Heart to Heart

     第146話 「じゅうなんたいそう」







「それじゃあ、葵ちゃん……いくぞ」

「藤井君……お願いだから、ゆっくりね」

「分かってるって。痛かったら言ってくれよ」

「うん……」

「よっ……と……」

「んっ……痛っ!」

「あっ! 悪いっ! ちょっと強すぎたか?」

「ううん、大丈夫……そのまま続けて」

「あ、ああ……」
















「って、何やってるんですかぁぁぁ
ぁぁぁぁぁぁーーーーっ!」


「まーくんのえっちぃぃぃぃぃぃぃ
ぃぃぃぃぃぃーーーっ!!」






 
すぱかぁぁぁぁーーーんっ!!





「にょぇぇぇぇーーーーっ!!」
















 え〜っと……、
 まあ、なんだ……、

 以前にも、似たような始め方をしたような気がするが……、

 初っ端から飛ばしまくってて、何が何やらサッパリだろうと思うから、
取り敢えず、最初から説明することにしよう。








 ある土曜日の放課後――

 ホームルームが終わり、ユリカ先生が教室を出たと同時に、
生徒達は先を争うかのように帰り支度を始める。

 まあ、何と言っても、今日は土曜日……、
 今日という一日は、まだ半分も残っているのだ。

 これから遊びに行くにしても、部活に精を出すにしても、
ついつい急ぎ足になってしまうのも仕方の無いことだろう。

 で、俺達もまた、そんな生徒達の御多分に洩れず、
帰りにカラオケにでも寄って行こうか、と、午後の予定を話し合っていた。

 と、そこへ……、


「はあ〜……」


 ……深い深い溜息が、俺達の耳に飛び込んでくる。

 その溜息は、俺のすぐ前の座席から……、
 つまり、そこに座る葵ちゃんから聞こえてきたものだった。

「葵ちゃん……どうしたんだ?」

 珍しいと言うか、らしくないと言うか……、

 そんな葵ちゃんの様子を不思議に思った俺は、
さくら達との話を中断して、葵ちゃんの方へと目を向ける。

 そして、単刀直入に、理由を訊ねてみたのだが……、

「うん……」

 ……と、返って来たのは気の抜けた返事のみ。

 やれやれ……、
 何があったか知らないけど、こりゃ重症だな。

「もしかして……浩之か?」

「――えっ!?」

 俺の言葉を聞き、目を見開く葵ちゃん。
 その表情から、『どうして分かったの?』と言っているのが、如実に見て取れる。

 う〜む……、
 ホント、葵ちゃんって、正直な子だよな〜……、

 そんな葵ちゃんの様子を見て、俺は苦笑する。

 葵ちゃんが元気が無い原因と言えば、浩之関係くらいしか思い浮かばないから、
ものは試しにカマを掛けてみただけだったんだけど……、

 ここまでストレートに反応してくれるとは思わなかったな。
 まったく、素直と言うか、何と言うか……、

 まあ、それはともかく……、

「浩之と喧嘩でもしたのか?」

 と、それは絶対に有り得ないだろうな、と、思いつつ、
俺は再びカマを掛けるような訊ね方をする。

 すると、案の定、首をブンブンと勢い良く振って、葵ちゃんは俺の言葉を否定する。
 そして……、

「そ、そんな事ないよっ! ただ……」

「――ただ?」

「藤田先輩……今日は練習に来れないらしいの」

「……なるほど」

 葵ちゃんのその言葉に、俺は納得した。
 確かに、それが理由なら、思わず溜息をついてしまうのも頷けるからだ。

 なにせ、我が校のエクストリーム同好会の部員は、葵ちゃんと浩之の二人だけなのだ。

 つまり、その内の一人である浩之が休むという事は、
必然的に、その日の練習は葵ちゃん一人きりになってしまうわけで……、

「それは、ちょっと寂しいな……」

「うん……でも、どうしても外せない用事らしいから、仕方ないよ。
それに、藤田先輩と出会う前は、いつも一人で練習してたんだから、全然、平気だし」

 そう言って、強がった微笑みを浮かべる葵ちゃん。

 でも、どんなに強がって見せていても、根が正直な葵ちゃんである。
 寂しそうな表情が、全然隠し切れていない。

 そんな葵ちゃんを、放っておけるわけもなく……、

「やれやれ……」

 俺は苦笑を浮かべ、軽く肩を竦めると、隣にいるさくら達に視線を向けた。

 それだけで、俺の言いたい事を理解してくれたのだろう。
 さくらとあかねは、優しく微笑んで、コクリと頷く。

 そして……、

「なあ、葵ちゃん……」

「そんなに役に立てないと思うけど……」

「……わたし達が、お付き合いしますよ」








 というわけで……、

 及ばずながら、今日は葵ちゃんの練習に付き合う事になった。

 さくらとあかねは掃除当番だった為、
取り敢えず、俺と葵ちゃんだけで、練習場である裏山の神社へと向かう。

 で、練習を始める前に、しっかりと準備体操と柔軟体操を行う事になったのだが……、

 それで、だ……、
 やった事がある人なら、想像できると思うが……、

 柔軟体操ってのは、二人一組で行うものである。
 だから、当然、この場合は、俺と葵ちゃんとで行うのだが……、

 ……そこで、ちょっと想像してみて欲しい。

 柔軟体操って、何気にヤバイ体勢が多いだろ?

 仰向けになった相手の肩に足を引っ掛けて持ち上げたりとか――
 開脚して座った相手の背中を後ろから押したりとか――

 しかも、葵ちゃんの恰好は、体操服にブルマー姿だ。
 事情を知らずに端から見たら、俺が葵ちゃんを襲っているように見えないでもない。

 この神社って、あまり人気が無いし……、

 それに加えて、冒頭の会話である。
 もう、誤解してくれ、と言っているようなものだ。

 で、お約束通り、そんなヤバ気な光景を、遅れてやって来たさくらとあかねに目撃され……、
 見事なまでに誤解してくれた二人のツープラトンアタックで、俺は宙を舞う羽目に……、








 ……とまあ、これが冒頭の全容なわけである。
















「……ったく、お前らと付き合ってると生傷が絶えんな」

「「――ゴメンナサイ」」

 葵ちゃんから受け取った濡れタオルを頬に当て、傷を冷やしつつ、
俺はさくらとあかねに、ちょっと責めるような視線を向けた。

 その視線に晒され、しゅんと小さくなるさくら達。

 心が狭い、とか言うなよ。
 別に、俺は何も悪いことしてないんだからな。

 それに、いくら俺が某女子寮の管理人の如く頑丈な体してても、
限界ってもんはあるわけだし、痛いものは痛いんだぞ。

 だから、ちょっとくらい、さくら達を責めたって、罰は当たらないはずだ。

 まあ、誤解されるような紛らわしい真似してた俺にも、多少は落ち度があるわけだし……、

 このくらいで勘弁しやろうかな……、
 二人とも、悪気があってやったわけじゃないんだしな。

「これからは、もうちょっと冷静に考えてから行動しろよ」

「……うん」

「……はい」

 俺の言葉に、半泣きの顔で神妙に頷くさくらとあかね。

 どうやら、ちゃんと反省してくれているようだ。
 これを機に、早合点するような事が無くなってくれれば良いけど……、

 まあ、それはともかく……、

「それにしても……葵ちゃんって、意外と体が堅いんだな?」

 取り敢えず、この重い空気を一掃する為に、
俺は適当に話題を変える事にした。

 で、その話題の材料として、さっき葵ちゃんの柔軟体操をした時に気になった事を、
本人に直接訊ねてみる。

 すると……、

「う、うん……頑張って柔らかくなろうとはしてるんだけど……」

 ……と、そう言って、葵ちゃんはちょっと表情を曇らせてしまった。

「そ、そうなんだ……」

 そんな葵ちゃんの反応に、俺は何て言って良いのか分からず、
ポリポリと頭を掻くことしかできない。

 う〜む……、
 実は、結構気にしてたんだな……、

 確かに、考えてみれば、体が堅いって要素は、
格闘技をやる上で、色々と不利に働きそうだもんな。

 だからこそ、葵ちゃんは、ああして懸命に柔軟をやっていたわけで……、

 さて、どうフォローしたものかな?
 出来れば、葵ちゃんの悩みを解決してあげたいところだけど……、

 でも、こういうのは、生まれつきっていうのもあるし、地道に努力するしか方法は無いからな。
 良く『お酢を飲むと良い』って聞くけど、信憑性が無いし……、

 と、俺がそんな事を考えていると……、

「ねえ、藤井君? 何か、体が柔らかくなるのに良い方法って無いかな?」

 藁にもすがる思いなのだろう。
 そう言って、葵ちゃんは、俺に期待の眼差しを向けてきた。

「何で、そんな事を俺に訊くんだよ?」

「だって、藤井君って何気に物知りだから、何か意外な方法とか知ってそうだし……」

「意外な方法、と言われてもな〜……」

 その眼差しを前に、俺は再び言葉を詰まらせてしまう。

 他でも無い葵ちゃんの頼みだ。
 出来ることならば、なんとかしてあげたい。

 しかし、さっきも言ったことが、柔軟性っていうのは、
先天的なものか、もしくは地道な努力によって生まれるものだ。

 そして、葵ちゃんの事だから、今までにも努力は続けてきているはずである。
 それでも、あれだけ堅いのだから、並大抵の努力じゃないと……、

「……やっぱり、無理かな?」

「そ、そんな事は……」(汗)

 俺の口調から、答えをある程度は読み取ったのだろう。
 葵ちゃんの表情が、さらに曇っていく。

 俺は、慌ててフォローの言葉を探すが、咄嗟に良い言葉が思い浮かばない。
 ってゆーか、迷信に近い、適当な方法を教えるのは簡単なんだけど……、

 そうする事で、葵ちゃんの努力を無駄なものにしたくはないんだよな。

 葵ちゃんの得意技であるハイキックを見る限りでは、
その努力は、少しずつではあるが結果を出してきている。

 ならば、今まで通り、地道な努力を続けることが、結局は近道になるのだ。

 そういうたゆまぬ努力こそが、葵ちゃんのスタイルなわけだし、
ここで、俺が妙な入れ知恵をするのは、葵ちゃんにとってマイナスにしかならないだろう。

「あのさ、葵ちゃん……

 しばらく考え、その事を葵ちゃんに伝えようと、俺は彼女に向き直った。
 と、そこへ……、

「ねえ、葵ちゃん……」

「……方法なら、無いこともないですよ」

 それまで、黙って俺達の話を聞いていたさくらとあかねが、突然、割って入ってきた。

「ほ、本当っ!?」

 その言葉を聞き、葵ちゃんは勢い込んで、さくら達に訊ね返す。
 そんな葵ちゃんに、さくら達はコクコクと頷き……、

「はい……体を柔らかくするだけなら簡単ですよ」

「うみゅ、ちょっと変わった方法だけどね」

 ……そう言って、さくら達は、葵ちゃんにその『変わった方法』とやらを説明し始めた。

 その方法とは……、
















「たれてます〜♪」

「た、たれてるよ〜……」(汗)

「たれるがまま〜♪ たれゆくまま〜♪」
















「…………」(汗)
















 ま、まあ、なんだな……、
 確かに、体は柔らかくなってるんだろうが……、

「……これは方向性が違うだろ?」

 と、ツッコミを入れつつ、俺は『たれさくら』と『たれあかね』の頬をツンツンと突つく。


 
ぷにぷに……


 うむ……、
 なんとも言えぬ良い感触だ。

 ぷにぷにと柔らかく、それでいてしっとりとした肌触り――
 思わず、ずっと触り続けてしまいそうな不思議な感触――

 見事なたれっぷりである。
 しかも、さくらとあかねとで微妙に感触が違うのもグッドだ。

 これはもう、『たれ葵ちゃん』の感触もじっくりと確認したいところだが……、

 ……止めておこう。
 そんな事したら、さくら達にマジで半殺しにされそうだ。

 ここはグッと堪えて、さくらとあかねの感触を堪能するのに専念するべきだな。
 それに、さくらとあかねだけでも、俺としては充分に満足だし……、


 ……。

 …………。

 ………………。


 まあ、それはともかく……、








「たれさくらです〜♪」

「たれあおいだよ〜♪」

「たれあかねにゃ〜♪」








「…………」(大汗)








 こいつら……、
 このまま放っておいて良いのかな?

 最初は戸惑っていた葵ちゃんも、なんとなく楽しみ始めてるみたいだし……、








「次は積み重なってみまょ〜♪」

「親たれの〜、う〜え〜に、子たれをの〜せ〜て〜♪」

「子たれ〜の〜、う〜え〜に、孫たれの〜せ〜て〜♪」








「…………」(滝汗)








 この光景を……、
 例えば、坂下さんあたりが見たら、どう思うだろうな?

 また、『所詮、エクストリームなんてっ!』とか言い出さなきゃ良いけど……、

 と、ちょっと今後の展開に不安を覚えつつ……、








 
つんつん……

 
さわさわ……

 
ぷにぷに……








「きゃっ♪ もう、まーくんったら♪」

「そんなトコ、触っちゃダメ〜♪」








 ……俺は、思う存分、さくらとあかねのたれっぷりを堪能するのだった。








<おわり>
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