Heart to Heart

     第150話 「何に使うの?」







 ある日の夕方頃――

 俺は、夕飯の買い出しをする為に、いつもの商店街へと来ていた。

 ちなみに、いつもなら、大抵は、さくら達の内の誰かと一緒なのだが、
今日は俺一人で、買い物に来ていたりする。

 ついでに言うと、今夜のメシを作るのは、当然の如く、俺だ。

 ――なに?
 珍しい事もあるもんだ、って?

 あのな……、
 俺だって、一応、料理くらいはできるぞ。

 今でこそ、毎日のように、半同居状態のエリアにメシを作って貰ってるけど、
エリアと出会う以前は、ちゃんと自炊してたんだからな。

 ってゆーか、独り暮しをしていた以上、自分で作らなきゃメシが食えないわけだから、
そういう能力は、嫌でも身に付くってもんだ。

 さくらとあかねだって、毎日、俺の家に来れるわけじゃなかったし……、

 もっとも、俺が作る料理のほとんどは、
インスタントラーメンかレトルトカレーなんだげとな……、

 ……そんなのは、料理の内に入らないか?

 でも、卵焼きとか、ハムエッグとか、そういう簡単なものくらいなら作れるし……、
 ご飯だって、ちゃんと炊けるし……、

 これだけ出来れば、少なくとも、どっかの誰かさんよりは、遥かにマシってもんだろ?

 敢えて、誰なのかは言わないけどさ……、
 ってゆーか、口に出して言うのが、ムチャクチャ怖い……、

 まあ、とにかく……、

 今日は、さくらとあかねは用事の為、エリアはフィルスノーンでの魔法教室の準備の為、
俺の家に来る事は出来ないので、俺は自分でメシを準備をしなければならないのだ。

 フランなら、頼めば作りに来てくれるかもしれなけど、
彼女にはデュラル家での仕事もあるわけだし、あまり迷惑は掛けたくない。

 親しき中にも礼儀あり、って言葉もある。
 だから、その程度の事で、わざわざ呼び出すわけにはいかないだろ?

 とまあ、そういうわけで……、
 俺は今、こうして商店街に来ているわけだ。








「――だいたいこんなモンかな?」

 長年お世話になっているスーパーでの買い物を終えた俺は、
袋の中身を確認しつつ、店から出た。

 え〜っと……、
 ニンジン、タマネギ、ジャガイモ……、

 ……なんとも、今夜の献立が一目瞭然な品揃えだな。

 と、買い忘れが無い事を確認した俺は、そのスーパーの近くにあるアイスクリーム屋で、
ソフトクリームを購入し、それを食べながら家路につくことにする。

 さて、これから、家に帰る為に、再び商店街の中を通って行くわけだが……、
 実は、俺一人で、この商店街を歩く場合、絶対に忘れてはいけない事が一つあったりする。

 ……それは、周囲への警戒だ。

 何せ、この商店街は『あの人達』のテリトリーだからな。
 いつ襲い掛かって来るか分からないから、決して油断は出来ない。

 まあ、この時間帯、主婦は晩メシの準備で忙しいだろうから、大丈夫だとは思うけど……、

 それでも、やはり用心するに越した事は無いので、
俺は周囲をさり気無く警戒しながら、ちょっと急ぎ足で商店街を歩く。

 と、その途中……、



「お〜いっ! 誠〜っ!」

「やっほ〜、まこと〜♪」



 健太郎さんとスフィーさん(Lv2)に、バッタリと出くわした。

 俺を呼ぶ声に後ろを振り返ると、こちらに向かって二人が駆けて来る姿が見える。
 スーパーの袋を持っている事から、俺と同様に、買い物帰りらしい。

「お前……何をそんなに緊張してるんだ?」

 俺の隣まで来ると、そのまま俺に歩調を合わせる健太郎さん。
 そして、俺の顔を間近で見るなり、そう訊ねてきた。

「そ、そんなこと無いですけど……」

 ちょっと遅れて駆け寄って来たスフィーさんの荷物を空いた手で持ちつつ、
俺は内心の動揺を抑えて、健太郎さんに答える。

 いかんいかん……、
 どうやら、警戒心が、しっかりと顔に出ていたようだ。

 ……しかし、ポーカーフェイスには、それなりに自信はあったんだけどな。

 さすがは骨董貧屋の健太郎さん、って、ところだろうか。
 品物の目利き同様、観察力が並じゃ無い。

 で、その観察眼は、俺の表情から『詳しくは訊かないで欲しい』という想いを察してくれたようで、
そのまま、自分の隣をトテトテと歩くスフィーさんに向けられた。

「スフィー……自分の荷物くらい自分で持つべきじゃないか?
そんなに重い物は持たせてなかった筈だぞ」

 と、そう言って、健太郎さんは、俺の手にある、
さっきまでスフィーさんが持っていたスーパー袋を指差す。

 その健太郎さんの言葉に、ちょっと頬を膨らませて反論するスフィーさん。

「だ、だって……誠ったら、何も言わずに、あたしから袋を持ってっちゃうんだもん」

「――はあ?」

 それを聞き、健太郎さんは、俺の方に目を向ける。
 そして、俺もまた、改めて、自分が持つスフィーさんの荷物を見た。

 ……そういえば、ほとんど無意識で、スフィーさんから荷物を奪い取ってたな。

 いや、ほら……、
 今のスフィーさんって、お子様モード(Lv2)だろ?

 そのスフィーさんが、荷物持って歩いてる姿を見て、
なんか、母さんが荷物を持ってる姿を連想しちまったんだろうな。

 だから、まあ、その、なんだ……、
 ようするに、条件反射みいたなモンだ。

 はあ〜……、
 どうして、俺って、母さんに甘いんだろうな……、

 と、そんな事を考え、苦悩しつつ……、

「まあ、何と言うか……女性が重い荷物を持ってる時は、
代わりに持つのが男として当然だ、って事で……」

 取り敢えず、俺は妥当な返事で、お茶を濁すことにした。
 わざわざ母さんのことを話す必要も無いだろうからな。

 すると、俺の言葉を聞いた健太郎さんは、ちょっと憮然とした表情を浮かべる。

「それじゃあ、スフィーに荷物を持たせてた俺はどうなる?」

「健太郎さんは、もう両手いっばいなんだから、仕方無いですよ」

 そう言って、俺は健太郎さんが持つ荷物を見た。

 タイムサービスの商品を買い込んだのだろう。
 健太郎さんの両手は、それはもう大量のスーパーの袋で塞がっている。

 その状態で、さらにスフィーさんの荷物を持て、というのは、酷というものだ。

 そう思ったからこそ、スフィーさんは、小さい体ながらも、
頑張って重い荷物を持っていたわけなんだろうし……、

「とにかく、どうせ帰り道は一緒なんですから、五月雨堂まで持っていきますよ」

 それに、こうして健太郎さん達と一緒に歩いていれば、
人妻コンビに襲われる事は無いだろうし……、

 と、内心で続けつつ、俺は強引に話を切り上げた。
 そんな俺に、健太郎さんは苦笑をもらし、やれやれと肩を竦める。

「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうぞ」

「この程度の事なら、お安い御用ですよ。
健太郎さん達には、エリアの件で、色々と世話になりましたし……」

 そう言いながら、俺はソフトクリームを口に運んだ。

 どうやら、会話に気を取られている間に、随分と溶けてしまっていたようだ。
 このままでは、溶けたクリームで手が汚れてしまうので、ちょっと急いで食べる事にする。

 そして、ソフトクリームの大部分を胃に納め……、
 俺の口がコーンに差し掛かったところで……、

「ところで、まこと? 今日のまことの晩ゴハンは何なの?」

 ただ、黙って歩くのが退屈だったようだ。
 スフィーさんが、俺の服の裾を引っ張って、そんな事を訊いてきた。

「カレーですけど……そっちは何なんです?」

 と、スフィーさんの質問に簡潔に答えた俺は、そう訊ね返しつつ、
何気無く、持っていたスフィーさんの荷物の中身を覗き込んだ。

「――ん?」

 で、その中身を見て、俺は思わず首を傾げる。
 そして、訝しげな表情を浮かべつつ、スフィーさんを見た。

「こんなに沢山のメイプルシロップ……何に使うんだ?」

「そ、それは……」(ポッ☆)

 ――そう。
 スーパーの袋の中にはメイプルシロップが入っていたのだ。

 しかも、ちょっと普通では考えられないくらいの量が……、

 いくらなんでも多すぎる……、
 買い貯めにしても不自然な量だ……、

 俺がその事を訊ねると、何故か頬を赤くして、あからさまに狼狽するスフィーさん。
 さらに、健太郎さんを見れば、露骨に俺から目を逸らす。

 ……どういう事だ?

 まあ、別にどうでも良いことなのかもしれないが、妙な好奇心が働いた俺は、
取り敢えず、今、手元にある情報だけで推理を試みた。

 大量のメイプルシロップ――
 そして、スフィーさんの、この態度――


 ……。

 …………。

 ………………。


「……なるほど」

「「――っ!!」」

 ある結論に達し、俺はポンッと手を叩く。
 すると、何故か、健太郎さん達は、そんな俺を見て、ビクッと体を震わせた。

「……?」

 そんな二人の反応を不思議に思い、
軽く小首を傾げつつ、俺はスフィーさんに向き直る。

「もしかして、食後のデザートのホットケーキ用か?
スフィーさんって、ホント、あれが好きだよな」

「えっ? あ……うん……」

「まったく、スフィーさんの大食いは、今に始まった事じゃないんだから、
今更、俺相手に恥ずかしがることもないだろう?」

「あ……えっと……そ、そうだね……、
今更、恥ずかしがるの変だよね……あははははは……」(汗)

「あ、ああ……誠だって、似たようなモンなんだしな……」(汗)

 と、俺の言葉を聞き、一瞬、キョトンとした顔になった二人。

 だが、すぐに我に返ると、ちょっと笑顔を引きつらせながら、
まるで二人で話を合わせているかのように、ウンウンとわざとらしく頷いた。

 う〜む……、
 なんか、妙に態度がぎこちないが……、

 それに、ほんの一瞬だったけど……、
 俺の言葉を聞いて、ホッと安堵の息をついていたような……、

 まあ、いいか……、
 気にしない気にしない。

 何となく、頭に浮かんだ疑問を、大した事じゃ無い、と、記憶の片隅に追いやりつつ、
俺はソフトクリームのコーンの最後の一欠けを口に放りこみながら話を続ける。

 そして……、





「でも、メイプルシロップだけじゃなくて、他のも試してみたらどうだ?
例えば、イチゴジャムなんてお薦めだぞ」

「えっ? そうなの?」

「ああ……なんなら、前に知り合いから貰ったジャムの詰め合わせ、あげようか?」

「うんっ! ちょーだいちょーだい♪」

「そうかそうか……いや〜、助かったよ。
たくさん有り過ぎて、ちょっと処分に困ってたんだ」

「ありがと〜、まこと♪」

「いえいえ、どういたしまして……
許せ、スフィーさん

「うん? 何か言った?」

「いや、ただの独り言だよ……」

「ふ〜ん……」





 と、そんな会話の中、ドサクサ紛れに、
『アレ』の処分に成功した事に内心でほくそ笑みつつ……、

 俺は、健太郎さん達と一緒に、
五月雨堂までの道を、のんびりと歩いたのだった。
















 で、その後――


「あっ! まーくんだっ!」

「おう、あかねか? 何処に行くんだ?」

「うみゅ、ちょっとスーパーまでお買い物だよ……まーくんは?」

「ああ、俺は買い物の帰りだよ。すれ違いになっちまったな」

「うにゃ〜、残念だよ〜……、
せっかく、まーくんと一緒に……あっ!」

「ん? どうした?」

「まーくん、さっきまでソフトクリーム食べてたでしょ?」

「……良く分かったな?」

「えへへ♪ だって、ほっぺにクリームが付いてるよ」

「なに? どこだ?」

「取ってあげるね……ちゅっ☆」

「な――っ!?」

「えへへ〜♪ 甘くて美味しいよ♪」

「あのなあ、あかね……
天下の往来で、そんな恥ずかしい真似を……って、まてよ」

「うみゅ? 急に黙りこんで……どうしたの、まーくん?」

「まさか……アレって……」

「な〜に? アレって、何のこと?」

「い、いや……何でも無いから、気にするな」

「……うみゅ〜?」
















 健太郎さん……、
 スフィーさん……、

 もしかして、アレって、そういう使い方するつもりなのか?

 いや、まさかな……、
 そんなわけ無いよな……、

 どっかの誰かさんじゃあるまいし……、
 あの健太郎さんが、そんな倒錯的な真似をするわけが……、

 するわけが……、


 ……。

 …………。

 ………………。


 ま、まあ、何だ……、
 もし、そうだったとしても……、

 健太郎さん、相手はお子様モード(Lv2)なんだから……、








 ……何事も、ほどほどに、な。








<おわり>
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