Heart to Heart

   第149話 「世の中って不公平?」







「ねえねえ、そこの三つ編みの彼女♪ 俺と一緒にお茶しないかい?」

「……嫌です」(キッパリ)

「そ、そんな連れないこと言わないでさ。
待ち合わせしてる奴も、全然来ないみたいだし……」

「絶対に嫌です」(キッパリ)

「…………」(汗)








「なあ、浩之……あいつ、何やってんだ?」

「……さあな」








 とある日曜の午後――

 珍しく、俺と浩之の二人だけで駅前を歩いていると、妙な場面に出くわした。

 いや、妙な場面と言うよりは、
すでに、この街の名物と言っても良い場面、と言うべきだろうか。

 なにせ、日曜日や休日になると、ほぼ確実に、ここいらで見られる光景だからな。

 ただ、名物と言っても、街の役に立つどころか、
風紀を乱している、っていうのに、若干の問題があるのだが……、

 まあ、何だ……、
 ようするに、どんな場面に出くわしたのか、と言うと……、



「また、ナンパか……懲りない奴だな」

「あれはもう、ある意味、意地になってるのかもな……」



 ……これでもう、お分かりだろう。

 ――そう。
 駅前で俺と浩之が見た光景とは、矢島のナンパ現場だったのである。








「おーい、矢島〜」

「生きてるか〜? 傷は深いぞ〜」

「…………」(真っ白)

 声を掛けていた長い三つ編みの少女に見事にフラれ……、

 ってゆーか、その彼女が、待ち合わせていた男と仲良く去って行く姿を、
真っ白になったまま、呆然と見送る矢島。

 正直なところ、何も見なかった事にして、サッサと立ち去りたかったが……、

 歩道のド真ん中で立ち尽し、通行の邪魔になっているのを放っておくわけにもいかず、
俺達は深く深く溜息をつきながら、矢島に歩み寄った。

「おい……しっかりしろ〜」

「…………」(真っ白)

 真っ白状態の矢島の目の前で、浩之はヒラヒラと手を振る。
 だが、矢島は、全くそれに反応を示さない。

「返事が無い……ただの屍のようだ」

「死んでない死んでない」

「となると、近くに緑のオーブが落ちて……」

「落ちてない落ちてない」

 俺の茶々入れに、素早くツッコミを入れつつ、
浩之は、矢島の意識を取り戻す為に、呼び掛けを続ける。

 しかし、一向に、矢島の意識が戻ってくる気配は無く、
困り果てた浩之は、俺に視線を向けてきた。

「おい、誠……コイツ、なんとかしてやれよ」

「いや、何とかって言われても……」

「お前の方が、こういう事には慣れてるだろ?」

「じゃあ……取り敢えず、一発殴ってみるか」

「そ、それは、さすがにマズイだろ?」

「何言ってんだ? 仲間の攻撃で状態回復させるのは基本テクニックだぞ。
まあ、た〜まに会心の一撃が出て、そのまま殺しちまう時もあるが……」

「……何の話だ?」

「毒針を装備してる奴に攻撃させれば良いんだろうけど、
そういう時に限って、急所を刺しやがるしな……」

「だから、何の話だ?
ってゆーか、そういう物騒な方法しか無いのかよ?」

「大丈夫大丈夫。パーティーアタックは殺さない程度にやればHPが上がるから、
喜ばれる事はあっても、文句を言われる事は無いぞ」

「なるほど……だから、お前は異常に打たれ強いんだな。
いつも、さくらちゃん達にブッ飛ばされてるから」

「……ハッキリと否定ではないところが、ちょっと悲しいよ」

 そろそろ風化して灰になるんじゃないか、と思わせる程に真っ白状態の矢島を前に、
意味も無く、まるで現実から目を逸らすかのように漫才を続ける俺と浩之。

 もしかしたら、俺も浩之も、無意識の内に、
この男とは関わり合いになりたくない、と思っていたのかもしれない。

 だが、さすがに、いつまでもこんな不毛な会話を続けてもいられないので……、

「まあ、それはともかく……」

「……コイツをどするか、だな」

 ……そろそろ本気で対応を考える事にし、俺達は矢島に向き直った。

「…………」(真っ白)

 それにしても……、
 見れば見る程に、見事な真っ白っぷりである。

 なんかもう、矢島の後ろにコーナーポストが見えそうなくらいだ。

「やはり、ショック療法がベストだと思うのだが……」

「でも、並のショックじゃ効果無さそうだぞ」

 と、そんな矢○ジョーチックな矢島を前に、
眉間のシワを指で揉み解しながら、俺達は頭を捻らせた。

 いっそのこと、ここは千鶴さんに習って、このまま雅史の家の前にでも捨てて来てやろうか?

 でも、もし返品されたりしたら、
コイツ、もう立ち直れなくなるかもしれないし……、

 などと、ちょっと鬼畜な考えが浮かんだりもしたが、
俺は、そんな考えを振り払いつつ、矢島の意識を取り戻す方法を模索する。

 そして……、

「――よし」

 ある方法を思いついた俺は、静かに矢島の側に寄り、
適当な方角を指差すと……、








「おおっ! あんな所に可愛い子がっ!?」

「なにっ!? 何処だ何処だっ!?」








「…………」(汗)

「…………」(汗)

 矢島のあまりに素早い復活と反応に、俺と浩之は、もう何も言えなくなってしまう。

 まあ、何て言うか……、

 あのさ、矢島……、
 お前、人として、何か間違った方向に進んでないか?

 と、そんな事を思いつつ、俺の言った事を真に受けて、キョロキョロと周囲を見回している矢島を、
俺達はちょっと哀れみを込めた目で見つめる。

 その視線に気が付いたのだろう。
 矢島が、ようやく、俺達の存在に気が付いた。

「むっ!? 貴様は藤田っ!! それに藤井までっ!?」

 俺達がすぐ側にいた事を知った矢島は、その場からバッと飛び退き……、

「藤田っ! 藤井っ! 何故、お前達がここにいるっ!?
まさか、この俺の崇高な目的を邪魔しに来たのか?!」

 ……と、あからさまに敵意の込もった眼差しを、こちらに向ける。

「なあ、誠……ナンパって、崇高な行為なのか?」

「さあ? 少なくとも、硬派を気取る奴がする事じゃないと思うけど……」

 喚く矢島を余所に、顔を見合わせる俺と浩之。
 そんな俺達に、矢島はなおも喚き続ける。

「うるさいうるさいうるさーーーーいっ!! とにかく、お前ら、サッサと消えろっ!!
お前らがいると、成功するナンパも成功しないんだよっ!!」

「あーっ! とにかく、ちょっと落ち着け!」

「ほら、深呼吸深呼吸」

 どうやら、気が付いたら俺達が側にいたという状況で、かなり気が動転しているようだ。
 そう判断した俺達は、慌てて矢島の気を静めさせる。

 だが、それも焼け石に水一滴と言うか、火に油と言うか……、
 余計に、矢島の興奮はヒートアップしていく。

 そして、あろうことか……、

「さっきのナンパが失敗したのも、お前らが邪魔したせいだろう!!
責任取りやがれぇぇぇぇーーーーっ!!」

 ……とんでもなく、心外なセリフを口走りやがった。

「……こういうのも、責任転嫁と言うのだろうか?」

「いや……間違い無く、言い掛かりってやつだな」

 と、一向に暴走が収まる気配が無い矢島を前に、俺達はその場に蹲り、頭を抱える。

 どうやら、俺達はドツボに嵌ってしまったようだ。
 こんな事になるなら、サッサと見捨てるべきだった。

 しかし、この馬鹿……、
 一体、どうすりゃ良いんだ?

 ここまで関った以上、もう置き去りするわけにはいかないし……、
 それに、もし、このままコイツが警察に補導されでもされたら、かなり目覚めが悪い……、

「なあ、浩之……どうする?」

「う〜む……」

 とにもかくにも、矢島の暴走をどうにかして止めなければ話にならないので、
俺と浩之は、再び頭を捻る。

 そして、二人で考えた考えた結果……、

「あー、わかったわかった」

「責任でも何でも取ってやるから、どうすれば気が済むんだ?」

 ……不本意だが、矢島の望むままにしてやろう、という事になった。

「で、どうすれば良いんだ?」

 半ば諦めの境地で、矢島に望みを訊ねる俺と浩之。
 その途端、矢島は、さっきまでの暴走が嘘のように落ち着きを取り戻し……、

「じゃあ、藤田……神岸さんを俺によこ――」

「死ねっ!!」(怒)


 
ごき゜ょっ!!


 ……たわけた事をずけずけとぬかす矢島の鼻面に、浩之の自己流パンチが放たれる。

 それをまともに食らい、鼻血を流す矢島。

 まあ、同情の余地は無いわな。
 こっちは百歩譲って望みを訊いてやってると言うのに、調子に乗った事を言ったのだから……、

 だが、矢島は、その浩之の一撃を受けても、まだ懲りていないようだった。
 今度は、痛む鼻を手で押さえながら、俺の方に向き直ると……、

「それなら、藤井……園村さんと河合さんを――」

「…………」(怒)


 
ジャキンッ!!


 無言でマジンガンを取り出し、銃口を矢島の鼻先に突き付ける俺。

 そこまでして、ようやく、矢島は身の程をわきまえたようだ。
 両手を上げて、降伏の意志を示すと……、

「俺のナンパに協力してください」(泣)

 ……涙ながらに、そう訴えてきた。

「まあ、その辺が妥当だろうな……」

 正直、それでも納得はできなかったが、これ以上、話を引っ張るのも意味が無いので、
一応、それで手を打つ事にし、俺はマシンガンをしまう。

 そして、浩之に視線を向け……、

「さて……そういうわけで、矢島のナンパの手伝いをする羽目になってしまったわけだが……、
具体的には、どうしたら良いと思う?」

 と、俺は浩之に意見を求めた。

 すると、浩之は、困ったように空を見上げ、少し考えた後……、
 ポンッと俺の肩に手を置き……、

「やっぱり、矢島の代わりに俺達が女の子のに声を掛ける、って事になるんだろうな」

 ニッコリと微笑むと……、

「というわけで、誠……頑張れ」

 ……そう言って、最も危険な役を、俺に押し付けてくれた。

「ちょっと待てっ! 何で俺がそんな危険な真似をしなきゃならないんだっ!?
こういう役は浩之の方が良いだろう?!」

 当然の事ながら、抗議の声を上げる俺。
 だが、浩之は、そんな俺の意見を一蹴するように否定する。

 ちなみに、何故、ナンパ行為が危険なのか、というと、
それをする事によって、確実に『お仕置き』が展開されるからだ。

 俺は、さくら・あかね・エリア・フランの四人から――
 そして、浩之は、あかりさんとマルチから――

 だから、お互いに必死なのである。
 この場に限っては、友情などはバッサリと斬り捨てるのである。

「俺みたいにガキッぽい奴よりも、浩之の方が頼り甲斐がありそうだし、
相手も警戒心を抱かないと思うぞ」

「なに言ってやがる。チンピラみたいに目付きの悪い俺じゃあ、相手は怖がるだけじゃねーか。
その点、お前は、人の良さそうな人畜無害の顔してるから問題ない」

「うっ……ぐぐぐ……」

 何か言い返したいところだが、正論なだけに、俺は何も言えなくなってしまう。

 ってゆーか、浩之……、
 お前、自分が目付き悪くてチンピラみたい、っていう自覚はあったんだな……、

「ほれ、納得できたところで、頑張って来い」

「ううっ……ちくしょう、覚えてろよ、浩之」

 浩之に背中を押され、渋々、俺は歩き出す。

「安心しろ……さくらちゃん達には黙っといてやるから」

「……絶対だぞ」

 その浩之の言葉だけを頼りに、俺は周囲を見回し、声を掛ける女性を探す。
 だが、お仕置きの恐怖の為か、なかなか踏ん切りがつかない。

 と、そこへ……、

「あまり期待はしてないが、頑張れよ〜、藤井〜♪」

 ……俺の背中に、矢島の声援が掛けられた。

 その口調から、最初から俺のナンパが成功するなどと思っていない、
という矢島の想いが、ハッキリと分かった。

 そして、その言葉の裏に、
お前も俺と同じ惨めさを味わえ、という意味が込められていたのも……、

 なるほど……、
 あわよくば、俺を笑い者にしようってわけか……、

「――ちっ」

 ちょっと頭にきた俺は、軽く舌打ちをする。
 そして、それと同時に、俺は迷いを断ち切った。

 いいだろう……、
 そこで、しっかりと見ていやがれ……、

 と、覚悟を決めた俺は、まるで挑み掛かるように目標を探す。

 そして、すぐそこでウインドウショッピングをしている、
大学生っぽい二人連れの女性達に目を止めると、その二人にゆっくりと歩み寄った。

 多分、今の俺は、それはもう怖い顔をしているだろう。
 これでは、俺がどんなに人畜無害な顔をていようが、失敗は確実だ。

 ――でも、それで良い。

 元より、ナンパなんぞ成功させるつもりはないし、そうする必要も無い。
 なにせ、矢島は、最初から期待はしていないんだからな。

 どうせ赤っ恥をかくなら、心置きなく、思い切りかくに限るってモンだ。

 笑いたければ笑え……、
 でも、俺は、そんな事で腐ったりはしねぇぞ……、

 と、妙に悟った心境で、俺は、その二人の女性の後ろに立ち止まり、
まずは、自分の意地の為に下らない事に巻きこんじまう事を、心の中で詫びる。

 そして……、
















「あの〜……もしもし?」

「ん? 私達に何か用……って、あら? 誠君じゃない」

「あー、ホントだ……どうしたの、こんなところで?」

「えっ? 何で俺のこと知ってるんです?」

「誠君……あなた、気付いてないの?」

「はあ? 気付いて、って……、
ああっ!! もしかして、由綺姉と理奈さん?!」

「そうよ……もしかして、知らなくて声を掛けたの?」

「あ、ああ……眼鏡かけてるし、髪形も変えてるから、
由綺姉達だ、って、全く気が付かなかったよ」

「まあ、当然よ。変装でもしなきゃ、私達は外を出歩けないもの。
バレたら大騒ぎになっちゃうし、ね」

「そりゃそうだ……」

「ところで……ねえ、誠君? どうして、私達に声を掛けたの?
私達だ、ってこと、気付いてなかったんだよね?」

「うぐっ?! そ、それは……」(汗)

「ん〜? も・し・か・し・て〜……ナンパ?」

「い、いや……これには深い訳が……」(大汗)

「言い訳をするって事は、図星なわけだ」

「ぐあ……しまった……」

「誠君……さくらちゃん達がいるのに、そんなこと……」

「……血は争えない、ってことなのかしらね〜?」

「だ、だからっ! これには深い訳があるんだよ!」

「んふふ〜♪ その深い訳とやら、じっくりと聞かせて貰おうかしら〜♪」

「あははは、そうだね♪」

「えっ? ちょっと、二人とも……?」

「まあ、どうせ暇だったし、相手が誠君なら、
ナンパされるのも悪くないわよね♪」

「ふふふ♪ 私、誠君にナンパされちゃった♪」

「由綺姉! 理奈さん! だから、俺にそんなつもりは……」

「さあさあ♪ 何処に遊びに連れて行ってくれるのかしら〜♪
それに、私のことは『理奈姉』って呼ぶように、って、前に言わなかったかしら?」

「今日は一日中オフなの。でも、冬弥君はバイトで忙しいから、
代わりに誠君に付き合って貰っちゃうからね〜♪」

「由綺姉も理奈さんも、お願いだから離してくれぇぇぇーーーっ!!」

「ダ〜メ♪」

「ダメに決まってるじゃない♪」

「ああああああーーーーーっ!! 攫われるぅぅぅぅーーーっ!!」
















「…………」(汗)

「…………」(呆然)
















「い、行っちまったな……」(汗)

「…………」(呆然)
















「一発で、ナンパ成功か……」(汗)

「…………」(呆然)
















「そういえば、あいつって……、
何故か、年上の女性に気に入られるんだよな……」(汗)

「…………」(呆然)
















「…………」(大汗)

「…………」(呆然)
















「うあああああーーーんっ!!
そんなの不公平だぁぁぁーっ!!」
















「あ〜あ……矢島まで行っちまったよ。
まあ、泣きたい気持ちも分からんでもないがな……」
















「…………」
















「取り敢えず、さくらちゃん達には報告しとくか……」
























 で、その日の夜――


「そういえば……浩之って、
俺と由綺姉達との関係を知らなかったんだよな……」

 と、そんな事を呟きながら……、

 俺は、浩之からの報告を聞いたさくら達が差し出す『例の箱』に、
涙を流しながら、手を突っ込むのだった。








<おわり>
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