








 今度こそ……、
 本当に効かなかったら、イヤ過ぎるだろ?(大泣)








<おわり>
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