Heart to Heart
第140話 「おままごと」
とある日曜日の午後――
俺は公園のベンチに腰掛け、良く晴れた青い空をボ〜ッと見上げていた。
周囲では、楽しそうに遊び回っている子供達――
犬を散歩させている好々爺――
俺の側へと集まり出している猫達――
……そんな中で、俺は、春の陽気に身を浸す。
うむうむ……、
やっぱり、こういう日は日向ぼっこに限るな〜。
と、あまりの気持ち良さに眠気を覚えてきた頭で、
俺はぼんやりとそんな事を考える。
にゃ〜……
そんな俺の膝の上に、猫が一匹乗ってきた。
猫は、そのまま体を丸めて、眠り始めてしまう。
「ふわぁ〜……」
大きな欠伸をしつつ、ほとんど無意識で、その猫の背を撫でる俺。
そして……、
どうせだから、このまま寝ちまおうかな?
猫達も集まってきちまったし……、
……そんな事を考えつつ、俺は目を閉じる。
と、その時……、
「ねぇねぇ? 今日は誰が何の役やるの?」
「昨日は、ボクがお母さん役だったから……今日は子供役やる」
「ん〜っと……じゃあ、ぼくは妹役だね〜♪」
……何処からか、ママゴトをしている子供達の声が聞こえてきた。
耳を澄ませてみると、どうやら、このベンチの側にある砂場の近くで、
数人の女の子達が遊んでいるようだ。
……今時、ママゴトやってる女の子ってのも珍しいよな?
昔は、さくら達によく付き合わされたりもしたけど……、
今では、子供達がママゴトやってる光景なんて、あまりお目に掛かれないもんな。
まあ、それはともかく……、
こういう古き良き遊びは、いつまでも続いて欲しいものだ。
と、そんな事を考えつつ、俺は目を閉じたまま、
何となく、ママゴトその子供達の話し声に耳を傾ける。
だが、そんな微笑ましくものどかな雰囲気は、
その声を聞いた瞬間に、一気に遥か彼方にふっ飛んだ。
「それじゃあ、今日はみーちゃんがお母さん役やるね〜♪」
「何をやっとるかぁぁぁぁぁっ!!」
ママゴトをやっている女の子達の側にダッシュして、
俺は母さんに全力の拳を振り下ろす。
だが、母さんは軽々とそれをかわして……、
「いきなり暴力なんか振るっちゃダメだよ〜」
……何事も無かったように、ニッコリと微笑みながらのたもうた。
ちっ……、
相変わらずカンが良いな。
まあ、絶対にかわされると分かっていたからこそ、
俺も全力でツッコミ入れたんだけど……、
「やかましいっ!! 何で母さんがここにいるんだよっ!?
ってゆーか、いい歳してママゴトなんかやってんじゃねーっ!!」
渾身の一撃を母さんにかわされて、そのまま地面を殴ってしまった俺は、
その手の痛みを堪えつつ、俺は母さんに詰め寄る。
――そう。
なんと、母さんは子供達に混ざってママゴトをしていたのである。
不覚だ……、
こんなに近くに母さんがいたのに気付かなかったとは……、
まあ、子供達と一緒にママゴトやってる姿が、
全然、違和感無いんだから、仕方ないのかもしれないけどさ……、
「む〜……子供達とスキンシップを図って何が悪いの〜」
「……本気で楽しんでたようにしか見えんかったぞ」
と、頬を膨らませて拗ねる母さんを、俺はジト目で睨む。
すると、母さんはチッチッチッと舌を鳴らし、首を横に振った。
「どんな理由であれ、遊ぶ時は本気で楽しまなきゃね〜。
たまには童心に帰るのも良いものだよ」
「母さんは、いつだって童心100%だろうが……」
と、俺と母さんがそんなやり取りをしていると……、
「ねえねえ?」
母さんと一緒にママゴトをしていた二人の女の子達の内の一人が、
チョイチョイと母さんの腕をつついた。
「ん? な〜に?」
母さんがそう訊ねると、その子は俺を見上げて首を傾げる。
「ねえ、みーちゃん? このお兄ちゃん、誰なの?」
うわっ……、
こんな子供に『みーちゃん』って呼ばれてるし……、
と、俺はその少女の言葉を聞き、頭を抱える。
まあ、この子からしてみれば、母さんは、自分と同い年くらいにしか見えないからな。
みーちゃんと呼んでしまうのは、仕方ないことだろう。
あまり納得はしたくないけど……、
「え〜っとね〜……」
頬に指を当てて思案する母さん。
どう説明したら良いか困っているようだ。
まさか、自分の息子だと説明しても信用してもらえないだろうからな〜……、
「ん〜っと……このお兄ちゃんは『まこりん』っていうんだよ♪」
――ズルッ
と、母さんの的外れな紹介に、思わずコケる俺
母さん、その紹介の仕方はちょっとおかしいぞ。
彼女は、俺と母さんがどんな関係なのかを訊いたのであって……、
「ふ〜ん……そっか〜♪ お兄ちゃんは『まこりん』っていうんだ♪」
……納得してるし。(汗)
しかも、何気に『まこりん』呼ばわりだし……、(泣)
ちくしょう……、
何が悲しゅうて、子供にまで『まこりん』なんて呼ばれなきゃならんのだ。
と、俺が世の中の理不尽さに嘆いていると……、
「あの……お兄ちゃん……」
……今度は、もう一人の女の子が、俺の服の袖を引っ張ってきた。
「……な、何かな?」
ちょっと顔を引きつらせながら、俺は彼女と視線を合わせる為に、
その場にしゃがみ込んで訊ねる。
子供と話をする時は、相手の目の高さで話してあげなきゃダメだからな。
相手が母さんの場合は、問答無用で見下ろすけど……、
「あのね……一緒に遊ぼ?」
「――は?」
おずおずと、ちょっと恥ずかしそうに言う彼女からのお誘いに、
俺は間の抜けた声を上げてしまう。
……ちょっと待て。
俺に一緒に遊んでほしい、ということは……、
……俺にママゴトに参加しろってことか?
「あっ♪ それ、名案だね♪
ちょうどお父さんがいなかったし、まこりんにやってもらおうよ♪」
その子の言葉に、母さんまでもが、ポンッと手を叩いて同意した。
そんな母さん達の反応に、俺は慌てて後ずさり……、
「か、勘弁してくれっ! 何で俺がママゴトなんか……」
……と、大きく首を横に振る。
だが……、
「え〜……ダメなの〜?」(うるうる)
「一緒に……遊んで」(うるうる)
「まこり〜ん……」(うるうる)
そんな、潤んだ瞳を三人掛かりで向けられたりしたら、
無下に断ることが出来るわけもなく……、
「わ、わかったよ……やれば良いんだろ」(大泣)
……俺は泣く泣く頷くしかなかった。
というわけで……、
俺は、母さんと二人の少女と一緒に、ママゴトをする羽目になってしまった。
当然、唯一の男である俺はお父さん役。
そして、お母さん役は、当初の予定通り、母さんとなった。
つまり、俺と母さんが夫婦という設定なわけだ。
そうなると、母さんの悪戯心が黙っているわけもなく、
ママゴトは初っ端から、妙の展開へと流れていく……、
「ただいま〜……今、帰ったぞ〜」
「おかえりなさ〜い、あなた♪
ご飯にする? それともお風呂を先にする?」
「…………じゃあ、メシ」
「む〜……ダメだよ、まこりん」
「何がだよ?」
「こういう時は『最初に食べるのはお前だ〜っ!』って言って、
ガバッとみーちゃんを押し倒すんだよ♪」
「子供の前で、そんなアダルトプレイができるかっ!!」
「とにかくっ! まこりん、最初からやり直しだよ」
「……へいへい」
「ただいま〜……今、帰ったぞ〜」
「おかえりなさ〜い、あなた♪ ご飯にする? お風呂にする?
それとも〜……わ・た・し♪」
「うっがぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」
母さんの暴挙に堪え切れず、俺は頭を抱えて、その場をのたうち回る。
そんな俺の様子を見て、母さんは心底楽しそうに微笑み、
二人の女の子は、キョトンとした表情を浮かべる。
と、その時……、
「――あっ」
何かに気が付いた様子で、女の子の一人が小さく声を上げた。
そして、ようやく落ち着きを取り戻した俺に歩み寄り、
そっと、俺の右手を持ち上げる。
「まこ……お父さん、怪我してるよ?」
「――ん?」
その子の言葉に、俺は自分の手に視線を落した。
ハッキリ言って、大したキズでは無かったが、
彼女の言う通り、指の第一関節のあたりの皮が破れて、軽く出血している。
多分、さっき、母さんにツッコミをよけられ、
地面を殴ってしまった時に怪我をしてしまったのだろう。
「ねえ……痛い? 大丈夫?」
何度も言うが、本当に大したキズではない。
なにせ、怪我した本人が、言われるまで気付かなかったくらいだし……、
なのに、この子は……、
本気で、悲しそうな顔をして、俺に訊ねてきた。
「あ、ああ……こんなの舐めてれば、すぐに治るよ」
そんな彼女の気持ちが、何だか凄く嬉しくて、俺は空いた左手で、
彼女の頭に手を置き、クシャクシャと髪を撫でてやる。
すると、彼女はにぱっと嬉しそうに微笑むと……、
「じゃあ、あたしが治してあげるね♪」
……そう言って、とんでもない行動に出た。
ぺろぺろ……
なんと、その小さな舌で、俺の傷口を舐め始めたのだ。
「お、おいおいっ!?」
彼女のその突然の行為に、思い切り狼狽してしまう俺。
多分……いや、間違いなく、他意は無いのだろう。
彼女は、純粋に、舐めることで俺のキズを治そうとしているに違いない。
だが、そうだと分かっていても、さすがに、俺はドギマギしてしまった。
しかも、さらに追い討ちを掛けるように……、
「む〜……そういう事はお母さんの役目だよ〜」
「……ボクも」
……母さんと、もう一人の女の子まで参加して、俺のキズを舐め始めた。
ぺろぺろ……
ぺろぺろ……
ぺろぺろ……
「あ、あのさ……もういいから……」
「ダメだよ……まだ、血が出てるもん」
俺の言葉に構わず、母さんと二人の女の子は、俺の手を舐め続ける。
か、勘弁してくれ……、
もし、こんなところを誰かに見られたら……、
と、そんな最悪のイメージが浮かび、俺の背筋に戦慄が走る。
しかし、母さんはともかく、他の二人の女の子は、
真剣に俺のことを心配してくれているわけで……、
そんな彼女達の気持ちを、拒否することが出来るわけがない。
だから、俺は……、
「やれやれ……」
……と、苦笑を浮かべつつ、彼女達と、ついでに母さんの頭を、
感謝の気持ちを込めて、優しく撫でてあげるのであった。
その次の日――
「ねえねえ、まこりん♪」
「――ん? 母さん、何か用か?」
「あのね……昨日、一緒に遊んだ子達なんだけど……」
「……あの子達が、どうかしたのか?」
「実はね……また、まこりんと遊びたいんだって♪」
「もう、ママゴトは御免だぞ」
「ママゴトだけじゃなくて、他の遊びも一緒にしたいって言ってたよ♪」
「…………」(汗)
「やったね、まこりん♪ モッテモテだよ♪」
「母さん……頼むから、そういう誤解を招く発言は……」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……
「……ほら来た」(泣)
「まーくん……」(怒)
「取り敢えず……」(怒)
「詳しい話を……」(怒)
「……していただきますね」(怒)
「……お手柔らかに頼みます」(大泣)
その後――
藤井家に、俺の悲鳴が響き渡ったのは言うまでも無いだろう……、
ちくしょう……、
一体、俺が何をしたっていうんだ?
<おわり>
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