Heart to Heart

     第142話 「常識の殻を破れ」







「はがねのボディ〜、そのおくに〜♪ たぎるはあつ〜き、ちゅうかのち〜♪」

「だいちのパワ〜、きゅうしゅうし〜♪ ないねんきかんに、ひをつけろ〜♪」





 ある日の夜――

 今日も今日とて、我が家にさくらとあかねが、晩メシを作りに来てくれていた。

 二人とも、毎日のように、俺の家に来てくれて……、
 それだけでなく、わざわざ俺の為に晩メシまで作ってくれて……、

 ……毎度の事ながら、本当にありがたい限りである。

 うんうん♪
 今夜も、お礼に目一杯な゛なでしてあげないとな♪

 と、キッチンから聞こえてくる二人の歌声に耳を傾けながら、
俺は、なでなでされて嬉しそうに微笑む二人の姿を思い浮かべる。

 ちなみに、今夜はエリアは留守である。

 なんでも、向こうの世界のナントカって国の王様が舞踏会を催すとの事で、
世界を救った勇者御一行も、それに招待されたらしい。

 実を言うと、俺達も一緒に行こうとエリアに誘われていたのだが、丁重に断らせてもらった。

 残念そうなエリアに申し訳無いとは思ったが、
そういう堅苦しそうな場は性に合わないだろうからな。

 だいたい、そういった場でのマナーもロクに知らないし……、

 まあ、エリアのドレス姿が見られないのは、非常に残念な事ではあるが、
マナーも知らない俺達が同行して、エリア達の顔に泥を塗るよりかは遥かにマシだ。

 でも、次の機会があったら、その時は、一緒に行かせて貰おうかな。

 お城の舞踏会という単語の響きに、さくら達が興味深そうにしていたし……、
 やっぱり、みんなのドレス姿は見てみたいし……、

 ……それに、今までお目に掛かった事の無いようなご馳走にもありつけるかもしれないし、な。

 今度、フランにでも、最低限のもので良いから、その手のマナーを教えて貰おう。
 まあ、ちゃんと覚えられるかどうか分からないけどな……、

 と、そんな考えながら、俺は、何か面白そうな番組でも放送していないかと、
テーブルり上に放ってあった新聞を広げる。


「ゆめをおいか〜け〜、い〜き〜た〜、しょうねんたち〜の〜♪」

「ゆめのしゅうちゃく、いま〜、た〜ち〜あ〜が〜れ〜、めざめのときはきた〜♪」


 新聞のテレビ欄に見をはしらせる俺の耳に、
さくら達の楽しげな唄声が飛び込んでくる。

 しかし、いつも思う事なのだが……、
 どうして、あいつらの唄う歌ってのは、こうマニアックなのが多いんだろうな?

 まさか、あのネット上で有名な某中華ロボの歌でくるとはな……、

「まあ、それが分かる俺も、相当マニアックなんだろうけど……」

 そう呟いて、苦笑しつつ、俺は料理が出来るのを、今か今かと待つ。

 と、その時……、


 
ピンポーン――


「――ん?」

 いきなり、玄関のチャイムが鳴り、俺は新聞から目を離した。

「誰だ? こんな時間に……」

 せっかくりんびりと寛いでいるところを邪魔された事に軽く舌打ちし、
再びテーブルの上にに新聞を放ると、俺は玄関へと向かう。

「はいはい、どちらさんですか?」

 そして、ちょっと乱暴にドアを開けると、その突然の来客は、
被っていた帽子を取って、ペコリと頭を下げた。

「夜分遅くに申し訳ありません。まごころ運ぶペンギン便です」

 突然の来客の正体は、運送屋さんだった。
 しかも、以前、隆山の柏木邸で『色々と』あった、あの風見 鈴鹿さんである。

「あ……ご苦労さんです」

 あまりに唐突に、見知った人が現れ、一瞬、呆然としてしまう俺。
 だが、すぐに我に返ると、俺は慌てて軽く頭を下げた。

「誠君、お久しぶり」

 すると、鈴鹿さんは頭を上げて帽子を被り直し、俺に向かってニコリと微笑む。
 どうやら、鈴鹿さんも、俺の事を覚えていたようだ。

 まあ、あんな強烈な出来事を忘れるわけがねーよな。
 なにせ、配達に来た途端、いきなりロープで縛られ、拉致監禁だったし……、

 まったく、千鶴さんにも困ったものだ。

 鈴鹿さんが話の分かる人だったから良かったものの、
そうじゃなかったら、完璧に警察沙汰だったからな。

「お久しぶりです、鈴鹿さん。こんな時間まで仕事ですか?」

「うん……まあね」

 俺の労いの言葉に、鈴鹿さんは軽く肩を竦めると、持っていた小包を俺に差し出した。
 それを受け取った俺は、鈴鹿さんが持つ書類に、受け取り証明のサインをする。

「はい、どうも」

 俺のサインを確認し、書類をポケットにしまうと、鈴鹿さんは再び帽子を取って頭を下げた。

「では、ご利用ありがとうございました」

 それほど親しい訳ではないが、お互い見知った仲なんだから、
そんなに丁寧にする必要は無いのにな……、

 と、そんな鈴鹿さんの真面目な仕事ぶりに苦笑しつつ、
俺は立ち去ろうとする鈴鹿さんに声を掛ける。

「鈴鹿さんっ! 仕事、頑張ってください!」

「うん! ありがとうね、誠君!」

 俺の声に、鈴鹿さんはクルリと振り返り、手を振って応えてくれた。
 そして、軽快な動作でトラックに乗り込むと……、

「じゃ、おやすみなさい、誠君!」

 ……そう言い残し、トラックを走らせて、夜の闇の向こうへと消えていった。

「さて、と……」

 それを見送った後、俺は鈴鹿さんが置いていった小包を手に、リビングへと戻る。

 すると、もう晩メシの準備が出来たのか、
さくらとあかねがエプロン姿のまま、俺を出迎えた。

「鈴鹿さんが来てたんですか?」

「ああ……こんな時間まで仕事だなんて、運送屋も大変だよな」

 と、言いつつ、俺は小包をテーブルの上に置き、差出人の名前を確かめる。

「でも、一体、誰から……って、弥生さん?」

 その小包に書かれた差出人の名前を見て、俺は眉を顰めた。

 『篠塚 弥生』――

 確かに、そこにはそう記されている。
 由綺姉のマネージャーである、弥生さんの名前が……、

「……どういうことなんだ?」

「――さあ?」

「うにゅ〜?」

 何故、あの弥生さんから、小包なんかが送られてきたのか……、
 その理由にサッパリ見当も付かず、俺達は件の小包を囲んで、首を傾げる。

 まあ、イチイチ考えなくても、小包を開けてみれば、
その理由もハッキリするのだろうが……、

 なにせ、『あの』弥生さんが、わざわざ送ってきた物だ。
 失礼だとは思いつつも、やはり、どうしても警戒してしまう。

 以前、冬弥兄さんにも……、


『弥生さんには気をつけろよ』


 ……って、言われた事があからな〜。

 でもまあ、だからと言って、このまま放っておくわけにもいかないし……、
 とにかく、中身を確かめてみない事には、話は始まらないな。

 というわけで……、

「…………」

 緊張の面持ちで、俺は小包を持ち上げる。
 そして、恐る恐る、小包に耳を寄せ……、


 ……。

 …………。

 ………………。


 ……中からは、何も音は聞こえなかった。

「ふう〜……」

 取り敢えず、想像していた物とは違うようなので、俺は安堵の溜息をつく。

「……
時限爆弾ではないみたいだな」

「当たり前だよ」(汗)

「おバカな事をしていないで、早く開けてください」

 俺の冗談がお気に召さなかったのか……、
 さくらとあかねが、俺をジト目で睨んでくる。

「……まったく、シャレの分からん奴らだな」

 と、二人の冷たい視線を受け流しつつ、俺は小包の包装紙を適当に破る。

 そして、中から姿を現れた、なかなかにお洒落な箱の蓋に手を掛けると、
思い切って、一気に開け放った。


「――なっ!?」

「まあ……♪」

「うわ〜……」


 ……箱の中身を見た時の反応は三者三様だった。

 俺は驚きに目を見開き――
 さくらは瞳を輝かせ――
 あかねはちょっぴりウンザりした表情――

 俺達に、そんな表情をさせた物……、
 弥生さんから送られてきた小包に入っていた物……、





 ――それは、一着の服だった。





 ……ただの服ではない。

 色は、もうこれでもかと言うくらいのピンク色の、女物の服だ。

 しかも、飾り用の小さなリボンがいっぱい……、
 さらに、ヒラヒラのフリルとレースもいっぱい……、

 ――そう。
 つまり、それは、いわゆる……、








 
ピ〇クハウス系の服だった。








「弥生さん……何でまた、こんなモンを……?」

 と、疑問に思いつつ、俺はその服を手に取り、パサッと広げ、
服の全容を眺めながら、そのあまりのド派手さに頭を痛める。

「もしかして、あかねちゃんへのプレゼントでしょうか?」」

「うみゅ〜……」

 いまだに瞳を輝かせているさくらの言葉に、あかねの顔が引きつる。

 ……まあ、無理もないだろう。

 なにせ、あかねは園村親子に、この手の服を着せられて、
いつも着せ替え人形にされているのだから。

 さっき、このフリフリ服を見た時に顔を顰めたのは、こういう理由である。

 それはともかく……、
 多分、この服はあかねに贈られた物ではないだろう。

 何故なら、あかねの場合、こういうフリフリな服よりも、
もっと活動的な服の方が似合うからだ。

 実際、園村親子があかねに着せるのは、そういうのが多いしな。

 だから、芸能人のマネージャーをやってる弥生さん程の美的センスの持ち主なら、
あかねにこんな服を送りつけるってのは考えられないのだ。

 ちなみに、こういうのが一番似合いそうなのって言えば、
俺の知っているでは、やっぱり母さんじゃないかと……、

 ……話が逸れたな。

 とにかく、この服は、絶対にあかねに贈られた物じゃない。

 だいたい、デザインとかセンスとか、そういうの以前に……、

「……あかねじゃ、サイズが大きすぎるよ」

 と、俺は持っていたフリフリ服を、あかねの体に当ててみる。

 思った通り、スカートの裾があかねの足を越えて床に接してしまっていて、
明らかに、服のサイズはあかねに合っていなかった。

「じゃあ、誰の物なんです?」

「そりゃあ、残ってるのはお前しかしないだろ」

 と、俺はさくらに服を手渡す。

 あかねでサイズが合わないなら、多分、エリアにも合わないだろう。
 二人の身長差は、多少はエリアの方が高いが、たいした違いはないからな。

 となれば、残っているのは、さくらしかいない。
 サイズ的にもっギリギリっぽいしし……、

「……でも、この服、わたしにもちょっと大きいですよ」

「――なぬ?」

 さくらの言葉に、俺はそちらを見た。

 確かに、さくらの言う通り、フリフリ服の裾は、
さくらの体に当てられてなお、床に余裕で接するくらいに余っている。

「だいたい、もし、これがわたしに贈られた物だとしたら、
まーくんのお家に送られてくるのはおかしいですよ」

「単に住所を知らなかっただけだろ?」

「そんなの、由綺姉さんに訊けば分かることです」

「じゃあ、この服は一体…………っ!!」

 さくらの指摘に、俺は腕を組んで頭を捻る。


『弥生さんには気をつけろよ』


 ……何故か、冬弥兄さんの言葉が脳裏に蘇る。

 その瞬間――








 ――俺の頭に、ある破滅的な推理が浮かんだ。








「……あれ? よく見たら手紙が入ってるよ?」

「…………読んでみてくれ」








 そして、あかねが見つけたその手紙が、俺の推理を確信へと変えていく……、
















『藤井 誠さまへ

 とても良い服を見つけたので贈らせて頂きました。
 きっと、貴方に似合うと思いますから、是非、着てみてください。

 さあ、誠君……、
 貴方も、常識の殻を破るのです。

                              篠塚 弥生より』

















「…………」(大汗)


 その手紙の内容を聞き、物凄く嫌な予感を覚えて俺は、
無言でその場を立ち去ろうとする。

 だが、その俺の両腕が……、


 
――がしっ!!


 ……と、さくらとあかねに掴まれた。

「…………」

 ……もう逃げられない。
 ……今の俺には、もう選択権は残されていない。

 そう確信した俺は、二人の手を振り解くのを諦め、ゆっくりと振り返る。

 そこには……、








「……まーくん♪」(キラキラキラ☆)

「……まーく〜ん♪」(キラキラキラ☆)








 ……予想通り、満面の笑みを浮かべ、瞳を輝かせるさくらとあかねがいた。

 さらに……、

 さくらの手には例の服が――
 あかねの手にはデジカメが――

 ……それぞれ、しっかりと握られている。








 ――そして、二人はのたもうた。
















「まーくん♪ 弥生さんのお心遣いを……」

「……無駄にするわけにはいかないよね♪」
















 その後――

 一体、何が行われたのかは、頼むから訊かないで欲しい。
 ってゆーか、訊かれても、絶対に答えたくないし、思い出したくもない。

 ただ、その夜……、
 我が藤井家では……、








 パソコンの画面を眺めて悦に浸るさくらとあかねと……、
 すっかり冷たくなった晩メシを、涙を流しながら食べる俺……、








 ……その二つの姿があったのは、言うまでもないだろう。








<おわり>
<戻る>