Heart to Heart
第159話 「りすとら?」
「ねえ、フランソワーズ?」
「はい、ルミラ様……何がご用でしょうか?」
「フランソワーズ……あなたには感謝しているわ」
「――は?」
「今まで、私達に尽くしてくれて、ありがとう。
本当に、あなたには、いくら感謝してもし足りないくらいだわ」
「そ、そんな、ルミラ様……勿体無いお言葉です」
「というわけで、フランソワーズ……あなたにお休みを上げるわ♪」
「お、お休み……ですか?」
「そうよ♪ どう? 嬉しい……って、何でいきなり荷物まとめ出してるのよ?」
「お休み……暇を出される……つまり、事実上のリストラ……」
「あ、あの……ちょっと……、
フランソワーズ? あなた、何か勘違いしてない?」
「ああ……デュラル家にお仕えして数百年……
ついに、お暇を出されてしまう日が来てしまったのですね」(泣)
「もしも〜し? フランソワーズちゃ〜ん?」(汗)
「何処に、至らない点があったのでしょう?
もしかして、先週、誠様のことを考えて、ボ〜ッとしていた為に、
ルミラ様のシャツを、うっかりアイロンで焦がしてしまったのが原因でしょうか?」
「そんな事で、あなたを追い出すわけないでしょうがっ!
しかしまあ、そんなミスをするなんて、あなたも変わったわよねぇ……」
「しかし、デュラル家を追い出されたら、ワタシは何処に行けば良いのでしょう?
こうなったら、誠様にお願いして、正式にメイドとしてお仕えさせて頂くしかありませんね♪」
「その語尾の『♪』マークは何っ!?
あなた、なんだかんだ言いつつ、何気に嬉しそうじゃないっ!?」
「それでは、ルミラ様……長らくお世話になりました。
何かお困りの際は、遠慮なく、ワタシをお呼びくださいませ」(ペコリ)
「ちょっと待ちなさぁぁぁぁーーーーいっ!!!」
「――で、ウチに来たわけか?」
「はい、そうです」
「あのなぁ……」
無事に期末テストも終わり――
あとは夏休みが来るのを待つだけとなった、ある日のお昼時――
フライパン片手に、生姜焼きを作るフランの後姿を眺めつつ、
彼女から事の成り行きを聞いた俺は、眉間にシワを寄せて小さく呻いた。
そのシワを指で揉み解しながら、俺はフランに諭す様に言う。
「せっかく、先生が休暇をくれたんだから、もっと有意義なことをすれば良いじゃねーか?」
「ですから、こうして、誠様のお食事を作りに来ています。
ワタシにとって、これ以上に有意義な余暇の過ごし方はありません」
「いや、そう言って貰えるのは、凄く嬉しいんだけど……」(汗)
さも当たり前の事のように、しれっと言い切るフランに、俺はポリポリと頭を掻いて口篭もる。
それでも、なんとか説得を試みようと、俺はフランに向き直った。
「それじゃあ、いつもやってる事と同じじゃねぇか?
先生は小遣いもくれたんだろ? だったら、それを使って遊びにでも――」
「いけませんっ!!」
「――っ!?」
突然、大声を上げたフランに驚き、思わず絶句してしまう俺。
そんな俺に、フランは、まるで畳み掛けるように詰め寄ってきた。
「このお金は、いつかお屋敷を取り戻す為にと、
ルミラ様が働いてお稼ぎになった大切なお金なのです!
生活費としてならともかく、ワタシ個人の為に使うなど以っての外ですっ!」
「ま、まあ、フランの気持ちは分かるけどさ……、
でも、先生は、フランが自分の為にその金を使う事を望んでる筈だと思うんだけどな」
「そ、それは……そうかもしれませんが……」
俺の言葉を聞き、冷静さを取り戻したようだ。
そして、興奮のあまり、つい大声を上げてしまったことが恥ずかしいのだろう。
フランは、少し頬を赤らめ、俯くと、そのまま黙り込んでしまう。
「…………」
俺もまた、何と言って説得したら良いか分からず、
料理を再開したフランの背中を、無言のまま、眺める事しか出来なかった。
「……さて、どうしたもんかね?」
リビングのソファーに深く腰を下ろし、デーブルの上に置かれた、
ノートパソコンのディスプレイを、頬杖を付いて見つめながら、俺はポツリと呟く。
フランの生姜焼きを食べた後、例の『IFS』のプログラミングを始めたのだが、
その作業は、遅々として進んでいなかった。
だからと言って、別にその事で悩んでいるわけではない。
作業が進まないのは、他に気になる事があって、手がつかないだけだ。
では、その気になる事とは、一体何か?
それは、もちろん……、
「誠様? どうかされましたか?」
「いや、なんでもない……ただの独り言だから」
俺の苦悩の呟きが聞こえたのだろう。
洗濯物を畳んでいたフランが、首を傾げて、こちらを見る。
そんなフランに、気にしないで良い、と、軽く手を振って応え、俺はディスプレイに向き直る。
だが、俺の意識は、ノートパソコンではなく、フランの方に向いていた。
ディスプレイを眺めるフリをしつつ、横目でチラチラと、フランの様子を伺い見る。
相変わらず、変化の乏しいフランの表情……、
だが、付き合いが長いだけあって、俺には彼女の表情の微妙な変化は見て取れる。
そして、洗濯物を畳む、今のフランは、とても楽しそうに見えた。
鼻歌くらい口ずさんでいても、おかしくないくらいに……、
……さて、どうしたもんかね?
もう、これで何度目だろうか……、
俺は、さっきと同じ言葉を、今度はフランに聞こえないように、内心で呟く。
――そう。
先程から、気なっている事とは、フランのことである。
日頃の感謝を込めて、ということで、ルミラ先生に休暇を貰ったフラン……、
しかし、そんなフランが選んだ休暇の過ごし方は、俺の家に来て、俺の世話をする事だった。
つまり、結局、普段と全く変わっていない、ということである。
まあ、フランは自動人形であり、今までも、メイドとして過ごしてきたわけだから、
それも仕方ないと言ってしまえばそれまでなのだが……、
でもさ……、
それって、何か寂しくないか?
世の中には、もっと楽しい事だってあると思う。
そして、例え、自動人形であっても、フランにだって、それを知る権利はある筈なのだ。
それなのに、自分は自動人形だから、って……、
自分はただのメイドだから、って……、
まあ、本人が、それで良いと言っているのだから、
俺個人の勝手な価値観を押し付けるような真似をするのは良くないんだろうけど……、
別に、フランがメイドらしく振舞うのが嫌だってわけじゃない。
それが、フランの個性とも言えるのだから、それを否定するつもりはない。
ただ、たまには、普通の女の子になっても良いと思う。
せめて、俺の家にいる時くらい……、
せめて、俺やさくら達と一緒にいる時くらい……、
せめて……、
俺と、二人でいる時くらい……、
だから、俺は悩んでいる。
プログラミングの作業そっちのけで、考えている。
どうすれば、意識改革(ってのは大袈裟か?)が出来るのだろうか、と……、
「う〜む……」
さも、作業で行き詰まったかのように、腕を組んで頭を捻らせる俺。
そうして、悩んでいるフリをしつつ、俺は、もう一度、洗濯物を畳むフランに目を向けた。
「…………♪」
「…………」(汗)
――やっぱり、楽しそうである。
どうして、洗濯物を畳むのが、そんなに楽しいのかは分からないが、
とにかく、心底、その仕事を楽しんでいるように見える。
ああも楽しそうにされると、自分の考えが、
間違っているように思えてきて、徐々に決意が鈍ってくる。
だが、しかしっ!
漢がこうと決めた以上、やり遂げねばなっ!
ただ、その方法がなぁ……、
「……ん?」
何か良い方法は無いものか、と、ポリポリと頭を掻きながら思案を巡らす俺。
その時、何気に、フランが着ている服に意識が向いた。
純白のカチューシャ――
清楚な感じを醸し出すフリル付きのエプロン――
デュラル家の伝統を思わせる、薄い紺色を基調としたメイド服――
そうだな……、
取り敢えず、あの服がいけないかもな。
と、俺はフランが着ているメイド服を見て、そう考える。
そういえば、いつ頃からだっただろう……、
フランが、俺の家に来る時は、必ずメイド服を着て来るようになったのは……、
出会ったばかりの頃は、結構、普段着姿の時もあったのに……、
まあ、それはともかく……、
あれを着ているから、フランは頑ななまでに、メイドとして振舞おうとしているように思える。
例え、そうじゃなくても、あれを脱がせる事が出来れば、
何かのきっかけになるかもしれない。
「――よしっ」
そう思い至った俺は、早速、行動に移すことにした。
意を決するように、俺は軽く気合いを入れると、フランが洗濯物を片付け終わるのを見計らい、
ノートパソコンのディスプレイを閉じて、フランを呼び止める。
「なあ、フラン……ちょっと良いか?」
「はい、何かご用でしょうか?」
どうやら、次は玄関の掃除を始めようとしていたようだ。
愛用の竹ボウキを片手に、こちらを振り返るフランに、俺は真剣な面持ちで歩み寄る。
そして……、
「――脱げ」
「はい?」
俺の言葉が理解出来なかったのか……、
一瞬、目を見開き、キョトンとした表情を浮かべるフラン。
だが、すぐに我に返ると、珍しく慌てまくった口調で俺に聞き返してきた。
「なっ!? 誠様、今、何と……っ!?
「だから、今すぐ、そのメイド服を、脱ぐんだ」
「――っ!!!」
俺は、もう一度、同じ言葉を、ちゃんとフランに聞こえるように、ゆっくりと伝える。
すると、フランは、何故か顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「誠様が、ついにお覚悟を……」(ポッ☆)
「……?」
よく聞こえなかったが、口元に手を当てて、何やらブツブツと呟くフラン。
そして、突然、すーはー、と深呼吸を始めたかと思うと、
両手をギュッと胸の前で握り、覚悟完了といった表情で俺を見上げ……、
「は、はいっ!! ま、誠様がお望みなら、
不束者ですが、誠心誠意、ご奉仕させて頂きますっ!!」(ポポッ☆)
……と、のたもうた。
「は? ご奉仕って――っっっ!?」
今度は俺が驚く番だった。
フランの口から出た『ご奉仕』という言葉に、絶句する俺。
そして、フランが、どんな誤解をしているのか、その発言から一発で理解した。
「バ、バカッ!! そういう意味で言ったんじゃないっ!
お、俺は、ただ、今から一緒に出掛けたいから着替えてくれって……」
「そ、そそそ、そうだったんですか」
「そうそう! そうなんだよ!」
しどろもどろになりつつも、俺は何とか誤解を解こうと、フランに説明する。
それでも、どうにか、フランは自分の勘違いに気が付いたようだ。
それが恥ずかしいのだろう。
さっき以上に赤くなって、顔を伏せてしまう。
でも、何処となく、残念そうに見えるのは何故だろう?
……。
…………。
………………。
ま、まあ、いいや……、(汗)
そんな事よりも、サッサと話を進めてしまおう。
何となく居心地が悪くなり、お互い無言になっちまったけど、
いつまでも、こうしてお見合い状態のままだと、変に意識しちまうからな。
「と、とにかく、すぐに他の服に着替えてもらえないか?」
「は、はあ……それは構いませんが……」
「着替えは持って来てないんだろ? だったら、俺の服を貸してやるよ」
「そ、そんな……誠様の服をお借りするわけには……」(ポッ☆)
「まあ、いいからいいから♪」
着替える事を、意外とすんなり了承してくれたフランの背中を急かすように押して、
俺は、ちょっと狼狽える彼女を、半ば強引に自室へと促す。
そして、クローゼットの中から、シャツとジーンズを適当に引っ張り出し、
急な展開について来られず、未だにオロオロしているフランにそれを手渡すと……、
「じゃあ、玄関先で待ってるからな」
「あ、あの……誠さ――」
――バタンッ
消極的ではあったが、一応、抵抗を試みようと、フランが俺を呼び止める。
しかし、俺はその言葉に敢えて耳を貸さず、反論は不可、とばかりに、後ろでにドアを閉めた。
「…………」
そして、念の為、ちょっとだけドアの前で見張ってみる。
フランの頑固な性格からすると、着替えずに、そのまま出て来てしまうかもしれないし……、
だが、それも杞憂だったようだな。
すこし間を置いても出て来ないところをみると、ちゃんと着替えてくれているみたいだ。
「さてさて……それじゃあ、お姫様が出てくるのを、お待ちしますかね」
かなり強引ではあったが……、
フランが俺のお願いをきいてくれた事に安堵しつつ……、
「〜♪ 〜〜♪」
俺は軽い足取りで階段を下りると、
約束通り、玄関先でフランが出て来る待つことにする。
そして、しばらくして……、
「ま、誠様……お待たせしました」(ポッ☆)
さっき渡した服に着替えたフランが、少し頬を赤らめながら、俺の前に現れた。
「……やっぱり、かなり大きかったみたいだな」
そのフランの姿を見て、あまりに予想通りの結果に、俺は苦笑する。
なにせ、俺とフランでは、身長も体格も全然違うのだ。
当然、服のサイズも合うわけがなく、フランには俺の服は大きすぎた。
そんな大きな服を、袖と裾を何重にも折って、なんとか着ているフラン……、
その姿は、なんだかとても微笑ましい……、
(……ってゆーか、可愛いっ! いや、マジでっ!!)
と、俺は、内心で拳を握り締める。
普段、フランはメイド服やワンピースといった、スカートの類しか着ていないので、
シャツとジーンズというラフな恰好は、凄く新鮮に映ったのだ。
それに、女の子が、男物のブカブカの服を着てる姿って、なんか萌えるだろ?
もちろん、メイド服だって萌え萌えなのは否定しないが……、
うむうむ……、
この姿が見れただけでも、フランにお願いした甲斐があったってモンだな。
「それで、一体、何処にお出掛けになられるのですか?」
ズリ落ちそうになる袖を戻しつつ、フランが俺に訊ねてくる。
その言葉に、我に返った俺は、フランを待っている間に考えておいた予定を話すことにした。
「取り敢えず、駅前のデパートにでも行くぞ」
「デパート……ですか?」
「ああ、デパートじゃなくても良いな……、
確か、いつもの商店街に古着屋があったと思うし……」
「古着屋? 何かご入り用の物でも?」
「ああ……そこで、フランの服を買おうと思ってさ」
――そう。
それが、俺の考えだった。
多分、フランのことだから、自分の服なんて、そんなに持っていないに違いない。
何故なら、俺が今までに見た事がある、フランの服装と言えば、
いつものメイド服と、黄色のワンピースと、エビルさんのお下がりの服の、三着しかないのだ。
だから、ちょうど、フランは、先生から小遣いを貰っているわけだし、
それでフランの新しい服を買いに行こう、と思ったわけである。
まあ、先生がくれた小遣いだけでは足りないって事もあるだろうから、
もちろん、その時は、足りない分を俺が出すつもりだ。
しかし、俺の話を聞いたフランは、その考えに賛同しかねるようだ。
「誠様……先程も申しました通り、
ルミラ様から頂いたお金を、自分の為に使うつもりは……」
そう言って、フランは、ちょっと困ったような視線を俺に向ける。
そんなフランの視線を敢えて受け流し、俺は彼女の頭をポンポンと軽く撫でた。
「フランが新しい服を着てる姿を見たら、きっと、ルミラ先生は喜ぶと思うぞ」
「そ、そうかもしれまぜんが……」
「それにさ――」
未だに難色を示すフランの言葉を遮るように、俺は言葉を続ける。
正直、自分の本心を口にするのは恥ずかしかったが……、
頑固なフランが相手では、こっちは正面からぶつかっていくしかないからな。
「見てみたいんだよ……、
メイド服じゃなくて、普通の女の子と同じ姿のフランを……」
「誠様……」
やはり、どうにも気恥ずかしかったが、そっぽを向きながらも、
なんとか正直な気持ちをフランに伝え、俺はそっと彼女に手を差し伸べる。
「……さあ、行こうか」
「――はい」
フランを促すように、差し出された俺の右手……、
目の前に差し出されたその手を見つめ、
一瞬、躊躇の表情を浮かべたものの、フランは、ゆっくりと手を伸ばす。
最初は、おずおずと……、
でも、お互いの指が触れた途端、ギュッと握ってきた。
そんなフランの手を、俺は苦笑を浮かべつつ、しっかりと握り返す。
そして……、
「やっぱり、こういうのもデートっていうのかな?」
「もう、誠様ったら……」(ポッ☆)
そんな軽口を叩いて、微笑み合いながら、
俺達は、手を繋いだまま、駅前のデパートへと向かったのだった。
<おわり>
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