Heart to Heart

    第160話 「着せ替え自動人形」







「――で、どんな服が良いんだ?」

「ワ、ワタシは、誠様がお選びくださったものなら……」

「お前の服なんだから、俺が選んじゃ意味無いだろ?」

「そ、そうなのですか?」

「当たり前だろう? フランは女の子なんだから、
ちゃんと自分に似合う服を、自分の目で見て、しっかりと選ばないとな」

「は、はあ……」

「やれやれ……重症だな、こりゃ……」








 とある休日の午後――

 ひょんなことから、ルミラ先生から休暇を貰ったフランを伴って、
俺は駅前のデパートへとやって来ていた。

 目的は、フランの服を買うためである。

 なにせ、フランは、いつもメイド服を着ていて、
いわゆる普段着というものを、あまり持っていないのだ。

 もっとも、フランの場合、メイド服が普段着なのかもしれないが……、

 まあ、それはともかく……、

 フランは、いつも、自分がメイドである事に固執している。
 どんな時でも、常にメイド服を着ているのが、その証拠とも言えるだろう。

 そんなフランに、普通の女の子として振舞って欲しいと思っていた俺は、
彼女の意識改革も兼ね、こうして、フランの新しい服を買いにやって来ているわけだ。

 ただ、ここで、思いも寄らぬ問題が発生した。

 フランを着替えさせて、デパートまで連れ出したまでは良かったのだが……、








「誠様、これなんかどうでしょう?」

「五足一束580円のソックスを服とは言わんっ!」

「この皮製のジャンパーなど、誠様には、とてもお似合いかと……」

「目的が変わっとるだろうがっ!!」

「そ、それでは、これは……」(ポッ☆)

「下着なんか持って来るなぁぁぁーーーっ!!」








 まあ、なんと言うか……、
 どうやら、フランは服を選ぶのが苦手らしい。

 俺は一切口を挟まず、フラン自身に、自由に服を選んで貰ったのだが、
どういうわけか、フランは的外れな物ばかり持って来るのである。

 だからと言って、別に、フランにセンスが無いわけではない。

 試しに、さくら達に似合いそうな服を選ばせてみたのだが、
男の俺が見ても分かるくらい、彼女達にバッチリ似合いそうな服を見立てて見せたくらいだ。

 ようするに、だ……、

 ここでも、メイドであろうとする気持ちが邪魔をしてしまうのだろう。
 自分の為の服を選んでいる、という意識から、どうしても遠慮がちになってしまうのだ。

 聞けば、今まで着ていた服も、デュラル家の面々が選んでくれていたらしいし……、

「さて、どうしたもんだか……」

「申し訳ありません、誠様……」

 デパートに来てから、早一時間……、
 一向に、服が決まらずに、俺とフランは婦人服売り場の中で立ち尽くす。

 なにせ、自力で服が選べないフランと、服装には無頓着な俺しかいないわけだから、
まともに買い物が出来るわけがない。

「う〜む……」

 所在無さげに、周りにある服を眺め、俺は軽く溜息をつきつつ、ポリポリと頭を掻く。

 こんな事になるなら、さくら達にも付き合ってもらえば良かったかな?

 あいつらなら、嬉々として、フランの服を選んでくれるだろう。
 これだけ沢山の服があるのだから、フランに似合う服だって、絶対あるだろうし……、

 まあ、そうなると、はるかさんの血を受け継ぐさくらによって、
フランは文字通り着せ替え人形にされるであろう事は、想像に難くないんだけどな……、

 と、俺がそんな事を考えていると……、



「あら? もしかして、誠君かしら?」

「――え?」



 唐突に名前を呼ばれ、俺はそちらを振り向く。

 すると、そこには、眼鏡を描けた一人の女性店員が、
営業スマイルとはまた違った、人懐こい笑みを浮かべて立っていた。

「誠様、お知り合いですか?」

「いや、まったく……」

 訝しげに訊ねてくるフランに、
俺はキッパリと首を横に振り、全くの初対面だ、と答える。

 しかし、フランにそう答えつつも、
俺は、まるで既知感のような奇妙な感覚を覚えていた。

 それと同時に、俺の中で響き渡る警戒音……、

 なんだろう……?
 何か、大事なことを忘れているような気がするぞ。

 駅前のデパート――
 婦人服売り場――
 女性店員――

 この三つの情報から導き出される『何か』があった筈なのだが……、
 しかも、かなり危険な要素を含んだ『何か』が……、

 と、頭を捻って、記憶を辿っている俺を余所に、
その女性店員はニコニコと微笑みを浮かべたまま、話を進めていく。

「まあ、誠君が分からないのも無理はないわよね。
でも、これを見れば、私が誰なのか、だいたい想像は付くんじゃない?」

 そう言うと、彼女は、自分の胸を……、
 正確には、そこに付いているネームプレートを指差した。

「んん……?」

 彼女に言われるまま、俺は彼女が指差すものを凝視する。
 そこには……、

 『鹿島 真琴』――

 ……と、彼女の名前が明記されていた。

「誠様と同じお名前ですね」

 それを見て、率直な意見を述べるフラン。

 確かに、フランの言う通り、字は違うものの、俺と同じ名前である。
 だが、そんな事は、珍しいことでも何でも無いことだ。

 女性で、『まこと』なんて名前は、良く聞く話だからな。
 現に、祐一さんが住んでいる水瀬家にも『沢渡 真琴』ってのがいるし……、

 それよりも、俺が気になったのは『鹿島』という苗字の方である。

 聞き覚えのある苗字だ……、
 それも、ごく最近、知ったばかりの……、

「私の予想が確かなら、あなた、藤井 誠君でしょ?
いつも、近所にある公園で、娘達と遊んでくれているわよね?」

「公園って……ああっ!」

 鹿島という名の、その女性店員の言葉を聞き、俺の記憶はようやく繋がった。
 そして、その事実に、思わず声を上げてしまう。

 ――そう。
 聞き覚えがあって当然だ。

 鹿島といえば、よく公園で母さんと遊んでいる、あの双子姉妹の苗字である。
 そして、その双子の事を『娘達』と呼ぶ、ということは……、

「もしかして、くるみちゃん達の……?」

「ぴんぽ〜ん♪ ご名答♪
いつも、あの子達と遊んでくれて、どうもありがとうね」

 もしやと思い、俺が訊ねると、
鹿島さんは、ちょっとおどけた調子で頷き、ペコリと軽く頭を下げた。

「い、いえいえ、こちらこそ……」

 正確には、遊ばれているのは俺なのかもしれないけど……、

 あの双子が関わると、ロクな目に遭っていないような気がした俺は、
思わずそう口に出してしまいそうになったが、なんとかそれを堪え、鹿島さんに相槌を返す。

「あの子達から色々と話は聞いてるわ。
私と同じ名前の、とっても優しくて『面白い』お兄ちゃんがいる、って」

「そ、そうですか……」(汗)

「ちなみに、面白いっていうのは、くるみの意見よ」

「……でしようね」

 俺の母さんも含め、公園で一緒にママゴトをした事とか――
 木から飛び降りた時に、俺に思い切りニードロップをかましてしまった事とか――

 それらを、身振り手振りを交えつつ、面白可笑しく話すくるみちゃんの姿が、
容易に想像できた俺は、ついつい苦笑をもらしてしまう。

 そんな俺を見て、何を思ったのか……、
 鹿島さんは、突然、懐からメモ帳を取り出すと……、

「それにしても、想像していた以上に良い子みたいね。
これは、二人のお婿さん候補二号として、リストに載せておかないと……♪」

「――はい?」

 何やら、不穏なことをブツブツと呟きつつ、そのメモ帳に鉛筆を走らせ始めた。

「あの……何をしてるんです?」

「うふふふ♪ 何でも無いわよ……こっちの事だから♪」

 さすがに気になった俺は、そのメモ帳の中を覗き見ようと試みる。

 だが、俺が内容を確認するよりも早く、
メモ帳はパタンッと閉じられ、再び、懐にしまわれてしまう。

 そして……、

「まあ、挨拶はこれくらいにするとして……」

 自分が仕事中だったことを思い出したのか……、
 それとも、そのメモ帳のことを誤魔化そうとしているのか……、

 まあ、おそらく、後者なのだろうが……、

 とにかく、鹿島さんは、ちょっとわざとらしく、ポンッと手を叩くと、
さっきから黙って俺の後ろで立っているフランにチラチラと視線を向けつつ、話題を変えてきた。

「誠君は、こんなところで何をしていたのかな?」

「……分かっていて訊いてません?」

 正直、さっきのメモ帳の事が気になって仕方なかったが……、
 だからと言って、訊いても教えてくれそうもなかったので、俺は潔く諦める事にする。

「実は、この子の服を選んでたんですよ」

「……もしかして、メイドロボ?」

「正確には違いますけど……まあ、似たようなもんです」

「はじめまして、フランソワーズと申します。以後、お見知りおきを」

 フランを紹介しようと、半歩横に移動する俺。
 それに、促されるように、一歩前に進み出ると、フランは丁寧に頭を下げた。

「いえいえ、こちらこそ♪ 私の名前は『鹿島 真琴』よ。
よろしくね、フランソワーズちゃん♪」

 フランが人間では無い事を知り、『やっぱりね』とでも言うように何度も頷くと、
鹿島さんは、挨拶もそこそこに、フランの全身をまじまじと眺める。

 そして、唐突に、キュピーンッと眼鏡の淵を光らせたかと思うと……、

「ねえ、誠君……」

「な、なんですか……?」(汗)

「この子の服の見立て、私に任せてみない?」

「は、はい……お願いします」(大汗)

 何やら、それはもう凄い勢いで、俺に詰め寄ってきた。
 鹿島さんの、その迫力に圧倒され、俺は思わずコクコクと頷いてしまう。

 すると、鹿島さんは、我が意を得たとばかりに、キラキラと瞳を輝かせ、
一瞬のうちに、そこいらに陳列されている服を数着選び出し……、

「さあさあ♪ 誠君のお許しも出たことだし、早速、お着替えしましょうねぇ〜♪

「えっ? えっ? あの……」

「大丈夫、大丈夫♪ 全部、私にまっかせなさ〜いっ♪
誠君がメロメロになっちゃうくらいに、可愛くしてあげるからね〜♪」

「あうあうあうあう〜〜〜〜……」

 素早く、フランの腕を掴んだかと思うと、
そのまま有無を言わさず、試着室へと連れ去ってしまった。

「…………」(呆然)

 見事なまでに置き去りにされしてしまった俺は、
呆然と、二人が立ち去った方を眺め、その場に立ち尽くす。

 そして、次の瞬間……、

「ああああっ!! 思い出したっ!!」

 俺は、今になって……、
 ようやく、さっきから気になっていたある事に気が付いた。

 鹿島さんに会った時に感じた既知感――
 そして、心の奥で響き渡った警戒音の意味――

 ――そう。
 あれは、去年の夏だった。

 このデパートにある子供服売り場にて、
園村親子による『河合あかねのファションショー』が展開された事があった。

 あの時、あかねを着せ替えして悦に浸っていた園村親子に、
嬉々として混ざっていった店員がいたのだが……、

 まさか、あの店員が、あの双子の母親である鹿島さんだったとは……、

 う〜む……、
 世の中ってのは、本当に狭いな〜……、

 なんて事を考えつつ、感慨に耽る俺。

 そんな俺の耳に、試着室がある方から、
それはもう楽しそうな鹿島さんの声と、フランの悲鳴が飛び込んでくる。








「まあまあまあ♪ これも似合うわね♪
これも! これも! これなんかも、とっても可愛いわぁ〜♪

「あ、あの……鹿島さん……?」(汗)

「フランソワーズちゃんって、まるでフランス人形みたいねぇ〜♪
何を着ても似合うから、コーディネートするのにも、やり甲斐があるわ〜♪」

「お、お褒めに預かり光栄です。ですが、そろそろ……」(大汗)

「う〜ん……シャツとジーンズっていうのも良いんだけど、
こっちのトレーナーとオーバーオールの重ね着も捨て難いのよねぇ〜♪」

「あうあうあうあう……」(滝汗)

「ああっ! そうだわっ! 確か、あっちに凄く素敵なロングスカートがあったんだっけ!
フランソワーズちゃん、是非、着て見せて! 絶対、似合うと思うから♪」

「誠様ぁぁぁ〜〜〜っ! お助けください〜〜〜〜っ!!」(泣)
















 許してくれ、フラン……、
 俺には、どうする事もできないんだよ……、








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