Heart to Heart
第143話 「いどばたかいぎ」
「……これは、由々しき事態よ」
「由々しき事態ですね」
「うん……本当に、由々しき事態だよね」
「早いもので、誠さん達も、もう高校二年生です……」
「それは、あたし達が今年で37歳になる事も意味しているわ」
「……もう、時間が無いよね」
「このままでは『三十代で孫を抱く』という、はるか達の夢が潰えてしまいます」
「……ねえ、みこと?」
「な〜に? あやっち?」
「……誠君の様子はどうなの?」
「相変わらずの朴念仁だよ……」
「あらあらあらあら……それはいけませんね〜」
「だいたい……エリアちゃんとは、ほとんど同棲状態だっていうのに、
もう一年以上も、彼女に手を出さないっていうのは、男の子として、ちょっと情けないわよ」
「それは仕方ないですよ〜。
誠さんの場合、性欲よりも食欲が遥かに勝ってしまっていますから〜」
「まったく……誰に似たのやら……」
「……みーちゃんじゃないもん」
「その体で、ホットケーキ10枚も食べてたら、全然説得力が無いわよ」
「む〜、そんなこと……」
「まあ、みことの場合、誠君ほど極端じゃないんだけど……、
間違い無く、あの子の魔人っぷりは、あなたの遺伝よ」
「そうですね〜」
「まったく……背丈と頑丈さと性癖以外、
変な部分ばかり母親似なんだから、誠君にも困ったものよね〜」
「む〜……あやっちとはるっちのイジメっ子〜」
「それはともかく……あたし、ちょっと考えたんだけど……」
「……何をです?」
「誠君が、あかね達に手を出そうとしないのは、魔人云々って理由だけじゃなくて、
そのへんの事に対して、免疫が無いからじゃないかしら?」
「それって……ようするに、まこりんに度胸が無いってこと?」
「まあ、そういう事になるわね。
あの尚也君の息子のクセに、意気地無しなのよ」
「あらあらあら。それなら、大丈夫ですよ。
一度、経験してしまえば、度胸なんていくらでも……」
「その経験をさせる為に、こうして話し合ってるんでしょうが……」
「……そういえば、そうでしたね。すっかり忘れていました。
それでは、こういうのはどうでしょう?」
「……その経験を、はるか達でさせてあげるんです」(爆)
「あ、あんた……何気に凄いこと言うわね?」(笑)
「うふふ……だって、冗談ですもの♪」
「あんたが言うと、冗談も冗談に聞こえないのよ……」
「…………で、誰がまこりんの相手するの?」
「みことっ!! あんたも真に受けないっ!!」
「ふえ〜……あやっちが怒った〜」
「イチイチ泣かないっ! だいたい、あんたは、
誠君の初めての相手が、あかね達以外でも良いって言うの?」
「そりゃあ、その方が良いに決まってるよ。
でも、このまま待ってたら、いつまで経っても……」
「ま、まあ……それはそうなんだけど……」
「うんっ!! やっぱり、ここは母親として、
みーちゃんが、文字通り、まこりんの為にひと肌脱いで……」
「いくらなんでも、それはマズイでしょっ!」
「みことさん……さすがに、親子で、というのは問題が……」
「……親子だからこそ、問題も最小限だと思うんだけど?」
「みこと……あんた、マジで言ってる?」
「んふふ〜……冗談だよ♪」
「あんたねぇ……」
「あらあらあらあら……みことさんったら、おちゃめさんですねぇ」
「まあ、それはさておき……、
みーちゃんがダメって言うなら、どうするの?」
「どうするの、って……」
「それは……」
「……やっぱり、あやっち達がするの?」
「――え?」
「あらあら……」
「…………」
「…………」
「……そんな真似できるわけないでしょ」(ポッ☆)
「誠さんと不倫だなんて……」(ポッ☆)
「二人とも……今の間は何? ってゆーか、何で赤くなってるの?」
「ま、まあ、正直な話……誠君に『色々と』教えて上げるっていうのは、
ちょっと心惹かれるものが無きにしも有らずだけど……」
「はるか達には、素敵な旦那様がいますから……」
「むむむ〜……じゃあ、どうするの〜?」
「やっぱりね〜……常識的に考えて、
あたし達じゃ、誠君の相手をするのは無理なのよ」
「そういうわけで、誰か別の相手を考えましょう。
当然、その相手の気持ちも踏まえた上で、ですよ」
「理想としては……お互いに知り合いで、
既に経験済みの、誠君にとってお姉さん的な存在ね」
「それって……由綺ちゃんのこと?」
「由綺ちゃんは、冬弥君がいるからダメでしょうが」
「じゃあ、理奈ちゃん?」
「そういえば、誠さんって、あの理奈さんに、随分と気に入られているらしいですよね?」
「……候補その1ってところからしね〜」
「――あっ!」
「うん? どうしたの、はるか?」
「いえ……もう一人……凄い適任の候補がいました」
「……というと?」
「――ルミラさんです」
「…………」
「…………」
「…………」
「なんて言うか……リアルね」
「……凄いリアルだよ」
「確か、誠さんの話では、以前にも、
ルミラさんに襲われそうになったことがあるそうですし……」
「…………」
「…………」
「…………」
「まあ、なんだかんだ言っても、まだ最低一年はあるわけだし……」
「……もうしばらくは、誠さん達に任せてみましょうか」
「そうだね〜……やっぱり、まこりん達の気持ちを第一に考えないとね〜」
「でも、万が一……」
「間に合わないようでしたら……」
「その時は……」
「「「うふふふふふふふ……♪」」」
「……とまあ、そんな話をしてたわけよ」
「…………」(汗)
「あらまあ……」
とある日曜の午後――
特に目的も無く、駅前のあたりを散歩していた俺は、
偶然にも、ルミラ先生とバッタリと出くわした。
で、どうせだから、久しぶりにゆっくりと話でもしようか、という展開になり、
喫茶店『HONEY BEE』に来たのだが……、
「なんつー話をしてるんだ、あの人達は……」
三枚目のホットケーキにフォークを刺しつつ、
俺は結花さんから聞いた話のあまりの内容に、頭を抱える。
そんな俺とは対照的に……、
「さすがは人妻……考えることが凄いわね〜」
……と、ルミラ先生は、落ち着いた表情で紅茶を啜っている。
ちなみに、代金は俺持ちだ。
まあ、普通は、逆なのかもしれないが、
いつも赤貧なルミラ先生に奢らせる程、俺は鬼じゃないからな。
まあ、それはともかく……、
「あの……結花さん?」
「――なに?」
「本当に……母さん達、そんな話してたんですか?」
と、俺は食べ終えたホットケーキの皿を返しながら、
もう一度、確認するように、結花さんに訊ねる。
すると、結花さんは、ちょっと疲れた表情で頷き……、
「ええ、間違い無いわよ。お昼のピークを過ぎたくらいに来て、
小一時間くらいお喋りしてから帰っていったわ」
……そう言って、俺の前に、おかわりのホットケーキを置いた。
「そうですか……」
「なんなら、一緒に聞いてたリアンにも確認してみる?
今は、ちょっと出掛けていて留守だけど、すぐに帰ってくるだろうし……」
「いや……別にいいです。
それで、ちょっと頼みがあるんですけど……」
「なに? 頼みって」
「この件については、誰にも……特にさくら達には話さないで貰えないかな」
と、カウンターテーブルに擦り付けんばかりに頭を下げて、俺は結花さんに懇願する。
この事が、さくら達の耳に入りでもしたら、
シャレにならない事態になるのは目に見えているからだ。
「別に良いわよ……その代わり、条件があるわ」
「――条件?」
結花さんから出た思わぬ単語に、俺はちょっと身構える。
それにしても、意外だな……、
結花さんなら二つ返事で了解してくれると思っていたけど、
まさか『条件』なんて単語が出てくるとは……、
と、そんな事を考えつつ、俺は結花さんからの条件が提示されるのを待つ。
そして……、
「今度、ここに来る時は、あかねちゃんとみことさんを絶対に連れて来てね♪」
――ズルッ!!
……軽く頬を赤らめながら言う結花さんのその言葉に、
俺は危うく椅子からズリ落ちそうになった。
「ぜ、善処します……」
それを何とか持ち堪え、椅子に座り直しながら、俺は頷く。
多分、無類の可愛いもの好きの結花さんのことだ……、
俺が二人を連れて来たら、また力一杯抱き締めるつもりなのだろう。
そりゃあもう……、
二人が気を失うくらいに……、
あかねと母さんには悪いが、そのくらいの事で、
妙な噂が広まるのを防げるなら、安いものだ。
ここは、気の毒だが、二人に犠牲になって貰うことにしよう。
あかねはともかく、母さんは自業自得だしな……、
「……ねえ、誠君?」
「はい? 何です?」
と、俺が心の中であかねと母さんに謝罪していると、
結花さんが、五枚目のホットケーキを焼きながら、話し掛けてきた。
フォークを動かす手を止めて、顔を上げると、
結花さんは、神妙な面持ちで、まるで念を押すように俺に訪ねてくる。
「一応、訊いておくけど……まさか、恋人の母親相手に不倫なんてしないでしょうね?」
「……ンな事するわけないでしょう。だいたい、母さん達の話は、ほとんどが冗談ですよ。
全部、本気で言ってるわけじゃありません」
「そう? なら、良いんだけど……」
「あら? だったら、私の出番も無しなの?
私は、血を吸わせてくれるなら、そっち方面の先生になってあげても良かったのに……」
「先生……頼みますから、そういうタチの悪い冗談は止めてください」
それまで黙って紅茶を飲んでいたルミラ先生の発言に、俺は再び頭を抱えた。
まったく……、
どうして、俺の周りの年上の女性ってのは、こうも冗談が好きなんだろう……、
だが、そんな苦悩する俺の気持ちなど完全に無視して、
ルミラ先生の問題発言は、果てしなく続く。
「ん〜……私がダメなら、フランはどう? 夜のお勤めもメイドの仕事のうちだし、
誠君が望めば、あの子なら喜んで……」
「夜のお勤めって……フランに妙な事を吹き込むのは止めてくださいよ」
「教えたのは、私じゃなくてメイフィアよ」
「……勘弁してください」(泣)
「そう? 残念ね〜……フランって、凄く上手いのに……、
私も長く生きてるからね〜……我慢出来なくなった時は、たま〜に相手を……」
「「――はい?」」
ルミラ先生のかなりヤバイ発言を聞き、俺と結花さんは目を丸くする。
え、え〜っと……、
今、サラリと、とんでもない事を言っていたような……、
「あ、あの、先生……今、なんて……」
と、今の発言を確認する為に、ルミラ先生に訪ねる俺。
だが、その時……、
ちょうど良いタイミングで……、
カランカラン――
「ただいま戻りました〜」
……リアンさんが帰ってきた。
手にスーパーの袋を持っているということは、夕食の買い出しに行っていたようだ。
なるほど……さっき結花さんが、リアンは出掛けてる、って言ってたけど、
理由はこれだったわけか。
「あっ! おかえり、リアン♪」
「お邪魔してるわよ〜ん♪」
「……おかえりなさい、リアンさん」
口々にそう言って、リアンさんを出迎える俺達。
なんか、リアンさんが帰って来たことで、
さっきのルミラ先生の発言についてを訪ねるタイミングを逃してしまったな……、
……まあ、いか。
多分、俺の聞き間違えだろう。
まさか、あのフランがルミラ先生の夜の相手をしてるなんて……、
そんな事あるわけが……、
「あら? 誠さん、ここに居たんですね?」
「――えっ?」
俺の顔を見るなり、驚いた声を上げるリアンさん。
その声に我に返った俺が、そちらを向くと、
リアンさんは眼鏡の奥にある大きな瞳を見開いて、俺を見つめていた。
「俺が……どうかしました?」
と、俺が訪ねると、リアンさんはニコリと微笑んで、外を指差す。
「いえ……さっきまで、さくらさん達と一緒だったんですよ」
「――さくら達と?」
「はい♪ 買い物の帰りの途中でバッタリと会いまして……、
それで、色々とお話しながらここまで一緒に帰って来たんです」
「ふ〜ん……って、ちょっと待った!!」
リアンさんの話を聞き、何気なく相槌を打つ俺。
だが、その話の中で、妙に気になる箇所を見つけ、俺は、スーパーの袋を持って、
店の奥に行こうとしていたリアンさんを、慌てて呼び止めた。
……ちょっと待て。
今、リアンさんは何て言った?
――さくら達と一緒だった?
――色々とお話しながら?
一体、どんな内容の話をしたんだ?
確か、例の件は、リアンさんも聞いていた、と、結花さんは言っていた。
ということは……、
まさか……、
まさかまさか……、
「あのさ……リアンさん?」
「何ですか?」
「昼間に、母さん達がここで話していた内容……さくら達に話した?」
「えっと……みことさん達が話していたことですか?」
「ああ……で、話したの?」
「はい……もちろん、話しましたよ。
内容が内容なだけに、ちょっと迷いましたけど……」
…………終わった。(泣)
「あ〜らら……誠君、ご愁傷様♪」
「ま、今夜はせいぜい頑張ってね♪」
「えっ? えっ? えっ?
わ、わたし……何かマズイことしました?」
含み笑いを浮かべつつ、俺に励ましの言葉を掛けるルミラ先生と結花さん――
状況が分からず、ただオロオロと狼狽するリアンさん――
そんな中で……、
俺は、ただ一人……、
「しくしくしくしく……」(泣)
店内の隅っこで膝を抱えて……、
床に『の』の字を書きながら……、
……自分の、あまりに過酷な境遇に、涙するのだった。
ちなみに、その日の夜――
顔を赤くして、俺の家にお泊りに来たさくら達を前に……、
「まーくん……」(ポッ☆)
「今夜は、その……一緒に、ね」(ポッ☆)
「つ、ついに……誠さんと初夜……」(ポッ☆)
「誠様……そういう事でしたら、ワタシに言ってくだされば……」(ポッ☆)
「…………」(滝汗)
……俺が進退極まる状態になったのは、言うまでも無いだろう。
まあ、二階の窓から決死のダイブを敢行して、
なんとか逃げ延びたけど……、
はあ〜……、
これでまた、しばらくは『お仕置き』三昧の日々だな……、
しくしくしくしく……、(泣)
<おわり>
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