Heart to Heart

      第139話 「学校へは制服で」







 
キーンコーンカーンコーン……

 
キーンコーンカーンコーン……





 いつものように……、
 変わり映えのしないチャイムの音が校舎中に鳴り響く。

 それは、昼休みの始まり――
 俺が、学校で一番楽しみにしている時間――

 さくら達が作ってくれた弁当を食べて……、
 その後は、中庭で猫達と一緒に昼寝でもして……、

 ……そんな、のんびりとした雰囲気を楽しむことが出来る時間。

 それは、いつも繰り返されている日常。
 それは、当たり前のように過ぎていく日常。

 だが、今日だけは……、

 ちょっとだけ、事情が違っていた……、








「くっそーっ!! 出遅れたーっ!!」

「うおーっ!! 俺のカツサンドーッ!!」

 四時限目終了のチャイムが鳴った。

 そして、その授業を受け持っていた現国担当のミナト先生が、教室を出ると同時に、
購買でパンを買う男子生徒達が廊下へと飛び出していく。

 先生達の『廊下を走るな』という注意を無視して、
後に説教をくらう危険性を覚悟の上で、彼らは全力で走る。

 何をそこまで慌てる必要がある、と言う事なかれ。
 彼らとて、昼メシの確保の為に必死なのだ。

 なにせ、この学校の購買部では『早い者勝ち』が絶対の掟だからな。

 しかも、人気ナンバー1のカツサンドを狙うとなれば、
昼休み開始のチャイムとほとんど同時にダッシュする必要がある。

 だが、今日は少し授業が長引いてしまった為、完全に出遅れだ。
 買えても、良くてコロッケパン止まりだろう。

 やれやれ……、
 どうして、そう無駄な努力をするんだろうな?

 別にカツサンドに拘る必要なんてねーだろが?
 ちょっとランクが落ちても、ヤキソバパンあたりで妥協すれば良いのに……、

 と、教室を大慌てで出ていった奴らを、机に頬杖を付きながら見送りつつ、
俺はノンキにそんな事を考える。

 まあ、俺の場合、味よりも量が優先されるから、
あいつらとは考え方が根本的に違うんだろうけどな。

「さて、と……」

 さっきまで使っていた教科書を机にしまい、俺はのんびりと立ち上がった。
 そして、ポケットの中に財布が入っているのを確かめると、教室の出口へと向かう。

「……まーくん?」

 突然、教室を出ていこうとする俺を不思議に思ったのだろう?
 さくらはキョトンとした顔で、カバンから弁当箱を取り出しつつ、俺を呼び止める。

「まーくん? まだお昼ご飯食べて無いのに何処に行くの?」

 どうやら、不思議に思ったのは、あかねも同様らしい。
 箸を口に咥えたまま、あかねは首を傾げる。

「何処にって……その昼メシを調達しに行くに決まってるじゃねーか」





 その疑問に俺が答えると、二人は驚いて目を見開く。

 まあ、二人が驚くのも無理はないだろう。
 本来なら、俺が購買に行く必要などないのだから。

 何故なら……、

「確か、今日のお弁当の当番はエリアさんでしたよね?」

「うん、間違い無いよ。昨日はあたしだったから」

「もしかして……エリアさん、当番の日を勘違いしていたんじゃないですか?」

「いや……どうも、そういう訳じゃ無いみたいなんだけどな」

 と、さらに疑問をぶつけて来た二人に、俺は頭を掻きながら答える。

 ――そう。
 これが、俺が購買に行く必要が無い理由だ。

 食堂での、ホウメイさん達とのあの一件以来、
さくら達はローテーションを組んで、俺の為に、毎日、弁当を作ってくれている。

 で、今、さくら達が言っていた通り、今日はエリアの当番の日だったのだが、
何故か、今日に限って、エリアは弁当を作ってくれなかったのだ。

「……藤井君? エリアさんを怒らせるような事でもしたの?」

 と、俺のすぐ前の席で話を聞いていた葵ちゃんが、
ちょっと責めるような目で俺を見る。

「そ、そんな事……俺は何もしてないぞっ!!」

 本当に疚しい事は何一つ無いのだが、
葵ちゃんの言葉に思わず狼狽してしまう小心者な俺。

 ――これじゃあ、余計に疑われちまうじゃねーか。

 と、思ったのだが……、

「……何もしないから、怒っているという可能性もありますよね?」

「…………」

 話に参加してきた琴音ちゃんの何気なくも鋭いツッコミに、
俺は何も言えなくなってしまう。

「エリアさん達を大事に想う気持ちは分かりますけど、
全く何もしないというのは、良くないと思いますよ」

「そ、そういうものか?」

「はい……女の子って、好きな人に何もされないと、
自分には魅力が無いのかと不安になってしまうものですから」

「……な、なるほど」

 琴音ちゃんの言葉に頷き、俺は腕を組んで考える。

 た、確かに、琴音ちゃんの言う通りかもしれない……、

 ほとんど同棲と言っても良い状態で、エリアと暮らし始めて早一年。
 その間にあった恋人らしい出来事と言えば、キスと添い寝くらいだ。

 もしかして……、
 エリアは、俺が行動を起こすのを待っているのだろうか?

 いや……エリアだけじゃない。
 さくらやあかねだって、もうずっと昔から……、

 う〜む……、
 だとしたら、俺はどうしたら良いのだろう?

 一応、誤解の無いように言っておくが、
俺だって、さくら達と『そういう事』をしたくないわけじゃないぞ。

 ただ、そういう雰囲気になると、必ずと言って良いほど、邪魔が入るのだ。
 それに、あんまりガツガツして、節操無しって思われるのもイヤだしな。

 まあ、恋人が複数いる時点で、充分に節操無しなんだろうけど……、

 それはともかく……、

 琴音ちゃんが言う事ももっともな話だ。
 ここは一つ、さくら達の想いに応える為にも、俺が一歩踏み出して……、





 
ぐぅぅぅぅ〜〜〜……





「……って、ちょっと待った! なんか論点ズレてきてねーか?!」

 お腹の音で我に返った俺は、いつの間にか話の内容が変ってきている事に気付き、
慌てて軌道修正を試みる。

「変わってませんよ。エリアさんがご機嫌斜めな理由を考えていたわけですし……」

「あのな……俺はエリアが不機嫌だったなんて一言も言ってないぞ」

「あっ……そうなんですか?」

 しれっと言う琴音ちゃんを軽く睨みつつ、俺は頷く。

「じゃあ、どうして、エリアさんはまーくんのお弁当を作らなかったんだろう?
お寝坊したわけじゃないんだよね?」

「ああ……」

 と、あかねの疑問に答えつつ、俺はエリアの今朝の様子を思い出してみた。

 今朝、家を出ようとする俺に、
弁当は作っていない、と、伝えた時のエリアの表情……、

 あれは、不機嫌とうよりは、何か企んでいるかのような、そんな表情だった。

「……もしかして、学校に直接持って来る気でしょうか?」

 今朝のエリアの様子を俺から聞き、さくらは首を傾げる。

「そんなのは今に始まったことじゃねーだろ?
エリアが制服着て学校に来るのは、今までにも、何度かあったことだし……」

「それじゃあ、エリアさんは何を企んで……」

 そう呟いて、頬に指を当てて思案するあかね。

 と、その時……、








『うおおおおおおーーーっ!!』








 ……何処からか、大勢の男達の雄叫びが聞こえてきた。

「……何だ?」

「うにゅ?」

「何があったんでしょう?」

「……廊下の方からでしたよ?」

 それまで考えていた事は、取り敢えず中断することにして、俺達は廊下へと出た。
 そして、さっきの雄叫びが聞こえてきた方へ目を向ける。

 ……何だろう?
 なにやら、階段の方に人集りが出来てるぞ?

 しかも、そのほとんどが男ばかり……、

 その集団が、ゆっくりとこちらへ向かって移動してくる。

「…………」

 ほんの一瞬だけ……、
 俺はその光景を見て、呆然としてしまう。

 一体、あそこに何があるって言うんだ?
 何か、ひしひしと嫌な予感がするんだけど……、

「……行ってみましょう」

「あ、ああ……」

 さくらに促され、俺は皆と一緒に、気乗りしないまま、その人集りへと歩み寄る。

 そして、俺達は見た。
 人集りの中心にいる人物の姿を……、


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 その姿を見て、思わず言葉を失う俺達。

 なんと、そこにいたのは……、
















 
メイド服姿のフランだったのだっ!!
















「――誠様っ!!」

 俺達の姿を見つけたフランが、胸に大きな包みを抱えたまま、
小走りでこちらに駆け寄って来る。

 初めて足を踏み入れた学校を、たった一人で歩くのはとても不安だったのだろう。
 俺の目の前で立ち止まったフランは、ホッと安堵の溜息をつく。

「良かった……やっと見つけました」

 そして、フランは安心しきった様子で微笑んだ。

 その表情を見ただけでも、
かなり長いこと、学校の中を歩き回ったのだ、という事が見て取れる。

 さらに、こんなに大勢の人に注目されていたのだから、
その緊張感は想像以上だったに違いない。

 そんな中を、勇気を出して(おそらく)俺に会いに来てくれたのだろうから、
ここはやはり、その勇気を労う意味でも、なでなでしてあげるべきなのだろう。

 ……だが、今の俺はそれどころではなかった。

 何故なら……、





「藤井だ……またしても、あいつだ……」(怒)

「……誠『様』だと? 様付けだと?」(怒)

「恋人が二人もいるクセに、さらにメイドさんまで……」(怒)





「…………」(汗)


 ……俺は、周囲の野郎どもからの痛すぎる視線に堪えていたのだ。

 いやもう……マジで痛いぞ。(泣)

 フォントの文字がまるで呪詛のように変わっちゃうくらい、
凄まじい殺気が込められた目で、俺を睨みつけてきやがる。

 その殺気の凄さと言ったら、もう、視線で相手が殺せたら、って程だ。

 本当なら、今すぐにでも、フランの頭を撫でてあげたい。
 だが、それをやったら、確実に、俺はコイツらに半分どころか全殺しにされてしまう。

 今は、さくら達が側にいるから良いけど……、
 このままでは、絶対に、もう暗い夜道は歩けなくなる。

 ……まあ、同じ男として、コイツら気持ちが分からんでも無い。

 なにせ、普通なら絶対に縁の無いメイドさん(しかも可愛い)が目の前にいて、
そのメイドさんが、俺なんかのことを『様付け』で呼んでるんだからな。

 ある意味、漢の浪漫とも言えるメイドさん……、

 それを体現している奴が目の前にいたりしたら、
そりゃあ、殺意を抱きたくもなるってもんだ。

 でも……、
 だからと言って、俺はコイツらの餌食になるわけにはいかない。

 俺は、まだ死にたくないし、死ぬわけにもいかないからな。

 ……とにかく、だ。
 今、俺に出来る事は、たった一つだけだ。

 それは……、

「フランッ!!」

「――はい?」

 俺は素早くフランの手を握る。
 そして、俺のいきなりの行動に目を丸くしているフランに構わず……、

「逃げるぞっ!!」

 ……俺は、その場から全力で逃げ出した。
















「はあ……はあ……」

「ふう……ふう……」

 取り敢えず、中庭へと逃げて来た俺とフランは、
いつも俺が昼寝に利用しているの木陰に腰を落ち着けることにした。

 さくら達を置いて来ちまったけど、
まあ、すぐにここにやって来るだろうから心配する事はないだろう。

「やれやれ……」

 と、俺は木の幹に背を預け、芝生の上に腰を降ろす。
 フランもそれにならい、俺の隣に正座した。

「さて、と……それじゃあ、色々と訊かせてもらおうかな?」

 一息ついて、いきなり走った為に乱れた呼吸を整えてから、
俺はフランに向き直る。

「フラン……何でいきなり学校なんかに来たりしたんだ?
しかも、そんな恰好で来るなんて……」

 と、フランの服装を一瞥しつつ、俺はさっきから疑問に思っていたことを訊ねた。

「そ、それは……」(ポッ☆)

 すると、フランは少し頬を赤く染めつつ、
さっきからずっと大事そうに持っていた包みを俺に差し出した。

「……実は、エリア様に頼まれて、誠様のお弁当を作って来たのです」

 そう言ってから、フランは頭のレースの髪飾りの位置を正す。

「それで、ですね。学校に持って行くのですから、
ちゃんと制服を着ていかなくてはいけないと、ルミラ様に教われまして……」

「なるほどな……」

 フランの説明を聞き、俺は納得する。

 ようするに、だ……、
 今回の件は、エリアの企みにルミラ先生がチャチャを入れた結果なわけだ。

 どういうつもりかは知らないが、エリアは俺が学校へ向かった後、
電話でフランに俺の弁当を作るように頼んだのだろう。

 そして、出来あがった弁当をフランが学校へ持って行こうとしていたところへ、
ルミラ先生が、余計なことを言ったのだ。

 即ち、学校へは制服で行かなければいけない、と――

 で、それを間に受けたフランは、メイドである自分の制服、
つまりメイド服を着て、学校へとやって来たわけだ。

「ったく、あの人は、また妙な事をフランに吹き込みやがって……」

 と、ブツブツと文句を言う俺を、フランが不安そうな顔で見つめてくる。

「あの……もしかして、ご迷惑だったでしょうか?」

「い、いや……そんな事は無いぞ。
それより、せっかく弁当を作って来てくれたんだし、早く食べさせてくれないか?」

「あ、はい……すぐに用意します」

 俺の言葉に頷き、フランはその大きな包みを解く。
 すると、中から出てきたのは、三段重ねの大きな重箱だった。

「……随分とデカイな」

「は、はい……誠様の為にお弁当を作っているのだと思っていたら、
ついつい作り過ぎてしまいまして……」(ポポッ☆)

 そう言って、恥ずかしそうに指をモジモジさせるフラン。
 その仕草が凄く可愛く見えて、何だか俺まで恥ずかしくなってくる。

 だから、俺は気の効いたセリフの一つも言えず……、

「じゃ、じゃあ……もしかして、デュラル家の台所事情に大打撃だったんじゃねーか?」

 ……こんな照れ隠ししか言えなかった。

「そうですね。家計を預かる身としては、頭が痛いところです」

 そんな俺の言葉に、フランはそう言ってクスッと微笑み、
俺に割り箸を差し出した。

「……ですから、ちゃんと残さず食べてくださいね」

「おう、任せろ」

 フランから割り箸を受け取って、俺は重箱の一段目を手に取る。

 そして……、

 今夜は、エリアに頼んでご馳走にしてもらって、
ルミラ先生達を招待することにしよう。

 それで、少しはデュラル家の家計の足しになるだろうし、
この弁当のお礼にもなるからな。

 ……と、そんな事を考えながら、俺はフランの弁当を食べ始めた。








 それから、しばらくして……、








「あーっ! 二人ともこんな所にいました!」

「うみゃ〜っ! 二人だけでご飯食べてるなんてズルイよ〜!」

「藤井君! わたし達を置いてっちゃうなんてヒドイよっ!」

「もう……事情によっては滅殺モノですよ」

「あっ、今日はフランソワーズちゃんが来てたんだ?」

「何だ何だ? 今日の昼メシは随分と豪華じゃねーか?
せっかくだし、俺達も混ぜてもらっていいか?」

「お邪魔しますです〜」

「誠さ〜ん♪ やっぱり、私もお弁当作って来ちゃいました〜♪」








 さくらとあかね、それに葵ちゃん達や浩之達、最後にエリアも加わって……、

 俺とフランの二人だけの昼メシの時間は、
あっと言う間に、まるでピクニックのような、何とも賑やかな時間になった。








 それぞれ、自分達の昼メシを持ち寄り……、
 フランの弁当を真ん中に囲んで……、

 ……皆と楽しく話をしながらの食事。

 それは、いつもとはちょっとだけ違う、昼休みの風景――
 でも、望めばすぐに手が届く、当たり前のような日常――

 そんな、あたたかな光景を眺めながら……、





「……楽しいな、フラン」

「はい♪ そうですね、誠様」





 ……と、俺とフランは微笑み合うのだった。
















 その日の夕方――

 藤井家のキッチンにて――



「――フランさん」

「はい……何でしょうか?」

「誠さんの為にお弁当を作った感想はどうですか?」

「……とても、楽しかったです」

「そうですか……」

「それに、誠様に、皆さんに、あんなに美味しそうに食べて頂けて、
ワタシはとても嬉しいです」

「ふふふ♪ 良かったですね」

「はい♪ ありがとうございます、エリア様」








<おわり>
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