Heart to Heart

     第166話 「レベルアップ」







「どうしたんですか、健太郎さん? 人を公園なんかに呼び出して……」

「実は、お前に頼みがあるんだ」

「……頼みって?」

「今すぐ、ここで寝てくれ」

「――はあ?」








 ある日のこと――

 昼メシを食べた後、撮り溜めしていた深夜アニメを見ていると、
突然、健太郎さんから電話が掛かってきた。

 用件は、とにかく、すぐに近所の公園に来て欲しい、とのこと……、

 ……あの健太郎さんが、こうも一方的に人を呼び出すなんて珍しいな?

 と、首を傾げつつも、俺は健太郎さんに言われた通り、急いで公園へと向かう。

 ちなみに、近所の公園というのは、
もちろん、俺がいつも昼寝に利用している公園のことだ。

 それと同時に、妙に双子姉妹とのエンカウト率が高い場所でもある。

 そんな、やたらとイベントが発生しやすい場所に……、
 不可思議現象とは、永遠に縁が切れそうも無い健太郎さんに呼び出される……、

 その事に、なんとなく、嫌な予感を覚えはしたが……、

 だからと言って、無視するわけにもいかないので、
俺は、健太郎さんが待つ公園へと急ぐ。

 で、缶ジュース片手に、ベンチに座って俺を待つ健太郎さんの姿を発見し、
早速、俺をここに呼び出した理由を訊ねたところ……、

 ……冒頭のセリフが返ってきた、というわけだ。








「あの、健太郎さん……どういうことなんです?」

 健太郎さんの、あまりに唐突なお願い……、
 その言葉の意味を図り兼ね、俺は眉間にシワを寄せる。

 すると、健太郎さんは、何やら困ったように頭を掻き……、

「う〜ん……何処から説明すれば良いか……」

 ……と、視線を宙にさまよわせる。

 どうやら、色々と複雑な事情がありそうだな……、
 ここで、俺に昼寝をさせたがるって事は、猫が関係してるんだと思うけど……、

 そんな事を考えつつ、俺は健太郎さんの言葉を待つ。

 そして、しばらくして……、

 だいたい、考えがまとまったのだろう……、
 健太郎さんは、ベンチの脇にある自販機で、ジュースを一本買うと……、

「ちょっと面倒だけど、最初から話そう……、
ただ、ちょっと長い話しになるけど、時間は良いか?」

 そう言って、そのジュースを、俺に投げてよこした。

「大丈夫ですよ。今は夏休みだから、時間はタップリあるし……」

 健太郎さんから缶ジュースを受け取った俺は、
彼の言葉に頷きつつ、ベンチに腰を下ろすと、ジュースを一口飲み込む。

 俺のその言葉に、健太郎さんは、そういえばそうだったな、と苦笑をもらす。

「それじゃあ、これは去年の話なんだけど……」

 そして、そう前置きをし、詳しい説明を始めようと、健太郎さんは俺に向き直った。

 と、その時……、



「けんたろ〜っ! 和由ちゃん、連れてきたよ〜っ!」

「お〜い、スフィー! こっちだ〜っ!」



 公園の入り口の方から、手を振りながら、
こっちに駆けて来る、少女モード(Lv3)のスフィーさんの元気な声……、

 それに、これまた手を振って応えながら、健太郎さんは、スフィーさん達を手招きする。

 ――そう。
 スフィーさん『達』である。

 健太郎さんに手招きされて、
こちらに駆けて来たのは、スフィーさんだけではなかったのだ。

「……あの子は?」

 スフィーさんに手を引かれ、こっちに走ってくるオカッパ頭の女の子……、

 歳は、だいたい六、七歳……、
 くるみちゃん達と同じくらいだろうか……、

 その女の子の姿を見て、なんとなく記憶の隅に引っ掛かる感覚を覚えつつ、
俺は、彼女が誰なのか、健太郎さんに訊ねた。

「あの子は、『新田 和由』ちゃん……、
俺の店の近所にあるパン屋さんの娘さんだよ」

 お前も知ってるだろ、というニュアンスを込めた、
健太郎さんのその言葉に、俺はポンッと手を叩いて納得する。

 五月雨堂の近所にあるパン屋さんと言えば、俺もたまに利用する店だ。

 言われてみれば、その店で、お手伝いをしている彼女の姿を、
何度か見た事があるような気がする。

 なるほどね……、
 それなら、彼女に見覚えがあるのも頷けるな。

 でも、どうして、そのパン屋さんの娘さんが、スフィーさんと一緒にいるんだろう?
 なんか、俺を呼び出したのと関係がありそうだけど……、

 と、疑問に思い、俺は健太郎さんに、再び訊ねる。
 すると、その問いに対し、予想外の応えが、健太郎さんから返ってきた。

「あの子は……今回の依頼人だよ」

「――はい?」

 骨董品屋に幼女の依頼人……、
 その、あまりにミスマッチな組み合せに、顔を顰める俺。

 そんな俺には構わず、健太郎さんは、スフィーさん達の分のジュースを買う。
 そして、ようやく、俺達の所に到着した二人に、それを渡すと……、

「……和由ちゃんも来たことだし、全部、最初から説明するよ」

 そう言って、スフィーさん達が来た事で、
余儀なく中断してしまった、さっき話の内容の続きを、話し始めた。









 それは、去年の夏のこと――

 和由ちゃんが飼っている仔猫(なんと、名前を『さくら』という)が、突然、いなくなってしまった。

 と言っても、猫という生き物は、
例え飼い猫であろうと、基本的に気紛れで、自由を愛する動物だ。

 そんな猫が、一日かそこら、姿を消すのは、良くあること……、
 ふと、気が付けば、澄ました顔をして、ひょっこりと帰って来ているものである。

 だから、その時も、最初の内は、すぐに帰って来るだろう、と、
それほど心配していなかったのだが……、

 ……それが、三日以上も続くと、さすがに不安になってくる。

 そういうわけで……、
 和由ちゃんは、仔猫の行方を探すことにした。

 しかし、所詮は幼い子供……、
 その行動範囲は、猫に比べたら遥かに狭く……、

 結局、仔猫は見つからず……、
 和由ちゃんは、悲しみのあまり、道の真ん中で泣き出してしまう。

 と、そこへ……、
 偶然にも通り掛ったのが……、

 まだ、同居生活を始めて間も無い、健太郎さんとスフィーさんだった。

 で、言うまでもないだろうが……、
 この二人が、泣いている子供を放っておけるわけがなく……、

 和由ちゃんから事情を聞いた二人は、仔猫探しに協力することとなる。

 そこで、猫探しの手段として出てきたのが……、
 先日、ひょんな事から、健太郎さん達が手に入れた不可思議アイテム……、

 その名を『猫寄せのドラ』――

 名前の通り、鳴らすと猫が寄ってくる、という、何ともご都合主義なアイテムである。

 当初は、本当に効果があるのかと、半信半疑だった。
 だがまあ、ダメで元々、物は試しにと、公園で、そのドラを鳴らしたのだが……、

 なんとっ! これが、見事に大当たりっ!

 周囲に、とてもドラとは思えない甲高い音が響き渡ったかと思うと、
物凄い勢いで、無数の猫達が、健太郎さん達の下へと集まってきたのだ。

 その数があまりに多くて、かなり大騒ぎになったが……、
 集まってきた猫達の中に、和由ちゃんの仔猫を発見し……、

 とまあ、そういう紆余曲折を経て、
健太郎さん達は、当初の目的を果たす事に成功したのである。

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「あの頃、妙に街中で猫を見かけるな、とは思ってたけど……」

 健太郎さんの話を聞き終え……、
 そのあまりにも非現実的な内容に、俺はやれやれと肩を竦める。

「……その原因が、まさか健太郎さん達だっとはな〜」

 だが、どんなに現実性は皆無でも、
それに関わっていたのが、健太郎さん達ならば、妙に納得がいく話だ。

 さすがは、この街で最も不可思議現象に縁のある男ってところか……、

 と、そんな事を考えつつ、俺は、長話の間に飲み終えていたジュースの空き缶を、
ゴミ箱に投げ入れると、健太郎さんに向き直った。

「それで、その話から察するに……、
また、和由ちゃんの猫がいなくなっちまったみたいだな?」

「ああ、そうなんだ……」

「で、猫寄せのドラを使うのは、もうこりごりだから、
俺に、ここで昼寝をして、猫を集めてもらいたい、ってところか?」

「正確には、猫寄せのドラは、あの時、壊れちまったから、なんだけど……、
まあ、だいたい、お前の言う通りで間違い無い」

 だいたいの事情を予想し上で訊ねる俺に、健太郎さんが頷く。

 そして、仔猫が見つからない事で、
不安そうにしている和由ちゃんを、俺の前に立たせると……、

「アイテム代わりに使うような真似して、悪いとは思ってる。
でも、この子の為にも、よろしく頼む」

「まこと〜? ここで断わったら、男が廃るわよ〜」

「お兄ちゃん……お願い」

 真剣な顔で、俺に頭を下げる健太郎さん……、
 無邪気な笑顔のまま、さり気無く、脅しかけてくるスフィーさん……、

 そして……、
 大きな瞳を潤ませて、俺を見上げる和由ちゃん……、

 ここまでされたら、断われるわけが無い。

 まあ、頼まれるといっても、
ただ昼寝をするだけの事なので、最初から、断わるつもりなど無かったが……、

 とにかく、他でも無い健太郎さんの頼みである。

 正直、いくら寝るだけとは言え、
猫寄せアイテムの代わりにされるのは不本意だが……、

 ここは、和由ちゃんの笑顔を取り戻す為にも、一肌脱がねばなるまい。

「ったく、しょうがねーなー」

 健太郎さん達に頭を下げられるのは、なんとも気恥ずかしい。
 俺は、それを紛らわすかのように、ぶっきらぼうにそう言うと、スクッとベンチから腰を上げる。

 そして、今にも泣きそうな顔で、
俺を見上げている和由ちゃんの頭を軽く撫でると……、

「大丈夫……絶対に、見つけてあげるよ」

 ……そう言って、俺は、いつも昼寝に利用している木陰へと向かった。
















 で、結果だけを言うと……、

 和由ちゃんの猫は、見つからなかった。
 いや、正確には、寝ている俺に寄って来なかった、と言うべきか……、

 いくら、そういう体質とはいえ……、
 寝ている俺に、猫が寄ってくるのは、いつも、せいぜい五、六匹だ。

 その五、六匹の中に、和由ちゃんの猫が混ざる確率は、それはもう低いわけで……、

「……さて、どうします?」

 計画は、脆くも失敗に終わり……、
 俺の猫寄せ体質で集まったのは、全く無関係なノラ猫が数匹のみ……、

 その内、自分の腹の上で寝ていた一匹の背中を撫でつつ、俺は健太郎さんに目を向ける。

「どうするもこうするも……、
こうなったら、地道に探すしかないだろう?」

 そんな俺の言葉に、健太郎さんは溜息をつくことしか出来ないようだ。

 まあ、それも無理ないだろう。
 なにせ、先日の一件で、ただでさえ、この街に住む猫の密度は高くなっているのだ。

 そんな広範囲かつ高密度の中から、
たった一匹の猫を見付けるなど、砂漠に落とした石ころを探すようなものである。

「地道に、って……それって、物凄く大変だよ?」

「うううう……」(泣)

 充ても無く、街中を歩き回って、たった一匹の猫を探す……、

 それを想像したスフィーさんが、自分の長い髪にじゃれついてくる猫達から、
必死に逃れながら、ちょっとウンザリした口調で呻く。

 それを聞いてしまったのだろう。
 多少、落ち着きを取り戻し始めていた和由ちゃんの瞳が、再び涙で潤み始めた。

「大丈夫……大丈夫だから……」

 そんな和由ちゃんを、少しでも元気付けようと、俺は彼女の頭を撫でる。

 そして……、



「俺にも、母さんみたいに『ネットワーク』が使えたらな……」



 ふと、出来もしない事を思い付き……、
 俺は撫でていた猫を抱き上げながら、ポツリと呟いた。

「……ネットワーク?」

 俺の、その呟きを聞きつけたのか、訝しげな表情で、首を傾げる健太郎さん。
 そんな健太郎さんに、俺は無駄と知りつつも、母さんの特技の一つを、大雑把に説明する。

「通称『わんわんネットワーク』って言って……、
簡単に言うと、街中の犬達を使った情報網ってところかな」

「……そういえば、お前のお袋さんって、やたらと犬に好かれる体質だったな」

「あたし、商店街で犬に乗ってるの見たことある……」

 見事に犬達を使役する母さんの姿を思い出したのだろう……、
 健太郎さんとスフィーさんは、ちょっぴり引き攣った笑みを浮かべる。

「それで? お前は、そういうのは出来ないのか?
『わんわん……』ならぬ『にゃんにゃんネットワーク』とかって……」

「それが出来たら、とっくにやってます……」

「これだけ猫に好かれてるんだ……、
多分、素質はあるんだろうし、試しにやってみたらどうだ?」

「そうですか? じゃあ、ダメで元々ってことで……」

 正直なところ、やるだけ無駄だ、と、あまり気は乗らなかったが……、

 このままでは、どうにもならないのも確かなので、
俺は、健太郎さんの提案に頷き、抱いていた猫を顔の正面にくるまで持ち上げた。

 そして、俺に見詰められたのを不思議に思ったのか……、
 鳴き声一つ上げず、キョトンとしている猫の目を、俺はジッと見据えると……、

「和由ちゃんが飼っている『さくら』って名前の仔猫を探してるんだ。
出来れば、お前も、仲間達と一緒に協力して欲しい」

 そう伝えてから、俺は、その猫を地面に下ろす。
 すると、その猫は……、

「――にゃあ♪」

 まるで、了解しました、とでも言うかのように一声鳴くと、
俺達の周りに集まっていた猫達も含めて、てんでバラバラの方角へと走って行ってしまった。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 呆然と、走り去って行く猫達を見送る俺達。

「なあ、誠……」(汗)

「……もしかして、成功したかも」(汗)

 健太郎さんとスフィーさんが、羨望と……、
 そして、ちょっぴり哀れみを含んだ眼差しで俺を見詰める。

 まあ、和由ちゃんだけは、純粋に感心しているようだが……、

「喜ぶべきなのか……悲しむべきなのか……」(泣)

 そんな、色んな思いが複雑に絡み合った、健太郎さん達の視線に晒されながら……、

「あははははははは……」(泣)

 俺は、ただ一人……、
 泣きながら、乾いた笑い声を上げ続けるのだった……、
















 それから、しばらくして――

 戻って来た猫達の案内によって……、
 『長森』という家で保護されていた『さくら』を、無事、発見することが出来た。

 どうやら、その家で飼われていた雄猫と恋仲になっていたようで……、

 新田家を留守にしていた三日間、
ずっと、その恋人(恋猫?)と、よろしくやっていらしい。

 まったく、さんざん、ご主人様に心配を掛けておいて、いい気なものである。

 まあ、そうは言っても、所詮、相手は自分勝手な猫なので、
それはそれで、別に良いんだけどさ……、

 でも、その所為で……、
 俺は、知りたくも無い事実を知る羽目に……、



 猫寄せ体質のレベルアップ――

 『にゃんにゃんネットワーク』の確立――



 これでまた……、
 普通から、一歩遠退いちまったな……、








 しくしくしくしくしくしく……、(号泣)








<おわり>
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