Heart to Heart
第153話 「なかよしこよし」
「……甘い物が食べたい」
とある日曜日――
俺は、たまにさくら達と一緒に利用する『キャッツカフェ』に来ていた。
理由は至って簡単だ。
冒頭の俺の独り言を聞いての通りである。
俺に限った事じゃなく……、
誰にだって、無性に甘い物が食べたくなる時ってあるだろ?
今の俺の状態は、まさにそれで、
我慢し切れなくなった俺は、わざわざ、こうして、店まで着たわけだ。
やっぱり、甘い物を思い切り食べるなら、
ここの巨大パフェ『ネバーギブアップ』に限るからな♪
ただ、一つ問題があったりする。
それは、いつもならさくら達と一緒に来るのだが、今日は俺一人だけ、という事だ。
随分と前にも言ったが、こういう雰囲気の店には、男一人で入り難いものなのである。
しかも、注文するのがパフェでは、尚更だ。
だから、今日も、本当はさくら達と一緒に誘いたかったのだが、
生憎、二人とも用事があって来れなかったのだ。
ちなみに、エリアは『フィルスノーン』の方に行ってるし、
フランを誘うわけにもいかないし……、
てなわけで、今、俺は一人で店の前をウロウロしているのだ。
「う〜む……どうしたものか」
甘い物は食べたい……、
だが、一人で店内に入る決心がなかなか付かない……、
と、喫茶店の前を行ったり着たりしながら、苦悩する俺。
端から見たら、非常に怪しい事だろう。
ってゆーか、これってほとんど営業妨害だな。
このままでは、店の人に呼ばれたお巡りさんに補導されて、
某熱血アニメを解説付きで延々と見せられる派目になるかもしれない。
それは、さすがに御免だ。
そうなってしまう前に、そろそろ諦めた方が良いかもな。
仕方が無い……、
ここはコンビニのアイスで妥協するか……、
多少、納得しかねたが、自分の中でそう結論を出した俺は、
後ろ髪を引かれる想いで、その場を立ち去ろうと、クルリと踵を返す。
と、そこへ……、
ちょっと表現が大袈裟だが……、
「あれ? 藤井君?」
「こんなところで、何をしてるんです?」
……救いの女神達が現れた。
「悪いね……付き合わせちゃって」
「まあ、別に良いですけどね……」
「ちょうど、何処かで休憩しようかって話してたから……」
救いの女神達と一緒に、喫茶店の中へと入った俺は、席に座ってすぐさま、
まずはその二人に、付き合わせてしまった事に頭を下げた。
すると、俺の向かいの席に座った二人は、
気にすることはない、と、俺に頭を上げるように言う。
「それにしても、甘い物食べたさに、わざわざこんな所に来るなんて……」
「……なんか、凄く藤井君らしいと言えばらしいよね」
「酷い言われようだし……まあ、とにかく、サンキュ、な」
と、そう言って苦笑する二人を、俺はジト目で軽く睨みつつ、
俺の我侭に心良く付き合ってくれた事に、もう一度、感謝を述べた。
さて――
今更、説明する必要は無いと思うが――
一人で店に入ることが出来ず、半ば諦めかけていたところへ現れた救いの女神達とは、
偶然にも、そこを通り掛った琴音ちゃんと葵ちゃんであった。
何でも、一緒に買い物をする為に歩き回っていた途中だったらしい。
まあ、その場に現れた理由はともかく、
俺にとって、二人が現れたのは、非常に都合が良かった。
何故なら、琴音ちゃん達が同行してくれるなら、気兼ねする事無く、店に入れるからである。
もちろん、二人の了承が得られたら、の話しだけどな。
何せ、琴音ちゃん達には、浩之っていう好きな相手がいるわけだし……、
というわけで、ダメで元々のつもりで、俺は琴音ちゃん達を誘ったのだが、
意外とアッサリと、二人は頷いてくれた。
で、今、こうして、俺は、二人と向かい合う形で、店内の席に座っているわけである。
「ああ、そうそう……付き合わせちゃったお礼に、ここは俺が奢るからね」
ウエイトレスに三人分の注文を済まし、メニューを脇に置いた俺は、
水を一口啜りながら、そう申し出る。
それに真っ先に遠慮したのは、やっぱり謙虚な葵ちゃんだった。
俺の言葉を聞き、すぐさま反応する。
「そんな! 気にしなくて良いよ!」
「でも、それじゃあ、俺の気が済まないんだけど……」
「大丈夫! わたしって、練習ばかりしてるでしょ?
だから、あんまりお小遣い使わなくて、充分に余裕はあるから!」
「あの、別にそういう問題じゃなくてさ……、
そもそも、俺の我侭で二人のデートの邪魔しちゃったわけだし――」
――ごすっ!!
「藤井さん……今後、そういう誤解されるような発言をしたら、
その程度では済ませませんから、注意してくださいネ♪」(ニッコリ)
「ら、らじゃ〜……」(流血)
琴音ちゃんの超能力で飛来した椅子の角が後頭部に命中し、
ダクダクと血を流しながら机に突っ伏す俺。
そんな俺に対し、にこやかに警告を発する琴音ちゃんに恐怖しながら、
俺は彼女の言葉にコクコクと頷いた。
「――葵ちゃん」
「な、何……?」(汗)
俺と琴音ちゃんとのやり取りを見て、ちょっと引いていた葵ちゃんは、
いきなり琴音ちゃんに話を振られ、引きつった笑みを浮かべる。
「そういうわけですから、ここは、今の発言に対するペナルティーとして、
藤井さんに奢ってもらいましょう♪」
「う、うん……」
琴音ちゃんの笑顔に気圧されるように、コクコクと頷く葵ちゃん。
そして、葵ちゃんが同意したのを確認した琴音ちゃんは、
チラリと俺に目を向け、軽く片目を閉じる。
さすがは琴音ちゃん……、
どうやら、俺の思惑に気付いてくれたようだな……、
――え?
どういうことかって?
つまり、俺と琴音ちゃんの一連のやり取りは、
全部、葵ちゃんに俺の奢りを納得させるものだったのだ。
こうでもしないと、絶対に葵ちゃんは納得してくれないだろ?
葵ちゃんって、あれで結構、強情だし……、
まあ、別にそこまでする事も無いのかもしれないが、
やっぱり、ここの代金は、付き合わせた俺が持つのが筋ってモンだろうしな。
とにかく、これで、なし崩し的に、
葵ちゃんに俺の奢りを納得させる事が出来たわけだ。
それでこそ、こっちも体を張った甲斐があったってモンだぜ。
でもさ、琴音ちゃん……、
それならそれで、もうちょっと手加減してくれたって良いだろ?
ああ……、
こんなに大量に血が……、
……ったく、俺じゃなかったら病院送り決定だぞ。
ってゆーか、最近、俺の周りにいる奴ってさ、
相手が無意味に丈夫な俺だからって、手加減するの忘れてねぇか?
いくら頑丈な俺でもさ、一応、限界ってモンがあるんだからな。
パーティーアタックだって、やり過ぎると死んじゃうんだし……、
まあ、それはもかく……、
「そういえばさ、葵ちゃん……」
「――何? 藤井君?」
こういう店には未だに慣れていないのだろう。
ウエイトレスが持って来たフルーツパフェを、
ちょっと緊張の面持ちで食べながら、葵ちゃんは俺に視線を向ける。
そんな葵ちゃんに、俺は自分の血で赤く染まったテーブルをおしぼりで拭きつつ、
さっきからちょっと気になっていた事を訊いてみることにした。
「あのさ、葵ちゃん……今日、練習は?」
「……練習?」
「ああ、エクストリームの練習だよ。
琴音ちゃんと一緒にいるって事は、今日は休みなのか?」
――そう。
これが、気になっていた事だ。
今更、言うまでも無いだろうが……、
葵ちゃんは、俺が知っている誰よりも努力家である。
特に、エクストリームに関しては、その努力は、より一層発揮され、
当然、その練習は一日たりとも欠かしたりはしないだろう。
その葵ちゃんが、いくら日曜日だからといって……、
いや、日曜日だからこそ、練習もしないで、こんな店にいる、というのは、
俺としては、かなり意外だったのだ。
「え、えっと……それは……」
俺がその事を訊ねると、葵ちゃんは、ちょっと照れくさそうに、
頬をポリポリと掻き、口篭もってしまう。
すると、隣でイチゴサンデーを食べていた琴音ちゃんが、
そんな葵ちゃんの代わりに答えてくれた。
「――藤田さんの提案なんですよ」
「……浩之の?」
「はい♪ そうです♪」
思い掛けない、と言うか……、
ある意味、予想通り、と言うか……、
突然、浩之の名前が出てきた事に妙に納得しつつ、俺は琴音ちゃんに訊ね返す。
そんな俺に、琴音ちゃんは、まるで我が事のように嬉しそうに頷き、
葵ちゃんもまた、コクコクと頷いて、それを肯定した。
「浩之が……何て言ったんだ?」
「それはですね……」
ちょっと遅れて来たネバーギブアップをウエイトレスから受け取りつつ、
詳しい説明を求める俺に、琴音ちゃんはイチゴサンデーを食べながら話し始める。
――その話の内容は、こういうものだった。
これまた、今更なのだが……、
実は、葵ちゃんは、極度のアガり性だったりする。
その為、エクストリームの試合などでは、緊張するあまり、
本来の実力の半分も発揮できないらしい。
まあ、琴音ちゃん曰く、浩之の応援があれば、緊張するどころか、実力以上の力を出すらしいが、
だからと言って、いつまでも浩之の存在に頼っているわけにはいかない。
そういうわけで、葵ちゃんは、そのアガり性を克服する為にも、
日々、練習に練習を重ねているわけなのたけが……、
どうも、浩之の考えでは、それは単に自分を追い込んでいるだけで、
結果的に逆効果なのではないだろうか、という事らしい。
葵ちゃんのアガり性の主な原因は、本人が自分自身に自信を持てない事にある。
だが、それ以外にも、気持ちに余裕、と言うか、
ゆとりが無いからでは無いか、と、浩之は考えたのだ。
そこで、葵ちゃんの専属トレーナーでもある浩之が考えたのは、
なんと、トレーニングメニューの緩和だった。
つまり、今日のような休日は、体が鈍らない程度の軽いトレーニングだけで済まし、
あとはエクストリームの事は一切忘れて、何か別の事をてみてはどうだろうか、というわけだ。
「なるほど、そういうことか……」
琴音ちゃんの説明を聞き終え、俺は納得顔で頷く。
……さすがは、浩之だな。
実に的確なアドバイスだ、と、俺も思う。
現に、エクストリームチャピオンである綾香さんも、別に練習漬けというわけじゃないし、
あの、いつも余裕タップリな性格は、見習う点も多いだろうからな。
まあ、綾香さんの場合、余裕タップリに見えても、
実は、見えないところでしっかり努力してるんだろうけどさ……、
と、それはともかく……、
「ねえ、藤井君……わたし、本当にこんな事してて良いのかな?」
俺が琴音ちゃんの話に感心を示している中、葵ちゃんは不安げにフルーツパフェを突つく。
そんな葵ちゃんに、俺は空になったパフェの容器にスプーンを放り込み、
ウエイトレスに追加の注文をしながら、諭すように言った。
「そんなこと、俺には何とも言い切れないな。ただ、ハッキリと言えるのは、
浩之を信じるも信じないも、結局は葵ちゃん次第だ、って事かな」
「藤田先輩を……信じる?」
「葵ちゃんは、浩之のことを信じられないかな?」
「そんなことない! わたし、藤田先輩を信じてる!」
そう口に出して言い切って、それでようやく吹っ切れたようだ。
もう、葵ちゃんの表情に迷いは無い。
「だったら、それで良いと思うぞ。
無責任な言い方だけど、葵ちゃんのことは葵ちゃん自身が決めなきゃな」
「うん……そうだよね」
「そうそう♪ だから、今日は、エクストリームの事はすっぱり忘れて、
しっかりと琴音ちゃんとのデートを楽しんで――」
――ぶすっ!!
「藤井さん……三度目はありませんよ♪」(ニッコリ)
「お、押忍……」(流血)
今度は眉間にフォークが突き刺さり、
俺はまたしても血を流しながら、テーブルに突っ伏した。
そして……、
「まったく……藤井さんって、どうして、真面目な話をしてる最中に、
そういう混ぜっ返すようなことを言ったりするんですか?」
と、やれやれと肩を竦める琴音ちゃんの言葉を耳にしながら……、
「これが性分なんです〜……」
俺は、前のめりに墓穴を掘ってしまう自分の性格に、
ただただ、涙するのだった……、
――『キジも鳴かねば撃たれまい』。
そういう格言があることは、重々、承知している。
余計な事を言うから、こういう目に遭っているのだ、という事も、
それはもう、身に染みて分かっている。
でもさ……、
「ねえ、葵ちゃん? そのフルーツパフェ、美味しい?」
「うん! 凄く美味しいよ♪」
「良かったら、ひと口、ください……あ〜ん♪」
「……は、はい」(汗)
「ぱく☆ もぐもぐ……あ、ホントに美味しい♪」
「そ、そう……?」(汗)
「じゃあ、わたしも葵ちゃんにお返しです……あ〜ん♪」
「……あ〜ん」(汗)
本人達に、そういうつもりは無いんだろうけど……、
こういう光景を、目の前で展開されれば、例え、そうじゃないと知っていても、
嫌でも色々と邪推しちまうってモンだろ?
まったく……、
琴音ちゃんも、葵ちゃんも……、
こんな事してるから、未だにレ○疑惑が晴れないんだ、って事を、
二人とも、ちゃんと自覚しているのだろうか?
「あっ、葵ちゃん……頬にクリームが付いてる」
「――えっ? どこ?」
「ほら、ここ……はい、取れました」
「ありがとう、琴音ちゃん」
「どういたしまして……ぺろっ☆」
「こ、琴音ちゃん……?」(大汗)
「んふふふふふ♪」
やっぱり……、
自覚してないんだろうな〜……、(汗)
でも、葵ちゃんはともかく、琴音ちゃんは、
何だか狙ってやっているように見えなくもないが……、
もしかして……、
葵ちゃん、狙われてる……?
あ、あははははは……、
そんな……まさか、ね……、(大汗)
……。
…………。
………………。
あ、あのさ、琴音ちゃん……、
一応、確認の為に訊かせてもらうけど……、
琴音ちゃんが好きな人って、『藤田 浩之』なんだよね?
間違っても、『松原 葵』って事は無いんだよね?
琴音ちゃん……、
頼むから、そうだ、と言ってくれよ。(泣)
<おわり>
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