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Heart to Heart

    第165話 「ひんやりあつあつ」







 突然だが……、

 我が家のクーラーが、ブッ壊れた……、








 とまあ、そういうわけで……、








「暑い~……暑いよ~……」

 今、俺は、我が家で一番、風通しの良いリビングにて、
最後の頼みの綱である扇風機の真ん前に陣取り、思い切りダレまくっていたりする。

「夏なんですから、暑いのは当たり前ですよ」

 日当たりの良い(暑くないのか?)縁側に座り、慣れた手付きで洗濯物を畳むエリア。

 そのエリアが、ソファーにうつ伏せに寝転がって、
ダレきっている俺に、ちょっと呆れた口調で、諭す様に言う。

「そりゃあ、分かってるんだけどな……」

「分かっているなら、もう少しシャキッとしてください」

「へ~い……」

 そんなエリアの言葉に、力無く返事をしつつ、
俺はテーブルの上に広げられた教科書類に目を向けた。

 そこには、白紙のまま、全く進んでいない課題のプリントがある。

 本当は、比較的涼しい午前中に、少しでも夏休みの課題をやってしまいたかったのだが、
こう暑苦しくては、全然、やる気が起きないのだ。

「むむむむ……」

 だが、いつまでも、こうして無駄に時間を浪費しているわけにもいかないので、
何とかやる気を起こそうと、気張ってみるのだが……、

「うぐぅ……」

 やはり、まるで意欲が湧き上がらず……、
 祐一さんトコのたい焼き娘の口癖なんぞ呟きつつ、俺は再び顔を伏せる。

 都会特有の、ジメジメとした湿気を帯びた不快な暑さ……、
 その熱気によって、滲み出てくる汗が服を濡らし、余計に不快度数を上げていく……、

 いっそのこと、汗塗れのTシャツもズボンも脱いで、トランクス一枚だけになってしまいたかったが、
エリアがいるので、そういうわけにもいかない。

 そりゃまあ、俺とエリアは恋人同士なわけだし……、

 同じ屋根の下で暮らしているのだから、
正直、お互いの裸を目撃してしまった事だって、何度かある。

 だから、今更、恥ずかしがる事も無いのかもしれないが……、
 相手が誰であれ、女の子がいる前では、最低限のデリカシーは持ち合わせていたいのだ。

 とは言うものの……、

「暑い……暑すぎる……」

 あまりの不快さに、さすがに我慢の限界が近付きつつあった。
 そろそろ、その最低限のデリカシーとやらも、綺麗サッパリ消えてしまいそうだ。

「せめて、この湿気だけでも、何とかなると良いんだけどな~……」

 と、弱々しく呟きながら、扇風機の風の強さを、もう少し上げようと、俺は体を起こす。

 そして、扇風機の『強』のボタンを押しつつ、
エリアに同意を求めるように、彼女の方に目を向けた。

 すると、そこには……、

「いきる~こと~、それだ~けを~、た~し~か~め~てる~♪
いくつ~もの~、み~らい~を~、あ~す~へ~えが~く~♪」


 さすがは、クーラーなんて文明の利器が無いフィルスノーン育ち、と言ったところか……、

 この気温と湿度の中、汗一つ掻く事無く、
楽しげに歌なんぞ歌いつつ、平然とした様子で、家事をこなすエリアの姿が……、

 ――これが、育った環境の違い、ってやつか?

 なんか、エリアのこういう姿を見てると、
如何に、現代人が、不必要なまでに快適な環境で暮らしているのかが良く分かるな。

 なんて事を考えつつ、俺はソファーに腰を下ろす。
 そして、俺もエリアを見習って、もう少し頑張ってみようと、夏休みの課題に向き直った。

 と、その時……、



「――んっ?」



 ふと、俺は、ある不可解な事に気が付き、
それを確かめようと、もう一度、縁側に視線を戻し、目を凝らして、エリアを凝視する。

「ふりそ~そぐ~、かなし~みを~♪
うけ~と~め~たら
――な、何ですか、誠さん?」

 自分が見詰められているのを察したようだ。
 歌を中断したエリアは、どういうわけか、少し狼狽えつつ、首を傾げる。

 そんなエリアの態度を不思議に思いはしたが……、
 取り敢えず、先の疑問を解決するのを優先させることにし、俺はエリアに訊ねた。

「なあ、エリア……?」

「は、はい……」

「どうして、お前は汗を掻いてないんだ?」

「うっ……」

 俺の指摘に、一瞬、あからさまに言葉を詰まらせるエリア。
 だが、すぐさま、笑顔を取り繕うと……、

「そ、そんなこと無いですよ……ほほほほほほ……」(汗)

 そう言って、まるで、何かを誤魔化すかのように、エリアは乾いた笑い声を上げる。

 あやしい……、
 絶対に、あやしすぎるぞ……、

 エリアの、あまりに怪しい反応に、俺は疑惑の眼差しを向ける。

 確かに、額に汗を浮かべているようだが……、
 あの汗は、絶対に、この暑さと湿気によるものじゃないのは、一目瞭然だ。

 それに、エリアが、ああいう笑い方をする時は、
大抵、何か隠し事している証拠だと、過去の経験が告げている。

 しかも、どちらかと言うと、後ろめたい部類の……、

「…………」(じと~)

「…………」(大汗)

 スタスタとエリアに歩み寄り、彼女をジト目で見詰める俺。

 その圧力に耐えられなくなったのだろう。
 エリアは、わざとらしくそっぽを向き、視線をさまよわせる。

 それでも、構わずに、俺はエリアを無言で見詰め続け……、

 そして、カマを掛けるつもりで……、
 何となく、予想していたキーワードを、ポツリと呟いた。








「……風の結界か」

「――っ!?」








 ……どうやら、図星だったようだ。

 俺が口にした言葉を耳にし、エリアはビクッと体を震わせる。
 それを見逃さなかった俺は、彼女の頭を掴むと、強引にこちらを向かせた。

「なるほどな……そういうことか……」

「あ、あううう……」

 責めるような視線で、エリアを見下ろす俺。
 その俺の視線に晒され、エリアは申し訳なさそうに俯いてしまう。

「さんざん、偉そうな事を言っておいて……、
自分は、きっちり、風の結界の中で涼んでいたわけだ」

「あうあうあうあう……」

 皮肉をいっぱいに込めた俺の言葉に、体を小さくするエリア。
 そんなエリアに、俺は憮然とした表情のまま、やれやれと肩を竦めた。

 ――そう。
 そういう事なのである。

 実は、エリアは、こっそりと自分の周りにだけ、極薄の風の結界を展開していたのだ。

 結界として、ほとんど意味を成さない程に、微弱な結界……、
 しかし、使用者の周囲の気温や湿度を下げるだけの効果は充分である。

 まさに、魔法のクーラー、と言ったところか……、

 つまり、この結界を使っていた為、エリアは、この暑さの中、
ほとんど汗を掻く事も無く、比較的快適に過ごしていられた、というわけだ。

「まったく……自分ばっかりズルイぞ」

「す、すみません……」

 俺は、エリアがそんな良い方法を独占していた事に、口を尖らせ……、
 エリアは、それを聞いて、ますます小さくなっていく。

「今更、謝ったってダメだな~……、
独占禁止法違反は
ハサウェイの如く銃殺刑だ」

「そ、そんなっ!? マシンガンで撃たれちゃうんですかっ!?」

「今なら、サービス期間中でツッコミ効果無しだな♪」

「それじゃあ、死んじゃいますよ~」(泣)

「それがイヤなら……俺にも、その魔法を頼む」

「――それが本音ですか?」

「やかまひい……」

 エリアに鋭くツッコまれ、俺はそれを誤魔化す為に、
彼女の頭を挟むように軽く両拳を当てて、『あたまグリグリ』を敢行する。

 そして、しばらくグリグリを続けた後、
俺はパッと両拳をエリアから離し、改めて、彼女に訊ねた。

「――で、その魔法って、もしかして制御が難しかったりするのか?」

「誠さん……気付いてたんですか?」

「当たり前だろ? 簡単に出来るなら、エリアが黙っているわけないからな」

 俺の指摘に、エリアはちょっと驚きつつも、コクリと頷く。
 そして、そのクーラー代わりに使っていた風の結界についての詳細を説明し始めた。

 どうやら、このクーラー魔法(仮称)は、
制御がとても困難で、他者に対して使用する事が出来ないのだそうだ。

 エリア曰く、強力な結界を作るよりも、微弱な結界を作る方が集中力が必要、とのこと……、

 確かに、何事においても、単に全力を出すよりも、適度に手加減する事の方が難しいからな。
 エリアの言い分も、充分に納得出来る。

 というわけで……、

 そんな便利な魔法がありつつも、自分だけ涼しい環境にいるのは気が引けたのだろう。
 最初の内は、エリアも、魔法は使わず我慢していたそうなのだが……、

「……でも、結局、我慢出来なくなって、こっそり使ってたわけだ?」

「もう……あまりイジメないでください」

 そう言って、ちょっと意地悪くからかう俺に、
エリアはぷうっと頬を膨らませると、上目遣いで睨み付けてくる。

「悪い悪い……まあ、自分以外には使えないんだから、仕方ないよな」

 そんなエリアの仕草が、何だか可愛くて、ポンポンッと彼女の頭を撫でる俺。

 そして、エリアの説明を聞いている内に思い付いた、
使用者専用のクーラー魔法(仮称)の共有方法を、試しに提案してみた。

「あのさ……その魔法、二人で一緒に使える方法があるぞ」

「――はい?」

 俺の言葉に、キョトンとした表情を浮かべるエリア。

 取り敢えず、口で説明するよりも、やって見せた方が早いので、
俺は呆けているエリアをヒョイッと抱き上げると、ソファーへと連れて行く。

 そして、そのままソファーに腰を下ろすと、
俺は、自分の膝の上にエリアを座らせ、後ろからそっと手を回して抱きしめた。

「ほら♪ こうすれば、二人とも涼しいぞ♪」

「えっ? えっ? えっ?」

 あまりに唐突な俺の行動に、慌てまくるエリア。
 そんなエリアには構わず、俺はクーラー魔法の涼しさを堪能する。

 ――そう。
 これは、いわゆる逆転の発想だ。

 エリアが、俺に魔法を使えないのなら、
こっちから魔法の効果範囲内に入っていけば良いのだ。

 つまり、こうして、体を密着させれば、俺も魔法の効果を得られるわけである。

 もっとも、エリアをこうして抱きしめていると、恥ずかしさで体が熱くなっていくるから、
クーラー魔法の効果も、差し引きゼロって気がしないでもないが……、

「あ、あの……誠さん?」(ポッ☆)

 ようやく、落ち着きを取り戻してきたのか……、
 頬を赤く染めたエリアが、まだ、少し戸惑いつつも、俺に訊ねてくる。

 まあ、斯く言う俺も、自分の行動を冷静になって考えみて、
その自分らしくない大胆さに、思い切り赤面していたりするのだが……、

「いつまで、こうしているんですか?」

「そうだな……お昼まで、かな」

 エリアの言葉にそう答え、俺は彼女を抱く腕に軽く力を込める。

 クーラーの修理を頼んだ電気屋が来るのは、早くても午後以降……、

 それまで、こうしているのも……、
 ちょっと気恥ずかしくはあるが、悪くは無いかもな。

「エリアがイヤだって言うなら、すぐにでも離すけど……?」

「そんなこと言うわけないじゃないですか♪」

 エリアの顔を覗き込みつつ、悪戯っぽく訊ねる俺。
 それに応える様に、エリアは、そっと瞳を閉じて、俺に体を預けてきた。

「それにしても……」

「――ん?」

「魔法で涼しくなってる筈なのに……ちょっと暑くなってきましたね?」

「そりゃあ、これだけくっついてればな……」

「ふふふ……そうですね」

「でも――」

「……でも?」

 そこで、意味ありげに言葉を途切らせる俺を訝しむように、小首を傾げると、
エリアは肩越しに振り向き、俺を見上げる。

 そんなエリアに、俺は微笑みを浮かべると……、








「――こんな暑さなら、大歓迎だろ?」








 と、そう言って……、

 油断しているエリアの不意打つように……、
















 ……。

 …………。

 ………………。
















 それから、しばらくして――

 予定通り、昼過ぎには電気屋が来て、クーラーを修理して行ったのだが……、

 その日は、クーラーを使うこと無く……、
 結局、ずっとエリアとくっついたまま、一日を過ごしたのだった。








 まあ、なんだ……、
 たまには、こういう日があっても良いだろ?








<おわり>
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