Heart to Heart

    第147話 「どんぶりファイター」







『代々森〜……代々森〜……』





 電車に揺られること、約一時間――

 目的地である『代々森駅』へと到着した俺は、改札口を出るなり、
長時間、電車に乗って疲れた体を解す為に、軽く伸びをした。

 そして、以前、ここに来た時の記憶を手繰りつつ、俺は商店街がある方角へと歩き出す。

 ――えっ?
 こんな、地元から離れた街に何の用なのか、って?

 別に、大した用事じゃないぞ。
 ただ、愛用のノートパソコンの増設用ハードディスクを買いに来ただけだ。

 もちろん、地元にもPC専門店はあるんだけど、こっちにある店の方が安く買えるんだよ。

 なにせ、親の仕送りとシェアウェアの稼ぎだけで生活してる身だからな。
 可能な限り、出費は抑えたいのだ。

 バイトをする、という手段もあるのだが、
何故か、俺がバイトをしようとすると、さくら達があまり良い顔をしない。

 まあ、さくら達の考えが何であれ、
俺としても、出来ればバイトする事態は避けたいところだったりするのだが……、

 だってさ……、
 バイトしてたら、その分、さくら達を構ってやれないし……、

 とまあ、それはともかく……、

 そういうわけで、俺は、こんな遠い街にまで、わざわざやって来ているのだ。

「――ん?」

 目指す商店街へと向かう途中、ふと、俺は一件の店の前で立ち止まった。

 その店の名前は『牛野屋』――

 ――そう。
 おそらく、日本で最も有名な牛丼チェーン店だ。

 そういえば……、
 まだ、昼メシを食ってなかったな。

 電車の中で時間が過ぎてしまっていたからだろう。
 今、この瞬間まで、そんな重大な事をすっかり忘れていた。

 そして……、


 
ぐぅぅぅぅ〜〜〜……


 ……それを思い出した途端、俺の腹が空腹を訴える。

「まずは、腹ごしらえからだな……」

 と、呟きつつ、俺は、自分の欲求に赴くまま行動する事にした。

 まあ、空腹を我慢しなければいけない理由は無いからな。
 財布の中身も、ある程度は余裕を持って用意して来ているし……、

「いらっしゃいませ〜!」

 店内に入ると、アルバイト店員の元気な声が俺を出迎える。
 それを耳にしながら、俺は軽く店内を見回した。

 ……結構、繁盛してるじゃねーか。

 と、店内のほとんど満席状態を見て、内心で呟く俺。

 そして、壁に貼られたポスターを見て、
ちょっと前から牛野屋は大幅な値下げをしている事を思い出した。

 そういえば、ここ最近、狂牛病やら何やらで、牛肉の売れ行きが悪くなってるからな。
 こうして、思い切って安くしないと、それまでの売上げをキープできないのだろう。

 ……で、その思惑は、一応、成功してるってわけか。

 そんな事を考えつつ、俺は空いている席を探す。
 そして、唯一、空いていた席を発見した。

 だが、残念ながら相席である。
 しかも、そこに座っているのは、ちょっとこういう店には似つかわしくない人物だった。

 綺麗に切り揃えられたストレートの長い髪――
 かなり天然入ってそうな、幼さの残る可愛い顔立ち――

 年齢的には、俺より少し上の……大学生くらいだろうか?
 でも、美人と表現するよりは、まだ美少女と言った方が適切だろう。

 さて、どうしよう……、
 座っても良いものかどうか……、

 と、そんな美少女と相席することに、俺は一瞬、躊躇する。

 だが、周囲で美味しくメシを食っている中、
席が空くまで一人だけ立って待っているのは嫌だったので、構わず座ることにした。

 考えてみれば、こういう店では、相席は当たり前のように頻繁にあるわけだし、
文句を言われることは無いだろう。

 見知らぬ相手と相席するっていうのは、ちょっと落ち着かないが、
サッサと食事を済ませてしまえば良いのだ。

 そういうわけで……、



「すみません……ここ、良いですか?」

「――ぱぎゅ?」



 いきなり話し掛けられて驚いたのだろう。
 一応、相席しても良いかどうか訪ねる俺に、その女性は一瞬だけ目を見開く。

 だが、すぐに人懐こい笑みを浮かべ……、

「はい、どうぞですの〜」

 ……と、ちょっと間延びした声で、心良く頷いてくれた。

「それじゃあ、遠慮無く……」

 人の良さそうな相手だと知って、軽く安堵しつつ、俺は彼女の正面に座り、
お茶を持ってきた店員に牛丼の特盛りを注文した。

 そして、待つこと数分――

「お待ちどうさまでした。特盛り一人前です」

 ほぼ同時に、俺と彼女の前に、特盛りの丼が置かれる。

「いただきますですの〜♪」

 どうやら、女性の割にはかなり食べるみたいだ。

 特盛りの丼を前にして、にこにこと微笑みながら行儀良く手を合わせると、
彼女はパクパクと軽快なスピードで、ご飯を口に運んでいく。

「美味しいですの〜♪」

「…………」

 そんな彼女の姿に、なんとなく既知感を覚え、つい、まじまじと見つめてしまう俺。

 その俺の視線に気が付いたのだろう。
 彼女は、箸を動かす手を止めて、キョトンとした表情で、こちらに目を向けてきた。

「……すばるの顔に何かついてますの?」

「い、いや……何でもないです」

 そう言って、訊ねてきた彼女から、俺は慌てて視線を逸らし、
自分の丼に集中することにする。

 い、いかんいかん……、
 もしかしたら、怪しい奴だ、と思われたかも……、

 と、ちょっと冷や汗を掻きつつ、俺は紅生姜と七味唐辛子を牛丼に掛け、
その場の状況を誤魔化すように、一気に掻き込んだ。

「……?」

 どうやら、彼女も気にしない事にしたようで、
不思議そうに軽く首を傾げた後、再び食事を再開する。


 
ぱくぱくぱくぱく……

 
がつがつがつがつ……


 それからは、お互い、何事も無かったかのように、黙々と箸を動かし続ける。

 そして――





(での)!」





 俺と彼女が、まったく同時に、空になった丼を店員に差し出し、追加注文をした。

「――ん?」

「――ぱぎゅ?」

 そのタイミングが、あまりにピッタリだった為に、
俺達は、思わず顔を見合わせ、見詰め合ってしまう。

 その瞬間……、
 俺は、さっき覚えた既知感が、何だったのかを悟った。





 ……この感覚は、あの時と同じだったのだ。

 柏木 楓――
 川名 みさき――
 スフィー=リム=アトワリア=クリエール――

 彼女達の存在を知った時……、
 彼女達と初めて出会った時……、

 ――その時に感じた、あの戦慄と、まったく同じだったのだ。

 そう……、
 つまりである……、

 今、俺の目の前にいる彼女も……、








 ……俺達と同類なのだ。








 
バチバチバチバチッ!!


 俺が、その事に気が付いた瞬間、俺と彼女の間で、激しい火花が散った。

 見れば、彼女の目つきも、先程までとは違い、真剣なものに変わっている。
 どうやら、彼女も、俺と同じ結論に達したようだ。

「……キミ、名前は?」

「藤井 誠だ……あんたは?」

「……『御影 すばる』ですの」

 闘いの前の儀式とばかりに、互いの自己紹介を済ませる俺とすばるさん。

 ――はて?
 何処かで聞いたことがある名前だな?

 と、彼女の名前を聞き、俺は何故か、記憶の隅に引っ掛かりを覚える。

 だが、そんな事はどうでも良いことだ。
 今は、目前の好敵手との闘いに意識を集中しなければいけない。

「はっはっはっはっ……」

「ふっふっふっふっ……」

 なおも火花を散らしつつ、不敵な笑みを浮かべる俺達。

「お、お待たせしました……」(汗)

 そんな俺達の異様な雰囲気に恐怖したのだろう。

 店員が、引きつった笑みを浮かべながら、
さっき俺達が追加注文した特盛りの丼を、振るえる手で置く。

 それが……、








 ……決戦のゴングとなった。
















「特盛りおかわり! 卵付きっ!」

「特盛りつゆだく、おかわりですの!」

「牛鮭定食! 大盛りで!」

「大盛りと味噌汁、お願いしますですの!」

「ええいっ! 面倒だっ! 特盛り五杯!!」

「こっちは特盛り六杯ですのーっ!!」

「うおおおおおおーーーーっ!!」

「ぱぎゅぅぅぅぅーーーーーっ!!」
















 で、その勝負の結果だが――


「ひ、引き分けですの……」

「……ですね」

 お互い、最後の特盛りを注文したところで、手持ちのお金が底を突き、
結局、引き分けという結果に終わった。(笑)

 すっかり寂しくなった懐に、ちょっと虚しさを覚えつつ、俺とすばるさんは店を出る。

 やれやれ……、
 ハードディスクを買いに来た、っていう当初の目的を果たさぬまま、金を使い切ってしまったな。

 本来の目的も忘れ、後先考えずに突っ走ってしまった自分の馬鹿さ加減に、
俺は自分自身に呆て、深々と溜息をつく。

 だが、財布の中身がスッカラカンになったからと言って、別に後悔は無い。
 何故なら……、

「良い勝負でしたの〜♪」

「……そうですね」

「新しい友達ができて嬉しいですの〜♪」

「ははは……」

 こんなに素直に……、
 心から楽しそうに笑える人と知り合えたわけだしな。

 と、無邪気に微笑むすばるさんに、俺は苦笑した。

 その後、牛野屋を出た俺達は、
主にお互いの事について雑談を交わしながら、しばらく一緒に街を歩く。

 俺は金を使い果たして、買い物に行く必要が無くなったし、
すばるさんは、元々、こっち方面に用事があったからだ。

「さて、それじゃあ……」

「はいですの。またいつか、一緒にご飯を食べますの。」

 そして、駅前に到着したところで、俺達は再会を誓い合うように握手をした。

「……帰るか」

 元気一杯に手を振って去っていくすばるさんを見送り、
俺は切符を買う為に、改札口へと向かう。

 それにしても、すばるさんか……、
 ハードディスクが買えなくなったのは残念だったが、彼女に会えたのは良かった。

 こういう偶然の出会いがあるから、たまに遠出するのも悪くないんだよな。

 次は、いつ会えるだろうか?
 もし、また会えたなら、今度は楓さんやスフィーさんも一緒に……、

 と、次の対決を想像しつつ、俺は財布を取り出そうと、ポケットに手を入れ……、

「あ……っ!!」

 ……ふと、ある事に気が付いて、手を止めた。

 しまった……、
 帰りの電車賃が無い。

 牛野屋でメシを食った時、ハーディスク用の代金だけじゃなく、
帰りの電車賃まで使ってしまっていたのだ。

「やばい……やばすぎる」

 自分のあまりの迂闊さに、俺は頭を抱える。

 だが、頭を抱えていても、財布の中身が増える訳ではないので、
家に電話して誰かに迎えに来てもらう為に、財布の中から十円玉を……、

「ぐはっ!! 電話代すら無いっ!」

 ……取り出せなかった。(泣)

 財布の中身は、たったの7円のみだったのだ。
 しかも、テレホンカードなんて持っていないので、もうどうする事もできない。

「……どうしよう?」

 帰る手段を無くし、俺は途方に暮れる。

 こ、こうなったら、歩いて帰るしかないのか?
 でも、電車一時間も掛かる距離を徒歩で行くのは、果てしなく疲れそうだ。

 せめて、この街に知り合いでもいればな〜……、

「……って、いるじゃん」

 と、その瞬間、俺はこの街で唯一の知り合いの顔を思い出し、ポンッと手を叩いた。

 ――そう。
 確かに、この街にも、唯一の知り合いはいる。

 ……なにせ、今、知り合ったばかりなのだから。

「たしか……あっちに行ったよな?」

 と、俺は、あの人が立ち去った方角へと視線を向ける。

 急げば、まだ間に合うかも……、
 でも、さっき別れたばかりだし……、

 何より、いきなり金を貸して欲しいなんて、図々しい事を頼むのは気が引ける。
 だいたい、さっき知り合ったばかりの男に、金を貸してくれるとは考え難い。

 だが、そうでもしないと、延々と歩いて帰る羽目になるし……、


 ……。

 …………。

 ………………。


 ……ええいっ!! くそっ!!
 どうしようも無いじゃねーかっ!!

 むちゃくちゃ恥ずかしいけど……、
 死ぬほど情けないけど……、

 他に方法が思い付かないんじゃ仕方がないっ!

 そう決心した俺は、ここは自分のプライドには鳴りを潜めてもらう事にし、
全力で、あの人が去って行った方へと駆け出す。

 そして……、
















「すばるさぁぁぁぁーーんっ!!
金貸してくれぇぇぇーーっ!!」

















 というわけで……、

 俺は、恥も外聞をかなぐり捨て、知り合ったばかりのすばるさんに金を借り、
無事、帰宅することができたのだった。








 ああ……、
 俺って、なんて無様なんだ……、(泣)








<おわり>
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