Heart to Heart

    第156話 「母の涙と子守唄」







 夢。








 夢を見ている。








それは、幼き頃の記憶……、
















懐かしくて……、








あたたかくて……、








溢れるほどの愛に満ちていて……、








そんな……、
















……とてもとても、昔の思い出。

















「あ、見て、なおりん! まこりんが笑ってる♪」

「ああ、本当だ」





 微笑む僕に笑顔を返す母さん――

 そんな母さんの隣から、僕の顔を覗き込む父さん――





「あらあらあらあら、かわいいですね〜♪」

「本当ね……とても、みことの子供と思えないわ」

「む〜……みーちゃんの子供だから可愛いんだよ〜」





 僕の寝顔を眺め、うっとりとするはるかさん――

 母さんの腕の中にいる僕の頬を、ツンツンと突付くあやめさん――





「でも、将来がちょっと心配ですね……」

「尚也君みたいにならなければ良いんだけど……」

「どういう意味だ……それは?」





 みんなが、僕を見守っている――

 見守ってくれている――





「それにしても、どんな子になるんだろうね〜」

「きっと、はるか達の子供と仲良くしてくれますよ」

「ふふ……そうね」





 そう言って、大きくなったお腹を優しく擦る、はるかさんとあやめさん……、





 ――分かる。

 なんとなくだけど、僕には分かる。

 あそこに……、
 僕にとって、世界で一番大切なものがある、と……、





「もし、女の子だったら、少なくとも嫁ぎ先を捜す必要はないですね」

「でも、そうなると、両方とも女の子だったら、
どちらかがつらい想いをすることになるんじゃない?」

「それなら大丈夫よ……、
誠は、そんなことをする子にはならないと思うから」

「でしたら、いっそのこと、二人ともお嫁さんにして頂きましょう♪」

「はるか……あんたねぇ……」

「あははは♪ それ、グッドアイデアかも♪」





 こんな頃から、僕のことを想ってくれていた人達――





「でも、この子がどんな子に育つにしても、
私はこの子の成長を見ていてあげられないかもしれない」

「……研究、まだ続けるの?」

「ええ……今、私達が作っている子達も、私達の可愛い子供だから……、
それを途中で放棄するなんて、出来ないわ」

「みことさんらしいですね……」

「でも、この子はどうするの?」

「……一緒に連れて行こうと思ってる」

「「――ええっ!!」」





 母さんの言葉に、驚愕するはるかさんとあやめさん。





「つまりは、ここを……」

「……離れることになると思う」

「そんなっ! はるか達、いつも一緒だったじゃないですか」

「そうよっ! 今更、離れるなんて事できるはずないでしょ?」

「でも、私、この子を置いてなんか行けない。
この子を置き去りにするような事……出来ない」





 自分の道を貫き徹す為――

 僕のこれからの為――





 親しき友と別れる事を選んだ両親――





「それなら……」

「はるか達が誠君の面倒を見ますよ」

「あやっち、はるっち……」

「しかし、迷惑になるんじゃ……」

「問題ありませんよ」

「そうそう♪ なにせ、場合によっては、
自分の娘の婿になる子なんだから、迷惑だなんて思わないわ」





 自分たちの子供同様に育てようと言ってくれた――





 はるかさん――

 あやめさん――





「あやめぇ……はるかぁ……」

「みんな……ありがとう……」





 その言葉に泣き崩れる両親――





 今まで……、

 変わらない想いで……、





 ……僕を見守ってくれた父さん。





 僕なんかを……、

 息子と言ってくれる……、





 ……はるかさん。

 ……あやめさん。
















 そして――
















「きえそ〜〜お〜な〜♪ みかづ〜き〜〜の〜♪
しろい〜ひ〜かり〜♪ あびな〜が〜ら〜♪」



「――んっ」


「あ〜なた〜のこと〜だけ、む〜ね〜に〜……まこりん?」


「ん、んん〜……」


「――まこりん」

「……おかあさん」


 
――ぎゅっ


「どうしたの? イヤな夢でも見たの?」

「ううん、ちがうよ〜」





 幼い頃、不安と孤独に怯えていたあの頃――

 どうしても疑ってしまう事――





「じゃあ、どうしたの」

「……おかあさんは、ぼくとおしごと、どっちがだいじ?」

「それは、もちろん、まこりんの方が大事だよ」





 うそだ――

 本当はどっちも大事だった――
 どちらも捨てられなかった――

 でも、本当のことは言えないから――
 本当のことを言えば俺を傷つけてしまうから――





 ……だから、母さんは敢えてそう言ったんだ。





「…………うそだ」

「――えっ!?」

「うそだぁ!! うそだぁ!!」

「――誠!?」

「じゃあ、なんで、おかあさんは、いっしょにいてくれないの?!
どうして、ぼくのそばにいてくれないの?!」

「そ、それは……」

「あかねちゃんや……さくらちゃん、は……いつもおかあさんと……、
グズッ……いっしょなのに……どうし………グズッ……て、
ぼくは……おかあさんと……いっ……グズッ……しょじゃないの〜っ!!」

「…………」

「ぼくは……ぼくは……」





 ただ、寂しかった。

 ただ、一緒にいて欲しかった。





 大好きだから……、

 いつも、側にいて欲しかった……、





 ……でも、母さんは、すぐに僕の前からいなくなってしまう。





 だから、僕は……、

 こんな……、








 母さんを傷付けてしまうようなことを……、
















「ぼくは、本当は……、
おかあさんのこどもじゃないんだっ!!」
















「――誠っ!!」


 
――パンッ!!


「ふっ……うわああ〜〜〜ん!!」





 この時、初めて……、

 母さんに、頬を叩かれた。





 そして……、





「まこと……」


 
――ぎゅ


「ふぇ?」

「お母さんはね……確かに、誠と同じくらい仕事を大事にしている」





 優しく……、
 そして、強く……、

 ……母さんは、僕を抱きしめる。





「でもね、お母さんは同じくらいに仕事に情熱を……、
誠には愛情を注ぎ込んでいるの」

「だから、どんなに離れていても、誠のことを愛しいと想っているわ。
例え、それが、母さんが届かないところに行ってしまってもね」





 ぽたり、ぽたり、と……、

 母さんを見上げる僕の頬に雫が落ちる……、





「だから、誠……私の子供じゃないなんて……、
そんな悲しい事……言わ……ないで……」





 ――初めて見た、母さんの涙。





 その涙が、僕に対する想いの……、

 母さんの、愛情の深さを語ってくれた。





「おかあさん! なかないで!! ぼくは、おかあさんのこどもだから……、
ぼくのおかあさんは……おかあさんだけだから……」

「ありがとう……まこと……本当に…………ありがとう」





 それから……、

 僕と母さんは、しばらく二人で一緒に泣きつづけた。





 そして……、





「ゴメンね、まこりん……いつも、寂しい思いをさせちゃって」

「ううん、大丈夫……ぼく、一人でもへっちゃらだよ。
さくらちゃんやあかねちゃんもいるし、はるかさん達もいるから……」

「まこりん……」

「でも、たまには、こうして帰って来てね」

「うん……もちろんだよ♪ あっ! そうだっ!」

「――なに?」

「まこりんに寂しい思いをさせちゃったお詫びに、
いつか、とっても可愛い妹を、お家に連れて来てあげる」

「……いもうと? ぼくの?」

「そうだよ♪ まこりんはお兄ちゃんになるんだよ♪」

「ほんとに? ほんとに、ぼくに妹ができるの? やったーーーーーっ!!」

「うふふふふ……」







 この時から、僕は――

 母さんが、僕のことを変わらず愛してくれていると――


 ――心の底から信じられるようになった。








 だから――
















「テ〜レ〜パシ〜〜で〜、お〜く〜ってお〜く〜ね〜♪
いまの〜、き〜もちを〜〜♪」



「……ん、んん〜」


「ゆ〜めの〜な〜かにで〜てき〜た〜ら〜、よ〜ろ〜しく〜♪」


「……母さん」

「なあに、まこりん?」

「その歌、懐かしいな」

「いつも、まこりんはこの歌を唄っていると、気持ち良さそうに眠ってるからね」

「母さん……」

「……えっ?」


 
――ぎゅ


「どうしたの、誠……悲しい夢を見たの?」

「違うよ……嬉しい夢を見たんだ」

「そう……どんな夢?」

「母さんに叩かれて……今みたいに抱きしめてもらっている夢……」

「……そんなこともあったわね」

「母さん……あの時、言ってた『妹』って?」

「ゴメンね……約束、破っちゃったね」

「いいよ……母さんは何も悪くないんだから」

「でも……」

「そうだな……じゃあ、悪いのは全部、浩之ってことにしよう」

「あらあら……」

「それにさ、マルチやセリオが、俺の妹だってことに変わりはないさ。
だって、あの二人は母さんの……母さん達の娘なんだから」

「誠……」

「母さん……」








 いつまでも、変わらぬ想いを注いでくれる――

 いつまでも、変わらぬ眼差しで見つめてくれる――








 俺が唯一『母さん』と呼べるこの人に――








 今まで過ごしてきた日々と――

 この人の息子であることに――








 精一杯の感謝の想いを込めて――








 この言葉を贈ろう――
















「本当に……ありがとう」








<おわり>
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 原案・執筆 技神
 加筆・修正 STEVEN