Heart to Heart

    第148話 「朝から飛ばしすぎ」







おっはよ♪ おっはよ♪ ボンジュ〜ル♪
おっはよ♪ おっはよ♪ ボンジュ〜ル♪

まっこりん♪ まっこりん♪
おっはよう、ま・こ・りん♪ ぅん(はぁと)

はやくおきてよ、ボンジュ〜ル♪
きょうもげんきに、ボンジュ〜ル♪

クルクル、クルクル、クルクルまわって♪

ボンジュ〜ル♪ ボンジュ〜ル♪
ボンジュ〜ル♪ ボンジュ〜ル♪


おっはよう、ま・こ・りん♪ ヘイッ!
















「さて、今日の朝飯は……っと」

「ああっ! ツッコミすら無いっ!?」
















 ある日の朝――

 休日であるにも関らず、珍しく早い時間に目を覚ました俺は、
朝メシにパンでも焼いて食べようか、と、キッチンに入った。

 そして、欠伸を噛み殺しつつ、俺がキッチンに足を踏み入れた瞬間……、


 
シャカシャカシャカシャカッ!


 ……いきなり、マラカスの音が、俺を出迎えるように鳴り響く。

 何事かと思い、寝ぼけ眼を見開くと、
そこには、両手にマラカスを構えた母さんがいた。

 しかも、服装は、いつもの友○小学校の制服ではなく、
某花の都華撃団の一員であるベトナム出身のサーカス娘の服装である。

 ――朝っぱらから、何をやってんだ?
 ――こういう場合、服装は赤いカソック(シスター服)にするべきなんじゃねーか?

 と、そんな母さんの姿を見て、色々とツッコミを入れたかったのだが……、


 
シャカシャカシャカシャカッ!


 それよりも早く、母さんは再びマラカスを振り鳴らし、
ふりふりと踊りながら、冒頭の歌を唄い始めてしまった。

 そのあまりのテンションの高さについて行けず、
俺は完全無視を決め込むことにしたのだが……、

 どうやら、母さんは、そんな俺の態度がお気に召さなかったようだ。
 不機嫌そうな表情で、ジ〜ッと俺を睨んでくる。

「む〜……まこりんのイケズ〜」

「何でイケズなんだよ?」

 と、俺を睨んでくる母さんにジト目で対抗しつつ、俺は、母さんの背後をチラレと盗み見た。

 どうやら、朝メシを作っている最中だったようだ。
 コンロに火が点けられ、その上にある鍋の中から、味噌汁の匂いが漂ってくる。

 なるほど……、
 朝メシを作ってる途中で、俺が起きてきたのに気付いて、咄嗟にマラカスを用意したわけか。

 さすがと言うか、何と言うか……、
 まったく、母さんの芸人魂には感心させられるな。

 ……もちろん、皮肉で言ってるんだぞ。

 と、俺がそう言うと、母さんの機嫌は、さらに傾いていく。

「む〜……せっかく、みーちゃんが、まこりんの為に、
爽やかな朝を演出してあげたのに、そういうこと言うんだ?」

「爽やか? あれが、か?
ただ、ひたすらに頭痛を覚えただけだぞ」

「そんな答えじゃ、みーちゃんの好感度は上がらないよ〜」

「母さん相手に好感度上げてどうするっ!
ってゆーか、そんな細かいネタ、誰にも分からんぞっ!」

「だったら、せめてツッコミくらい入れてくれても良いでしょ〜?
無視されたら、すっごく虚しいんだから〜」

「……母さん、そんなにツッコまれたいのか?」

 いい加減、母さんのテンションに付き合うのにウンザリしてきた俺は、
拳にハア〜ッと息を吹きかけながら、母さんに歩み寄る。

 すると、母さんは、両手を頬に当てて、恥ずかしそうにブンブンと首を振り……、





「やんやんやん♪ もう、まこりんのえっち〜♪
みーちゃんのドコにナニを突っ込むつもりなの♪」


 
ずるぺちっ!!





 ……不意打ち気味の爆弾を投下され、盛大にコケる俺。

「なっ、なっ、なっ……」

 俺の体に襲い掛かる精神的ダメージ――
 同時に、多大なる疲労感――

 一瞬、何もかも忘れて現実逃避したくなったが、その衝動に何とか堪え、俺は立ち直る。

 そして……、
















「いくらみーちゃんが可愛いからって、それはダメだよぉ。
まこりんのことは好きだけど、みーちゃんはなおりんのものなんだからね♪」


「何を暴走しとるんだ、あんたはっ!」



「ん〜……でも、まこりんだったら、
ちょっとくらいならいいかな〜、って、迷っちゃったりもして♪」


「人の話を聞けっ!」



「愛する息子の筆下ろしするのも悪くないよね?」

「俺に同意を求めるなっ!」



「ねえねえ? こういうのも
親子丼って言うのかな?」


「いい加減にせんかぁぁぁっ!!」








ポカッ!!!


「あうっ!!!」
















「まったく、調子に乗り過ぎだ……」

 いつまで経っても正気に戻ろうとしない母さんに、さすがに我慢の限界を迎えた俺は、
実力行使とばかりに、母さんの頭に拳を振り下ろした。

 それは、見事に母さんの脳天にヒットし、その衝撃で、母さんの暴走は止まる。

「ふえええ〜〜〜っ! まこりんがぶった〜っ!」

 俺に殴られた頭を抱え、目に涙を浮かべて俺に抗議の声を上げる母さん。

 一応、断っておくが、そんな泣かれるほど強く殴ってないぞ。
 母さんの涙目は、あくまでポーズだ。

「ぼうりょくはんた〜い! ようじぎゃくた〜い!」

「誰が幼児だ? 誰が?」

 そんな母さんを軽くあしらいつつ、俺は冷蔵庫から取り出した牛乳をコップに注ぎ、
それを一気に飲み干した後、椅子に座った。

「そんな事より、早く朝メシ作ってくれよ」

 そして、パンパンとテーブルを叩くと、朝メシを催促する。

「む〜……何か、まこりんって、みーちゃんには優しくないよね?」

「優しくして欲しかったら、もう少し母親らしい態度を取ってくれよ」

「むむむ〜……」

 俺の素っ気無い態度に頬を膨らませつつも、母さんは台所へと向き直り……、


「と〜〜お〜〜い〜〜、ほし〜から〜♪ や〜〜って〜き〜た〜♪
ひょ〜〜うき〜ん〜ま〜ん〜と〜を、な〜〜びか〜せ〜て〜♪」



 非常にマニアックな、だけと母さんの年齢ならば頷ける歌を口ずさみ、
その歌のリズムに合わせるように腰を振りながら、料理を再開した。

「…………」

 母さんの腰が揺れる度に、後ろに蝶結びで結んだエプロンの紐もまた、
フリフリと可愛らしく揺れる。

 そんな母さんの後姿を見ていると、親父が母さん相手に、
間違いを犯してしまったのも、充分に頷け……、

「……って、俺は何を考えてるんだ」

 目の前で揺れる母さんのお尻に、自分の目が釘付けになっているのに気付いた俺は、
慌てて、そこから目を逸らし、頭をブンブンと振って雑念を払う。

 そして、今、考えてしまった事を忘れるかのように……、

「なあ、母さん……」

「ん〜? な〜に?」

「最近、家に帰って来ること多くないか?」

 ……ふと、疑問に思った事を、母さんに訊ねた。

 ――そう。
 確かに、最近、母さんは家にいる事が多い。

 昔は、月に一度か二度帰ってくるのがせいぜいだったのに、
最近は、週に一度くらいのペースになっているのだ。

 最初の頃は特に気にしていなかったが、俺が高校に入ってから……、
 特に二年に進級してからは、そのペースアップが顕著になってきている。

 まあ、その理由は、だいたい予想できる。
 でも、もし、俺の予想通りの理由なら、ちゃんと母さんの口から聞きたかった。

 だから、今、こうして、母さんに訊ねたのだが……、

「……誠は、私に家に帰って来られちゃ嫌なの?」

 どうやら、母さんは、俺の言葉を悪い意味に捉えてしまったみたいだ。

 料理をする手を止めぬまま――
 俺に背を向けたまま――

 ……寂しそうに、そう言った。

 そんな母さんの様子の変化に気付き、俺は慌ててフォローを入れる。

「そんなことない……、
母さんが帰って来てくれて、俺は凄く嬉しい」

 と、言ってしまってから、俺は苦笑した。

 いや……、
 これは、フォローなんかじゃないな。

 この言葉は……俺の正直な気持ちだ。

 普段とのギャップのせいだろうか……、
 シリアスモードになった母さん相手だと、何故か、素直になっちまうんだよな。

「ホントに……そう思ってる?」

 ここで、ようやく、母さんはこちらを振り向く。
 そして、不安そうな表情を浮かべて、そう訊ねてきた。

「……当たり前だろ」

 さっきは思わず素直に答えてしまったので、
今度は、意識してぶっきらぼうに答え、そっぽを向く俺。

 すると、母さんは、そんな俺の態度を見て……、

「うふふ♪ 良かった♪」

 と、そう言って、クスッと微笑み、味噌汁とご飯をお椀に善そって俺の前に置き、
出来上がった卵焼きと焼き魚を、テーブルに並べた。

 そして、ヒョイッと俺の膝の上に跳び乗り、そこに座る。

「あ……?」

 その行為があまりに自然だった為、思わず、何の疑問も持たずに、
俺は母さんを膝の上に迎え入れてしまった。

「だから、調子に乗るなって――」

 すぐに我に返り、自分の膝の上から母さんを下ろそうと、
俺は、母さんの小柄な体を持ち上げる。

 だが……、

「――ゴメンね、誠」

「母さん……?」

 まだ、母さんがシリアスモードを続けていたので、そのまま、話を聞くことにした。
 母さんは、こういう時にふざけた事を言ったりしないからな……、

「何で、謝るんだよ?」

 俺の胸にもたれ掛かってきた母さんの体を、
後ろから手を回して支えつつ、俺は母さんに訊ねる。

「だって……今まで、寂しい思いをさせてきたでしょ」

「今まで、ってことは……これからはそうじゃないのか?」

「うん♪ まるちゃんが藤田家に嫁いで、もう一年経ったでしょ?」

「嫁いでって……まあ、良いけどさ」

 浩之の家で運用テストを行っているマルチに対して、『嫁いだ』という表現を使うところに、
非常に母さんらしさを覚え、苦笑しつつ、俺は母さんの言葉に耳を傾ける。

「それで、学習レベルも随分と安定してきたから、
今後は、定期的なメンテナンスだけで充分ってことになったんだよ」

 そこまで言って、、母さんは俺を見上げると、ニコッと優しく微笑んだ。
 そして……、

「だから……これからは、もっとたくさん一緒にいてあげられるよ」

「そっか……」

 母さんが語った答え……、
 それは、俺が予想していたものとほぼ同じだった。

 ……そして、俺が聞きたかった答えもまた、それと同じだった。

 
来栖川エレクトロニクス――
 中央研究所第七研究開発室HM開発課――

 俺の両親は、長瀬主任のもと、そこでメイドロボの研究を続けてきた。
 つまり、マルチとセリオの開発に携わってきたわけだ。

 それはもう、長い年月を……、
 俺が生まれる、ずっと前から……、

 そして、その努力の結果、マルチとセリオは誕生し、今に至る。

 セリオは、綾香さんを主人として来栖川家に仕え……、
 マルチは、一般家庭での運用テストとして藤田家へ……、

 母さん達の研究は、全て上手くいったと言えるだろう。
 それは、まさに、科学の歴史に残る偉業だ。

 だが、その代償として、俺は、幼い頃から一人で暮らす事になった。

 さくら達や、はるかさん達がいてくれたから、つらくは無かったが、
寂しくない、なんて事は無かった。

 でも、だからと言って、俺は母さん達を恨んじゃいない。
 何故なら……、



 ――母さん達だって、つらかっただろうから。



「……じゃあ、これからは家から通勤するのか?」

 と、なんとなく母さんの頭を撫でながら、俺が訊ねると、
母さんは、申し訳なさそうに、首を横に振る。

「ううん……そういうわけにはいかないかな。
まだ、まるちゃんやせりちゃんの妹達の件が残ってるからね」

「妹達って……量産型のことか?」

「そうだよ。来栖川邸に試作機が一人いるけど、
あの子を、さらにコストダウンさせなくちゃいけないの」

 そう言う母さんは、ちょっと複雑そうな表情をしている。
 多分、マルチの妹達に感情プログラムを組み込めなくなったのが悔しいのだろう。

「仕方ない事とはいえ、残念だったな」

「うん……でも、いつかは……」

 いつかは、全てのメイドロボに感情を――
 そして、メイドロボ達が、人間の友達になれるように――

 その幼い外見とは裏腹に、母さんの瞳の輝きは強い意志を感じさせる。

 そんな母さんの瞳が、俺にはたまらなく眩しくて……、
 そんな瞳を持った人が、自分の母親だと思うと、凄く誇らしくて……、

 いつか……、
 俺も、母さんのような大人になれるのだろうか?

「……ふふっ」

「……ははは」

 珍しく、真面目な話を長々と続けてしまったせいか、
俺と母さんは、思わず顔を見合わせ、言葉を失ってしまう。

 そして、二人同時にプッと吹き出し、軽く肩を竦めると……、

「……朝ご飯、食べよっか♪」

「そうだな……」

 ……すっかり忘れていた朝メシを食べることにした。

 どうやら、随分と長い時間、話し込んでいたようだ。
 出来立てだった料理が、全部、冷めてしまっている。

 まあ、卵焼きも焼き魚も、少しくらい冷めたって大丈夫なので、
俺はそのまま食べようと、箸を持った。

 だが、ここで、ちょっと問題が生じる。
 それは……、





「…………」

「…………」

「……おい」

「な〜に? まこりん?」

「いつまで人の膝の上に座ってるつもりだ?」





 ――そう。

 今から、メシを食べようとしているのに、
母さんは、俺の膝から降りようとしないのである。

 つまり……、
 それが何を意味するのかと言うと……、





「まこりん……食べさせて♪」

「ざけんなっ!!」





 ……というわけである。(泣)

 こいつ……、
 もしかして、さっきまでの真面目な話は、この企みへの伏線か?

 と、そんな事を考えつつ、俺は母さんを膝から降ろすのを諦め、無言で箸を進めることにした。

 一応、言っておくが……、
 母さんが言うような恥ずかしい真似をするつもりは毛頭無いぞ。

 だから、俺は、その小さな口をいっぱいに開けて、
食べてさせて貰うのを待つ母さんを無視し、パクパクとメシを口に運ぶ。





「あ〜ん♪」

「…………」(汗)





 いや……
 正確には、無視しようと努力はした。

 だが……、








「あ〜ん♪」

「…………」(大汗)



「あ〜ん♪」

「…………」(滝汗)



「あ〜ん♪」

「わかったよ……やれば良いんだろ、やれば」(泣)








 結局――

 
無邪気に口を開けて待っている母さんの愛らしさに……、
 しつこく口を開けて待っている母さんに根負けして……、



「ほら、あ〜ん……」

「あ〜ん♪ (ぱくっ) もぐもぐ」



 まるで某ヒロシと平面ガエルのコンビの如く、
俺は、自分が食べるのと並行して、母さんの口にも、メシを運ぶのだった。
















「んふふ〜♪ 美味しいね、まこりん♪」

「……自分が作ったんだろうが」

「まこりんに食べさせて貰えた分、余計に美味しいよ♪」

「はいはい……ほら、次だぞ、あ〜ん」

「あ〜ん♪」








 まあ、なんだ……、
 たまには、こういうのも良いかもな?








<おわり>
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