Heart to Heart
第141話 「連想ゲーム」
「みんなでゲームをしましょう♪」
「「「「――はあ?」」」」
ある日の昼休み――
だんだんと強くなってきた春の日差しの下、
俺達は、いつものように屋上で昼メシを食べていた。
ちなみに、今日は琴音ちゃんと葵ちゃんも一緒だ。
と言っても、二年になって同じクラスになってからは、
こうして一緒に昼メシを食べる事の方が多いんだけどな。
出来る事なら、マルチも輪に加えたいところだが、
マルチは図書室で充電しなければいけないから、そういう訳にもいかない。
クラスメートとして、友達として、それはちょっと残念だが、まあ、仕方ないよな。
それに、その充電が終われば、すぐにこっちに戻ってくるわけだし……、
まあ、それはともかく……、
今日も今日とて、いつものように、
皆で楽しく一緒にメシを食っていたところへ……、
あまりにも突然に……、
何の脈絡も無く……、
……いきなり、さくらが冒頭のセリフの言ったのである。
「ど、どうしたんた? いきなり……」
「さくらちゃん……?」
さくらの唐突な言葉に、思わず唖然としてしまう俺達。
そんな俺達に構わず、さくらは話を続ける。
「実はですね……昨日、面白いゲームを思いついたんですよ♪」
そう言って、それはそれは楽しそうに微笑むさくら。
……一体、どんなゲームを考えたって言うんだ?
と、俺達は顔を見合わせる。
「どうですか? みんなでやってみませんか?」
どうやら、さくらは、自分が考案した遊びを、試してみたくて仕方ないようだ。
なんとかして、俺達を巻き込もうとしている様子が、容易に見て取れる。
う〜む……特に断る理由はないよな。
それに、ちょうど、メシも食い終わって暇になった事だし……、
「……どうする?」
と、俺は皆の意見を訊ねてみる。
「わたしは良いよ」
「そうですね……せっかくですし、やってみましょうか」
「うみゅ♪ やろうやろう♪」
どうやら、暇だったのは皆も同じらしい。
すぐさま、全員の意見が一致した。
「それじゃあ、軽く暇潰しにやってみるか。
それで、そのゲームの名前は何て言うんだ?」
取り敢えず、さくら考案のゲームをやってみるという事に決まったところで、
俺はさくらにどんなゲームをやるのかを訊ねる。
そして、さくらは……、
「はい♪ 名前はですね……」
……そう前置いて、そのゲームの題名をのたもうた。
――すぐに気が付くべきだった。
さくら、もしくはあかねが、こういう事を言い出した時は、
大抵ロクな内容の遊びではないのだということに……、
そして、それを了承するという事は、即ち、正月に起こった惨劇が、
再び繰り返される事になるのだということに……、
さくらが言った、そのゲームの題名……、
それは……、
「『マジカルまーくん』です♪」
ずがっしゃぁぁぁーーーっ!!
その題名を聞き、豪快にコケる俺。
だが、なんとか素早く復活し、俺は顔を引きつらせながらさくらにツッコんだ。
「……な、何なんだ、その題名は?!」
「何って……そのままの意味ですけど」
訊ねる俺にキョトンとした表情で答えるさくら。
「ま、まあ……確かに、そのままだが……」
「多分、マジカルバナナの改良版なんでしょうね……」
その題名から、ゲームの内容をあらかた推測できた俺と琴音ちゃんは、
大きく、深々と溜息をついた。
ちなみに、あかねは、すでにやる気まんまんな様子で、
ニッコニッコと微笑み、ゲームが始まるのを今か今かと待っていたりする。
そして、葵ちゃんは……、
「あの……マジカルバナナって、何かな?」
……一人だけ、サッパリ理解していなかった。
やっぱり、葵ちゃんって、こういう事には疎いよな〜。
まあ、そういう初々しいところも、葵ちゃんの魅力に繋がるのだろうけど……、
と、そんな事を考えつつ、
俺は葵ちゃんに『マジカルバナナ』なるものを説明しようと……、
「…………」
「……イネス先生、こっちに来て良いですよ」
「えっ!? いいの♪」
……と、説明するのを中断した俺は、
物陰に隠れてこちらを見ているイネス先生を手招きする。
まあ、なんだ……、
いつもいつも物欲しそうな目で見られたら、さすがに哀れになってくるからな。
「それじゃあ……説明お願いします」
軽い頭痛を覚えつつ、俺はイネス先生に説明を促す。
すると、イネス先生は嬉々とした表情でこちらにやって来ると、
何処からか引っ張ってきたのか、大きなホワイトボードの前に立ち、何故か涙する。
「ううう……ようやく説明が出来るわ。
ここんとこ、何故か私が説明しようとすると必ず邪魔が入るのよ」(泣)
「そ、そうなんですか?」(汗)
「ええ……もうウインドウの右端をウロチョロするのは御免だわ」
「訳の分からないこと言ってないで、サッサと説明してくださいよ」
「はいはい♪ それじゃあ、説明しましょう♪」
そう言って、お得意のセリフとともに、イネス先生は説明を始めた。
「『マジカルバナナ』というのは、一時流行ったバラエティ番組『マジ〇ル頭脳パワー』の後期で行われていたゲームのことよ。ルールは簡単。出題者が最初に出した単語から連想される単語を、BGMのリズムに合わせて解答者が次々と答えていくというものよ。もちろん、その時に答える単語は誰が聞いても納得できるようなものでなければないらないわ。そうでなければ、即アウトということで、解答権を失うことになるの。ちなみに、答えられなかったり、曲のリズムにのせて答えられなかったり、他の解答者と同じ単語を出してしまった場合もアウトになるわ。上級ルールでNGワードというものもあって、ゲームを始める前に、予め決められていた単語を解答者が答えてしまった場合もアウトね。そういったルールの下、最後まで残った解答者が勝利者というわけ。これは例の番組でも代表的なゲームで、他にも、番組では色々なゲームを行っていたわ。でも、その大半は低俗なパーティーゲームがほとんどね。まあ、やってる本人達は楽しいかもしれないけど、それを見ている視聴者達はそんなに楽しくなかったでしようね。何故なら、そういったクイズ形式の番組は、視聴者も一緒になって考えられるから面白いわけなんだから。まあ、番組に出ている解答者達のおマヌケな解答はそこそこ笑えるかもしれないけど、それだと番組の主旨が変わってしまうしね。最初に番組の後期と言ったけど、放送当初はそんな低俗なものでは無かったわ。出題される問題も、もっと知的なものだったし、放送時間後半では推理クイズも行われていたし。まったく、どうしてあんな風になってしまったのかしらねぇ? まあ、その原因は番組のディレクターが途中から変わったという理由と、出題する問題のネタが無くなったという理由の二つが挙げられるけど……」
「あー、はいはい……そのへんで良いですよ」
話の趣旨がズレて来たところで、俺はパンパンと手を叩いて、
イネス先生の説明を止めた。
「……もういいの?」
まだ足りないといった表情で、説明を止めるイネス先生。
そんなイネス先生に、俺は冷酷に言い放つ。
「はいはい。もう結構ですから、仕事に戻ってくださいね」
……冷たいと言う事なかれ。
この人の説明は、一度始まると、ほとんど半永久的に終わらないのだ。
だから、多少強引にでも、適当なところで止めないと、貴重な昼休みが終わっちまうんだよ。
「う〜ん……まだちょっと説明し足りないけど、まあ、仕方無いわね。
それじゃあ、藤井君、今後ともご贔屓に〜♪」
と、そう言い残し、ガラガラとホワイトボードを引いて立ち去っていくイネス先生。
久し振りに説明が出来たせいか、その表情はそこそこ満足そうだった。
「さて……」
そんなイネス先生を見送り、
俺はコホンッと咳き払いを一つすると、話題を元に戻す。
「これで、一応、『マジカルバナナ』については理解して貰えたと思うけど……」
そう言って、葵ちゃんを見ると、葵ちゃんはコクコクと頷いた。
「でも、それについては理解できたけど、
さくらちゃんの言う『マジカルまーくん』っていうのが、まだよく分からないよ」
その葵ちゃんの言葉に、俺達の視線は、再びさくらに集まる。
「えっと……『マジカルまーくん』というのはですね……」
俺達に目で訊ねられ、今度はさくらは件のゲームの説明を始めた。
――その内容は、次の通りだ。
基本的なルールは『マジカルバナナ』と同じである。
最初の『お題』から連想される単語を、解答者が順番に次々と言っていくのだ。
ただ、一つだけ『マジカルバナナ』とは大きな違いがある。
それは、最初の『お題』が絶対に変動しないのだ。
分かりやすく言うと、従来のルールでは、単語は次々と連想されていき、
いつしか、最初の『お題』とは何の関係も無いものになっていくのだが……、
このゲームでは、最初の『お題』である『まーくん』が変わる事はなく、
『まーくんと言ったら〇〇〇』『まーくんと言ったら△△△』というのが、ずっと続いていくのである。
ようするに、このゲームは、『まーくん』という単語から連想される単語だけを言い合っていくという、
難易度だけがやたらと高い、非常にバカバカしくも恥ずかしいゲームなのだ。
「……勘弁してくれよ」
さくらの説明を聞き、バタリと床に突っ伏す俺。
いや、マジで勘弁してくれ……、
そんなゲームやられたら、みんなが俺の事をどう見ているのかが浮き彫りになっちまうぞ。
特に、さくらやあかねから、どんな恥ずかしい単語が飛び出すことか……、
ハッキリ言って、それはもう想像に難くない。
場合によっては、俺はかなりの精神的ダメージを被る事になってしまう。
もしかしたら、立ち直れなくなるかも……、
と、そんな俺の苦悩に気付くこと無く、
さくらはゲームを始める為に話を進めていく。
「それじゃあ、ルールも理解してもらえたところで……いきますよ〜♪
ちょっとだけ頬を赤らめて、心底楽しそうにそう言うと、
さくらは、あの独特の拍子を入れて最初の『お題』を口にする。
そして……、
……それが、究極に恥ずかしいゲームの始まりの合図となった。
「マ・ジ・カ・ル・まーくん♪」
「まーくんと言ったらカッコイイ♪」
「…………」(汗)
「うみゅ〜……葵ちゃん、何してるの〜?
ちゃんとやらなきゃダメだよ〜」
「ええっ!? わ、わたしもするのっ?!」
「えっ!? じゃあ、私もですかっ!?」
「当然です。それじゃあ、もう一度、最初からいきますよ♪」
「マ・ジ・カ・ル・まーくん♪」
「まーくんと言ったらカッコイイ♪」
「ふ、藤井君と言ったらご飯」(汗)
「藤井さんと言ったら……大食い」(汗)
「…………」(汗)
「まーくんと言ったらステキ♪」
「まーくんと言ったら優しい♪」
「藤井君と言ったら猫寄せ」
「藤井さんと言ったらパソコン」
「…………」(大汗)
「まーくんと言ったら可愛い♪」
「まーくんと言ったらなでなで♪」
「藤井君と言ったらお昼寝」
「藤井さんと言ったらロリコン」
「ちょっと待てコラッ!!」
「――はい?」
「琴音ちゃん……今の『ロリコン』ってのはどういう意味かな?」(ニッコリ)
「ふ、藤井さん……笑顔が怖いです」(汗)
「当然だ……怒ってるんだからな。
まったく、言うに事欠いて、人の事をロリコン呼ばわりするなよな」
「だって……昨日、例の女の子達と公園で遊んでいたじゃないですか。
私、偶然にも見ちゃったんですよ」
「う゛っ……そ、それは、あの子達がどうしてもって言うから、仕方なく……」
「どうしても、ですか? 随分と懐かれてますね〜?」
「う、うう……」(汗)
「というわけですから、藤井さんがロリコンなのは確定事項ということで……、
それじゃあ、さくらちゃん、あかねちゃん……ゲームを続けましょうか♪」
「うみゅ……そうだね」(怒)
「……そうしましょう」(怒)
「マ・ジ・カ・ル・まーくん」
「まーくんと言ったら朴念仁〜」
「藤井君と言ったら鈍感〜」
「藤井さんと言ったら無駄メシ食い〜」
「あうう……」(泣)
「まーくんと言ったら唐変木〜」
「まーくんと言ったら幼女愛好家〜」
「藤井君と言ったら甲斐性無し〜」
「藤井さんと言ったら節操無し〜」
「う、うううう……」(大泣)
「まーくんと言ったら〜……」
「まーくんと言ったら〜……」
「藤井君と言ったら〜……」
「藤井さんと言ったら〜……」
「う、うううううううう……」(号泣)
「まーくんと言ったら〜……」
「まーくんと言ったら〜……」
「藤井君と言ったら〜……」
「藤井さんと言ったら〜……」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
ぁぁぁぁぁぁぁぁーーーんっ!!」
さくら達からの冷たい視線……、
そして、四人掛りで浴びせられる罵詈雑言……、
それに、ついに堪えきれなくった俺は、
大声で泣きながら、その場から逃げ出したのだった。
ううううう……、
俺、何も悪いことしてないのに……、
ただ、小さい子達と一緒に遊んであげただけなのに……、
……その俺が、どうして、こんな目に遭わなきゃならないんだよ。
だいたい、俺はロリコンじゃないんだ。
俺はロリコンなんかじゃないんだ。
そうさ……、
俺は……俺は……、
「俺はあのクソ親父なんかとは
違うんだぁぁぁぁーーーっ!!」
<おわり>
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