Heart to Heart

      第161話 「あいのうた」







「わたしはみ〜ちゃん〜♪
あなただけに〜、ついてゆく〜♪
今日も〜、遊ぶ〜、働く〜、眠る〜♪
そして〜、食べ〜られ〜る〜♪」

















「…………」(汗)

「…………」(喜)
















「最後の『食べられる』っていうのが、
ちょっぴり意味深だよね♪」


「いちいち説明せんでいいっ!!」(怒)

















 とある休日の午後――

 久し振りに外食でもしようと思い立ち、俺は天河食堂へ向かった。

 そこで、バッタリ出会った耕一さんと一緒に昼メシを食べ、
お茶を飲みながら、しばらく談笑した後、俺は店の前で耕一さんと別れ、帰路に立つ。

 だが、せっかく外に出てきたのだ。
 このまま真っ直ぐ家に帰るのも、何だか勿体無い。

 そう思った俺は、食後の運動も兼ねて、
軽く散歩でもしようかと、俺はブラブラと街を歩くことにした。

 そして、しばらく歩き回り……、

 程好く動き回った為だろう、満腹感から来る眠気を覚え始めた俺は、
また猫達と一緒に昼寝でもしようと、いつもの場所に向かう。

 いつもの場所とは……、
 もちろん、近所の公園……、

 最近、俺にとっては鬼門になりつつある、あの場所である。

 ――なに?
 何で鬼門だと知りつつ、そこに行くのか、って?

 確かに、例の双子とのエンカウント率が高い場所だから、
自分からわざわざ地雷を踏みに行ってるようなものなのかもしれないが……、

 でも、枕が変わると寝られない、っていうのと同じでさ……、
 長いこと続けてきた習慣ってのは、そうそう簡単には変えられないものなんだよ。

 それに、正直なところ……、
 あの子達に会えるかも、って、ちょっとだけ期待してたりもするんだよな。

 まあ、ようするに、だ……、

 母さんと一緒になってからかわれようが……、
 志保に変な誤解をされて、迷惑極まりない噂話を広められようが……、

 あの子達と遊んだりするのが楽しいんだろうな、俺は……、

 なんて事を考え、苦笑をもらしつつ、
俺は公園へと足を踏み入れ、いつも昼寝している場所へと向かう。

 と、その時……、

「ぐあ……」

 ……俺は、見てはいけないものを見てしまった。
















「可愛い子達が〜♪
住んで〜いる〜、この〜街で〜♪
今日も〜、遊ぶ〜、働く〜、眠る〜♪
そして〜、食べ〜られ〜る〜♪」

















 ……そこには、母さんがいた。

 いやまあ、母さんは、よくここで遊んでいるから、
それ自体には、何の不思議も無いのだが……、
















 
何故か、母さんの体は、
首から下が全て砂場に埋まっていた。




 
しかも、ご丁寧なことに、
『引っこ抜け!』と書かれた看板が、
すぐ側に立てられていた。




一体、何やってやがるんだ?
このバカ母はっ!?

















「しかも、くるみちゃん達まで、
母さんと一緒になって埋まってやがるし……」(大汗)

 そこにいたのが母さんだけだったら、問答無用で無視していたが、
くるみちゃん達がいるのでは、そういうわけにもいかない。

 というわけで……、

「取り敢えず、状況は理解した……、
まあ、理解は出来ても、納得は出来ていないが……」

 と、かなり強烈な頭痛を覚えつつ、
俺は思い足取りで、砂場に埋まっている三人に歩み寄る。

 そして、俺は母さんの目の前でしゃがみ込むと、
それはもう、思い切り淡々と下口調で、本人の希望を訊ねた。



「――で、どうして欲しいんだ?」

「引っこ抜いて♪」

「やなこった」(一秒)



 ……即答であった。

 もしかしたら、秋子さんの「了承」に匹敵するスピードだったかもしれない。

 まあ、それも当然だろ?
 誰が好き好んで、マンドラゴラを引っこ抜くような真似をするって言うんだよ?

 しかし、そんな俺の無情な言葉にも怯む事無く、
余裕の笑みを浮かべて、母さんは新たに爆弾を投下してきた。

「え〜? そんなイケズなこと言わないで抜いてよ〜?
みーちゃんを抜いてくれたら、特別サービスでまこりんのも
ヌいてあげるから〜♪」

「…………」(怒)

「ふえ〜ん……無言でオデコをグリグリしないで〜」(泣)

 母さんのトンデモナイ発言に、こめかみをヒクヒクさせながら、
絶叫を上げてツッコミたくなる衝動を堪えつつ、俺は頭グリグリを敢行する。

 そして、ひとしきりグリグリを続けた俺は、スクッと立ち上がると、
そのまま何も言わずに、クルッと母さん達に背を向けた。

「ちょっ、ちょっと待ってよ、まこりんっ! 何処行くのっ!?」

「――帰る」(キッパリ)

 あまりに予想外な俺の行動を見た母さんは、
さすがに焦った口調で、立ち去ろうとする俺を呼び止める。

 そんな母さんに、容赦なく言い放つと、俺はスタスタと歩を進めた。

「そんなっ!? このまま置き去りにされたら、
みーちゃん達って、可愛いから、変な人に連れていかれちゃうよ〜っ!?」

「まこ兄〜……」(涙)

「お兄ちゃ〜ん……」(涙)

 俺の背中に向かって、母さんの責めるような言葉が飛んでくる。
 それと同時に、双子姉妹の泣き声も……、

 ……って、そういえば、この子達もいたんだったよな。

 砂場に埋まっているのは、母さんだけではなく、
双子姉妹もいたのだ、という事を思い出し、俺はすぐさま足を止める。

 そして、後ろを振り返ると、くるみちゃん達は瞳を潤ませながら、
懇願するように、俺を上目遣いで見上げていた。

 そんな視線を向けられてしまっては、このまま見捨てて行くなど出来るわけもなく……、

 それにしても……、
 母さんはともかく、どうしてこの子達まで……?

 ……と、そんな事を考えつつ、俺は踵を返して、砂場に戻る。

 まあ、だいたい想像は付くんだけどな……、
 どうせ、母さんに唆されて、こんな状態になってしまったのだろう。

 で、最初は楽しんでいたものの、自力では出られない事に気付き、
徐々に不安になってきた、といったところか……、

「……ったく、しょうがね〜な〜」


 
ザック、ザック……

 
ザック、ザック……


 再び、砂場に埋まっている三人の前まで来た俺は、軽く肩を竦めた後、
近くに落ちていた玩具のスコップを使って、砂場を掘り起こす。

 そして……、

「ありがとう、お兄ちゃ〜ん」(泣)

「怖かったよ〜……」(泣)

 余程、不安だったのだろう……、
 掘り出された双子姉妹は、泣きながら、俺の足にしがみついてきた。

 そんな二人を安心させるように、俺は彼女達の頭を優しく撫でる。
 そして、その場にしゃがみ、二人と目線を合わせると……、

「さて、母さんのバカな遊びに付き合わせちゃったお詫びに、
三人でパフェでも食べに行こうか? もちろん、俺が奢ってあげるからさ」

 ……そう言って、ニッコリと微笑み掛けた。

 すると、二人は今まで泣いていたのが嘘だったかのように、
ぱあっと笑顔を取り戻し、諸手を上げて喜び出す。

「わーい♪ パフェパフェ〜♪」

「……ありがとう、お兄ちゃん♪」

 やれやれ……、
 泣いてたカラスがもう笑ったよ……、

 と、二人の現金な反応に、思わず苦笑をもらす俺。

「まこ兄? 何してるの?」

「……早く行こ」

 双子姉妹は、そんな俺の服の裾を掴むと、
急かすようにグイグイと引っ張りながら、先立って歩き出した。

「はいはい、分かりましたよ……、
ったく、せっかちなお姫様達には困ったものだな」

 背の低い二人に手を引っ張られ、
ちょっとよろけつつも、俺は二人の後について歩き出す。

 そして、そのまま三人で一緒に、いつものキャッツ・カフェへ向かおうと――



「まこり〜ん……どうして、みーちゃんは助けてくれないの〜」(泣)

「――自業自得だ」



 ――したのだが、後ろから聞こえてくる、
母さんのわざとらしい泣き声に、俺はピタッと足を止める。

 そして、砂場に埋まったまま、助けを求めてくる母さんに、
俺は振り返る事無く、冷酷に言い放った。

「ふぇぇぇぇ〜〜〜んっ!
このままじゃ、みーちゃんは変態さんに連れて行かれちゃうよ〜っ!」(泣)

「犬が助けてくれるから、大丈夫だろ?」

「わんちゃん達だけじゃ、不安だよ〜」

「大丈夫、大丈夫、全然、心配いらないぞ。
この街には、世界最強の部類に入るであろう犬もいることだし……」
(← 某犬談:俺は狼だっ!)

「うううううう〜〜〜〜……」

「まあ、そういうわけだから……、
せいぜい、ピクミンライフをエンジョイしてくれよな」

 それだけを言い残し、俺は母さんにヒラヒラと手を振ると、
双子姉妹の手を引いて、その場を後にする。

 まあ、ちょっと罪悪感を覚えたりもするが……、
 そのへんは、日頃、からかわれている事への、ささやかな仕返し、ということで……、

 そう自分自身を納得させつつ、
俺は双子と一緒にキャッツ・カフェへと向かって歩く。

 と、そこへ……、
 半ば自棄っぱち気味な、母さんの歌声が……、
















「放置(ほったか)さ〜れて〜♪
遊ば〜れて〜、捨てら〜れて〜♪
で〜も〜、み〜ちゃんは〜♪
あなたに従い、尽く〜しま〜す〜♪」(大泣)

















 ……もう、一生やってろ。








<おわり>
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