Heart to Heart

    第144話 「おおかみとひつじ」







「ふ〜〜〜あ〜〜〜む
あ〜〜〜〜〜〜〜〜いっ!!」

















「朝っぱらから何をアホなこと
やっとるかぁぁぁぁぁーーーっ!!」



 
ズガガガガガガガ!!


「きゃあああああーーーーっ!!」


 
ゴロゴロゴロゴロッ!!


 
ズドーーーーーンッ!!
















 ……。

 …………。

 ………………。


 え〜っと……、

 多分、あまりに突然の事で、よく分からなかったと思うから、
まず、ちゃんと初めから説明することにしよう。





 ある良く晴れた日の朝――

 今日は、エリアは朝から留守なので、自分で簡単に朝メシを作り、
それを食べた後、いつもより少し早くに、俺は学校に行こうと玄関を出た。

「うわっ……」

 外に出た途端、その日差しの眩しさに、
俺を目を細め、それを遮るように手をかざす。

 夏も近づく今日この頃……、
 そろそろ、冬服も暑くなってきたな……、

 と、そんな事を考えつつ、俺は何気なく、
強い日差しの向こうに見える、雲一つ無い青空を見上げる。

 そして……、



「何をやってるんだ……あの人は?」



 ……我が家の屋根のてっぺんに仁王立ちする、あやめさんの姿を発見した。

 あかねよりも少し濃い空色の長い髪を風になびかせて、
真剣な表情で、空を見据えているあやめさん。

 そんなあやめさんの様子に、何やらただならぬモノを感じ、
俺は思わず固唾を飲んで、あやめさんを見つめてしまう。

 そんな俺に見られているのを知ってか知らずか――
 あやめさんは、おもむろに両腕を振り上げ――

 ……で、冒頭のセリフを、大声で叫びやがったのである。

 ようするに、ジャッ○ー映画の『Who ○m I?』のシーンの一つを、
ただ再現してみたかっただけなわけだ。

 ……迷惑な話である。
 そういう事は、自分の家でやって欲しいものだ。

 まあ、それはともかく……、

 そのあやめさんの叫びを聞いた後の、俺の行動は早かった。

 彼女の声に負けないくらい、あらん限りの絶叫でツッコミを入れつつ、
マシンガンを取り出し、目標へピンポンイント連射。

 それをまともに食らったあやめさんは、
ゴロゴロと勢い良く屋根を転がり、派手な音を立てて地面に落下。





 そして、そのままピクリとも動かなくなった……、





 ……とまあ、これが事の全容である。

 ご近所迷惑な真似をした罰だな。
 まあ、これで懲りるとは到底思えないけどさ。

 ――え? 何?
 いくらなんでもやりすぎ、だって?

 確かに、普通の人間なら、最低でも入院、ヘタしたら死んでるだろけど、
この程度なら、あやめさんにはどうって事ないだろう。

 なにせ、ジャッ○ー好きの影響か、やたらとスタント技術が高いからな。
 それに、あやめさんは、充分普通じゃないし……、

「あやめさん……大丈夫ですか?」

 と、そう思いながらも、一応、無事を確認する為、
俺はマシンガンを肩に担いだまま、あやめさんに歩み寄る。

「あのねぇ、誠君……」

 すると、あやめさんは勢い良く足を振り上げ、その勢いを利用して、
クルッと宙返りの要領で、軽やかにに立ち上がった。

 そして、Gパンについた土をパンパンと手で掃いつつ……、

「一応、心配してくれるのは嬉しいけど、
それなら、最初から人を撃ち落としたりしないで欲しいわね」

 ……と、そう言って、俺をジト目で睨んできた。

「そもそもの原因は、あやめさんにあったと思うんですけどね」

 そんなあやめさんの視線を受け流しつつ、俺はマシンガンを懐にしまった。
 そして、あやめさんに奇行について問い詰めたい衝動をグッと堪え、話を進めることにする。

 なにせ、今は時間が無いのだ。
 サッサと話を終わらせて、学校に行かないとな。

「……で、こんな朝っぱらから、何か用ですか?」

 と、俺は、時間を気にしつつ、あやめさんに訊ねる。
 その途端、あやめさんは瞳をキラキラと輝かせて、俺に詰め寄ってきた。

「ねえ、誠君?」

「は、はい……?」

「今日……暇?」

「――はあ?」

 あまりに突拍子も無いその言葉に、俺は唖然としてしまう。

 何で、そんな答えの分かり切った事を訊くんだろう?
 俺みたいな学生は、平日は学校に行くんだから、暇なわけないのに……、

 しかし、そんな俺の意見など完全に無視し、
あやめさんは、ちょっと危ない目つきで、さらに俺に詰め寄ってくる。

『暇でしょ?! 暇よね?! 暇じゃないと怒るわよ?!」

「あ、あやめさん……取り敢えず、落ち着きましょう」(汗)

 何処からともなく取り出したゴルフクラブを俺に突き付けながら、
どんどん目の色が変わっていくあやめさんに、ちょっと引き気味になる俺。

 そして、あやめさんは、そんな俺の両肩をガシッと掴むと……、

「さあっ!! というわけで、映画見に行くわよっ!!」

 ……と、のたもうた。

 なるほど……、
 さっきの事といい、どうりで、やたらとテンションが高いわけだ。

 あやめさんの口から出た『映画』という単語を訊き、大いに納得する俺。

 そういえば、今日はジ○ッキー映画の新作が公開される日だ。
 確か、題名は『ラッシュ○ワー2』だったかな?

 まあ、映画の題名はともかく……、
 ジャ○キー映画の新作が公開されるとなれば、あやめさんのテンションがやたらと高いのも頷ける。

 でも……、

「一人で行けば良いじゃないですか」

 そう言って、俺はあやめさんの誘いを丁重に断る。

 何度も言うが、今日は平日なのである。
 学生は学校に行かなければならないのである。
 さくらとあかねが、いつもの場所で待っているのである。

 だから、それを放って、あやめさんと映画なんぞを見て行くわけにはいかないのだ。

 しかし、テンションが上がりまくっているあやめさんには、
そんな常識的な考えは通用しないようだ。

 あやめさんは、俺の腕を掴んで、強引に引っ張って行こうとする。
 当然、それに抗う術を、俺が持つわけがなく……、





「さあさあさあさあっ! サッサと行かないと上映時間になっちゃうわよっ!」

「あ、あの……あやめさん、俺は……」

「はいはいっ! お昼ご飯くらいならご馳走してあげるからっ!」

「い、いや……そうじゃなくて……」

「あー、もうっ!! なんなら、夜もたっぷりサービスしてあげるからっ!!」

「だあああああーーーーっ!!
何気にサラリと問題発言するなーーーーーーっ!!」

「え〜いがっかん♪ え〜いがっかん♪
まことくんとい〜っしょ〜に、え〜いがっかん♪」

「さくらーーーっ!! あかねーーーっ!! エリアーーーーっ!!
誰でも良いから、この人を止めてくれぇぇぇぇぇぇーーーーーーっ!!」





 
ずりずりずりずり……

 
ずりずりずりずり……





 とても女性とは思えない力で、あやめさんは俺を引き摺って行く。

 学校へ行く道とは、全く反対方向へと……、
 映画館がある駅前の方面へと……、





 どうやら……、
 最初から、俺に拒否権など存在していなかったようだ。





「んふふふふふふふ〜♪
カンフーアクションがあたしを待ってるわ〜♪」

「しくしくしくしくしくしく……」(泣)





 もういい……、
 好きにしてくれ……、
















 というわけで――

 結局、今日は学校をサボッて、
あやめさんと映画を見に行く羽目になってしまった。

 一応、時間ギリギリまで抵抗は続けたのだが、遅刻が確定した時点で潔く諦め、
仕方なく、今日一日、あやめさんに付き合う事にしたのだ。

 明日、ユリカ先生にどう言い訳するかが問題だが……、
 まあ、保護者同然であるあやめさんと一緒なわけだし、なんとかなるだろう。

 ちなみに、俺は今、あやめさんの旦那さんの服に着替えている。
 映画館に行く前に、河合宅に寄って、服を借りたのだ。

 ほら……、
 制服のままだと、色々とマズイからな……、

「さあ♪ もうすぐ上映時間よ♪」

 と、俺がそんな事を考えているうちに、あやめさんは、
二人分のチケットとジュースとポップコーンを持って、売店から戻って来る。

 どうやら、今日の代金は全部、あやめさんが払ってくれるようだ。

 まあ、こっちはほとんど無理矢理連れて来られたのだから、
当然と言えば当然なのだが……、

「ほらほら♪ 早く早く♪」

「あー、はいはい。分かりましたから、そんなに押さないでくださいよ」

 本当に、楽しみにしていたのだろう。
 ウキウキと声を弾ませて、あやめさんは急かすように、俺の背中を押してくる。

 そんなあやめさんの子供のような様子に苦笑しつつ、俺はホールへと入った。
 そして……、



「ぬお……」

「あらまあ……」



 ……ホールに足を踏み入れた瞬間、俺は絶句した。

 さすがのあやめさんも、目の前のあまりに珍しい情景に、
目を見開いて、言葉を失っている。

 まあ、それも無理はないだろう。
 何故なら……、








 ――ホールの中には、俺達以外、客は一人もいなかったのだから。








「さ、さすがは平日ね〜……」

「こういう事って、あるものなんですね……」

 ガランとしたホールの中を見回し、呆然と立ち尽くす俺とあやめさん。

 だが、そこはやっぱりあやめさんである。
 素早く我に返ると、俺を客席へと引っ張って行く。

「まあ、貸し切りだと思えば、結構得した気分よね〜♪」

「そ、それはそうかもしれませんけど……」

 と、そんな会話をしつつ、客席のド真ん中、特等席に陣取る俺達。

 しかしまあ、偶然とはいえ、たった二人で映画館を独占とは……、
 こういうのも贅沢と言うのだろうか……、

 ――ん? 何だろう?
 何か、妙に引っ掛かるものを感じる。

 俺の中の何かが、訴えている。
 けたたましく警報を鳴り響きかせている。

 これ以上、ここにいては危険だ、と……、

 でも、何が危険だというのだろう?
 ただ、映画を見るだけだ、っていうのに……、

「誠君、始まるわよ」

「えっ? あ、はい……」

 あやめさんの声と、上映開始のブザーの音に、俺の思考は中断させられた。

 我に返った俺は、それまで考えていた事などすっかり忘れて、
あやめさんに促されるまま、スクリーンに目を向ける。

 それと同時に……、

 ホールの照明が徐々に落とされ――
 真っ暗になったホールの中で――








 俺とあやめさんと二人きりの、映画鑑賞が始まった。
















 この時、俺は気付くべきだったのだ。
 後に、この状況が、どんな事態を引き起こすのか、ということに……、

 そして、それに気付くことが出来なかった俺には……、
















 ……もう、逃げ場は残されていなかった。
















「はあ〜……やっぱり、ジャッ○ーは最高ね〜♪」

「そうですね〜」

「それに、スタッフロールでのNG集も面白いし♪」

「さすがはあやめさん、通ですね」








「…………」

「…………」








「……ねえ? 誠君」

「何ですか?」

「若い男女が真っ暗な中で二人きり……」

「――へ?」

「……こんな状況だと、何だかドキドキしてこない?」

「ド、ドキドキって……あやめさん、何を……」

「そういえば、今日、付き合ってくれたお礼がまだだったわよね〜♪」

「えっ? えっ? ええっ!?」
















「うふふふ♪ まっこっとく〜ん♪」


「ああああああああっ!!
ちょっと待ったぁぁぁーーーっ!!」

















 
んっちゅ〜〜〜〜〜〜☆
















 その後――


 精魂尽き果て、グッタリと力尽きた俺と……、
 妙にお肌を艶々とさせてあやめさんが……、

 ……映画館から出てきたのは、言うまでもないだろう。








<おわり>
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