Heart to Heart
第157話 「部屋とYシャツとわたし」
「やわらか〜な〜、かぜにだ〜かれ〜♪
あなた〜、おもうこ〜ころ〜、せ〜つ〜なくなる〜♪」
ウィ〜〜〜〜ン……、
ガー、ガー、ガー!
「おかう〜え〜、ひとりき〜り〜で〜♪
きせつ〜、みお〜く〜って〜い〜るの〜♪」
ウィ〜〜〜〜ン……、
ガー、ガー、ガー!
とある土曜日の午後――
最近、ちょっと風が強くて、家の中がホコリっぽくなりがちなので、
わたしは、今日は、残りの半日を使って、家中のお掃除をすることにしました。
お家と言っても、自宅である園村宅ではありませんよ。
あっちは、お母さんが、毎日、しっかりとお掃除してますからね。
では、一体、何処のお掃除をするのかと言いますと……、
って、そんなこと、今更、説明する必要はありませんよね?
わたしが、今から、お掃除するお家なんて、
自宅以外では、まーくんのお家しか有り得ないんですから……、
もっとも、近い将来には、まーくんのお家も、わたしの『自宅』になるんですけどね♪
まあ、既に、ほとんど自宅同然だったりしますけど……、
なにせ、まーくん以上に、藤井宅の事は知り尽くしていますから……、
それはともかく――
そういうわけで、今日は、まーくんのお家をお掃除しちゃうんです♪
しかも、今日はあかねちゃんもエリアさんもフランさんもいませんから、
ご褒美のなでなでを独り占めできちゃうかもしれません!
うふ、うふふふふ……、
萌えて……燃えてきちゃいましたよ〜♪
「さあっ! 言わば、これも花嫁修行の一つ!
素敵なお嫁さんになる為にも、頑張って、家中をピカピカにしちゃいますよっ!」
両手をギュッと握って、雑巾片手に、わたしは意気込みます。
そして、早速、リビングからお掃除を始めたのですが……、
「……あんまり、汚れていませんね」
雑巾で戸棚を拭き、そのあまりの手応えの無さに、
わたしは、思わず拍子抜けしてしまいました。
――そう。
わたしの意気込みとは裏腹に、家の中は、しっかりとお掃除がされていたのです。
よく考えてみれば、それも当然です。
なにせ、まーくんのお家には、いつもエリアさんがいますからね。
わたし達が学校に行っている間に、毎日、お掃除しているに違い有りません。
それに、最近は、フランさんも、ここに通っていますし……、
「……掃除機だけでも掛けておきましょう」
なんとなく、肩透かしをされた気分になり、わたしは軽く溜息をつきます。
それでも、何とか気を取り直し、物置から掃除機を出すと、
わたしは、軽く掃除機かけを始めました。
やっぱり、掃除機かけくらいは、毎日しておきたいです。
どんなにちゃんとお掃除がされていても、生活の場というものは、常に埃が立ちますからね。
「はるか〜、と〜お〜く〜のに〜じ〜で〜、で〜あえ〜る〜の♪
あ〜なたへの〜おもい〜、いきて〜く〜、え〜い〜え〜んに〜♪」
最近、覚えたばかりの歌を口ずさみつつ、
わたしは、慣れた手付きで、次々とお掃除をこなしていきます。
いつも、まーくんと一緒にくつろいでいるリビング――
いつも、まーくんの為にご飯を作っているキッチン――
いつも、帰って来たまーくんを出迎えている玄関――
・
・
・
「ふう……」
あっという間に、一階のお掃除を済ませ、わたしは軽く一息つきました。
しばしの休憩の後、一旦、リビングに戻ると、
わたしは、掃除機のプラグを抜き、ヒョイッと掃除機ごと持ち上げます。
そして……、
「……あとは二階だけですね」
そう呟くと、掃除機のコードに足を引っ掛けてしまわないように注意しつつ、
階段を上ったわたしは、まーくんのお部屋の前で足を止めました。
え〜っと……、
まーくんのお部屋のお掃除はどうしましょうか?
いくらお掃除の為とはいえ、まーくんの留守中に、
お部屋に入ってしまうのは、少し気が引けてしまいます。
でも、きっと、まーくんのことですから、お部屋は散らかしっぱなしな筈です。
それに、他のお部屋はお掃除して、
まーくんのお部屋だけしない、というのは、ちょっとおかしいですし……、
というわけで……、
「……お邪魔しま〜す」
多少、遠慮がちに、わたしはドアを開けると、まーくんのお部屋に足を踏み入れます。
そして、軽く室内をグルリと見回し……、
「あらあら……」
その惨状(という程でもないですが)を見て、
わたしは思わず、お母さんみたいに苦笑してまいました。
床に散らばった漫画や雑誌類――
ベッドの上に脱ぎ散らかされた制服――
まーくん曰く、少しくらい散らかっている方が落ち着く、とのことですが、
その言葉を証明しているかのような、見事な散らかりっぷりです。
特に、パソコンが置かれた机の周りは凄いですね。
プログラムを組むのに必要な資料か何かなのでしょうけど、
膨大な量の本とプリントが、まるで山のように積み上げられています。
あんな状態で、満足に作業できるのでしょうか?
必要な資料を探して、取り出すだけでも、かなり大変な気がするんですけど……、
「もう、仕方ないですねぇ〜……」
そんなお部屋の状態を見て、軽く嘆息しつつ、
わたしは掃除機の電源を入れる為に、コンセントを探します。
本当は、しっかりと整理整頓してから、お掃除を始めたいところなのですが、
そういうわけにもいきません。
これは、お母さんから聞いたのですが……、
男の人というのは、お部屋をどんなに散らかしていても、
何処に何があるのかは、ちゃんと把握しているのだそうです。
だから、こういう場合、ヘタに片付けてしまうと、
逆に、まーくんの迷惑になってしまうかもしれません。
そういうことで、ここは、徹底的にお片付けしたいという衝動をグッと堪え、
掃除機を掛けるだけで済ますことにしましょう。
「でも、こんなに散らかっていると、コンセントを探すだけでも大変ですね……」
と、床に散らばった雑誌類を掻き分けて、わたしはコンセントを探します。
もちろん、ちゃんと位置は分かっていますよ。
まーくんのお部屋のことは、隅々まで知り尽くしていますからね。
例えば、どんなえっちな雑誌やゲームが、何処に隠してあるのかは、
常にチェックを怠っていませんし……、
そういえば、最近、まーくんはメイドさんにハマッてるみたいですけど……、
今度、フランさんにメイド服を借りて、迫ってみましょうか……、
とまあ、それはともかく……、
「あっ、ありましたありました」
ようやく、コンセントを発見したわたしは、早速、そこにプラグを刺し込んで、
お掃除を開始しようと、掃除機のスイッチに手を掛けます。
と、その時――
「あっ……」
ふと、ある物が、わたしの目に止まりました。
ベッドの上に脱ぎ捨てられた、まーくんの制服です。
「…………」
無意識的に、わたしは、それらの中から白いYシャツに手を伸ばす。
さらに、何気なく、それを自分の体に当てて……、
「――うん」
さっきまで、まーくんが着ていたYシャツ……、
それを見つめているうちに、わたしの胸に、ある衝動が湧き上がってきました。
そして、わたしは、その衝動に抗う事無く、忠実に行動に移します。
――ぱさっ
スカートのホックが外れ、衣擦れの音とともに、床に落ちる。
一つ一つ、ゆっくりとボタンを外し、ブラウスを脱ぐ。
下着はどうしようか、一瞬、迷いましたが、
やっぱり、裸になるのは恥ずかしいので、このままで良いですね。
「…………」(ポッ☆)
と、服を全部脱いで、下着姿になったわたしは、少し頬を赤らめつつ、
脱いだ服を、シワが出来ないように丁寧にたたみます。
そして……、
「それでは……♪」
嬉しさ半分、気恥ずかしさ半分……、
そんな、ちょっぴりウキウキした気分で、わたしはYシャツに袖を通しました。
「……はあ〜」(はぁと)
まーくんのYシャツに身を包んだ途端、
わたしは、そのぬくもりに、思わずウットリとしてしまいます。
はふぅ〜……、
これ、凄く良いですぅ〜……、
気のせいなのかもしれませんが、
全身を、まーくんのぬくもりで包まれているような感じがします。
このYシャツをパジャマ代わりにしたら、さぞ、気持ち良く寝られるでしょうね。
もちろん、まーくん本人の方が、ずっと良いのは当然なのですが……、
そうですね……、
このYシャツ、まーくんにお願いして、譲ってもらいましょう。
そして、今夜からは、毎晩、これを着て……、
「うふふふふふふふ……♪」
――ぽふっ
今日から、毎晩、訪れるであろう幸せな時間に思いを馳せつつ、
わたしは、まーくんのベッドにコロンッと横になります。
「なんだか、眠くなってきちゃいましたね……」
まーくんの匂いとぬくもりに包まれてしまったからでしょうか……、
すっかり、多幸状態に陥ってしまい、
わたしは、まーくんの枕に顔を埋めて、ウトウトとし始めます。
「はう〜……」
まーくんのベッドとYシャツとのダブル効果で、急速に失われていくわたしの意識……、
そして、それとは逆に、眠気はどんどん強くなって……、
……。
…………。
………………。
い、いけません……、
まだ、お掃除の途中なのに、お昼寝なんて……、
と、僅かに残った理性を総動員させて、わたしは眠気と闘います。
しかし、この何とも言えない夢心地の誘惑には、どうしても抗えず、
わたしの理性の抵抗は、徐々に弱くなっていって……、
で、結局――
「すー、すー……」
――わたしは、あっという間に、夢の世界へと落ちていったのでした。
その後――
「まーく〜〜〜んっ♪」
「次は私達の番ですよね〜っ♪」
「俺は何も知らぁぁぁぁぁんっ!!」
ドドドドドドドドォォォーーーッ!!
――はて?
何やら、随分と騒がしいような……、
「少しは俺の話を聞けっ!
俺は何もやってないんだっ!!」
「うみゃあーーーーっ!!
じゃあ、どうしてさくらちゃんは……」
「あんな恰好のまま、誠さんの
お部屋で寝ているですかっ!!」
「俺が知るかぁぁぁぁーーーっ!」
ドドドドドドドドォォォーーーッ!!
あっ、そういえば……、
よく考えると、今のわたしの姿って、
まるで、まーくんとの情事の後のように見えなくもないですね……、(ポッ☆)
もしかしたら、寝ているわたしの姿を見たあかねちゃん達が、そんな誤解をしてしまうかも……、
……って、いくらなんでも、それは無いですよね?
あかねちゃんもエリアさんも、とっても賢いのですから、
そんな早とちりするわけがありません。
ましてや、それを理由に、まーくんに迫るなんてこと……、
「うみゃ〜〜〜〜ん♪
あたしも、まーくんと寝るぅ〜♪」
「ああ、今夜こそ、誠さんと……♪」
「お前ら、落ち着けぇぇぇぇっ!!」
ドドドドドドドドォォォーーーッ!!
それにしても……、
本当に、騒がしいですねぇ……、
せっかく、まーくんの匂いに包まれて、気持ち良く寝ているのに……、
まあ、騒がしいのは、いつものことですから、そんなに気にはなりませんけどね。
そういうわけで、おやすみなさい……、
すやすやすやすや……、
<おわり>
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