Heart to Heart
第145話 「資源は大切に」
――それは、ほんの気紛れだった。
「おっす! オラ、誠っ!」
「誠……朝から元気だな」
「誠さん、おはようございます〜♪」
ある日の朝――
俺は、いつもより、かなり早い時間に目が覚めてしまった。
どくのらい早かったのか言うと、
なんと、エリアよりも早く起きてしまったのだ。
まあ、実を言うと、こういう事は、それほど珍しいことでもない。
ほら、誰にだってあるだろ?
どういう訳か、やたらと早く目が覚めちまう日ってさ。
ただ、いつもと違うのは、目が覚めて、すぐにベッドから出た、という事だ。
いつもなら、早い時間に目が覚めても、時間になるまでポ〜ッとしている。
そうやってまどろんでる時間って、凄く気持ち良いからな。
で、エリアが起きて、朝メシの準備が出来たところで、
その匂いにつられるように、ベッドから出るのだ。
まあ、そうやって、エリアに甘えてばかりいるのもアレなので、
たまに、俺が朝メシを作って、エリアを起こしてやる時もあるけどな。
ただ、それをやると、エリアの寝顔を見た見られたで、
お互い意識しまくって、ちょっと気恥ずかしい思いをすることになるのだが……、
っと、それはともかく……、
いつもなら、朝のまどろみを楽しむところなのだが、
今日に限って、俺は目覚めてすぐにベッドから出たのである。
で、早く起きたのは良いものの、特にする事も無く――
なんとなく、早朝の散歩に出掛け――
浩之の家の前を通り掛ったところで、
家から出て来た浩之とマルチにバッタリと出くわしてしまった、というわけである……、
「それにしても……こんな時間に、どうしたんだ?」
「まあ、ちょっと早く目が覚めちまってな……」
そう言って、挨拶がてらにマルチの頭を撫でつつ、俺は、浩之の疑問に答える。
すると、浩之は……、
「勿体無い……俺だったら、絶対に二度寝するぞ」
……と、とても浩之らしい意見を聞かせてくれた。
確かに、浩之なら、朝の散歩なんぞに、貴重な睡眠時間を裂いたりはしないだろうな。
時間の許す限り、ギリギリまで寝てそうなタイプだし……、
まあ、そう言う俺も、似たようなものなんだけどさ。
あくまで、今日の散歩は、ただの気紛れなのだ。
やっぱり、せっかく早く目が覚めたのなら、その分、ボケ〜っとしていたい。
「はははっ! やっぱり、お前もそう思うか!」
俺がそう言うと、同士を得たとばかりに、バンバンと俺の肩を叩きながら笑う浩之。
そんな浩之に、俺もまた、苦笑を浮かべる。
と、そこへ……、
「でも、お二人とも、二度寝するのは構いませんが、
お寝坊さんはいけませんよ〜」
「「……ゴメンなさい」」
困ったように、そして、ちょっと責めるような表情を浮かべるマルチの、
あまりにもっともな意見に、俺と浩之は思わず素直に頭を下げてしまった。
ううむ……、
返す言葉も無いとは、まさにこの事だな。
実際、二度寝した結果、寝坊しちまうのってよくあるし……、
と言っても、俺の場合、午前中の活動を支えるのに必要不可欠な『朝メシ』という要素があるので、
学校を遅刻するような致命的な寝坊は無いんだけどな。
しかし……、
まさか、あのマルチにツッコまれるとはな……、
正直、ちょっとショックだったりして……、
まあ、これも、マルチが成長している証なんだろうけどさ。
と、内心で俺は苦笑する。
そして、俺と同様に苦笑を浮かべている浩之に視線を戻し……、
「それで……浩之達は、こんな時間に何してるんだ?」
取り敢えず、話題を変える意図も含めて、
俺は先程から気になっていたことを、浩之達に訊ねた。
すると、浩之は足元に視線を向け……、
「何って……見ての通りだよ」
……そこに置かれた大きなゴミ袋を指差す。
なるほど……、
ゴミを出しに家を出て、そこで俺と出くわしたってわけか。
と、浩之達が持ってきたゴミ袋を見て、
今日が何の日かを思い出した俺は、納得顔で、ポンッと手を叩く。
「そういえば、今日って可燃ゴミの日だったな……」
「……家事をエリアに頼りっぱなしだ、って事が良く分かる発言だな」
「うぐぅ……」
浩之の鋭いツッコミに、思わず誰かさんの真似をしてしまう俺。
た、確かに……、
言われてみれば、俺って、最近、家事関係はエリアに頼りっぱなしかも……、
いや、正確には去年の夏から……、
即ち、エリアがこちらの世界で暮らし始めてから、だな。
それまでは、一応、家事は自分でやってたのに……、
まあ、さくら達も手伝ってくれたりしてたけど、
それでも、基本的には、掃除も洗濯も、全て自分でやっていた。
だというのに、今は……、
いかんっ! いかんぞっ!
このままでは、ダメダメ男になってしまうっ!!
これ以上、エリアやさくら達の負担を増やさない為にも、
耕一さんみたいな『ぐーたら』になってしまわない為にも、生活態度を改めなければっ!!
「おい……何、一人で意気込んでるんだ?
まあ、何を考えているのかは、だいたい想像つくけどな」
と、浩之の言葉に、我に返る俺。
そして、今、思った事を、早速、浩之に忠告することにした。
マルチと一緒に暮らしている以上、浩之も俺と似たようなモンだろうからな。
きっと、今の俺みたいに『ぐーたら』一歩手前のような状態になっているに違いない。
だが……、
「ああ、それについては心配いらねーよ」
俺の忠告を聞いた浩之から返ってきたのは、予想とは全く違うものだった。
「マルチも、まだまだ家事が全部出来るってわけじゃねーんだよ。
だから、俺がフォローしてやらねーとな」
「な、なるほど……」
その浩之の答えに、大いに納得する俺。
どうやら、マルチのドジッぷりは、まだまだ充分に発揮されているようだ。
そんな世話の掛かるマルチと一緒に暮らしてたら、『ぐーたら』してる暇なんてねーよな。
「はう〜……浩之さんには、いつもいつもご迷惑を掛けてばかりです〜」
俺達の会話を聞き、シュンとうな垂れるマルチ。
そんなマルチに、俺と浩之は慌ててフォローを入れる。
「ま、まあ、マルチもあかりやひかりさんの教育のおかげで、かなり上手くなってきてるし……、
マルチは学習型なんだから、気長に、のんびりやろうぜ」
「そうそう……それに、ドジなマルチがいるからこそ、
浩之は『ぐーたら』にならずに済んでるわけだし……」
「誠……それはフォローになってないぞ」(汗)
「…………あははー♪」
「笑って誤魔化すなっ!」
「そういう事いう人、嫌いです」
「お前……さっきから、誰の真似してるんだ?」
「まあ、色々とな……」
「はう〜……わたしはまだまだダメなメイドロボですぅ〜」(泣)
とまあ――
三人でバカな漫才を続けること、約数分――
「あの、浩之さん……そろそろ時間が……」
「「――ん?」」
マルチの言葉に、俺達は漫才(?)を中断し、同時に腕時計を見た。
見れば、まだ多少は余裕はあるものの、結構危険な時間だ。
俺の場合、ちょっと急いで帰らないと、朝メシ食ってる時間無くなるかも……、
「んじゃ、そろそろ時間もヤバイようだし、そろそろ戻るか?」
「そうだな……また、学校で会おうぜ」
「それでは失礼しますです〜」
と、俺の言葉に頷き、浩之達は足元に置いたままだったゴミ袋を持ち上げた。
そういえば、浩之達はゴミを捨てに行く途中だったっけ。
ってことは、俺が引き留めてしまっていたわけか……、
う〜む……そいつは、悪いことをしてしまったな。
――よしっ!
となれば、俺がするべき事は唯一つ……、
「……手伝おうか?」
引き留めてしまったお詫びのつもりで、俺はマルチが持っているゴミ袋に手を伸ばす。
だが……、
「い、いや……大丈夫だっ!」
「そ、そそそ、そうですよ……っ!」
それまでの落ち着きは何処へやら……、
俺の手がゴミ袋に触れた瞬間、浩之とマルチは、いきなり狼狽え始めた。
特に浩之の狼狽えぶりは尋常じゃない。
まるで、俺からマルチを守るように一歩踏み出し、その背にマルチを隠す。
「――?」
そんな二人の様子を、ちょっと疑問に思いつつ、
俺は構わずマルチのゴミ袋を取ろうと、浩之の後ろに回り込む。
「いいから、いいから。遠慮するなっ……て?」
そして、半ば強引に、マルチからゴミ袋を奪い取った俺は……、
……その予想外の軽さに驚いた。
「――軽い?」
見た目は、とてもマルチ一人では運べなさそうなくらいの大きさのゴミ袋。
だが、その重さは、俺が片手で楽々と運べるくらいのものだった。
……一体、何が入ってるんだ?
プライバシーの侵害だから、見てはいけないと思いつつも、
中身が気になった俺は、ついつい半透明のゴミ袋の中身に目を向けてしまう。
そして、その中身を見て……、
「……ティッシュ?」
……と、俺は小さく呟いた。
――そう。
見紛うことなく、ティッシュであった。。
そのゴミ袋の中身は、ほとんどが、
グシャグシャに丸められたティッシュで占められていたのだ。
「…………」(汗)
「…………」(汗)
俺の呟きを聞き、浩之とマルチは何故か頬を赤く染めると、
露骨に俺から視線を逸らす。
「――?」
そんな二人の反応に、再び疑問を抱く俺。
そして、何となく、考えてはいけないと思いつつも、
その疑問を解消する為に、少し想像力を働かせてみた。
ゴミ袋の中の大量のティッシュ――
二人は、それに気付かれまいとしていた――
そして、それを知られて恥ずかしがる二人の態度――
これらの要素から導き出される答えは……、
……。
…………。
………………。
なるほど……、
そういうことか……、
謎は、全て解けた。
やはり、真実はいつも一つだな。
……俺の推理は、ある結論に達する。
そして、そのあまりの現実味の高さに、
その推理は、すぐさま、俺の中で確信へと変わった。
でもまあ……、
万が一、という可能性もあることだし……、
「……なあ、浩之?」
と、一応、確認の為、俺は浩之に事の真相を訊ねてみる。
「もしかして……昨夜は、あかりさん、お泊りだったのか?」
「…………」
俺の質問に、浩之は黙したまま、何も語らない。
それどころか、訊ねる俺に、目を合わせようともしない。
その沈黙と、その態度が……、
間違いなく、俺の言葉を肯定している事を、雄弁に物語っていた。
「やれやれ……」
そんな浩之に、深々と溜息をつく俺。
そして、無言で歩み寄り、俺は肩をポンッと叩いた。
「あのな、浩之……」
「……な、何だ?」
「――程々にしとけよ」
「ほっとけっ!!」
まったく……、
これだから、性欲魔人は……、
まあ、それはともかく……、
あかりさん……、
今日はちゃんと学校に来れるんだろうか?
<おわり>
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