Heart to Heart

    第164話 「あいすきゃんでぃー」







 
チリンチリ〜ン……、

 
チリンチリ〜ン……、


「――ん?」





 ある日のこと――

 夏休みの課題の、今日の分のノルマを適当に片付けた俺は、
気分転換でもしようかと、散歩をしていた。

 で、いつもの公園の近くにやって来た時……、
 突然、耳に飛び込んできた、なんとも懐かしさを感じさせる澄んだ音……、

「この音って、もしかして……」

 何となく、音の正体を察した俺は、反射的にそちらを振り向く。
 すると、そこには、俺が予想した通りのものがあった。

「今時、アイスキャンテ゜ィー屋とは珍しいな〜」

 それの姿を見た俺は、思わす腕を組んで、感慨深げに頷く。

 ――そう。
 それは、アイスキャンディー屋であった。

 平仮名で『あいすきゃんでー』と書かれた幟――
 荷台にクーラーボックスを乗せた古めかしい自転車――
 麦藁帽子を被った、いかにも好々爺といった感じの爺さんーー

 そんな爺さんが、トレードマークとでも言うべきハンドベルを鳴らしながら、
ゆっくりと歩道を歩いている。

 その姿は、見紛うこと無き……、
 昔ながらのアイスキャンディー売りの爺さんであった。

「スゲェな……」

 まるでお手本のようなその姿に、俺はある種の感動を覚える。

 ――なに? 大袈裟?
 馬鹿なこと言うなよっ! 全然、大袈裟なんかじゃねーぞっ!

 だってさ、アイスキャンディー屋なんだぞ?
 しかも、あんな『私はアイスキャンディー屋です』ってオーラを滲み出してるような……、

 今時、海水浴場にだって、あんなの出没していないはず……、
 仮に居たとしても、あそこまでコテコテの恰好をしているのはいないだろう。

 そんなアイスキャンディー屋が、こんな街中をウロウロしているのだ。
 それだけでも、充分に驚愕と感動に値するぞ。

 とまあ、それはともかく……、

「そうだな……せっかくだし、買ってみるか」

 ここで出会ったのも何かの縁……、
 いや、それ以上に、あんなの発見してしまったら、買わずにはいられない。

 と、俺は思い立ち、ちょっと小走りで爺さんのところまで行くと……、

「すいません、一つください」

 ……そう言って、公園の中へと入ろうとしていた爺さんを呼び止めた。

「ほい、いらっしゃい」

 俺に呼び止められ、やたらと楽しそうにこちらを振り返る爺さん。
 そして、慣れた手付きで、荷台のクーラーボックスを開けると、俺に訊ねてきた。

「坊主、何が良い? ミルクにオレンジにグレープ……色々とあるぞ?」

「じゃあ、青リンゴを一つ」

「ほい、まいど♪ 30円じゃ」

 爺さんが開けたクーラーボックスの中を覗き込み、
その色とりどりのアイスキャンディーから、俺は一本を選び出す。

 そして、代金を爺さんに渡すと、俺は早速、それをひと舐めした。

「うん! 美味い!」

「はっはっはっはっ!」

 市販のアイスでは出せない素朴な味わいに舌鼓を打つ俺。
 そんな俺を見て、爺さんは、嬉しそうに声を上げて笑う。

 歳を感じさせない、豪快な笑い方だ。
 もしかしたら、この爺さん、結構あなどれない人物なのかも……、

 そんな事を考え、苦笑を漏らしつつも、瞬く間に、俺はアイスを平らげる。
 そして、もう一本貰おうかと、爺さんに向き直り……、

 と、その時……、








「ああーっ! まこりん、アイス食べてる〜っ!」








「……頼むから、唐突に現れるの止めてくれよ」

 いきなり、背後から飛んで来た、
母さんのノーテンキな叫び声に、ゲンナリと溜息をつく俺。

「いいな、いいな〜♪ みーちゃんも食べたいな〜♪」

 だが、そんな俺の様子などお構いなく、
母さんは指を咥えて、物欲しそうに俺を見上げる。

 いや、母さんだけじゃない……、
 ここに母さんがいるとなれば、当然の如く……、

「いいな、いいな〜♪」

 母さんの言葉に便乗するように、俺にアイスをねだるくるみちゃんと……

「あ、えっと……その……」

 それとは対照的に、俺に遠慮しているのだろう……、
 小さな両手を、恥ずかしそうに胸の前でモジモジと絡めているなるみちゃんもいたりした。

「……何が良いんだ?」

 この三人に、そんな顔をされては、断われるわけもなく……、
 俺はサイフから小銭を数枚取り出すと、こちらを見上げている三人に訊ねた。

「みーちゃんはね〜……ミルクがいいな♪」

「ボクはグレープ〜♪」

 シュタシュタッと手を上げて、子供らしく(まあ、若干、子供じゃないのも混ざっているが)、
無邪気に答える母さんとくるみちゃん。

 だが、なるみちゃんは……、

「わたしは……いらない」

 一瞬、躊躇の表情を浮かべ、チラリとくるみちゃんを見た後、ふるふると首を横に振った。

 多分、妹のくるみちゃんが、俺にアイスを強請っているのだから、
姉である自分は我慢しよう、なんて考えているのだろう。

 もう少し、図々しくなっても良いと思うのだが……、
 この子は、その謙虚な性格の所為で、色々と損をするタイプだな……、

 ――さて、どうするかな?

 遠慮するな、って言うのは簡単だけど……、
 それだと、彼女の性格からして、逆に気にするだろうし……、

 なんて事を考えつつ、俺は母さんに視線を向ける。
 こういう時、母さんが口添えしてくれると助かる、と思ったからだ。

 だが、母さんは何も言わず、ニコニコと俺を見上げるだけ……、

 はいはい……、
 全部、俺にお任せする、ってわけね。

 母さんの意図を察し、俺は軽く肩を竦める。
 そして、爺さんに金を払って、アイスキャンディーを四本購入した。

「ほら、落とさないように気を付けろよ」

「わ〜い♪ ありがと〜♪」

「ありがと〜、まこ兄〜♪」

 爺さんから受け取ったアイスを、俺は母さんとくるみちゃんに渡す。
 そして、残った二本のうち、一本をなるみちゃんに差し出した。

「はい、俺と同じオレンジで良かったか?」

「えっ? あ、あの……」

 俺が差し出すアイスを受け取って良いものかどうか、戸惑うなるみちゃん。
 そんな彼女に、俺は努めて何でもない事のように言う。

「俺が勝手にやった事なんだから、気にしなくて良いって」

「で、でも……」

「それに、俺は、なるみちゃんと一緒にアイスが食べたかったんだよ」

「う、うん……ありがとう、お兄ちゃん」(ポッ☆)

 あまりに自分らしくない歯が浮くセリフ……、
 それに堪えかね、激しい胸焼けを覚えつつも、俺はなるみちゃんにアイスを渡した。

 まあ、この程度で、彼女の喜ぶ顔が見れるなら、安いものである。
 ただ、どうして、なるみちゃんの頬が赤くなっているのかが、ちょっと気になったけど……、

「じゃあ、立ったまま食べるのはお行儀が悪いから、そこのベンチで座って食べようね」

「「は〜い♪」」

 なるみちゃんがアイスを受け取ったところで、
母さんが公園の中にあるベンチを指差しながら、そう提案する。

 そのへんの仕付けのさり気無さは、さすがは母親だ。
 これが俺だったら、そんな事には、全く気は回らなかっただろう。

 と、母さんの言葉に感心しつつ……、
 また、そんな母さんを誇らしく思いつつ、俺は公園に入っていった三人を追う。

 あっ、もろちん、爺さんに礼は言ったぞ。
 去り際に『可愛い恋人達と仲良くな』って冷やかされたのには参ったが……、

「まこ兄〜っ! 早く早く〜っ!」

「はいはい、すぐに行きますよ」

 ブンブンと元気に手を振って俺を呼ぶくるみちゃんのに苦笑しつつ、
俺は三人が待つベンチへと小走りで向かう。

 そして、公園の小さなベンチは、三人が座るだけで満席状態だったので、
俺は側にあった木に背中を預けて、自分のアイスキャンディーを食べることにした。

「えへへ〜♪」

「おいし〜ね、なるみ♪」

「……うん♪」

 ベンチに座り、地面に届かない足をプラプラ揺らし、
幸せそうにアイスキャンディーを舐めている、三人(例外が約一名)の子供達……、

 俺は、食べ終えたアイスキャンディーの棒を口に咥えたまま、
そんな、なんとも微笑ましい光景をボ〜ッと眺める。
















「ぺろぺろ……おいしい……♪」


 可愛く、チロッと舌を出して、
アイスキャンディーの先端を舐めるなるみちゃん……、








「ん〜……ぺろぺろ♪」


 夏の気温で溶けてきたのだろう……、
 アイスキャンディーを舌から掬うように舐め上げるくるみちゃん……、








「んぐんぐ……ちゅぱちゅぱ♪ なおりん〜♪」


 そして、小さな口一杯にアイスを頬張って、
謎の言葉を発しつつ、美味しそうにアイスキャンディーを食べる母さん……、
















 ……。

 …………。

 ………………。
















 ……ぐはっ!(爆)
















「煩悩退散っ! 煩悩退散っ!
煩悩退散っ! 煩悩退散っ!」



 
ガンガンガンガンッ!!





 あまりの暑さに、頭がどうにかなってしまったのか……、

 母さん達がアイスを食べる姿を見て、思わず、良からぬ事を考えてしまった俺は、
その妄想と邪念を振り払うかの如く、木に頭をぶつける。

「ど、どうしたの……お兄ちゃん?」

「なんか、今日は特に変だよ?」

 突然、俺が妙な行動を始めたのを不思議に思ったのだろう……、
 くるみちゃんとなるみちゃんが、オロオロしながら、心配そうに俺の様子を伺ってきた。

「なーちゃん、くーちゃん……」

 そんな彼女達の肩を、母さんが教え諭すようにポンッと叩く。

「あれはね……若気の至りってやつだから、暖かく見守ってあげなきゃダメだよ」

「よ、よくわかんないけど……」

「う、うん……」

 母さんの言葉に、首を傾げながらも、
二人は取り敢えず頷き、再び、アイスキャンディーを食べ始めた。

「まったく……まこりんも、溜まってるなら、
遠慮なんかしないで、さくらちゃん達に言えば良いのに……」

 母さんもまた、残っていたアイスキャンディーを一口で頬張り、呆れたように呟く。

 そして……、



「でも、お兄ちゃん……頭から血が出てる」

「だ、大丈夫なのかな?」

「まこりんなら、あの程度は、怪我の内には入らないよ」



 俺のことを、本気で心配そうに見つめる双子姉妹と、
全く気にしていない様子の母さんに、文字通り暖かく見守られながら……、

 脳裏から離れようとしない妄想を打ち消そうと――
 そして、三人に対して、邪なことを考えてしまった事を懺悔するかの如く――








「煩悩退散っ! 煩悩退散っ!
ぼんのうたいさぁぁぁぁぁんっ!!」








 俺は、ただ、ひたすらに……、
 自分の頭を、手加減抜きで、木にぶつけ続けるのだった。
















 おお、神よ……、
 こんな罪深き俺をお許しください……、(涙)








<おわり>
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